第550話 ミュラの決心

 アレンの言葉に、ミュラは目を白黒し、家族どころかセシルまでもが驚愕している。


(ん? 何で疑問符が出たんだ。何を言っているのか分からなかったのか)


 アレンには家族に言っていない大きな秘密が2つある。


【アレンの抱える秘密】

・転生者で前世は、別世界で山田健一として35年間生きていたこと

・仲間たちと魔王を倒すために戦っていること


 学園を卒業しても、仲間たちと冒険をしているなどと言い、家に帰らない理由をごまかしてきた。


 今でも前世の話をしない理由は、家族には「アレン」でありたいと思っているからだ。

 仲間たちにはアレンの考えや行動、作戦などが理解してもらいやすいこともあって、健一だった話をしている。


 魔王と戦っている話を家族にしていないのは心配させないためだ。


(マッシュから両親に話をするのは話が違うからな。俺、長男だし)


 学園に通うマッシュはそろそろ魔王史について学習する。

 学園は今、アレンが発案した5大陸同盟会議の合議に基づき学園改革が行われているため、大きな騒ぎになっており、もうすでに知っているかもしれない。


 マッシュから世界の実態を親に伝えられるより、このタイミングで自分からしようと、精霊の園が一段落して戻ってきた。


「ああ、魔王を倒すって大変だよな。クレナがいても倒せないってよっぽどなんだろうな。やっぱり白竜より強いのか?」


(あれ?)


 ロダンの言葉が一瞬理解できなかった。


「もしかして、クレナから話を聞いているとか?」


 アレンは圧倒的な知力をもって、1つの答えを導き出す。


「ああ、なんかアレンが心配させないよう黙っているみたいだが、クレナが戻る度に魔王を倒すために、強くなったの何だのゲルダに話をしているぞ。というか、村もこんなに要塞みたいにしてしまって」


 結構前から、魔王についても、アレンたちの冒険についても知っていたようだ。


(言われてみれば、ローゼンヘイムのシグール元帥を呼んでも、驚いていたけど、何かそういうもんかと受け入れているところがあったような)


 ローゼンヘイムの侵攻後、白竜討伐前に帰ってきた時に、クレナは自らの武勇伝を両親のゲルダやミチルダに語って聞かせた。

 ロダンやテレシアはクレナの両親から、アレンの活躍を知ることになる。

 当人のアレンが黙っているので、両親は触れずにおいたといったところだろう。


「そうなんだ。なんか恥ずかしいな。でも、そういうわけだから、家にはたまに帰ってくるよ」


 魔王を倒すまで、実家に戻ってゆっくりはできないと言う。


「魔王ってそんなに強いのか?」


 クレナの話が本当なら、魔王はどれだけ強いのかとロダンは言う。


「白竜の比じゃないよ」


 濁すか迷ったが、正直に話すことにした。

 ここまで話す必要があったから両親に伝えることを躊躇ってきた。

 生み育ててくれた両親には、心から平穏に生きてほしかった。

 ミュラは静かにアレンの話を聞いている。


「……そんなにか」


 具体的に魔王軍の強さについて話をする。

 いくつもの国が滅び数千万人もの人々が殺されてしまった。

 ロダン村は、アレンの召喚獣やローゼンヘイムのエルフの精霊魔法によって随分強固な作りになっていったのだが、それでも完璧ではない。


 魔王軍の拠点は中央大陸から排除することができたのだが、魔王軍は具体的な動きが無く油断できない状況だ。


(この魔王は無駄なことを嫌うのか、必要な事しかしてこないんだよな)


 振り返ってみると、ローゼンヘイムの侵攻、邪神教の化身、プロスティア帝国の邪神復活など、要所で魔王軍とアレンたちは戦ってきたが、無駄な攻めは1つもなかった。


 前世の記憶がそうさせているのか、慎重な性格なのか、きっと次の攻めは魔王軍サイドからしたら重要な一手なのだろう。


(だから神界で強化しないとな。仲間の協力は必須だし)


 言葉にしながら今の行動が魔王を倒すために繋がっていることを再確認する。

 精霊の園を攻略し、ソフィーやルーク、フォルマールはエクストラモード、神技、神器を手に入れ、圧倒的な力を手に入れた。


 自らの言葉に今後の行動の決意を新たにする。

 すると、ずっと話を聞いていたミュラがスッと立ち上がった。

 なんだろうと皆の視線がミュラに集まる。


「じゃあ、ミュラも強くなる!」


 フンすとミュラは拳を強く握りしめた。


「ん?」


「だって、魔王が攻めてくるんでしょ。村はミュラが守る!」


「いや、そういう話がしたかったわけじゃないし。ミュラはまだ10歳だろ」


 同じ10歳だったころのクレナとは比べられない程、しっかりとした顔つきのミュラの熱を冷まそうとする。


「いや、村は俺たちが守んないといけない。世界が滅びるなら、お前だけの問題じゃないだろ」


 ロダンも何かできることをしたいようだ。

 両親の祖父母も神妙な顔で、アレンとロダンたちの会話を聞いている。


「……じゃあ、明日、学園都市に行くから、それからの話をしようか」


 アレンは絶対に魔王を倒せると確信があるわけではない。

 魔王の悪逆非道ぶりを見ると、家族を巻き込みたくないが、家族の生存率は少しでも上げておきたい。


「分かった。ゲルダにも話をしておくぞ」


 夜分にゲルダ宅に出かけて、一緒に学園都市に向かうと言う。


「なんか、もっと早く言った方が良かったな。セシル。ん? セシル」


 晴れ晴れとするアレンと違い、会話に参加しなかったセシルがうつむき具合だったので、アレンがのぞき込もうとする。


「そうね。話をするって大事よね。ふん!」


「へぐあ!?」


 セシルはアレンたちの会話が粗方終わるのを待っていたようだ。

 思い違いを振り払うようにアレンの頬に右ストレートをお見舞いする。


「セシル様、今日は泊まっていってくださいね」


「え、ええ。泊まらせて頂きます。あと、私のことはセシルでいいですわ」


「お、おい。流石にそれは……」


「じゃあ、そう呼ばせてもらうわ」


 今では、セシルは伯爵令嬢だ。

 流石にまずいのではと言うロダンに反応することはなく、テレシアはニコニコしながらセシルの提案を受け入れた。


 翌日、実家で朝食を済ませて、アレンはセシル、ロダン、ミュラ、ゲルダと共に移動した。

 ゲルダはロダンが、事情を「後から話す」と言って、連れ出してきた形だ。


「アレンお兄ちゃん、ここは?」


 兄が二人いるミュラはお兄ちゃんの前に「アレン」を付ける。


「ここはヘビーユーザー島の上だ。学園はあっちだぞ」


「おお! 空の上に浮いている! おっきな街がある!!」


 島の端の方に転移してきたため、少し歩けば絶壁があり、その下には大地が遥かなる中央大陸の大地が広がっている。

 ミュラがグイグイとヘビーユーザー島から眼下を覗き込んだ。


 数百メートルほど離れたところに巨大な街である「ラターシュ王国学園都市」がある。

 現在、街は人で溢れているため、学園都市にいたアレン軍はヘビーユーザー島に移動することにした。


「すげえな。あっという間に移動してきたぞ」


 ロダンとゲルダが普段アレンがこんな感じで移動してきているのかと驚いている。


「アレン、なんだかもうすごいことになっているわね」


「ああ、街づくりも同時進行だからな」


 セシルも一緒に崖下を覗き込む。


 学園都市には、バウキス帝国からもってきた巨大なゴーレムよりもさらに大きい、数百メートルの大きさの巨大な重機のような魔導具が何体も稼働しており、学園都市の拡張工事が既に進められている。


 1ヵ月ほど前にアレンは、学園改革を訴えた。

 転職ダンジョンや転職ダンジョン改なども活用して、転職を済ませた生徒たちを戦場に送り出そうというものだ。


 アレンは学園都市改革に3カ月で金貨1億枚を用意すると言い、既に金貨3千万枚を前金で納めている。

 与えられた前金で、5大陸同盟主導でラターシュ学園都市は新たな形に変貌を遂げようとしている。


 該当の生徒は今年3月に卒業した務めある生徒も含まれる。

 卒業した生徒は一旦中央大陸の北部に向かったのだが、ラターシュ王国の学園都市に連れ戻した形だ。

 ここからはマクリスなどを通してでしか見れないが、防空壕を作る訓練だと思って開拓を手伝ってもらっている。


 アレンはこの島の活動や眼下に見える学園都市について、ロダン、ミュラ、ゲルダに説明をする。


「こ、これはアレン総帥! お待ちしておりました!!」


 アレン軍のエルフ部隊を指揮するルキドラール将軍とダークエルフ部隊を指揮するブンゼンバーク将軍が数名の軍の配下を連れて駆け寄ってくる。

 アレンたちがやってきたことはヘビーユーザー島に待機させている霊Aの召喚獣を通じて伝えてある。


「この度はエルフとダークエルフの件で、御助力いただきありがとうございました!!」


 ルキドラール将軍が場の空気を変えるほどの大きな声で叫ぶ。


 精霊の園で、大精霊神イースレイから与えられた問題を解くにあたって、ローゼンヘイムは非常事態宣言を発令した。

 非常事態宣言は全世界に対して発信されるものだが、アレン軍のエルフ軍も気が気ではなかった。

 ダークエルフの里ファブラーゼも同様に王令を発令し、結果、大きな力をソフィーとルーク、フォルマールが得たことも知っている。


 エルフのルキドラール将軍だけでなく、ダークエルフのブンゼンバーグ将軍もアレンの元に駆け寄る。


「わ、我らは、か、必ず前に向かって……。決して、ルーク様のこ、超えられた! 思いを無駄に……」


 大精霊神イースレイは奇跡や概念のような存在らしく、基本的にエルフやダークエルフに何か言うことはしない。

 精霊たちを通して、存在を知ることができるのだが、ルークはとんでもなく重い困難を超え、大精霊神に認められた。


 あまりに感情が前に出過ぎて、ブンゼンバーク将軍は言葉が上手く前に出ず、声が裏返ったり、詰まったりしている。


「分かりました。もういいです」


(ミュラの目が点になっているんだけど)


「これはかたじけない……」


 いい年したおっさんのブンゼンバーク将軍は気持ちが前に出過ぎていて何が言いたいのか分からない。

 魔導具袋から出したハンカチを渡したら、チーンと鼻をかまれてしまった。


「随分、形になっているようですね」


「はい。既にアレン軍も生徒たちを転職させるべく、軍を派遣しております」


 ルキドラール将軍が状況を丁寧に説明する。

 2人には学園都市の状況を説明させるために待機してもらっていた。


「このお方がたがもしかして」


「父とクレナの父と、私の妹です。転職を進めていくので兵を借ります」


 急な話にも自ら軍を持っていると対応が早い。

 ロダンもゲルダも才能がないので、ダンジョン攻略と才能の付与をしてもらう。


「いいのか。忙しそうだぞ」


「3ヵ月もかからず、転職とレベルアップも図れると思う。他に希望者がいれば、随時受け入れるよ」


 ロダン村の村長とゲルダとミュラだけ転職して力を得てもしょうがない。

 魔王軍は軍勢で押し寄せてくる。

 ロダン村を強固なものにするなら、大勢の才能のある者たちが不可欠だ。

 村の中心的立場のロダンとゲルダにどのような形でダンジョンを攻略し、転職するのか知ってもらいたい。


「マップもノウハウもあるからまずはダンジョン攻略から行こうか。クワトロ、浮遊羽を使って」


 アレンの肩にいるクワトロがロダンたちを空に浮かせる。


「お、おう。って、うわ!?」


「わあ、ミュラ飛んだ!!」


(ふむ、浮遊羽の速度は3人の素早さに依存するけど、素早さ1万上げてくれるのは助かるな。クワトロの腕輪や素早さ5000アップの腕輪を装備させてもっと速度を上げるようにするか)


 クワトロの腕輪は素早さ5000上昇効果が100パーセント付く。

 2つつけたら1万素早さが上昇し、1日でA級ダンジョンを攻略できるだろう。


 久々に実家に戻ったアレンは、自らやっていることを両親たちに共有し、ロダン、ゲルダ、ミュラに助力するのであった。

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