第578話 魔法神イシリス
アレンたちが資料の山をかき分けた先に、1人の女性がブツブツ言いながら机に座り、紙に何かペンで書きこんでいる。
「ちょっと、このお方って……」
「俺たちの事、気付いていないようだ。もう少し近づいてみよう」
カードの構成を変えて知力を上げ、様子を伺うが、何の変化もないように見える。
完全に、アレンたちは意識の外なのだろう。
「ええ。って、なんかすごい散らかっているわね」
アレンを先頭に、セシル、ソフィー、ララッパ団長らドワーフたちが近づいていく。
キールとドゴラも、その様子を静観する。
(何の材料か。獣の皮? 何かの実験材料かな)
ここにあるのは紙の資料だけではなかった。
獣の皮、木の枝、鉱物などで埋め尽くされて足の踏み場もない。
ソロソロとつま先立ちで移動し、かなりの距離を詰めたのだが、まだ女性はアレンたちを認識してないようだ。
『ふふ、この組み合わせだと、効果範囲を有効的に広げることができ……』
目と鼻の先、1、2メートルほどの位置まで来たが反応がない。
髪の色は紫で、時空神デスペラードと一緒だ。
しかし、ストレートな髪質の時空神と違って、チリチリと癖の強い長い髪は目元を隠しており、表情が分からない。
服は魔法使いが着るようなローブを身にまとっているのだが、その辺の冒険者でも着ないくらいに裾がボロボロに解れている。
(見た目は完全にホラーだけど、魔法神だよな。他に考えられないし)
皆に一度視線を向けた後、皆が任せるという視線で返したことに頷き、アレンは魔法神に語り掛けることにする。
「あの~」
(もっしも~し)
『ああ!!』
ボサボサのチリチリの小さい髪の隙間からクワッと目を見開いた。
「え!?」
『これじゃあ、発動時間が掛かりすぎて意味ねえじゃねえか。ちっきしょおおおおっがあああああああ!!』
ペンを握りしめ、机に叩きつけ、へし折ってしまう。
「申し訳ありません。御挨拶をさせてください」
魔法神は予備のペンを机の上から拾い、また何かを紙に書き始める。
『そうよ。こうすれば、発動時間を短縮して、しかしこれだと! って、おお。いけたわ。ケヘヘ!! イケタイケタ、ワタシイケタ!』
ケタケタ笑いながら、椅子から立ち上がると資料を持ってクルクルと回り出した。
(何だか、オキヨサンを彷彿させるな。っていうかオキヨサンの元ネタ、絶対魔法神だろ)
魔法神の感情の起伏にアレンたちが追いつかないが、このままでは埒があかない。
「あの! わたくしアレンと申します!!」
丹田に力を込めたアレンは、全力で叫び散らす。
資料や実験材料が吹き飛ぶほどの叫びに、踊っていた体がピタリと止まり、首だけでぐりッとアレンに向いた。
『……いつから?』
「つい先ほどからです。魔法神イリシス様、お初にお目にかかります」
『なんだお前』
「アレンと申します。この度は神域に足を踏み入れる許可を頂き、誠にありがとうござ……」
『そうか。分かった。私は忙しい』
また何やらの研究にのめり込んでしまう。
キヒキヒ言いながら、魔法陣を資料に書き込んでおり、アレンたちは既に意識の外のようだ。
アレンはやれやれと魔導書を開く。
すぐに引いたアレンに我慢がならなかったのか、今度はセシルが前に出る。
「アレン、私が話しかけるわ! 魔法神様よろしいでしょうか。あの、聞いてください。私はどうしてもエクストラモードにならないと!!」
『キヒヒ、こうして、こうだと……』
「あの、すみません!!」
顔を高揚させ、必死に語り掛けるセシルの声は、魔法神には届かない。
フガフガ言いながら自らの研究に没頭している。
「まて、セシル。たぶん、分かりやすい部類だ。俺が話をつけよう」
「え? だけど」
「自らの事に夢中になる者にはまずは与えよってことだ。まあ、見ててくれ。私たちは魔法神様の『お手伝い』にやってまいりました!!」
『お手伝い?』
視線も資料に目を向けているが、ペンの動きがピタリと止まり、耳は確かにアレンの声を拾っている。
「そうです。天使様もおらず、研究に不便でしょう。私たちは魔法神イシリス様の『研究』のお手伝いをするためにここに参ったのです」
アレンは「研究」という言葉を強調する。
『何でもしてくれるのか?』
ようやく、資料を下ろし、体ごと姿勢を変えて、アレンを見つめる。
「もちろんです。貴方がお造りになったドワーフたちが、実験を手取足取り進めさせてくれるでしょう」
好きにこき使ってくれとララッパ団長たちを指差して言う。
「ぶ!?」
(花京院の魂を賭けよう)
後ろで、様子を見ていたララッパ団長が噴き出した。
「このように散らかっていては、研究に支障が出ることでしょう。買い物も不便しているはず」
『なるほど、ドワーフなら創造神様もお許しになるわぁああ! 天使じゃないから!!』
魔法神は髪の隙間からニチャアッという音が聞こえそうなほどの表情で、ララッパ団長を見る。
(ふむ、天使たちがいないのは、創造神が下した罰だったのか。まあ、自分の都合の良いように解釈してくれたぞ)
「ちょっと、総帥、何勝手に決めてんのよ」
「ララッパ団長、これはまたとない機会ですよ。なんたって、皆さんは魔法神イシリスの深淵を覗く機会を得たのですから。誰でもない魔法神様の真理を求めてきた、あなた方にしかできないことです」
「な、なるほど。助手ってことかしら。私、魔法神様の右腕になるってことかしら!!」
「そのとおりです。魔法神様すら到達が叶わない魔導の深淵を共に研究してください」
(ララッパ団長がいなくなるのは痛いが、団長の力は魔法神の側にいた方が増すかもしれないからな。さて、ここからセシルのエクストラモード獲得に話を持って行かなくては)
ララッパ団長に対してまで、アレンの口八丁で言いくるめるのに、セシルがため息をついた。
「皆! 私は魔法神様の助手になったわ! 魔法神様の研究施設が散らかっていて、研究の邪魔よ。速やかに片付けなさい!!」
「さすが団長だ。魔法神様の助手になったぞ! お前ら、魔法神様の研究施設を片付けるぞ」
団長の配下のドワーフが嬉しそうに団長の指示を聞いて、部屋に溜まった資料や材料の片づけにワラワラと取り掛かった。
『では、用が済んだなら……』
アレンたちは助手じゃないだろう。
だから、研究施設から出ていけと言わんばかりだ。
(おいおい、魔法神はコミュ症なのか、あまり話したりするのは好きじゃないっぽいな)
「まだ、魔法神様にできることがございます。こちらの信仰カードを使って、商神マーネの露店市場で素材を買うことができます」
『じゃあ、アクアの神水を買ってきてくれ』
(なんだそれ。露店に売っていたのか。だが、これでセシルのエクストラモードがお使いクエストに変わったぞ)
アレンは魔法神イシリスに頭を下げ、跪きながらも悪い顔が止まらない。
クエストにはいくつもの部類がある。
ダンジョン攻略や、剣の達人に腕を認めて貰うなど様々あるのだが、「お使いクエスト」は、その中で最も簡単な部類に入る。
依頼者の求める、遠くにある物を取ってくる簡単なお仕事だ。
アレンはやり込み好きでこの世界に来たのだが、貰える報酬が同じならクエストは易しいに越したことはないという考えだ。
「畏まりました。ただ、信仰カードのポイントは私たちが必死に霊獣を狩り集めたもの。魔法神様に『ただ』で渡したいのはやまやまですが、それでは創造神様がお叱りになるのではないでしょうか」
創造神エルメアが試練と対価をどのように考えているのか。
『たしかに。対価か』
「はい。ポイントをたくさんお渡しするので、このセシルという人間をエクストラモードにしていただけないでしょうか?」
「露店市場と信仰ポイントからこんな交渉を考えていたのね……」
アレンは仲間たちと共に露店市場を巡り、さらに亜神級の霊獣を狩る前に、信仰カードを用意していた。
『私の開放者にするのは対価が見合わない』
開放者とはエクストラモードに達した者のことだ。
「え? ポイントは対価にならないと」
『そう。回復薬や魔法具、魔導具なら問題ない。ポイントを代価にすると、たぶん創造神が怒る』
人の理を変えるには、信仰ポイントは相応しくないようだ。
「左様ですか。では霊力回復薬などは? 霊力が回復する指輪なんかも欲しいです」
話が変わってしまったが、交渉するのも難しい性格の神なので、ポイントの話も流れのままに整理しておく。
『霊力が必要ならこれくらい』
ガリガリとペンで紙に書いて、アレンに渡した。
【魔法神の信仰ポイントの交換の対価】
・100万:霊力全回復薬(単体用)
・1億:霊力全回復薬(パーティー全体用)
・10億:霊力消費低減リング(消費霊力1割減)
・50億:霊力回復リング(秒間1%回復)
・100億:霊力回復消費低減リング(秒間5%回復、消費霊力5割減)
「霊力回復リングなどは神界でしか効果はありませんか?」
アレンは自らが持つ信仰カードを確認すると「約32億P」と表示されている。
そのうち20億ポイントは2体の亜神級の霊獣を倒したときに得た物だ。
『当然』
(これは対価相当と見た。あと2体かそこら亜神級の霊獣を狩れば、霊力回復リングが手に入るのか。大地の迷宮ならあっという間だな。さらに上位互換装備も用意してくれて、うれぴっぴ)
「では、エクストラモードにするために必要な材料を私たちがとってきます」
流れるように、お使いクエストの話を続ける。
どうしたらエクストラモードにしてくれるのか、話を聞かないと分からない。
露店市場ではない、研究の材料を取ってくると言う。
『私は自らの開放者を受け入れるのは好きではない。研究の邪魔だから』
さっきまでとうって変わり、魔法神は人をエクストラモードにするのは好きではないようだ。
「そこをなんとか。これまで欲しかったもの。手に入れば実験が進むものを必ず私たちが手に入れてきます」
『何でも?』
「はい。必ず手に入れて見せます」
「アレン……ちょっと!!」
セシルは頭を地面すれすれまで下げて、自分のために魔法神にお願いするアレンを見て、目に余ったようだ。
我慢ができず、「もうこれ以上は」と言いかけたところで、魔法神の方が一歩先に口を開く。
『ああ! ずっと欲しかったものがある!! これで研究が進む!!』
魔法神は天を見上げて、手をポンと叩き叫んだ。
感情の起伏が激しすぎて追いつけず、キールやドゴラもビクッとなってしまう。
「とってきます。そしたら、セシルをエクストラモードにしていただけると」
『もちろん』
「では、何を取ってきたらよいでしょうか?」
アレン、セシル、ソフィーが耳を立て、魔法神イシリスが何を求めるのか真剣に聞き取ろうとする。
『心臓が欲しい』
「は? どなたの?」
(心臓だと。なんか急に嫌な予感がするんだが。もしかしても、もしかせんよな)
アレンは何を言っているのか分からなかった。
知力を上げたアレンには、1つの可能性が一気に大きくなる。
『なんだったか。神界人どもの国にいるだろ』
「え? それってもしかして、あの霊獣じゃあ」
セシルの顔にも恐怖が蘇る。
『そう! ああ、そうだ。霊獣だ! 思い出した!! 私はネスティラドの心臓が欲しい!!』
「は?」
アレンは耳では聞こえたのだが、頭では理解ができない。
『シャンダール天空国とかいうところの吹き溜まりにネスティラドとかいう霊獣がいる。研究に必要だから、その心臓を取ってきてくれ』
どうしても欲しいのか場所まで詳しく教えてくれる。
そこまで言わなくても既にアレンたちは分かっていた。
「な!? え? そ、そんなの無理に決まっているでしょ!!」
セシルは黙っていられないと、叫ぶように苦情を申し立てる。
つい最近もアレンは内臓がはみ出るほど、ボロボロになって返り打ちにされたばかりだ。
精霊の園の試練を越えても、底が見えないほどの力が霊獣ネスティラドにはあった。
(そうか、通常ボスと思っていたが、これは正規ルートだったのか)
アレンは全てを察したかのように、ゆっくりと頭を下げ、覚悟をもって口を開いた。
「分かりました。『ネスティラドの心臓と引き換えに、セシルをエクストラモードにする』。このクエスト受けさせていただきます」
「え? な、なんで……。ちょっと、勝手に……」
セシルはあまりの衝撃に絶句して、言葉が上手く出てこない。
至上最難関と呼ぶにふさわしい、最恐のお使いクエストが始まろうとしているのであった。
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