第579話 欲しい物リスト

 魔法神イシリスは霊獣ネスティラドの心臓を取ってくるように言う。


「おいおい、このまま話進めてしまっていいのかよ」


 セシルのクエストでアレンたちに任せていたキールも思わず口に出す。

 ずっと黙っていたが、この場にはソフィー、キール、ドゴラもいる。


「ああ、なんかセシルだけ試練が厳しくないか……」


(そんなことはないぞ、ドゴラ。お前は仲間のために命を懸けただろ)


 アレンは心の中で、キールと一緒に思わず口に出したドゴラの言葉を否定する。

 ドゴラは仲間を守るため、一度死んだ命を火の神フレイアとの交渉で復活してもらっている。

 だが、その結果火の神の使徒として生きる道を選んだ。


 アレンの取ってくるという言葉に思わずにやける魔法神イシリスに、さらに語りかける。


「ネスティラドの心臓は分かりましたが、セシルにはもっと深い、魔導の神髄を得てほしいと考えております」


『それで?』


「魔法神様には神技、神器、加護についてもいただきたいです。そちらについても素材を回収してまいります」


 ほしい素材はネスティラドの心臓だけか。

 まだあるなら、対価と試練と交換したいと言う。


『神技、神器、加護だと……。欲しい。ああ、あれも欲しい』


 魔法神はまた紙にガリガリと書き始めた。


「ちょっと、アレン。もういいわ。私」


「よくないぞ。試練が厳しければ厳しいほど対価は良くなる。きっと、ネスティラドの心臓を得られたら、セシルの力は魔王を倒すために有効な力となる」


「でも、それで、アレンが危険に……」


『これと交換』


 会話の途中でも構わず魔法神が割って入ってくる。

 アレンの顔面に突きつけるようにメモを見せる。


「ぶっ!?」

「おいおい」

「なんだこりゃ!!」


 アレンと一緒にキールとドゴラも噴き出した。


【魔法神イシリスの欲しい物リスト】

・エクストラモード:霊獣ネスティラドの心臓

・神技:竜神マグラの角

・加護:日と月のカケラ

・神器:獣神ガルムの尾


(俺たちにも読める文字で書いてくれるなんて親切だね。卒倒しそうです。本当にありがとうございました)


 その辺に書かれている魔法の研究は魔法神イシリスが使う神学文字でよく分からないが、人間世界で使われる普通の文字でメモを書いてくれたようだ。


「あ、アレン様……。なんてことでしょう。上位神の尻尾なんて無理ではございませんか?」


 紙に書いてあることが嘘ではないのかと、ここまで黙っていたソフィーは読んで立ち眩みがしているようだ。

 ドゴラとキールもメモを覗き込んで絶句している。


「本当よ……。獣神ガルム様って上位神じゃない。尾を取ってこいとか」


 セシルも血の気が引いている。

 つい最近、アレンが上位神の1柱である剣神セスタヴィヌスに挑戦し、試合にならないほどの力の差を見せつけられたばかりだ。

 精霊の園で、ソフィーたちが試練を越えたが、上位神である大精霊神イースレイとは戦ってすらいない。


(お使いクエストで済めばいいんだが。討伐クエストになる予感がビンビンだぞ。だが、ここで話を終わらせるわけにはいかないぞ。まだだ、これほどの試練だ。これが限界じゃないはずだ)


 アレンは剣神との戦いで飛ばされそうになった首をゆっくりと触ったが、イシリスとの交渉を終わらせるわけにはいかなかった。


「魔法神様、材料はどの順番で持ってきても構わないですか?」


『構わない。必要だから早く持ってこい』


「必ず集めてまいります。ただ、4つ全てを持ってきたら、何か別の褒美が欲しいです」


『褒美?』


 魔法神はモジャモジャの髪の隙間からアレンの言葉の真意を探る。


「魔法神様が長年、欲しいが手に入らなかった物を全て集めた者への褒美でございます。魔法使いセシルに究極の魔法を1つ褒美としていただきたいです」


『魔法か。丁度よい。研究結果をやろう』


(簡単に「うん」といってくれたか。それほどほしいのか。というか、欲しいのは研究結果だけか。くれるのね。だが、これほどの物で手に入るものとは……。だが、それゆえに人々は豊かになったと言えるな)


 魔法神イシリスにとって、真実の探求こそが目的なのか、成果物はいらないようだ。

 魔法神の力の恩恵を人間世界で受ける理由が分かったような気がする。

 ただただ研究をしてきただけのようだ。

 研究結果は、人間世界ではダンジョンや人々に現れる才能で得られた。

 神界ではシャンダール天空国で転移装置や天空船を得られ、商神マーネの露店市場にも溢れている。


「ありがとうございます。深淵に佇む神は懐が深いです。他の素材の場所を聞いてもよろしいでしょうか?」


【魔法神イシリスの追加報酬】

・研究成果の魔法:素材4つ全て集める


 ネスティラドの居場所を教えてくれたように場所が知りたい。


『竜神は大地の神が迷宮に閉じ込めた。日と月のカケラの場所は知らない。原獣の園で獣神ガルムが知っているはずだ』


(ここで大地の迷宮か。全てはセシルの強化に繋がっていたと。俺たちは正規ルートの上を歩いていたのか)


「畏まりました。では、素材集めをしてまいります」


『早く』


 魔法神イシリスはアレンとの会話に飽きたのか、また机に向かってガリガリと何かを探求している。


「……さて、行くぞ」


「良いけど、何か話が違ってきたわよ」


「そうだな、セシル。まずは、作戦を変えないといけない。ちょっと待ってろ。ララッパ団長に用がある」


 セシルは魔法神に頭を下げ、この場を後にするアレンを追いながら、これからどうするのか聞きたいようだ。


 研究室の端にいるララッパ団長にアレンは何か用事を伝える。


 アレンがララッパ団長に用事を頼んだ後、セシル、ソフィーたちと共にこの場を後にする。

 ララッパ団長たちは、魔法神の助手になったので、このまま置いていくことにする。


 最初にアレンたちが転移したのは、原獣の園に向かう魔導船の中だ。

 操舵士ピヨンが一瞬背後に気配を感じた。


「これはアレン殿。魔法神様には会うことができましたか?」


「ええ。試練もいただきました。原獣の園へはいつ頃着きそうですか?」


「航路は順調です。明後日には着くかと思います」


(さすがに、神界の果てにあると言われる原獣の園だな。これなら1~2回の練習で大地の迷宮に挑戦できそうだな)


 上位神である獣神ガルムの支配する原獣の園は、神界の果てと呼ばれる端の端にあるとメルスから聞いていた。


「ありがとうございます。では、私たちはすべきことがあるので、このまま進めてください」


 返事をするピヨンを残して、アレンたちはこの場を後にする。

 次に転移したのは大地の迷宮の入り口だ。

 現在攻略中のようで、拠点用魔導具ももぬけの殻だ。


「次はメルルのところね。大地の迷宮は本腰を入れなきゃね」


 メルルたちに竜神マグラが封印されていることを伝えに行くとセシルは思ったようだ。

 竜の神にして、人間世界を滅ぼそうとしたマグラのことをメルルに伝えないと、大惨事になりかねない。

 その通りだとキールとソフィーも頷き、ドゴラはついていけていない。


「そうだ。あの大地の迷宮は人手も構成も足りていない。ちょっと面子を揃えないとな。先に大地の迷宮に送るから待っててくれ」


 一度挑戦した大地の迷宮をどう攻略するのか、考え続けていた。

 単純に、アレンは剣が欲しいだけだったのだが、魔法神との話の中で必ず攻略しないといけないと確信を得た。


(少なくとも10階や20階じゃ、出てこないってことだからな。最下層で出てきたんじゃ、今のメンバーじゃ無理だろうしな)



「ちょっと、アレン。私のための試練よ。一緒に行くわ」


「わたくしもです」


 試練攻略を目指すため、セシルとソフィーも力になりたいようだ。


「じゃあ、キールとドゴラは大地の迷宮で、メルルたちに事情を説明しておいてくれ。暗くなる前には戻ってくるからな」


 キールとドゴラはここで残るように言う。


「ああ、分かった。結構時間が掛かるんだな」


 メルルたちへの事情の変更についてはキールたちに任せることにする。

 こんな時に、ずっと一緒に行動を共にした仲間がいると、アレンの意思をすぐに汲んでくれるから助かる。


 キールは拠点用魔導具で休み、ドゴラは大地の迷宮入り口側で訓練をする。


 日が沈み、月が空に上ったその日の晩、アレンたちは戻ってきた。


 メルルが待ってましたと口を開く。


「おお! ルークも一緒に攻略するんだ。助かるよって、ロゼッタさんたちもいるね」


 誰が来るのかと待ちわびていたメルルも嬉しそうだ。


 メルルたちもダンジョン攻略から戻り、外でかがり火を囲むように休んでいた。

 ガララ提督のパーティーや名工ハバラクは酒が進んで出来上がっている。


「ああ? ここでいいのか。結局、何の訓練も受けれなかったじゃねえか」


『ギャウ~』


「やっと、あのよく分からない試練から解放されたわ!! ルークもこっちに来なさい」


 転移してくるなり、皆思い思いの言葉が漏れる。


(ダンジョン攻略と言えば、盗賊だからな。ルークとハクはあまり乗り気ではないと。まあ、ハクはクレナと離れ離れになってしまったからな)


 転移するなり、ルークが不満をたれているが、ロゼッタは嬉しそうだ。

 自分の席だと言わんばかりに、空いている場所にゴロリと座った。

 アレンはルークとロゼッタだけではなく、神界闘技場にいるハク、そして、ヘルミオスのパーティー「セイクリッド」の後衛職の方々に来てもらった。


「これで全部か?」


 メルルたちと一緒に先に食事にありついているドゴラが肉を片手に口を開く。


「いや、まだだ。ソフィーが話をつけてくれたみたいだ。すぐに戻る。セシルたちも休んでいてくれ」


 アレンだけ、特技「巣ごもり」でこの場を離れ、すぐに戻ってきた。

 ドゴラやキールも見覚えのある男をアレンは連れてきた。


「ここが神界、ここが神々の領域か」


「その通りです。アレン様の言うことを良くきくようにね。ガトルーガ」


「は! ソフィアローネ様」


 アレンたちの元にローゼンヘイム最強の男ガトルーガがやってきた。

 アレンは100人だけ許可された神域へ足を踏み入れる者の1枠を使って、ローゼンヘイムで女王の護衛を務めるガトルーガを、今回の攻略メンバーに選んだ。


(いよいよメインディッシュだ。お前が来ないと話にならないからな)


「その通りです。少しお待ちを。全員揃えますので」


「あの方も一緒なら心強いわ。まさか戦った相手が仲間になるなんてね」


「因縁もございますしね。すぐに賛同してくれて助かります」


「おいおい、誰の話だ?」


 キールはセシルとソフィーが「誰」の事を話しているのかすぐには分からなかった。

 アレンは転移していなくなり、覚醒スキル「帰巣本能」でその「誰」を連れてすぐに戻ってきた。


 ブオオオオ


 突風が吹き、アレンたちが囲む焚火が大きく燃え盛った。


「うわ!? なんだ!! 巨大なドラゴンだ!!」


 状況についていけないガトルーガが、吹き飛ばされそうになり、その姿を見て悲鳴を上げた。

 メルルたちも突風に飛ばされないよう木のコップを握りしめた。


 アレンが連れてきたのは、神界で第二の人生を探していた竜王マティルドーラだ。

 100メートルを超える竜王は、大地の神ガイアの神域の上空で巨大な翼を羽ばたかせている。


『ほう? ここが大地の神ガイア様の神域か。そうか、このために我はやってきたのか……。竜神マグラ様』


「その通りです。全員揃いましたね。では皆さん、これからについて話をします」


 アレンに呼ばれた竜王は大地の迷宮の穴を睨みつける。

 大地の迷宮攻略メンバーを再編と補強したアレンは、皆に語りかけようとするのであった。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る