第577話 魔法神イシリスの功罪

 次の階層に転移すると、見たことのないゴーレムたちがアレンたちを迎えてくれる。


「ちょっと、これって……へ、蛇型じゃない。見たことのない新型よ! これなら空洞探索に最適じゃない!!」


 初めてのテーマパークに足を踏み入れた少女のように、ララッパ団長は目を輝かせている。


「団長、本当ですね。あっちも見たことのない形態がありますよ!!」


 配下のドワーフたちとワイワイ話している中、アレンは魔導書を出して、やるべきことをやることにする。


「ホークたち。魔法神がいるか調べてくれ」


『ピイッ!!』


 ララッパ団長たちがゴーレムに夢中になっている間、鳥Eの召喚獣たちを使って、だだっ広い数千平方キロメートルの空間を探索させる。


 小一時間ほど探索したが、階層にはゴーレムとキューブ状の物体があるだけのようだ。


「この階層にはいませんでした。次の階層に行きますよ」


「えええぇ。私もっといたいわ」


「とりあえず、後にしてください」


 後ろ髪を引かれるララッパ団長たちを引き連れて、転移装置の横で浮いているキューブ状の物体へ話しかける。


「次の階層へ転移してください」


『承りました。次の階層へ転移します』


 アレンたちが転移装置の内側に入ったのと同時に、魔法陣の外枠から垂直に光のカーテンが上がると、視界が変わる。


「ここも魔導具ね……。これは浄水の魔導具かしら? 少し形状が違うような」


 転移と同時に、魔導具が所狭しと陳列する3階層の景色が広がる。


(魔導船、ゴーレムに続いて、魔導具全般の階層ね。ピラミッド構造だし、上に行くほど、だんだん小さい物を展示していると)


 ララッパ団長らが魔導具に興味を引く中、この階層の転移装置の横に浮くキューブ状の物体にセシルが向かう。


「ちょっと、あなたは魔法神様の居場所知っているの?」


『存じません』


 この階層のキューブ状の物体も知らないようだ。

 1階層と2階層も知らないから、この階層も知らないだろうと思っていたが、セシルはそれでは納得できないようだ。


「何よ。じゃあ、魔法神様は誰が場所を把握しているのよ。魔法神様に仕える天使様の居場所は分かるかしら?」


『魔法神様に仕える天使はおりません』


「はぁ? 大精霊神じゃないんだから、そんな訳……」


『創造神エルメア様の命により、この研究施設には、天使が足を踏み入れることを固く禁じられております』


「意味が分からないわ!!」


 どうやら、ここにはキューブ状の物体と魔法神しかいないようだ。

 アレンは鳥Eの召喚獣を飛ばしながら、メルスから聞いたあることを思い出す。


(メルスにはたまに休みを与えるもんだな。タイムリーな情報を仕入れてくれて感謝だ)


 アレンはメルスから数日前、魔法神イシリスについての情報を掴んでいた。


 火の神フレイヤの神器を奪いに来た魔王軍との戦いでメルスは死んで、召喚獣となったのだが、そうなった発端を、双子の妹のルプトから聞いていた。


 アレンが口を開き、セシルに語って聞かせることにする。


「……魔法神は、自らに仕えるマーラという大天使が魔王軍に寝返ってしまった結果、大軍を神界に受け入れる結果になった。今は、魔法神の神域であるこの研究施設に、天使を受け入れていないらしいぞ」


「え? 何よそれ。ああ、メルスから聞いたのね。あれ? たしか、マーラって……」


「そうだ。俺たちもそのマーラっていう魔王の側近中の側近を見たはずだ」


 アレンたちは邪神復活を企む魔王とプロスティア帝国で会っている。

 その時、漆黒の翼を生やし、頭に輪っかを着けた「マーラ」と呼ばれている者を見ていた。

 魔法に優れており、回復範囲がキールのそれとは桁違いだった記憶がある。


 マーラは大天使として魔法神イシリスに仕えていた時、神界に入るための鍵となるものを盗んだ。

 長年、大天使として、魔法神イシリスに仕える天使たちの長だったマーラは、この研究施設、そして、時空神デスペラードの領域までアクセスすることができる立場にあった。


 しかし、マーラは魔王軍と通じており、神界へ行くための鍵を盗む機会をずっと伺っていた。


 結果、マーラは鍵を盗み、そのタイミングで魔王軍は神界へ侵攻した。

 神界に入った魔王軍は、この広大な神域において、火の神フレイヤの神殿を一直線で目指したのも、マーラの手引きがあったからだろうとルプトは言っている。


「魔王軍は、ローゼンヘイムへの侵攻を目くらましに使ったわね」


 セシルは、夢中になっているララッパ団長らがかなり視界の先まで行ってしまったのを見ながら、思い出すようにこの数年の中で起きたことを口にする。


「そうだ。そして、神器を手に入れたあとにしたのは、ギャリアット大陸を中心に起こした邪教徒たちの騒動だな」


 全ては邪神の復活、そして、その後の魔王の強化のための作戦であった。

 神域に魔王軍の侵入を許した結果、魔王軍は神器を手に入れ、作戦を次の段階に移行する。


 ローゼンヘイムの侵攻ではエルフたちが300万人を超える多くの命が奪われ、邪神教の教祖が起こした騒動では、同じくらいの人間がギャリアット大陸で死ぬ形になった。


 それらを起こすきっかけとなったのが大天使マーラの裏切りであった。


「全てはここから始まったってことかしら」


「どうだろうか。だが、魔王軍の作戦にはこの場は必要であった」


 魔王軍の活動の通過点に自分らがいることを思い出す。


「なんでそんな話をするの?」


「全てを知った上で、魔法神と会わないとな」


「私はだからと言って敵意を向けたりしないわ。でも、ありがとね。それと、さっきから思っているけど、『魔法神様』ね」


 アレンが何らかの話の流れで、別の機会で魔王軍と魔法神の関係を知って動揺したり、魔法神を責めたりしないよう、セシルに態々話してくれたことを理解してくれたようだ。


「そうだったな。よし、この階層にも魔法神様はいないようだ。上の階層を目指そう。ララッパ団長、移動しますよ!!」


(ルプトは兄の死が納得いってなかった。だから、調べてくれていたんだろうな。兄妹の絆か)


 メルスとルプトは創造神エルメアに10万年間仕えていた。

 唐突に、死を迎えた双子の兄のメルスが何故こうなったのか、双子の妹のルプトは独自に調べてくれていたようだ。


 セシルと話を進めながらも鳥Eの召喚獣たちが30分ほどで調べ上げてくれていた。

 不満が顔の全面に出ている次の階層へ移動することにする。


「ちょっと、何よ! 魔法具よ!!」


「団長、すごいっすね。こんなになんて、試練の塔でも手に入らないですよ!!」


 魔導船、ゴーレム、魔導具の次の階層は魔法具が、ショーケースのガラスのようなものに入って展示してある。


指輪、首飾り、耳飾りなど多様な魔法具がショーケースに並べられ、同じくらいララッパ団長たちが目を輝かせる。


 階層が上に移動する度に、階層の広さは狭くなり、その場に居られる時間は少ないことをララッパ団長たちは理解したようだ。

 おそらく、この場にいる時間はほとんどないと悟ったララッパ団長たちは、転移と同時に移動を開始する。


(魔法神の功罪か。まあ、マーラに鍵を盗まれたことが、魔法神の罪だと断定するのも早計かもしれないけど)


 天使がいなくなり、展示させる者がいないからか、ショーケースに入っていない魔法具を見ながら、魔法神の恩恵を思う。


 魔法神イシリスがもたらす魔法、魔導具、魔法具などの恩恵は人々の暮らしを豊かにした。

 それは、奇跡にも等しい神の御業だ。

 魔獣から命を守るためにも、魔法神の恩恵なくして、人々は生存できないと言っても過言ではない。


「上位神とは、複数の神を従わせたり、複数の分野の神が条件だったな」


「魔法神様は上位神の立場に近いってことね」


「そうだと思うって話だ」


 魔法、魔導具、魔法具を支配し、最近神に至ることができたダンジョンマスターディグラグニを従わせている。

 魔法神の力は上位神の領域に近いのかもしれない。


 15分かそこら調べたら、次の階層に移動した。

 アレンたちは魔法神イシリスの奇跡ともいうべき御業を知ることになる。


 ポコポコ 

 ポコポコ

 ポコポコ


 転移するなり、水の中から、泡が噴き出すような音が辺り一帯から聞こえる。


(何だ? 実験室感がすごいな。って、これは……)


「え? 何よこれ。ドワーフ?」


 セシルが絶句する。

 ララッパ団長たちは声も出なかった。


 魔法具の上の階層には、人が十分に入る大きさの試験官が魔導具の配線で繋がっている。

 試験管の中を液体で満たされているのは、中を下から上に浮き上がる泡によって分かった。


 試験管の中には、バウキス帝国でよく見かけた、子供くらいの大きさの人型の種族が入っている。

 アレンたちの目の前には、それぞれの試験管の中に入れられた10数体のドワーフたちが並んでいた。


「え? じゃあ、魔法神イシリス様が、この研究室で……」


 目を見開くララッパ団長を前に最後まで言うかセシルが躊躇う。


「魔法神様がドワーフを創造したということだろう」


 アレンはセシルの言葉を最後まで言うことにした。


 フォルマールが語ってくれたエルフ誕生の話を思い出す。


 エルフは人間世界と神界の生命の循環を、人間世界側で担う世界樹を守るために大精霊神イースレイが造ったと言う。

 最初はエルフロードを造り、その後他種族に対抗するためにエルフとダークエルフに分けたらしい。


(なるほど。だから魔法神イシリスが造ったからゴーレム使いはドワーフだけなのか)


 アレンはドワーフの才能の特徴を思い出す。


 魔岩将などのゴーレム使いの才能はドワーフからしか生まれない。

 魔導具師や魔法具師を持つ才能もドワーフが多い。


 魔法神イシリスが自らの造った魔導具やゴーレムを扱えるのに適した存在としてドワーフを造ったとしたら納得がいく。


 管で繋がった同じ大きさの試験菅を見ながら、このサイズに合わせるためにドワーフは、人族の子供くらいの大きさなのかと勘繰りたくもなる。


「そう、私たちはこうして生まれてきたのね。イシリス様……」


「団長……」


 自らの存在理由を知ったララッパ団長から自然と涙が零れていく。

 配下のドワーフたちも一緒に涙を流す。


「この階層には、魔法神様はいないようだ。次の階層へ行きましょう」


 ピラミッドの頂上を目指すように階層を上に行くたびに、探索時間は短縮する。

 数分で中を探索して、次の階層へ転移した。

 すると、何やら博物館か図書館に行ったかのような古い紙の資料の匂いがする。

 

「ちょっと、何よこれ! って、魔法陣かしら」


 セシルは自らに降りかかってきた紙の資料の1枚をとり、中に書かれているものを読んだ。

 何が書いているのか分からないが、魔法の類であることが分かる。


(なるほど、ここでは魔法の研究をしているのか)


 魔導具ほどの関心を示さないが、ララッパ団長も紙の資料を拾い上げ感心している。


 ゴソゴソ


「む! 誰かいるな!!」


 胸に期待を膨らませ、転移装置になだれ込んできた資料をかき分けた先に1人の女性が蠢いていたのであった。

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