第511話 竜人への頼み事

 アレンたちは霊獣ネスティラドとの戦いに敗走した。

 神界の恐ろしさに、この世界の底の見えない深さのようなものを感じた。


 審判の門に設置した「巣」に咄嗟に転移したため、そのままクレナとハクをS級ダンジョンへメルスに送ってもらう。

 成長レベル9まで上げた召喚獣にも手伝わせるので、3日もすれば、レベル90近くまで上げてくれるだろう。


 フォルマールとはあれから何も揉めていない。

 ソフィーに叱られてしまい、今はだんまりと、いつものように口を閉ざしている。


 アレンたちは現在、人間世界にある竜王の神殿にいる。


『そうか。竜人たちはそのような扱いを受けておったのか』


 竜王の前にはアビゲイルとカタクチが跪く。


「いえ、私たちは自らの務めを果たすだけです」


 竜王は、アビゲイルの後ろに控えるアレンを見る。


『アレンよ。我ら竜人の里は全面に協力するゆえにな。何でも言ってくれ』


「ありがとうございます。細かい話は、後程ご連絡します」


 アレンも竜王に頭を下げて礼を言う。


『うむ』


「5大陸同盟の会議も差し迫っています。是非、竜王様におかれましても会議に参加いただきたいので、後程メルスが案内します」


『それは助かる』


(皆が会議に参加する。それが大事だからな)


 アレンは竜王や神官の竜人に礼を言うと、アビゲイルたちと共に審判の門を開け、神界に向かう。

 門をくぐるなり、アレンにセシルが不平を伝える。


「ちょっと、流石についていけないわよ。族長の頼みだから聞いたの?」


「いや、そんなことはないぞ。まあ、話がいい『流れ』になっただけだ」


(ついてこい。このビックウェーブに)


「もう!」


「さて、霊石の回収とかは終わったな?」


 ネスティラドから逃げて、神殿で竜王に会ったりしていたためか、随分刻が過ぎていたようだ。

 日の光も沈みそうなころ、霊石を回収しに今一度、霊障の吹き溜まり傍にある砦にタムタムに乗って向かう。


 吹き溜まり傍の砦は落ち着きを取り戻しており、霊石の回収は続いていた。

 ネスティラドが竜人たちのいる砦までやってくることがないことは聞いている。

 竜人たちの話では霊獣ネスティラドは森の中で「何か」を探しており、森の外へ出てくることはないらしい。


 アレンはアビゲイルから聞いた霊獣ネスティラドの話を単純に信じた。

 頻繁にあのような凶悪な霊獣が砦を襲うなら、守人なんていう組織を維持できないだろう。

 なお、アビゲイルからネスティラドと何故呼んでいるか確認したところ、この世界では、「心臓」という意味があるらしい。


 砦で一泊して、翌日に族長ソメイのいるボアソの街に移動した。


 アレンたちは宴会所も兼任している前回同様の広間に案内される。

 霊晶石をとってくるようにお願いして、翌日の昼前に戻ってくるなんて考えていなかったらしく、今回は族長から結構待たされる。


『モグモグ、ムニャムニャ』


 モモンガの姿に戻っている精霊神が寝ながらフカマンを頬張っている。


「精霊神様はまだ起きないわね」


 朝食をたらふく食べたセシルが精霊神の膨れた頬をつつく。


「え、ええ。ちょっと力を使い過ぎてしまったかもしれませんわ」


 精霊神ローゼンはモモンガの姿になったまま、昨日のネスティラドの一件から眠り続けている。

 ソフィーが心配そうに精霊神を見つめるが、バウキス帝国名物のフカマンを渡すと寝ながら器用に食べるらしい。

 アレンの判断が遅くて、精霊神が無駄に攻撃を受けてしまったが心配はそこまでしなくていいようだ。


 広間で待っていると族長がどたどたやってくる音がする。


「もう戻ってきたというのは本当かの!? ん? おお、アビゲイルも来ておったのか」


 引き戸の扉を開けるなり、族長の第一声が広間に広がる。

 守人長が砦を離れ、族長のいるボアソの街までやってきていることが不思議であったようだ。


「はい。霊障の吹き溜まりで起きたことについてアビゲイルさんに説明をしてもらいます」


「報告じゃと? う、うむ。聞こう」


 アビゲイルの立場で、吹き溜まりで何が起きたのか族長に説明を頼んでおくことにした。

 吹き溜まりはアレンが向かった時異常であったのだが、どう異常だったのか上手く説明ができそうにない。


「これは、族長、御無沙汰しております」


 族長とアビゲイルは久しぶりの顔合わせのようだ。


「うむ、アビゲイルよ。最近は吹き溜まりに足を運べず申し訳ないのじゃ」


 族長がアビゲイルに頭を下げる。


「そう言わないでください。族長の手紙のお陰で我々は救われました」


「ぬ? 救われたとはどういうことかの?」


「はい。実は、昨日霊獣たちが異常な行動を見せまして……」


 昨日起きたことをアビゲイルが守人長の立場で報告する。


 霊獣のネスティラドの躍動が激しさを増したこと。

 その影響を受けてか霊獣たちが吹き溜まりの森を越えて溢れてきた。


 森の外に設けられた砦にやってくる数千の霊獣の群れが迫る中、アレンたちが族長の手紙を携えやってきた。


「ネスティラドがそのような行動を……」


「はい。このように霊獣たちが大群となって行動するなんて聞いたことがありません。原因は分かりませんが、余程のことが起きているのかもしれません」


 今回の事態は異例中の異例だったようだ。


(随分、タイミングの良い話だな。俺たちが神界に来た時に起きたことか。まあ、神界行きと転職ポイントはタイミングドンピシャなんだが)


 アビゲイルから昨晩聞いているが、森の中を徘徊しているネスティラドであるが、躍動させ攻撃的になるのはほとんどないらしい。


 神界にやってきたことと、ネスティラドが躍動した関連は分からなかったが、何らかの関連があるのかもしれないとアレンは考える。


 さらに、転職ポイントが必要な転職ダンジョン改が今月から開始された。

 アレンたちが神界に来て、亜神級の霊獣からたくさんの転職ポイントが手に入ることを知る。

 まるで、アレンたちに霊獣を狩らせることが目的のようにも思える。


 アビゲイルが事の顛末の説明が終わるころを見計らって、アレンは魔導書からドッチボール大の霊晶石を取り出した。


「お、おお! なんて大きな霊晶石じゃ!」


「どうぞ。お約束の品です」


 手を伸ばすのでアレンは霊晶石を族長に渡す。


 族長は息がかかるほどの距離に霊晶石を近づけ、興奮気味にのぞき込んだり、ベタベタと触っている。


「もしや天使級ではなく大天使級の霊獣を狩ったのかの?」


「いえ、それは亜神級です。ネスティラドは強くて倒せませんでした」


「……ど、どういうことかの?」


 報告になかったので、アビゲイルに問い詰める。


「アレン殿たちは強い霊獣を求めていたのです」


 アビゲイルは改めて報告をする。


 強い霊獣を求め、亜神級を倒し、ネスティラドに挑戦した。

 結局倒せず敗走した件についても話に触れる。


「族長からも礼を言ってほしい。お陰で我らは神界人からいらぬそしりを受けずに済んだのです」


「そうじゃな。礼が無く申し訳ない。本当に助かったのじゃ」


 族長は頭を下げ、アレンたちが手に入れた霊晶石を返してくれる。

 これは、このあと天空王に返さないといけない。


「いえいえ、命を懸け、道を踏み外した魂を正しい神の道へ送り届ける。素晴らしい行いだと思います」


 アレンの説明が何かワザとらしくなってきた。

 また始まったなとアレンの後ろにいるセシルが小さくため息をついた。


「しかし、アレン殿よ。本当に良いのか。あれだけの素材を我らが貰ってしまっても。それに我はダニエスの戦いにほとんど加わっておらぬぞ」


 族長はアレンの表情の変化を気付かない。

 アビゲイルからたった今説明を受けた素材の話に触れる。


「いえいえ、私たちの目的は魔王を倒すこと。そのために霊獣を狩り、霊石を集めているだけですので」


 昨晩、砦で話した話を族長の前でアビゲイルはもう一度口にする。

 アレンは、霊石や霊晶石を取りに霊獣を狩りに来た。


 霊石を抜き取った後の霊獣の体には用はないとアレンは伝えてある。


(神界は建築材も武器も防具も少ないからな)


 神界には鉱山もなく、魔獣もいないので素材不足が慢性化しているらしい。


 霊獣は主にゴースト系、木系、鉱物系に分類される。

 木系と鉱物系は霊石や霊晶石を抜き取った体は建築材や武器や防具になるらしい。

 なお、霊障の吹き溜まりにある木々を過度に伐採すると霊獣が溢れてしまうのでむやみに伐採しない。


 特にこの数千年もの長い間、霊晶石を持つ霊獣を狩れるような竜人がいなかったため、素材不足は顕著となっている。


「そうなのか。儂らとしては助かるのじゃが……」


 数千体に及ぶ巨大な霊獣たちの素材はこれから大量に運ばれてくるだろう。


「ただ、私たちは何かと協力関係にあるかと思います。私たちからの『お願い』だと思っていただいても構わないです」


「お願いじゃと?」


 族長は何かアレンたちから頼まれることがあったかと疑問符を顔に浮かべている。

 何の話だと族長は顔を向けるが、アビゲイルは話を聞いてあげてほしいと頷く。


 既に守人長のアビゲイルとは話がついたことなのだが、


「私たちも力をお貸ししますので、このまま霊獣を狩ってほしい」


 アレンたちは霊力が回復する霊石が大量にいる。

神界の竜人たちは守人の務めがあって、霊獣から人々を守らないといけない。

この状況と竜人たちの立場を考えた最善の方法を模索した。


「力とな」


「はい。少しばかり説明をさせてください。私たちは皆さんの力になれると確信をしております」


 アレンは竜人が霊獣を狩る務めがある話を聞いた時から考えていた作戦を説明する。


【竜人へできること】

・S級ダンジョン及び試しの門で手に入った武器や防具、魔法具の貸与

・ラターシュ王国学園都市にある転職ダンジョンの案内による才能の強化

・竜神の里の全面協力


 アレンたちは軍を持ち、現在もS級ダンジョン最下層でアイアンゴーレムや最下層ボスのゴルディノを狩り続けている。

 また、魔法の神技や魔法具の神技が手に入った試しの門内に他の神技がないか、探査中だ。

 試しの門では最高の武器素材であるオリハルコンの武器も手に入る。


 また、昨日、アビゲイルやカタクチをアレンが持つ「審判の門の鍵」で竜王の神殿に連れてきてみた。

 普通に人間世界に竜人は移動できる上に、もう一度神界にアビゲイルやカタクチを移動させても、アレンが持つ最大100人の人数制限は減ることがなかった。


 審判の門の前で何度も出入りするアレンたちを、竜王マティルドーラからは何をやっているんだという疑問の目で見られてしまった。


(ここまで時空神は考えていなかったかもしれないけど)


 もしも、神界と人間世界の間に設けたルールの穴を見つけてしまったのなら許してほしいと思う。


「あの、その、疑っているわけじゃないのだが、下界に降りても戻ってこれるのじゃな」


 族長は帰ってこれないことを心配する。


「はい。地上での生活は私たちの仲間が面倒を見させていただきます」


 ただし、地上にずっといたいとか言われて失踪したりしても面倒はみない。

 地上で恋人ができても神界に連れていけないよという話はしておく。


「族長よ。私からもお願いしたい。転職とはどういうものかしてみないと分からないが、アレンたちの装備。たしかに良いものばかりであった……。また、地上の竜王様からも協力を取り付けることができました」


 アレンたちの装備はオリハルコン製だが、アビゲイルたち守人の装備は良くてミスリル製だ。

 アレンたちの協力があれば、守人としての務めがもっと果たせると強く頷く。


 審判の門と竜王の神殿を行ったり来たりする中で、神殿にいた竜王に、神界での竜人の待遇を伝える。

 結構な冷遇を受けていることを知り、かなりショックを受けていた。


 これが、英雄アステルと夢を見た神界の現実なのかと。

 竜王は、竜神の里の神官や神兵も含めて全面的に協力をしてくれるらしい。


「確かに目的は私たちと、皆さまで違うかと思います。私たちは自らの世界を魔王から守りたいのです」


 霊獣と竜人の関係に準えて、自らの思いを口にする。


「……分かった。できる限り協力させてもらおう」


「ありがとうございます。霊石は頂く。それ以外の素材は提供するという形になるかと思いますが、何かとよろしくお願いします」


 守人の竜人は数万人規模でいるらしい。

アレン軍を神界に連れてこれなかったが、神界に来た翌日に族長から協力を取り付けることに成功した。


(うしうし、これで霊石の供給に問題はなさそうだな。あとは天使級とか強い霊獣が出たらこっちで倒すか。おっと、他の霊障の森の守人長についても、族長に紹介してもらわないと)


 あくまでも雑魚レベルの霊獣の狩りだけ守人に任せる予定だ。

 笑いを抑えるアレンを見て、セシルたちが、「昨日の今日で本当にやるわね」とため息をつく。


「そうじゃな。天空王に手紙をしたためる故に、少し待ってほしい」


 念のために手紙はアレンたちが出かけたら準備してほしいと言っていたのだが、まだできていなかった。

 族長が広間から出ていった。


 こうしてアレンたちは交渉の結果、竜人に霊石狩りの協力を取り付けた。

 天空王の王城へ向かうことになるのであった。


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