第510話 霊獣ネスティラドの躍動

 霊障の吹き溜まりのボスである霊獣ネスティラドがアレンたち目掛けて向かってくる。

 アレンは戦うか検討を開始する。


(さて、試すならロイヤルオーラが消える前に済ませるぞ)


 クールタイムが1日のマクリスの覚醒スキル「ロイヤルオーラ」の効果が消える前に試してしまいたい。

 倒せるようなら一旦引いて、クレナとハクがレベル上がった後、アレンたちの経験値にしようと思う。


 ドックン

 ドックン


 クワトロの特技「万里眼」で、まっすぐアレンたちに向かう霊獣の姿を捉えている。

 まだ距離が十分にあるのだが、木々が震え始め衝撃音がどんどん大きくなっていく。


(結構な勢いで迫ってくるぞ。一応、ボスらしいしな)

 

「メルス、こっちにこい」


 S級ダンジョンの最下層で朝からせっせと天の恵みを生成しているメルスをこちらに呼ぶ。


『……やはりこうなったか』


 メルスはこんなことになるような気がしたらしい。


「倒せないと言ったのは、何か根拠があるのか?」


 強さを把握することにする。


『エルメア様が手を出すなと言っていた。これまで多くの天使を殺してきたらしいからな』


 神界では霊獣ネスティラドに手を出してはいけないことになっているようだ。

 討伐しようとした天使はほとんど死んでいったらしい。


「メルスの力は第一天使だったころの数倍だ。それでも敵わないのか?」


 第一天使だったメルスは天使最強だと聞いていた。

 今は強化に強化を重ねて、果てしなく強くなった。


『……分からぬ。俺が生きている間に手を出そうと思う天使は現れなかったからな』


 10万年、天使として生きたメルスの中で、霊獣ネスティラドに手を出そうと思うものは現れなかったらしい。


「ふむふむ」


「アレン様、どうしますの?」


 アレンは挑戦するか総合的に考えていると、ソフィーが不安そうに声をかけてくる。


『ディグラグニ、聞いているか?』


 クワトロ経由で上空にいるタムタムに合体したディグラグニに話しかける。


『あん、なんだよ』


『現状で、メルルをエクストラモードにできるか?』


『できねえよ。神力も信仰値も足りねえしな。つうか、エクストラモードにするとは言ってねえぞ』


(なんかすごいヒントをくれたような気がするな)


 精霊神を見ると眉間に皺が寄っている。


『お前だけじゃ、亜神級も苦労するだろうしな。霊獣狩りまくって、神にしてやるよ』


 ディグラグニと少し前に戦ってみたが、ディグラグニ単体で亜神級の霊獣をポンポンと倒すのは骨が折れると予想する。

 一緒に神界を活動して、神にしてやるとアレンは約束する。


『メルルをエクストラモードにしてやんよ!』


「おお、やった!!」


 速攻で話がついた。

 何の話だろうとクワトロとディグラグニの会話を聞いていたメルルが拳を操縦席で天に掲げる。


(これは、もう決まりだな)


 仲間を強化することが神界に来た大きな目的だ。

 クワトロから意識を雲の上にいる仲間たちに切り替える。


「俺も含めた強化は必要だ。だが、無理をする時期でもない。とりあえず、どの程度の強さか調べて逃げよう。ソフィー、『精霊王の祝福』をかけてくれ」


 アレンの結論は手を出してみるが、無理はしないだ。

 勝てそうなら倒すが、今は命を懸けないといけない戦いではない。


「承りましたわ。精霊神ローゼン様、私たちに戦う力をお与え下さい」


『……無理はしないようにね。はは』


(亜神級は精霊王の加護無しで倒したのか)


 ソフィーのエクストラスキル「大精霊顕現」が発動し、モモンガの姿をした精霊神ローゼンは「精霊王の祝福」を行使する。

 光り輝く雨がアレンたちに降り注ぎ、仲間たちのステータスがメルスも含めて3割増える。


「ロザリナ、キールも補助をかけ直してくれ」


「ええ、分かった。皆、力強く戦ってちょうだい」


 歌王になったロザリナがバフスキルをパーティー全体に振りまく。

 キールは耐久力の上がる補助魔法を振りまく。

 聖騎士王になったベスターも同じく耐久力の上がるバフスキルを、パーティー全体に振りまく。

 補助がかからないゴーレムたちは上空で、戦いに備えて待機中だ。


(これで勝つる!)


 アレンは魔導書で補助をかけまくったメルスのステータスを確認する。


・補助込みのメルスのステータス

 【体 力】 103818

 【魔 力】 90090

 【攻撃力】 103220

 【耐久力】 138097

 【素早さ】 81900

 【知 力】 103220

 【幸 運】 78000


【メルスに掛けた補助スキル、魔法等】

・ソフィーの精霊 体力3000、魔力3000、耐久力3000、素早さ3000

・ソフィーのエクストラスキル「精霊王の祝福」 全ステータス1.3倍

・ロザリナ 攻撃力1.24倍、知力1.24、回避率1.3倍、クリティカル率1.3倍

・ロザリナ 全ステータス5000上昇(エクストラスキル「人魚の歌姫」)

・キール 耐久力1.24倍

・ベスター 耐久力1.18倍

・アレンのスキル「強化」で、全ステータス5000上昇

・マクリスの特技「ロイヤルガード」、覚醒スキル「ロイヤルオーラ」


 そこに補助魔法と補助スキルなどをかけまくって、圧倒的な力を得た。


 メルスを最前面において陣形を立てる。

 霊獣ネスティラドと呼ばれる霊獣がアレンたちの肉眼でも見える範囲までやってきた。


 バックン

 バックン


「なるほど、躍動か。デカい心臓だな」


 アレンたちの視界に入るほどの距離までネスティラドと呼ばれる霊獣はやってきていた。


 手足の大きさが不揃いだが人型で青白い炎に包まれた霊獣はアレンたちに顔を向けている。

 他の青白い炎に包まれた霊獣と同様に目も口もない炎の塊なのだが、アレンたちを見ていることは分かった。


 トロルやオーガのようにかなりの大型で10メートル近くある。

 胸には外に大きく膨張した心臓があり、衝撃波を発するほど収縮と拡張を繰り返し躍動していた。


 前世の記憶で、ウイルスに感染してゾンビが溢れる世界のボスキャラにこんなのがいたような気がする。


(ふむ、鑑定できないんだが。名前の根拠は何だ?)


 クワトロの特技「鑑定眼」を使用しても、全く鑑定ができない。


 【名 前】 ?

 【年 齢】 ?

 【種 族】 ?

 【体 力】 ?

 【魔 力】 ?

 【霊 力】 ?

 【攻撃力】 ?

 【耐久力】 ?

 【素早さ】 ?

 【知 力】 ?

 【幸 運】 ?

 【攻撃属性】 ?

 【耐久属性】 ?


 鑑定できない対象のようだ。

 名前を含めた全ての鑑定結果が「?」と表示されている。

 だったら何故「ネスティラド」という名前がついているのか分からない。


(条件が合わないのか。Sじゃ力が足りないのか。む、来るぞ)


『……、奪ったのは貴様らか。返してもらうぞ!!』


 今までと比較にならないほどのスピードで、一瞬でアレンの下に距離を詰めた。

 アレンの意識が何か走馬灯のようにスローモーションになったような気がする。

 はっきりと死の予感を感じる。

 仲間たちが、一気に距離を詰めたネスティラドに反応できない。


 何もかもがスローになった世界で、ネスティラドに狙われたアレンに視線が集まろうとする。


『アレン殿!!』


 メルスがアレンと霊獣ネスティラドの間に瞬時に入る。

 大きく振りかぶったネスティラドの拳に、メルスが拳を合わせる。


『邪魔だ!!』


『がは!?』


 ネスティラドの拳に完全に力負けして、雲上の地面に叩きつけられた。


「な!? メルス!!」


 あまりの一撃にアレンは驚愕してしまう。


 埋没したメルスをネスティラドは、メルスの身長ほどある巨大な足の裏で容易に踏みしだく。

 メルスは全身に力を入れ、抵抗するが力差がありすぎて抗うことができない。


 何度も踏みつける度に雲上の大地が、ネスティラドの足を中心に波紋のように衝撃波をどこまでも伝えていく。


「メルスが死んでしまうわ! 皆、援護するのよ!! フレイムランス!!」


 ここでようやく仲間たちの意識が攻撃に移行する。

 セシルが声を上げて攻撃魔法を放つ。

 

 仲間たちの一斉攻撃が始まった。

 メルスの次に距離を詰めていたジャガイモ顔のドゴラは、精霊王の祝福によりクールタイムが解除され、全魔力を込めた一撃をネスティラドに食らわせる。


「全身全霊!!」


 キン!!


 青白い炎の塊とは思えない甲高い音が鳴り響く。


 霊獣ネスティラドはドゴラの攻撃があまりに威力がなかったのか、ドゴラを見ようとしとすらしない。

 今度は延々と魔法などで攻撃を仕掛けてくる後衛たちを睨む。


『奪ったのは、貴様らか!!』


 何を思ってか霊獣ネスティラドが表情を凶悪に変え、陥没するメルスを後衛たち目掛けて蹴り上げた。


「キール回復を!!」


「ああ、ずっと前からやっている。オールヒール!!」


 吹き飛ばされたメルスはアレンたちのいる後方まで届くことはなかった。


 パアッ


 ダメージを受けすぎ、体力の尽きたメルスは光る泡となって消えてしまった。

 ソフィーたち、後衛陣のいるところ目掛けて、突っ込んできているようだ。


『いけない。逃げるんだよ! グルオオオオオオオオ!!』


 精霊神ローゼンが退却を進言し、モモンガの姿から本来の熊の姿に姿を変えていく。

 精霊神は体全身を使い、背後にソフィーを隠す。


 精霊神の全身から神力が溢れ出す。

 霊獣ネスティラドを囲む木々が形をくねらせ、行く手を阻み、動きを封じようとする。


『それがどうした!!』


 ネスティラドは木々に巻き込まれていくが、力任せに精霊神目掛けて不揃いの拳で空を殴る。


『ぐあ!?』


 ネスティラドを覆う木々は瞬時に粉砕され、威力そのままに衝撃波が精霊神を襲う。

 精霊神の全身から鮮血が光る泡のように飛び散る。


「ローゼン様!!」


 ソフィーが絶叫するが、ネスティラドの攻撃はそこまでであった。


『ぬ? どこに行った』


 木を粉砕し出てきた霊獣ネスティラドは、対象の敵の存在を見失う。


 アレンが鳥Aの覚醒スキル「帰巣本能」を使い、上空にいるメルルやガララ提督たちも含めて全員を「巣」を設置していた審判の門へ移動させたのだ。


「ローゼン様、大丈夫ですか」


『だ、大丈夫……。ちょっと、疲れちゃったよ。少し休むよ。はは』


 巨大な熊の姿をしていたローゼンは、光る泡が溢れモモンガに姿を変える。

 力を使い過ぎたのか、抱きかかえるソフィーの胸元で眠りについた。

 どうやら、回復には時間が掛かるようだ。


(メルスが死んでしまった。生き返らせることができるのか)


 アレンは慌てて魔導書を使い、メルスを復活させようとする。


『Aランクの魔石を49個使用しました。天使Aの召喚獣を生成した』


(魔神リカオロン以来のやられっぷりだったな)


『聞いていた以上の力だな。あれは神級以上だぞ。何故、アレン殿は戦おうとしたのか……』


 とてもじゃないが敵わなかったとメルスは言う。


 メルスは召喚士が死ななければ何度も復活することができる。


(マクリスやクワトロも死んでも聖珠さえあれば何度でも復活するんだろうな。いや、それこそ、復活には召喚獣の封印を解除しないとだ)


 Sランクの召喚獣を召喚するために大量の聖珠が必要なので検証は難しい。

 合成を繰り返してマクリスやクワトロを召喚するには、封印されている召喚獣を召喚できるようにしないといけない。


「それにしても神級以上ってことは上位神級の力があると?」


 改めて霊獣ネスティラドと戦ったメルスに、先ほどの「神級以上だ」の言葉の真を問う。


『上位神に匹敵する力があると思うぞ。エルメア様に聞いていたのだが、こんなに強かったとはな……』


 召喚獣にならなければ挑戦できなかったことだとメルスは言う。

 噂に聞くネスティラドがどんな存在なのかずっと疑問に思っていたようだ。


(そんなに強いのか。こんなのがゴロゴロいるんだな。流石神界だ)


 なんとなく神界がどこか魔王の存在が他人事のように対応している理由が分かったような気がする。

 神界にはネスティラドのように天使や神ですら使役もできない強力な存在もいるようだ。

魔王はそれほど特別な存在ではないのかもしれない。


「困ったな。今のままじゃ倒せないな」


『そういうことだ。諦めることだな』


「当分な」


 メルスからも忠告される。

 この一言を言うために態々、自らの体を張ってくれたようだ。


 この言葉にフォルマールが血相を変え、怒りをにじませた。


「な! まだあれと戦おうというのか!」


「そうだな。勝てそうなら……」


 どうやって倒そうか考える。


(いや、かなり厳しいな。神界にきて、早々に勝てそうにない霊獣が出てくるとか。神界の野良ボスは強いんだな)


 通常のフィールドにいる強敵を、前世では「野良ボス」と呼んでいた。


「いや、そうではない。何故だ。ソフィー様は死ぬところであったのだぞ!!」


「え? ああ、そうだな。すまない」


 アレンがさらに検証を進めることに我慢ができなかったようだ。

 いつも寡黙なフォルマールは、護衛すべきエルフの王女であるソフィーの身に危険が及んでしまったこと。

 精霊神ローゼンがアレンの判断でけがを負ってしまったことに怒りを露わにする。


 流石に、心配させて犠牲も出たことをアレンは謝罪する。


「フォルマール、いい加減になさい! アレン様は、魔王と戦うため最善の方法を模索しているのですよ!!」


 フォルマールの態度に、今度はソフィーが怒りを露わにする。


「も、申し訳ありません……」


 ソフィーの言葉にフォルマールはショックを受け、口を閉ざしてしまう。


 こうして、アレンたちの霊障の吹き溜まりの冒険は、霊獣ネスティラドから逃げ出す形で終わったのであった。

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