第523話 神域への旅路
天空船の操舵室でアレンはクレナを捕まえてもみくちゃにしている。
セシルが呆れて声を上げる。
「アレン、そろそろふざけていないで今後の話をしましょ」
「む? 今日はこの辺にしておく。クレナよ、命拾いしたな」
「ぬふん。くそぅ」
アレンは「くじ運なし」の不名誉な称号を得たが、これも人生だと思う。
力尽き、煙を出し床に倒れたクレナを置いて、皆の元に向かう。
「では、まずどちらに行かれますか?」
神界人で天空船の操舵士のピヨンが、目的地を尋ねてくる。
(そこが問題だな。元々は精霊の園にとりあえず行こうって思っていただけだし)
いくつか行きたい場所があった。
神々の思惑と、廃狩りのアレンによる霊獣狩り、キールの幸運が全て重なって、行ける場所が増えてしまった。
「ピヨンさん、神々が住まう神域にも霊獣はいるのですか?」
「もちろんです。こちらの画面で近くにある霊獣の吹き溜まりが表示されます」
丸い輪のようなものが取り付けられた操舵席の前には、いくつかのモニターが取り付けられている。
霊障の吹き溜まりを表示する専用のモニターがあり、障害を避けて進むのもピヨンの腕だと言う。
ピヨンの話はメルスから聞いた通りだと思った。
神域にも強力な霊獣がいるのだろう。
皆をゆっくり見つめたアレンは口を開く。
「ネスティラドほどじゃないと思うが、強力な霊獣がここから先にいるだろう」
「そうだね」
ヘルミオスがアレンの言葉を受け止める。
「ただ、皆さんの適性にあった神の元に行くことが大切だと思います。目的に合わせて別れましょう。ただ、無理は絶対にしないでください」
「大丈夫よ。皆、アレンみたいなことしないわ」
つい先ほど、ネスティラドと戦って瀕死になったアレンのようなことはしないとセシルは言う。
皆も、霊獣の強さをアレンの状態を見て理解している。
「安全も配慮しながら分けたいと思いますが、テミさんは占神様の元へ向かいますか?」
アレンは1人で神域に臨むことが無いように安全にも配慮すると言う。
「いや、まあ目指すのだが獣神様にお会いしてからにするよ」
まずは原獣の園に向かうと十英獣のテミが言う。
十英獣のリーダーであり、獣人としての筋を全うするらしい。
「あんだよ。俺は歌神に会いに行くぜ?」
歌の才能の持つレペは信じられないと言う。
獣神など関係ないというのは奔放な性格のレペにテミは強く言わないようだ。
「ロザリナは……」
「もちろん歌神ソプラ様に会いに行くに決まってるじゃない」
最後まで言う前に回答が返ってくる。
芸術肌なのか、歌系統の才能がある者は本能に忠実なのか、どうもレペとロザリナは同じ性格をしている。
「じゃあ、キール、ドゴラ、イグノマスはロザリナと一緒に歌神様の元に行ってくれ」
「む? そうか」
頷くドゴラの横でシアが反応した。
パーティー内でも最高戦力の一角になったドゴラを護衛につけた。
シアは原獣の園にいくのだが、久々にドゴラとシアは別々パーティーだ。
「おい、俺らはどうすんだ?」
今回引いたくじの中に該当の神がいないぞとガララ提督は言う。
「大地の神ガイア様なんてどうですか?」
「ん? そこまで縁がないぞ。祈ったこともねえし」
「ゴーレムに大地の神は相性がいいんじゃないでしょうか。それに、既に霊晶石を捧げていますし。メルルも、ガララ提督についていってあげてくれ」
「うん、分かった」
ダンジョンマスターにして、神に至ったディグラグニはメルルをエクストラモードにした。
大地の神ガイアに何らかの力を得られないかとアレンは提案する。
アレンは皆に、今回神々に会うのは、既に霊晶石を捧げた結果引いたくじだと言う。
捧げるものは捧げているので強気に出ようとアレンは言う。
「皆、神々に失礼はないようにしようね」
ヘルミオスは無駄に神罰を受けないように、苦笑いしながらアレンの言葉を訂正する。
話し合った結果、神界でのパーティーは分かれた。
【神界でのパーティー分け】
・剣神と弓神:クレナ、ハク、ヘルミオスパーティー
・獣神:シア、十英獣(レペ除く)
・大地の神:メルル、ガララ提督パーティー
・歌神:キール、ドゴラ、ロザリナ、イグノマス、レペ
・大精霊神:アレン、セシル、ソフィー、フォルマール、ルーク
(思ったより均等に分かれたな)
「ピヨンさんお待たせしました。近い場所から降ろしていただけると助かります」
横で一緒に話を聞いていたピヨンに、乗り合わせのタクシーのような道順で進むようにお願いする。
「神々のいらっしゃる神殿などは絶えず神界で移動しています。ですので、近い場所からというのは難しいのです。ただ、精霊の園だけは場所が固定されております」
(なんだと?)
アレンはこの言葉に疑問があり、ゆっくりと視線を精霊神に送る。
精霊神はソフィーの頭の上にもたれ掛って爆睡している。
もしかして、めんどくさいをこと聞かれるかもしれないと思って眠りについているのかもしれない。
今回の精霊の園について、魔導船も羅神もそもそも必要なかったのではと考えていた。
精霊神に飛んで行ってもいいかと聞いていたのだが、それが可とも不可ともはっきりと聞くことはできなかった。
(まあ、知っていても、くじを引くこと前提なら、黙っておくしかなかったのかもしれないな)
神界では、アレンたちに備えて羅神くじの準備をしていた。
準備を無視した行動を勧めるわけにはいかなかったのだろう。
「なるほど、では原獣の園からお願いします。精霊の園を終着点としてください」
「畏まりました、羅神をお貸しください」
獣神の羅神をピヨンに渡す。
ピヨンは羅神盤に羅神を取り付ける。
羅神はグルグルッと回り出し、ピタッと止まると一定の方角を指し示す。
「では、出発の準備をします。霊石をかなり霊石炉に入れてくださっています。とても速度が出ますので、椅子に座るなど姿勢にご注意ください」
椅子に座り、付属の設備であるジェットコースターなどにある安全バーのような物で体を固定する。
操舵士のピヨンがカタカタとタッチパネル式の画面を操縦すると、エンジンに火がついたような轟音が聞こえ始めた。
魔導船を王都の外壁に取り付ける鎖が取り払われ、宙に浮く。
そのまま、まっすぐ北に向かってばく進する。
「ちょっと!? これ大丈夫なの」
セシルの体が背もたれに押し付けられる。
「ええ、大丈夫です。転ばないようにしてください。間もなく慣性飛行に移行して、船内は安定するはずです」
「まるで、戦闘機だな」
「なによ、セントウキって」
「マッハが出てるってことだ」
「もっと分からないわ」
メルルのタムタムは前世の飛行機と同じくらいの飛行速度が出る。
だが、この天空船はその比ではない速度が出ているようだ。
前世で戦闘機など乗ったことはないが、マッハいくつかの速度が出ているようだ。
(これなら広い神界でも苦もなく移動できそうだな。速さなんていくらあってもいいからな)
ピヨンの言う通り、ある程度速度が出た状態で、船内は安定したようだ。
船内は自由に使って良いとのことなので、思い思いにばらけていく。
ドゴラとシアは広い船室を探して特訓すると言う。
アレンは操舵室に籠り、神界の状況を確認する。
アレンたちの目の前に数キロメートルの島が見える。
「なんか浮いた島を結構見ますね。あそこにも神様がいらっしゃるのですか?」
アレンの問いに、ピヨンは操作画面のいくつかを確認する。
「いえ、それは無神島ですので、神はいません。ただ、霊獣は住んでいるようですよ」
霊獣レーダーのようなものが反応したようだ。
こうして、3時間ほど移動するとアレンたちの目の前に巨大な大陸が姿を現す。
(恐竜でも出てきそうな場所だな。大陸の全長は1000キロメートル以上と)
羅神盤の通り進んだ先には巨大な大陸が浮かんでいた。
クワトロの万里眼でも大陸の全域を捉えることはできない。
上位神はなんでも巨大な大陸に住んでいることが多いらしい。
山の頂から火を吹き溶岩が麓に向けて流れ込んでいる。
鬱蒼とした熱帯雨林がかなりの密度で生え、蔦が大木に絡んでいる。
(神界には魔獣はいないらしいからな。あれは聖獣か? それとも霊獣か?)
攻撃の対象なのか品定めをすることは忘れない。
アレンは失われた信用を取り戻すため、羅神くじを引くための霊晶石を回収しなくてはいけない。
「全ての神域には発着場がございます。これから着陸しますので、転ばないようご注意ください」
拡声の魔導具も使い、船内全域に注意するようピヨンは伝える。
神界人は何かあると神々の神域に呼び出されることもあるらしい。
神界人が足を運べるよう天空船の発着場が必ず用意されていると言う。
速度を減退させ、垂直に魔導船が発着場に着地する。
パネルをポンポン叩くだけで船体側部から階段が現れ、アレンたち全員で獣神ガルムも住まう獣神たちの神域に足を踏み入れた。
船の前には1体の獣がアレンたちの様子を見ている。
筋肉隆々の体で、胸元を除いて剛毛が体を包んでいる。
胸元に鍛え抜かれた手を組み、厳しい表情でアレンたちを見ている。
(ゴリラだな。たしか、あの聖獣もゴリラだったような)
10メートルほどの巨大なゴリラの姿をしたその獣と、アレンたちの視線が重なる。
『俺は聖獣ルバンカ、貴様らのことは天空王より聞いている。ついてこい』
それだけ言うと、聖獣ルバンカはアレンたちに背を向け、両手の拳を地面につけ4足歩行でノシノシと歩き始めた。
(天空王は神々との連絡手段があるということか)
「案内を寄こして下さったようだの。シア様も共に参りましょう」
「う、うむ」
「では、シア、ツバメンとオキヨサンを念のために付けておくけど、気をつけてな」
「それは助かる」
アレンは全員に何かあったら逃がすための鳥Aの召喚獣と、成長レベル9まで上げた霊Aの召喚獣を護衛に付けることにする。
獣神たちがいるこの神域では、Sランクの召喚獣でも敵わないだろうが、逃げるための時間を稼ぐことができるかもしれない。
ただの可能性の話で、気休めなので気を付けるようにシアに伝える。
レペを除く十英獣とシアを置いて、アレンたちは天空船に乗って移動を開始する。
「次はどちらへ?」
操舵室に戻ったらピヨンが尋ねてくる。
「そうですね。剣神様のところへお願いします」
「承りました。神界闘技場へ向かいます」
(なにそれカッコいい)
ピヨンは剣神の名の刻まれた羅神を羅神盤に取り付ける。
半日かけて、剣神の住まう神域へ到着した。
既に日の光は西の果てに沈み、月と星の光が夜空をわずかに照らす。
「皆さま、到着しました」
操舵室で天の恵みを生成していたアレンにピヨンが話しかける。
「なんか暗くてよく分からないわね」
「そうですわね。発着場に誰か立っていますわ」
アレンを手伝っていたセシルとソフィーが暗くなった外を覗き込む。
薙刀を持った2人の神界人らしきものが発着場外に立っていることが分かる。
「とりあえず、迎えは来ているようです。降りましょうか」
アレンたちは剣神の神域である神界闘技場に足を踏み入れるのであった。
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