第525話 精霊の園

 アレンは大精霊神の元へ向かう前に、天空船から降ろされた搭乗用階段にいるピヨンに声をかけた。


「ピヨンさんはどうされますか?」


「私は船の整備をしております」


 3日間、これまでにない速度で移動し、天空船に無理をさせたため、点検したいとピヨンは言う。

 船の中に食料も機材もあるので、問題ないようだ。


「了解しました。後程、霊石が手に入ったら持ってきますね」


 現在も竜人たちがせっせと霊獣を狩って、霊石を集めてくれている。


(あとは、メルス。他に羅神くじを引いた神様のところには、また今度足を運ぶと連絡しておいてくれ)


『分かった』


 共有したメルスの意識に、使いの天使などを待たせているかもしれない神域に、連絡をお願いする。

 天空王の王城経由で他の神域に連絡ができるはずだ。


「おい、アレン。早くいこうぜ!」


 開けた場所から中心部である森の方へ早くいこうとルークがアレンに叫ぶ。


 アレンはセシル、ソフィー、ルーク、フォルマールと共に発着場を後にする。


「ルークはやる気ですわね」


 ソフィーが目を輝かせルークに声をかけた。


「俺の精霊を早く見つけたいからな!」


 アレンはルークが契約しないといけない精霊を思い出す。


「最初は『酸』の精霊だったか」


(酸っぽい精霊ってどんな感じだろうか)


「そうだぞ。たくさんの精霊と契約して、里を豊かにするんだ」


(普通にいいこと言うな。オルバースの教育が良かったのかな)


「まあ、素晴らしい考えですわ!」


「そうだろ。えへへ」


 ソフィーがルークの頭をなでなでして、褒めたたえる。


 フォルマールは言いようのない顔をしながら、元々対立しているはずの2人の王族を見つめている。


 アレンは改めてソフィーとルークと契約するのに必要な精霊について考える。


 ソフィーは星5つの精霊師に少し前に転職した。

 ルークは星4つの呪霊童子に転職した。


 2人は「精霊使い」と呼ばれ、精霊を顕現できる才能だ。

 ソフィーは星5つなので大精霊と契約ができ、ルークは星4つなので精霊と契約ができる。


 精霊は、源精霊、幼精霊、精霊、大精霊、精霊王、精霊神と長い年月をかけて力を蓄えて、その存在を変えていくようだ。

 この精霊の園には大精霊神がいる。


 なお、ソフィーは星1つの精霊使いだった時に契約した幼精霊は今でも顕現できる。

 転職し、星の数が増えたからと言って、転職前に交わした契約は有効だ。


【精霊師ソフィーの顕現できる精霊たち】

・幼精霊を一度に3体

・精霊を一度に2体

・大精霊は未契約


 また、ソフィーもルークがまだ精霊と契約していないことにも理由がある。

 大精霊も精霊も地上の人間世界にいるのだが、ソフィーやルークに契約してともに活動すると、地上の人々の暮らしに影響が出る可能性があった。


 ソフィーの契約できる大精霊は地上でもそこまで多くの数はいない。


 ルークのいるダークエルフの里ファブラーゼはそもそもローゼンヘイムより精霊の数が少ない。

 巨大な塀に囲まれた里の中にわずかな精霊がいるのだが、その精霊と契約してしまうとダークエルフの里に恵みを与える精霊が減ってしまう。

 ルークは精霊と契約を交わして、今後は砂漠に囲まれた里をもっと豊かにしたいようだ。


(精霊の園には随分多くの精霊がいるんだな。精霊神と大精霊神だけじゃないと。この園で生まれた精霊たちなのか)


 クワトロの特技「万里眼」は、精霊たちが上空、山、森林、小川などにたくさんいることが分かる。


「この辺から森か。ん?」


 発着場をまっすぐ大陸の中央の方向へ進むと森に入った。

 木の上からアレンたちの様子をずっと見つめていた者がいる。

 半裸でツンツン頭の少年の精霊だ。


『おい、お前ら、見慣れない奴だな』


 ソフィーの後頭部に抱き着いてきた。

 なお、ローゼンはソフィーの胸元で抱きかかえられている。


「はい、ソフィーと申しますわ。地上からやってきました。あなた様は?」


 精霊相手にソフィーは敬語を使う。


『俺は風の精霊ウインド様だ』


「まあ、よろしくお願いしますね」


(やはり風の精霊か)


 風の精霊は、自由奔放で悪戯好きの性格が多いらしい。


『ソフィーか。お前、なんか旨い食い物の持っていないか。俺、腹が減ったぞ』


 どうやら飯にありつきたいようだ。


「これはどうでしょう。地上の食べ物ですが」


 ソフィーは笑顔を保ったまま、魔導具袋の中からバウキス帝国産名物の「フカマン」を取り出した。


『お? なんだこれは……。う、うまい!!』


 一口食べたらフカマンの魅力を理解したようだ。

 ワシャワシャとあっという間に平らげてしまった。


「口元、パンくずが付いていますよ」


 ハンカチで風の精霊の口元を綺麗にしてあげる。


(ソフィーは少年の扱いが上手いと)


 ルークに引き続いて、少年精霊の扱いも上手だった。


『ありがと、お前らずっとここにいるのか?』


「いいえ。そこまでは長くは考えておりません」


『そうなのか』


 風の精霊は少し残念そうだ。


「精霊神様、大精霊神様に挨拶がしたいのですが、どちらにいらっしゃるかご存じですか?」


『大精霊神様なら、この先の山を3つ越えた先のでっかい神殿にいらっしゃるぞ』


(お? 話を進めたらクエストが進行する的なやつだったのか)


 何気ない風の精霊とのやり取りが、これから向かう必要のある大精霊神の居場所を教えてもらうためのものだった。


「デカい山って、あれのことか。けっこうな距離だな。浮遊羽で一気に進むぞ」


 特技「万里眼」で、特徴的な巨大な山の位置を確認すると、歩いて進めば何十日もかかる距離だった。

 風の精霊にお礼を伝え、全員にクワトロの特技「浮遊羽」を使って空を飛んで移動する。


 草原の先には大森林が続いており、壮大な自然が広がっていた。


(随分な大きさの大陸だな。たしか精霊の園は中央大陸よりでかいんだっけか。あれ、この木々は……)


 豊かな大地の自然が1000キロメートル先まで続いており、終わりは見えない。

 以前、精霊の園や原獣の園について、精霊神に聞いたことがある。

 大精霊神の支配する精霊の園は、地上最大の大陸である中央大陸よりさらに広大な面積を有していると言う。


 上空から生い茂る木々の林冠の隙間からも動物のような生き物が見える。

 だが、気付いたのはその木の特徴だった。

 なんとなく、見覚えのある木の上を飛んでいるなと思っていたら、同じ考えの者がいた。


「あれ、ローゼン様、この木々は?」


『この木々は世界樹の苗木だね。この精霊の園では当たり前のように生えているよ。はは』


「そうなのですか」


 ソフィーにローゼンが精霊の園の森を形成する木々について教えてくれる。

 精霊の園の森には世界樹の木が普通に生えている。


 アレンはローゼンとソフィーの会話から視界を前方に移す。

 地上百メートルほど上空を飛んでいるのだが、森林はアレンの視野の限界の先まで続いていた。


(魔獣もいないし本当の意味での楽園か? まあ、霊獣はいるんだろうけど)


 特技「浮遊羽」を使って日がまもなく暮れる頃、精霊の園の内陸にある大きな山に到着した。

 エベレストもびっくりする巨大な岩山で、山の高さは10キロメートルを優に超えていそうだ。


「この世界でも山に神がいるのか」


(くじで目当ての神域を引き当てるとか)


 神界に来て、アレンは何度か前世を思い出していた。


「え? どういう意味よ?」


「俺がいた世界では、山は一座、二座と数えて、神の椅子のような扱いだと信じる人もいたんだ」


「へ~、アレンの前世の神って大きかったのね」


「そうだったかもしれないな」


 見たことはないので、大きいかどうか分からないため否定はしないでおく。


「それにしても大きい山ですわね。ただ大精霊神様がいらっしゃるようには見えませんが」


 一緒に飛んでいるソフィーが目を凝らすが、大精霊神を祀る神殿は見当たらない。


『あそこに大空洞の入り口があって、大精霊神様はその先にいらっしゃるよ』


 ローゼンが山の中腹に、山の中への入り口があるとソフィーに教えてくれる。


 近寄ってみると、山の斜面に巨大な扉があった。

 扉の両横には、アレンほどのサイズの狸と狐が二足で立っている。

 恐らく、この2体も精霊なのだろう。


『止まれ、ここは大精霊神様の神殿だポン』


 扉に向かってずんずん進むアレンたちに対して、狸のような精霊は片手で制止する。


(なんだ、見た目の割に無茶苦茶強いじゃないか)


 【名 前】 ポンズ(幼精霊化)

 【年 齢】 72582

 【種 族】 精霊

 【体 力】 61000

 【魔 力】 75000

 【霊 力】 78000

 【攻撃力】 65000

 【耐久力】 77000

 【素早さ】 64000

 【知 力】 60000

 【幸 運】 59000

 【攻撃属性】 土

 【耐久属性】 土


 【名 前】 コンズ(幼精霊化)

 【年 齢】 75521

 【種 族】 精霊

 【体 力】 66000

 【魔 力】 67000

 【霊 力】 66000

 【攻撃力】 77000

 【耐久力】 50000

 【素早さ】 76000

 【知 力】 56000

 【幸 運】 65000

 【攻撃属性】 火

 【耐久属性】 火


 クワトロの特技「鑑定眼」でステータスを鑑定すると、とんでもなく強い精霊だと分かる。

 ローゼンのように、幼精霊化という力を抑えた状態で、第一天使くらいの力があった。

 精霊王なのか精霊神なのか分からないが、大精霊神イースレイに仕える門番はとんでもない力があるようだ。


『お前らは何だポン?』


「はい。地上のローゼンヘイムからやってきましたソフィーと申します」


 アレンが鑑定結果から考察していると、ポンズという狸面の門番がソフィーに顔をかなり近づけて問う。


『ローゼンヘイムから来たポンね。精霊神ローゼン様も一緒ですかポン?』


 狸面の門番らしき精霊とソフィーの会話が続く。


(語尾が気になるポン)


「はい、一緒でございます。精霊の園に足を踏み入れたので、大精霊イースレイ様に皆と挨拶をと伺ったのです」


 アレンたちも、精霊神も門番の2体の精霊に丁寧に挨拶をした。


『む、お前は人族コンね。ここにおわすは、大精霊神様。精霊でもエルフでもない者を通すわけにはいかないコン』


 狐面の門番がアレンとセシルは駄目だと言う。


『……そういえば、大精霊様は全て通せと言ってなかったかポン』


 何か思いだすように狸面の精霊が言う。


『そうだったかコン? じゃあ、扉を開けて確認するコン』


 扉を2体の門番がそれぞれの扉を力任せに押して開ける。


 ゴゴゴゴッ


 扉が開くや否や、突風が中から吹き抜けた。


『……やはり、皆を通せということでございますポンね』


『皆、大精霊神様の挨拶に顔を出すがよいコン』


 狐面と狸面の門番は、吹き抜けた突風に何かを感じたのか、アレンやセシルにも

大精霊神への挨拶の許可が下りたようだ。


「ありがとうございます」


『大精霊神様に失礼はないようにポン』


 門番にも深く頭を下げてお礼を言うと、狸面の門番は今一度忠告をする。


 巨大な門の先は、まっすぐ通路が伸びている。

 全長100メートルの魔獣でもすんなり入れそうな道はどこまでも続いていたのであった。


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