第524話 神域を望む者

 アレンたちは剣神のいる神域にやってきた。

 原獣の園経由で向かったため、日が沈んでしまった。

 草木の生えていない乾燥した大地が広がっている。


 万里眼で確認すると、大小の円形のコロシアムのようなものがいくつも見受けられる。


(圧迫感がすごいな。降りていいのか)


 天空船から突き出た搭乗用の階段からすたすた降りると、天使が腕を組んで立っている。

 あまりの圧迫感に床に降りることを躊躇ってしまう。

 アレンたちと立ちふさがる天使の間で無言の時間が少し流れた。


 天使はギリシャ神話に出てくるような白い服を着ており、腰には剣も携えている。

 ボディービルダーのように腕も胸元もバッキバキに鍛えこんでいた。


『うぬらが剣神様の元で修行に励み、剣を極めたい者か?』


 天使の方から沈黙を破ってきた。


(お、いきなり脳筋なこと言われたぞ。お? このステータスは主天使かな)


 【名 前】 ケルビン

 【年 齢】 80672

 【種 族】 天使

 【体 力】 58000

 【魔 力】 47000

 【霊 力】 66000

 【攻撃力】 60000

 【耐久力】 53000

 【素早さ】 65000

 【知 力】 43000

 【幸 運】 50000

 【攻撃属性】 無

 【耐久属性】 無


 天空船傍にいるクワトロに特技「鑑定眼」を使わせ、ステータスを確認する。


 年齢もそうだが、これまで鑑定した者の中でもかなりのステータスだ。


「はい。そうです。剣神様に仕える主天使様自ら足を運んでいただき感謝します。また、失礼ながら原獣の里に向かうため、こちらにやってくることが遅れたこと、大変申し訳ありません」


 アレンは深々と頭を下げ、感謝の意を伝える。


 神の格によって、仕える天使の格が違ってくることをメルスから聞いた。


【神の格と仕える天使たち】

・創造神エルメアは第一天使子※、主天使若干名、大天使と天使大勢

・上位神は、主天使をトップに、大天使数体、天使が数十体

・神は、大天使をトップに天使が数体

 ※複数いる場合、序列があり第一天使、第二天使と呼ぶ


 獣神同様に既にアレンたちがやってくることを剣神は聞いていたようだ。

 アレンたちのために自らの天使の中でも最も位の高い天使を寄越してきた。

 さらに、いつ来るか分からない中、待つよう指示をしたのだろう。

 細心の注意を払って頭を下げたアレンに合わせて、仲間たちも頭を下げる。


 なお、精霊の園や原獣の園には天使がいないらしい。


 主天使ケルビンは、頭を下げ微動だにしないアレンの頭の上からつま先までゆっくりと見つめる。


『……ふむ、礼節に問題ないようだな』


 剣神に会わせる前に、何らかの指導をしようと思っていたが、必要ないと主天使は言う。


「ここに剣神様がいるんだ」


 クレナが搭乗階段から降りて、地に足を着こうとする。


『まて、ここから先は剣神様方の神域である。もし足を踏み入れるなら相応の覚悟をするようにと仰せだ』


「ほえ?」


 何の話かクレナは分からなかったようだ。


『ここから先には剣神流奥義を極め、神技を求める覚悟のある者だけにしてほしい。地上のようなぬるい場所だと思わない方がいい。剣神様の許可なく神域から出ることも叶わなくなるぞ』


 ドスの効いた低い声でアレンたちを忠告する。

 キールなどアレンの仲間たちの中にはあまりの威圧に押される者は多い。

 そんな中、クレナは当たり前のように神域に足を着く。


「クレナは力が欲しいです!」


『迷いなしか。うぬなら迷い無き剣が振るえるだろう。名は?』


「クレナ。竜騎帝クレナだよ!」


『グアア!!』


 クレナの名乗りに、ハクも同じく神域に足を着いた。


『そうか。お前たちは審判の門を越えた者たちか。ここで鍛え、「天騎士」を目指すがよい』


(何だよ。天騎士って)


 また新たなワードがアレンの耳に飛び込んでくる。


「我も力が欲しい。よろしくお願いする」


 ドベルグも神域の地面に足を着ける。


「じゃあ、僕もここで強くなれるかな」


「ちょっと、ヘルミオス大丈夫なの?」


 ヘルミオスも地面に足を着いたところで、発着階段の階段部分に立つ怪盗王ロゼッタが不安そうだ。

 とてもじゃないが階段から降りられないと言う。


(ロゼッタは短剣使いでもあるから剣神流でしっかり鍛えてほしいところだけど)


 敵のアイテムやスキルを盗むことができるロゼッタが、短剣スキルで剣技でも得ようものなら、かなり強くなる気がする。


「もう、大丈夫だって」


 ヘルミオスが無理やりロゼッタの手を取って地面に着かせる。


『……』


(お、何も言わないと。まあ、剣士ではないハクが地に着いたときに、そんな気がしていたけど)


 黙って様子を見つめる主天使に、アレンは自分の意思ではなく神域に踏み入れて問題がないことを確認した。


「申し訳ありません、主天使様。剣神様の神域で彼らのフォローをしてほしい者たちもおります。剣は使えませんが、踏み入れてもよろしいでしょうか?」


『ふむ、得られるものは少ないと思うが、構わぬ。好きにいたせ』


 その言葉にヘルミオスパーティーの後衛職たちもぞろぞろと地面に足を着いた。


「では、皆、よろしく頼むぞ。クレナも奥義を極めてくれ」


「分かった!」


 クレナの元気のよい返事を聞いたところで、アレンたちは天空船に戻ることにする。

 主天使に案内され、クレナたちがぞろぞろと付いていく。


 主天使の視界から消えたところで、他の神域同様に鳥Aと霊Aの召喚獣を置いて行くことも忘れない。

 何かあった時の避難用と連絡係を召喚獣にしてもらう予定だ。


「さて、暗くなったので自動運転に切り替えますので、船の中で休んでください」


 自動運転モードに切り替えて船の中で仲間たちと休むことにする。




 翌朝、まだ十分に日の光が天に昇らない時間帯に、歌神の神域までやってきた。

 アレンたちが天空船を神域の発着場に搭乗階段を降ろすと、2体の天使がアレンたちを待ってくれていた。

 1体は女性の天使で、もう1体は男の天使だ。


「ここがソプラ様の神域ね。思った感じの通りだわ」


 そこは地面の上には花々が咲き乱れ、透明で光沢のある羽の生えた獣や蝶々が舞っている。

 どこかで鳥たちが美しい音色でさえずりをしている。


(剣神の神域と違って、ここが「ザ・天国」って感じだな)


 天国に相応しいところだとアレンは思う。

 アレンたちが階段から降りたところで、目の前に立つ2体の天使のうちの1体が口を開く。


『ようこそいらっしゃいました。私たちが歌神様と踊神様の元へご案内しますわ』


 まったりとした口調で、女の天使が言う。


(ステータス的に大天使かな)


 優しいほほえみでアレンたちを歓迎するこの天使の強さは大天使級のようだ。


「あら、踊神様にも案内してくれるのね」


『もちろんです』


 この「蝶よ舞え、花よ歌え」を体現したような神域には、歌神と踊神が一緒にいた。

 目の前のいる2体の大天使はそれぞれの神に仕えているようだ。


「いいね。ここにいると踊りも鍛えられるのか」


 十英獣の1人レペも嬉しそうだ。

 階段を降りたロザリナとレペは嬉しそうに迎えに来てくれた2体の天使の元に歩みを進める。


『あら、そのような歩きではいけませんわ。もっとリズムよく足はこのように』


「こ、こう?」


 足をもっと地面から上げ、テンポよく歩くように女の天使は言う。


『そうそう、じゃあ、案内しますので、私たちに合わせてついてきてください』


 時には跳ね、時には歌いながら、またバレリーナがつま先で回転するように大天使が進んでいく。


「こうだな」


 レペは持ち前のリズム感で2体の天使に動きを合わせる。


『レペさん、その調子ですよ。はい! はい! もっとテンポよく、もっと軽やかに。ロザリナさんも笑顔を出してください!』


「ええ! こうね!!」


『そうです。素晴らしい笑顔です!!』


 ロザリナとレペは2体の天使に先導され、踊るように神域の中へと去っていく。


「なんか楽しそう……」


(これでロザリナも、次会うときにはパワーアップしてくれているのかな)


 衝撃であったが、メルルの零した感想でアレンたちは我に返る。


 さらにその日のうちに大地の神ガイアの神域に向かい到着した。


「ガッツリとした岩の塊だな」


 アレンが天空船の操縦室から眺める大地の神ガイアの神域を見て感想を漏らす。


 他の神域は空に浮いているものの円盤状の形をしており、歩く上部の面には建築物があったり草木が生えていた。

 大地の神の神域は岩の塊と言ってよいほど、かなり立方体に近いゴツゴツとした形をしている。


『ようこそおいで下さいました』


 大地の神ガイアの使いと思われる、ステータスを確認すると男の大天使が1体、船の発着場に立っている。


「お待たせしました。大地の神ガイア様の神域に足を踏み入れることをお許しください」


 アレンが今回も代表して会話をすすめる。


『どうぞ構いません。大地とは寛容なものです。そのような硬い口調は不要です』


 堅そうな神域だが、火の神フレイヤから聞いていた通り、大地の神ガイアとはかなり柔軟な神のようだ。


「じゃあ、メルル、ガララ提督たちも何かあったら連絡してくれ」


「分かった!」


 メルルやガララ提督たちパーティーを置いておく。

 ディグラグニも降臨できるメルルもいることだし、何かあっても対応できるだろう。


 操縦室に戻ると、ピヨンから精霊の園は遠いのでもう1日かかると言われる。

 アレンたちは天空船の中で2回目の夜を過ごした。




 次の日の朝、アレンたちの前に朝日に照らされた巨大な大陸が姿を現す。


(やばい、霊石がギリギリだった件について)


 3日かけ、天空船の速度のブーストに、竜人たちに集めてもらった霊石をほとんど使い切ってしまった。

 竜人たちには、S級ダンジョンや試しの門で手に入った武器や防具、魔法具を貸し与えているのでジャンジャン霊獣を狩ってほしいと思う。


 原獣の園のような荒々しさはないが、自然あふれる大陸だ。

 万里眼でかなり広範囲を確認すると、木々は生い茂り、湖や高い山もある。

 何か力強い生命のようなものを感じる。

 精霊らしき者たちが少し離れているが至る所にいるようだ。


「ここが精霊の園でございますのね」


『ああ、そうだ。実体の状態で来たのは久々だよ。はは』


『精霊神となってこの地を踏むことになろうとはね』


 感動するソフィーにローゼンとファーブルが相槌を打った。


(たしか源精霊のころにローゼンとファーブルは神界から来たんだっけ)


 全ての精霊の誕生は精霊の園だとローゼンから聞いたことがある。


 最初の誕生したてで精霊の赤ん坊のころ、精霊の園から地上に降りた2体の源精霊はゆっくりと成長した。

 数千年の時を経て、精霊神となって帰ってくることができたようだ。


(審判の門とは別に神界と地上を繋ぐアクセスがあると)


 どうも精霊が神界と地上へ向かう事ができる方法が別にあるようだ。


「ああ、そうだなって、誰も迎えに来てないぞ」


 ルークが天空船の発着場から辺りを見回しながら、率直な感想を漏らした。

 遠くで何やら動きがあるのだが大小様々な精霊なのだろうが、アレンたちの元に寄ってくる者はいない。

 これまで寄った全ての神域で迎えが来ていたのだが、ここには誰も来ていないようだ。


「精霊の園には、連絡が伝わっていないのかしら」


「いや、ここだけ伝わらないのも不自然だな。降りる場所を間違えたか」


 セシルの言葉をアレンは否定する。

 精霊の大地の中でここは整地されており、船が下りるのに適した場所だ。

 ピヨンの案内で足を踏み入れたので、誤った場所ではないと自らの考えを否定する。


『歓迎されていないからね。はは』


 ローゼンが渇いた笑いを取る。


「ローゼン様……」


 ソフィーの胸元に抱きかかえられたローゼンに対して、とても心配そうだ。


『ファーブル。大精霊神様にお会いして、もし厳しい処罰を下されるようだったらエルフたちも見てあげてほしい』


『ああ……分かったよ』


 ファーブルは「任せておけ」のような力強い返事はしないようだ。


(おいおいおい、審判の門に続いて何だよ。今度はローゼンか?)


 ローゼンの随分な態度と状況に、審判の門で意気消沈していたファーブルが重なる。


「態々、叱られに行くのもどうかな。精霊を捕まえて帰るか?」


 ソフィーとルークには契約する精霊が必要だとアレンは言う。


『さすがにそれは良くない。それに、他に頼みたいこともあるからね』


『そうだあね』


 この精霊の園には、ソフィーのために大精霊たちを、ルークのために精霊との契約をしに来た点もある。


「じゃあ、目指すは大精霊神様だな」


 アレンの言葉に皆が頷く。

 迎えの来ない精霊の園でアレンたちは大精霊神に会いに行くのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る