第522話 羅神くじ②
仲間たちのクーデターによって、アレンは羅神くじを引く権利を失った。
「くそおおお、もう1回だ。もう1回チャンスをくれ。必ず上位神を引いて見せる」
「アレン、ごめんなさい。世界の平和が掛かっているの。キール、お願いできるかしら」
セシルはアレンの願いを無碍に断る。
S級ダンジョンでゴーレムの石板を集める際、信頼と実績のあるキールに羅神くじの命運を託すようだ。
「なんか緊張するね!」
『ガウ!』
ドキドキするクレナと、それに答えるハクはどう見ても緊張していない。
「……じゃあ、引くぞ」
涙目のアレンを背中で感じながら、キールは羅神くじを引く。
両手で抱える樽ほどの大きさの上部の穴から銀の棒が出てくる。
拾うなり、セシルの表情は明るくなった。
「見せなさい。って、大地の神ガイア様よ! やっぱりキールに代えて正解だったわ!」
キールは4大神の1柱、大地の神ガイアの神域に入るための羅神を引き当てた。
アレン、ヘルミオス、ガララ提督、十英獣のパーティーに該当の者がいないのでアレン管理の持ち分とする。
「あと4回か。どんどん引くぞ」
キールが樽を抱えてゴロゴロと中の棒をシャッフルさせ、上部の穴から1本の羅神を引く。
今回は初めて金の羅神が出てきた。
「金よ! 金の聖帝が金の羅神を引き当てたわ!!」
天空王のいる謁見の間に、衝撃が走る。
「おい、何回、金金っていうんだよ、って、これは剣神セスタヴィヌス様じゃないか……」
キールが書かれている神の名を見て絶句する。
戦神、武神、剣神による闘神3姉妹の末妹にして、武具8神たちのとりまとめ役の長である剣神セスタヴィヌスをキールは引き当てた。
「ま、誠か! 見せてくれ!!」
目をクワッと見開いたドベルグが立ち上がり、キールの元に歩み寄る。
震える両手で金の羅神を手に取った。
「すごいの?」
あまりの衝撃に震えるドベルグに対して、S級ダンジョンの頃から子弟のように接したクレナには理解できなかった。
「そうだ。我ら剣を持つ者の信仰の依り代だ。そうか、剣神様に会うことができるのか……」
片目となったドベルグの目に感動のあまり涙が零れる。
ここにいる4パーティーには剣を武器とする者たちが多い。
剣神は短剣、剣、大剣全てを司る神だ。
この状況に十英獣も含めて、神界に足を運んだ意味をもう一度理解した。
とりあえず、感動して離さないドベルグに持ってもらうことにする。
「どんどん引くぞ。あと3回だな」
もう誰もアレンにくじを引いたらという者はいなかった。
キールは3回目のくじを引くと、銀の棒だった。
「こ、これは獣神ギラン様ではないか!!」
(獣神ギラン? 誰だそれ? ガルムじゃねえのか)
シアが手に取ると羅針には獣神ギランとある。
「ギラン様?」
クレナはギランが誰なのか分からなかった。
「獣神ギラン様は上位神である獣神ガルム様に仕える神だ。これで余らは原獣の園にいけるというわけだ」
「ほおお! すごい!!」
感動するクレナに、シアが目を輝かせ教えてくれる。
上位神になると、配下に神々を従えることも普通にあるので、上位神である獣神ガルムも複数の獣神を従えているらしい。
その1柱が狼の姿をした獣神ギランで、ブライセン獣王国で主に信仰されているという。
「じゃあ、これで目的の1つを達成したな。くじはあと2回か」
次に出てきた羅神は銀色で弓神コロネとある。
武具8神の1柱らしい。
闘神3姉妹も武具8神も同じ神域に居るらしいのだが、羅針があるのとないのでは会ってもきっと態度も違うだろう。
弓使いはガララ提督のパーティーを除いて3パーティーそれぞれにいるので、貴重な結果となった。
とりあえず、アレンの持ち物とする。
「これで最後ね。魔法神イシリス様もいいけど、やっぱり精霊の園が優先よね」
キールが引く最後の1回のくじに仲間たちの命運を祈る。
「わ、分かっているけど、そんなに期待しないでくれよ」
キールは期待されても答えられないと言った後、最後の1回の羅神くじを引く。
コロコロ
床石に転がる羅神は上位神の証である金色をしていた。
「おおお!! 金じゃねえか。さすが……」
「『金』はもういいぞ。って、大精霊神イースレイ様とあるぞ!!」
ドゴラも「金のキール」と言いたかったが、キールに制止される。
キールはとうとう、今回の神界行きの主な目的の1つである精霊の園への切符を手に入れた。
仲間たちが拍手喝さいでキールを称える。
(いや、引けたんだから全然負けてないし。というかこの樽なんか空にしてやるし)
この結果は遅いか早いかだけだと、アレンは言い訳をする。
【アレンが引いた羅神くじの結果4回分】
・商神マーネ
・歌神ソプラ
・占神タルロット
・笑神マンザイ
【キールが引いた羅神くじの結果5回分】
・大地の神ガイア
・剣神セスタヴィヌス
・獣神ギラン
・弓神コロネ
・大精霊神イースレイ
「ん、おほん。羅神くじは引き終わったようだな」
宰相が無礼講と言ったが、天空王の御前だと言いたげに咳をする。
「はい。このような機会をご用意いただきありがとうございます。早速、神々にご挨拶に伺いたいと思います」
宰相にアレンが代表となって礼を言う。
「では、謁見は終わりであるな」
天空王が立ち上がるので、皆一様に頭を下げる。
大きなベビーカーみたいな未来的な乗り物に騎士2名がかりで乗せられた天空王は、後方の王族専用の出入り口に向かっていく。
天空王がいなくなったところで一様に立ち上がる。
「これからどうするのよ?」
セシルがアレンに今後の事を尋ねる。
「そうだな。ペロムスはボアソの街で商売の許可証が出るのを待っていてくれ。それまでは市場調査だな」
「うん、分かった。フィオナ、一緒に見て回ろう」
「ええ、ペロムス。楽しみね」
ペロムスの予定から話を始める。
霊晶石の礼に神界での商売の許可が下りる予定だ。
ボアソの街で神界の市場調査をしながら、商売の準備をするように言う。
ペロムスの横にいるフィオナも頷き、今後の予定を理解しているようだ。
「アビゲイルさんは、霊障の吹き溜まりに送ります。竜人たちのレベルとスキルレベル上げに勤しんでください」
カンストした者から順次、地上にある転職ダンジョンで転職させる。
霊石の回収もお願いする。
1つの吹き溜まりの霊獣の数が減ったら移動するなどの調整も考えてほしいと言う。
守人長のアビゲイルだが、別の吹き溜まりには別の守人長がいる。
そのあたりの連携もアビゲイルにお願いしたい。
「そうか。済まないな。いや、本当に済まないな。ここまでしてくれて」
「いえいえ、霊晶石を使い切ってしまって、王都に竜人たちを住まわせる話ができませんでした」
アレンにとって有り金は全てくじ(ガチャ)に使うものだった。
健一の頃、ボーナスを全額つぎ込んでアバター(能力なし)しか出なかったのは涙なしには語れない思い出だ。
「既に十分に世話になっている。自らの立場は、これからの働きで勝ち取ろう」
これ以上世話にならないとアビゲイルは言う。
(おっと、あとは、連絡用にと)
「こ、こほん。そろそろ、謁見の間は締めたいと思うのだが……」
天空王がいなくなったことをいいことに、今後の作戦会議をしていたら、宰相が再度咳をした。
「ああ、そうだ。宰相様にも紹介しておかないと」
「ん? なんだ?」
何の話だと理解できなかった宰相の目の前に、アレンはメルスを召喚した。
「メルス、ここにオキヨサンを1体置いておく。何かあったらペロムスの連絡をしてやってくれ」
『ん? ああ、分かった』
「だ、第一天使メルス様でございますか!?」
『そうだ。宰相殿も元気そうだな』
腰を抜かした宰相にメルスは挨拶をする。
(む? 宰相はメルスが俺の召喚獣になったことは知らないのか)
先の魔王軍の侵攻で、神界に魔王軍が攻めてきた。
その時、天使メルスは死に、双子の妹のルプトが第一天使に代わったのだが、細かい情報は神界人に伝えていないようだ。
「驚かせてすみません。何かあったら連絡にメルスがやってきますので、ご対応お願いします」
「う、うむ。分かった。は!? 連絡だと!!」
宰相は思わず噴き出した。
話の内容は理解したが、メルスが下界の人族の連絡用に使われていることが理解できなかったようだ。
アレンは、権威を振り回すつもりはなかったので、メルスを出すのを最後の最後にした。
神界に行くための船を貸してくれる上に、羅神くじなる全ての神々の神域に入るための機会を準備してくれた。
天空王の態度がいくら尊大であろうと気にならないし、十分満足のいく結果を得られたと思われる。
「あの、船はいつごろ準備ができるのでしょうか」
アレンがメルスをS級ダンジョンに戻すと、宰相は立ち上がり落ち着きを見せる。
「天空船の準備はできている。早速向かうなら案内させよう」
船には「天空船」という名前がついていた。
天空王に仕える騎士の1人に天空船の場所まで案内させると言う。
仲間たちにこのまま神々のいる神域に行くが準備はいいかと視線で問いかける。
皆が皆、頷き、心の準備も含めてできているという。
下から大中小のピラミッド構造になっている。
3階層目のこの王族のいる3階層の壁面に空に浮く船が横付けされていた。
(なんかカッチョイイな)
100メートルに達する巨大な船は、流線形で羽のようなデザインがある未来的な船の形をしている。
大きさも十分で何百人でも1回で運べそうだ。
「こちらの橋を渡って船内に入ります」
騎士はアレンたちに船内も案内してくれるようだ。
「この船は私たちに貸してくれるということでいいのですか?」
「もちろんです。審判の門を超えた英雄様でございますからね。あ、申し遅れました。私はこの天空船の操舵士を務めるピヨンと申します」
メルスを出したとき、その場にいたからか神界人の騎士は丁寧な口調だ。
壮年の凛々しい神界人の男だが、随分可愛い名前だと思う。
(操舵士も用意してくれたのか。ふむふむ)
「2か所ほどご案内したい場所がございます。こちらにどうぞ」
船内で案内したい施設があるようだ。
「何か魔石炉みたいね」
部屋の中央に魔導船の燃料を入れるための溶鉱炉のような物がある場所にやってきた。
「こちらは霊石炉と言いまして、天空船の動力を入れるための場所です。現在、空となっておりますので、入れないと動きません」
(動力代は払わないぞってことか)
天空船は出すが動力となる霊石はタダではないではないということだろう。
「ピヨンさん。ちなみに霊石が多いほど、出力が上がり、移動が早くなると言うことはあるのですか?」
「もちろんです」
「では」
ジャラジャラと魔導袋から霊石を入れる。
皆に見えない魔導書に入れておくより、回復薬や用途の多い物は魔導具袋に入れておくと便利なこともある。
なお、魔導書の方が両手を使わず中の物を取り出せるので、大きさの制限があるものへの利便性は最高だ。
霊石を1000個、霊石炉に入れると、炉がいっぱいになった。
「なんて数ですか……」
「次の場所を案内してくださいますか?」
「は、はい。こちらに行くと操舵室になります」
アレンたちは操舵室に案内された。
かなり広い空間で、前面ガラスのような物が張られており、外の景色が見える。
外が見えるような場所に大き目のハンドルが取り付けられており、その前には羅神盤が置かれてあった。
「この上にくじで引いた羅神を置けばいいのね」
セシルが漆黒の板のような羅神盤を覗き込む。
「はい。羅神盤に置けば、行き先が光となって指し示されます」
「何か、至れり尽くせりね」
丁寧な口調と対応のピヨンにセシルが疑問に思った。
出発前にこの対応についても疑問を解消したいのか、ピヨンに皆の視線が集まる。
「い、いえ。これ以上何も求めると言うわけではありません。皆さまは貴重な霊晶石を集めていただきますので」
両手の平を見せ、悪意はないとピヨンは言う。
「もしかして、魔王軍の侵攻が関係しているのですか?」
アレンは今回の天空王や宰相も含めて、ある程度合点がいく対応だったと思っている。
「魔王? 地上の魔王に共に戦おうってこと?」
セシルはアレンの言葉の意味を確認する。
「いや、たぶん。魔王軍の侵攻で多くの天使が死んだからってことじゃないのか?」
「……その通りかと思います」
ピヨンが流石の御明察と言わんばかりに同意してくれる。
神々のことなので予想の範囲ですがと忠告して、今回のくじから船に至る前での対応をピヨンが説明してくれる。
何でも、2年ほどの前の魔王軍の侵攻で、このシャンダール天空国は全く被害がなかったのだが、多くの天使が神域で死亡したと言う。
その結果、現在では神界では神の使いである天使不足に直面している。
下界の人々に会う理由はないが、アレンたちが天空王に献上した霊晶石によって、新たな天使が働き手となってくれるなら会ってもいいといったところらしい。
亜神級の霊石で、大天使なら1体、天使なら10体誕生することができる。
(何かを得たいなら、相応のものを差し出せと)
神々の理に触れたような気がする。
「なるほどね、流石アレンの分析ね。くじ運はひどいけど」
「む、まあな。セシル。くじの件は余計だが」
「そうだね。アレンはすごいよ。くじは全然だめだけど」
「ほほう」
アレンはさらに被せて言ってきたクレナを見つめる。
クレナはニヤニヤとしながら、アレンのくじ運の無さを揶揄っているようだ。
(ことを成すには冷静にならなくてはな)
アレンはゆっくりと召喚獣のカードを素早さ重視に変えていく。
アレンは1つ大きな深呼吸したのち、一気に踏み込んで、音を置き去りにし、クレナに迫る。
「甘い!」
予見していたクレナは、流れるように最小限の動きでアレンを躱す。
「捕まった時が、貴様の終わりだ! クレナ!!」
操舵室でアレンとクレナの追いかけっこが始まり、仲間たちはため息をついたのであった。
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