第587話 アルバハル村

 原獣の園の遥かに続く大陸の先に、アレンたちは建物などが並ぶ村を発見した。

 村には大きな堀と塀が設けられており、中に乗り込むこともできるのだが、敵対的な行動を取っても良いことは何もない。

 少し離れたところに降りて、入り口らしき木造の大きな門目掛けて進むことにする。


「村よね……。何か物々しいわね」


 上空から見ても分かるほどの強固な守りを固めている。

 頑丈で分厚い丸太で出来た柵は高くそびえ、先の尖った丸太が柵を囲むように並べられ、外敵から防備しているようだ。


(霊獣対策かな。ここに来る途中結構いたし)


 アレンたちが空を飛んでたら、シャンダール天空国の「霊障の吹き溜まり」のように、獣の姿をした霊獣が跋扈していたように思える。


「……普通の獣人たちが門番しているみたいだが、普通の村だな。入れてくれると良いのだけど」


 物々しいと言われたら物々しいが、前世の記憶で比べたらの話だ。

 アレンたちが過ごすクレナ村も、ロダン村も、グランヴェルの街も相応に物々しかった。


 人間世界には人間の数倍にもなる巨大な魔獣たちが跋扈し、人の領域にも足を踏み入れる。


 セシルが貴族として生まれたからといって、人間世界の価値観にアレンとそこまで大差はない。

 口にした「物々しい」の原因は他にあった。


 犬歯をむき出しにして、怒りを露わにする虎と犀の獣人が門の前に立っており、先ほどからずっと殺さんとばかりに睨みつけていた。

 セシルの言う「物々しい」の原因はここにあるようだ。


「そこで止まれ!!」


「ひ、人族だと! なぜ、この原獣の村にやってきたのだ!!」


 相手の出方を伺いながらも、同じペースで足を運んでいたら、とうとう村の守りを任せられていた2人の獣人に槍を構えられてしまった。


(怪しまれているが、1月前にシアたちがやってきているからな。誰かが村に来ること自体には抵抗はなくなっているのか)


「も、申し訳ありません」


 アレンが獣人たちの対応を分析していると、ソフィーが待ってくれと一歩前に出る。

 人族のアレンよりも自分がとフードもとり、ハイエルフの長い耳と銀色の綺麗な髪を見せた。


「ぬ? 女か! 珍しい髪だが貴様も人族か?」


(お? エルフを知らないだと?)


 獣人の門番たちは槍を構えたままだが、女性には優しいのか、警戒が少し和らぐ。


「ちょっと、おいおい、なんだなんだ」


 アレンがエルフに対しての態度に違和感を覚えるが、今回の一行は4人だ。

 レペが呆れながらも門番の下へ行く。


「獣人? なぜ、人族と一緒にいる」


「俺か。俺は獣神ガルム様に挨拶に来たんだぜ。たしか、俺の仲間たちがこの村にいるんだよな」


 レペは槍先を向けられても、一切の恐怖を感じていない態度だ。

 もう一押しで目に突き立てられそうな距離まで近づき、問いかける。


「ガルム様に……。お前たちも、この前村に来た者たちの仲間か。しかし、人族を村に入れるわけには……」


 レペの態度に折れたのか、2人の獣人たちはようやく槍先を天に向けた。


(ガルレシア大陸でも竜神の里しか行っていなかったが、アルバハルの村ね。アルバハル獣王国には結局行く機会がなかったのだが、あそこでも同じような感じなのだろうか。視線が痛いな)


 1000年前、恐怖帝の時代に獣人たちに圧政を敷いた。

 圧倒的な弾圧によって人間世界の獣人は、人族を憎悪していると聞いているのだが、神界でも同じ扱いなのか。

 だが、ハイエルフを知らない態度に何なのだと疑問を覚えながらも、アレンは自らの圧倒的な知力をもって、いくつもの仮説を立て、検証を進めていく。


(さて、どうやって村に入ろうかな。タコスに「擬態」を使ってもらおうか。それは最終段階一歩手前なわけで)


 現状を打破する模索を同時にしていく。


【村に入る方法】

・交渉

・魚Aの召喚獣の覚醒スキル「擬態」を使う

・力づく

・あえて入らない


 どれがいいか、後々の事を考えていたら、地面が揺れているような気がした。


 ズウウウン

 ズウウウン


 何か巨体が内側から、門の前に近づいてくる。


「こ、これはルバンカ様!!」


 ゴリラ面が門の上から出てきて、アレンたちを見下ろす。

 聖獣ルバンカが村の門までやって来た。


『……入れてやれ。その者たちは「資格」がある』


 一瞬言葉を選んだように見えたが、村に迎えてくれるようだ。


「は!!」

「は!!」


 ギギギギッ


 天を仰ぎ、ゴリラ面のルバンカの言葉に直立不動で返事した2人の獣人は、その後、力任せに分厚い門を押し開ける。


 巨大な門を開けると、獣人たちのいる村が広がっている。

 怒りを必死に殺し、平静を保とうとする門番2人の間を、軽く会釈して、アレンたちは村へ入る。


「入れて頂いてありがとうございます」


 アレンは10メートルほどあるルバンカの体を下から見る。

 鍛え抜かれた筋肉は覆われた毛皮の上からも分かる。

 巨大なゴリラなのだが、二足歩行で2組4本の腕を持ち、1組は胸元で組んでおり、直立している。


『ふん。羅神くじを引いているからな。この前来た獣人たちは訓練中だ。村長の

幻獣アルバハル様に挨拶はしておけ。それが筋だ。村の者たちに襲われたくなければな』


 多くを語るのは嫌いなのか、一言でアレンたちが聞きたいことを教えてくれる。

 そのまま背中を見せ、歩き出した。


「ついてこいって事かしら」


「恐らく。素直に聞いていた方が良いな」


(村長から情報収集も必要か。それにしても、クワトロ、マクリスも仲間になったんだし)


 セシルも理解が進み、歩幅の大きいルバンカに早歩きでついていく。

 アレンは魔導書を出し、収納に入った聖獣石を取り出す。


 アレンはメルスから、聖獣の存在を知り、人間世界には3獣と呼ばれる3体の有名な聖獣がいることも聞いた。

 それは聖鳥クワトロ、聖魚マクリスに並び、聖獣ルバンカと呼ばれている。


 なんでも、ルバンカは結構最近まで人間世界におり、アルバハル獣王国に縁のある聖獣だという。


 背後から、ゆっくりとルバンカにドッジボールサイズの聖獣石を両手でかざした。


『聖獣ルバンカは獣Sの召喚獣にすることは可能です。ルバンカから同意を得てください』

 

 漆黒の魔導書には銀色の文字でログが流れる。


(よし、これでまた獣Sの統封印解除のための条件が分かってきたぞ)


 アレンは魔導書に記録してメモを更新した。


【Sランクの召喚獣の開放状況】

・虫、封印中、情報なし

・獣、封印中、原獣の園にいる聖獣ルバンカが候補

・鳥、封印解除済、クワトロ

・草、封印中、ローゼンが温める神樹の種が候補

・石、封印中、情報なし

・魚、封印解除済、マクリス

・霊、封印解除済、グラハン

・竜、封印中、大地の迷宮に閉じ込められた神龍マグラが候補

・天使、封印無し、情報なし

・不明、封印無し、情報なし


(こうしてみると、ルプトはかなり協力的だよな。ある意味メルス以上だな)


『そんなことはないぞ』


 アレンの意識に共有したメルスが入ってくる。


(いやお前は聞いても答えてくれないし。聞かれたことしか答えないし)


『それは召喚獣だからだ』


 アレンの意識に大地の迷宮攻略中のメルスが否定してくる。


 ルバンカの背を追いかけつつ、アレンの頭の中でメルスとの攻防が続く。


 思い起こしてみると、第一天使のルプトは魔導書を通じてSランクの召喚獣との契約方法をこれまでも提供してくれた。

 大精霊神イースレイとの戦いで、アレンの作戦を理解した上で、調停に入ってくれたりと、大精霊神からは不公平だと毒づかれていた。

 魔法神イシリスに仕えていた大天使マーラの件も、第一天使という立場を無視して調べくれていた。


 初めて会った時は、ルプトから積年の恨みでもあるかのように睨まれたが、これもそれも全ては双子の兄のメルスのためなのだろう。


 兄妹愛をこんな形で見せられるとは思っても見なかった。


(さてと、契約の話をするか)


「ちょっと、アレン。なんか武器を持っている獣人たちもいるわよ」


 セシルはアレンの肘を引っ張ってくる。

 村の中の獣人たちは、手を握りしめ、今にも襲い掛からんと犬歯をむき出しにし、唸るように睨みつけている。

 流石にこれまでの戦いから、セシルも他の仲間たちも殺されることはないことは分かっているのだが、ここまで歓迎されないのは珍しい。


「そのための村長への挨拶だろ。堂々と歩こう。グルル!!」


 アレンは村人たちを威嚇する。


「ちょっと、何睨み返しているのよ!!」


『……ふざけたやつだな。ここがアルバハル様の館だ。失礼のないようにな』


 入口付近にたたずみ、お前たちだけで中に入れと言わんばかりだ。


(おっと、声をかけるタイミングを逃してしまった件について。クエスト発生条件ではないのか)


 セシルのツッコミを貰ったため、ルバンカへ声をかけるタイミングを逃してしまった。

 目の前には、大きな塀で囲まれ、門の前には虎と獅子の獣人が門番をしている。

 その門が開かれた先には、古い木造で、平屋で大きな館が立っている。

 どこか和風な建物に入ろうとするが、ルバンカが連れてきたことを見ていた門番たちは、睨みつけながらも静観するようだ。


 門から建物の入り口を入り、玄関に足を踏み入れると、獅子の獣人が声をかけてきた。


「アルバハル様がお待ちだ。ついてこい」


「はい。お邪魔します」


「ふん。人族が」


(結構なおもてなしだな。暴れちゃうぞ)


 アレンの澄ました表情にも、建物の中を案内する獣人は気分を害しているようだ。

 それでも、アレンの表情を変える理由にはならないので、平静のままついていく。


 案内された先には左右に大きく開く引き戸があり、獣人が盛大に開けると、奥には1人の獣人と思われる者が座っている。


「村長のアルバハル様でございますか。お招きいただきありがとうございます」


(ん? 何だこの違和感は。ああ、この村長がでかいのか)


 巨大な神殿や王城に慣れ過ぎていたためか、グラハンなどの召喚獣がでかいから、村長の大きさに気付くのが遅れてしまった。


(さて、こんな時にクワトロがいないと鑑定できないから困るな。敵意むき出しだけど襲ってこないよね)


 完全に緩んでいるわけではないが、この世界に「安心」なんてものは存在しない。

 気持ちをやや戦闘モードを意識しつつ、これくらい近づいた方が良いよねという10メートルくらいの距離まで歩み寄った。


『人がこの村に足を踏み入れるとは。ルバンカも歓迎の意思を示すとはな。儂がこの村で村長をしているアルバハルよ。「アルバハル村」へよく来たな』


「ご丁寧な挨拶感謝します。先に来たシアたち一行の仲間のアレンです」


『何をしにきた』


(さっき、ルバンカが幻獣って言っていたか。聖獣の一個上か)


 この世界には魔獣や精霊獣、霊獣、神獣など「獣」が付くものは多い。

 メルスから以前、聖獣は幻獣となり、神獣へ至ると聞いたことがある。


 ルバンカという聖獣を従えるアルバハルは神獣の一歩手前の幻獣のようだ。


 老齢で白髪の髪を垂らし、獣人に比べたら獣よりの手足を舐めるように見る。


「……シアの試練の手伝いなどいくつか用事があるのですが、そうですね。獣神ガルム様に会いに来たでしょうか」


『ほう、獣神ガルム様への謁見を求めるか。大きく出たものだ』


 村長のアルバハルは勢い余って立ち上がったのであった。





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