第470話 クレナの決断

 乗り手のいない状況でメガデスはハクだけしか門番と戦えないと言う。

 全員で戦おうと思ったアレンの仲間たちが絶句している。


「すると、ハクだけで門番と戦えと?」


 アレンがメガデスの言葉の意味を念のために確認する。

 ボスと戦う条件は確かに前世の経験でもあった。

 主人公を必ず入れないといけない構成や、仲間だけの戦いもあった。


 この試しの門はそれに近い条件なのかと推察する。


『そう。乗り手の竜騎兵も何もいないからね。幼体だけど、爪の門はそこまで強くないからいい戦いをするんじゃない』


 3つある門番のうち、最初の門番は弱いらしい。


「いい戦いですか。勝てるってことですか?」


『多分、負けるよ。幼体の色竜だけで爪の門を越えたことはないかな』


「負けた後の再挑戦は?」


 再チャレンジは何度もできるのか確認する。


『基本的に駄目だね』


 負けたら再度門番と戦うこと出来ないらしい。


「ちょっと、それは駄目だよ! 挑戦は駄目! だああめえええ!!」


 思わずクレナがアレンとメガデスの間に割って入る。

 クレナは頬を膨らませて、ハクに門番に挑戦しないように言う。


(ハクは幼体だからな。成体になるには基本的に100年はかかるっていうし)


 どれくらいで白竜が成体になるか確認したら100年くらいかかるらしい。

 竜は個体によっては数千年生きる長命の種族だが、成体になるのも時間が掛かる。


「ちょっと、もう1カ月近く挑戦してんのよ! なんで、そんな大切なこと早く教えてくれないのよ!!」


 皆が悲観したり、クレナが止めに入る中、セシルが激怒した。

 熱い思いも寒い思いもして頑張ってきたのは何だったのかという話だ。

 時空神デスペラードの使いメガデスに襲い掛かろうとするので、ソフィーが必死に背後から制止する。


 そんな中、怪しくニヤニヤするメガデスに対して、アレンだけがじっとその表情を見つめていた。

 セシルが代弁してくれたが、これには理由があるような気がする。


「何故、ここまで案内したのですか?」


(奇跡的にこの門番を倒してもこれからの戦いは厳しいんだけど)


 ハクはつい先ほどレベルが60にカンストした。

 特技がどれほど成長するのか知らないが、武器も防具も持てないハクにこれ以上の未来はないような気がする。

 門番はどんどん強くなっていくようで、2つ目、3つ目の門番を倒せる気がしない。


『ん~、まあ、竜王にそんなこと聞いていないとは思わなかったし』


 メガデスのふざけた態度は変わらない。


「それで、何かしていただけると?」


 この態度からも何かしてくれるとも思った。

 アレンの問いに、メガデスはクレナの目の前にゆっくりと移動する。


『そうだね。まあ、お願いするならこの中の1人くらい乗り手に転職させてあげてもいいよ。そこのクレナ君なんてどうだい』


 時空神の使いは転職させることができる力があるらしい。

 メガデスはクレナを選んだ理由に「ハクと仲が良さそうだし」と付け加える。


「本当!? だったら一緒に戦えるの! 転職する!!」


 クレナの顔が膨れた顔からパッと明るくなる。


「乗り手に転職って具体的にどういうことですか?」


 結論を出すには早計なので、クレナとメガデスの会話にアレンが割って入る。


『竜騎兵になら転職してあげてもいいよ。竜騎兵くらいなら人族からも生まれる。だから、そもそも竜人だけの職業ではないしね』


 メガデスは、今回は説明も足りず、粗相もあったから特別に職業を変更することを念を押す。


 竜騎兵は人族だと1000万人に1人の割合で誕生する大変貴重な才能らしい。

 竜人だと100万人に1人くらい生まれてくる。

 これも1つの種族特性のようだ。


「ちなみに剣聖くらいの才能ですか?」


 1000万人に1人とあって、確率的に星3つくらいの才能だと思った。


『生まれにくいだけで剣士くらいの才能だね』


(星1つか。星5つの剣帝のクレナが星を4つも失うのか)


 竜騎兵は星2つの剣士と同じ程度の才能らしい。

 星の数でクレナの受ける損失は果てしない。


「すみません。少し確認したいのですが、門番の挑戦が終わったら元の剣帝に戻るのですか?」


(なんか、クレナを狙い撃ちにしてきたな。選定に理由があるのか?)


 試しの門を攻略するための一時的な転職なのかアレンは確認する。


『ううん。竜騎士になるよ』


「えっと、どういうことでしょう?」


 思ったのとは全然違う答えが返ってきた。

 星5つの剣帝に戻るわけでも、星2つの竜騎兵のままでもないらしい。


 メガデスがさらに説明してくれるので、乗り手について詳しく聞くことにする。


『前も話したけど、試しの門は神界に行くために神が用意したもの。門を攻略し、門番を倒し、証を集めるということは神界へ近づくということ意味するんだ』


「はい」


 聞き間違いをして、誤った選択をしないために真剣に聞く。

 前世の記憶が蘇ってくる。

 ここはとても大事な話のような気がする。


『だから、門を1つ超えるたびに挑戦者の竜と乗り手は、神界に近づいた証として、新たな力を得る』


 手に入るのは証だけではないらしい。


「新たな力?」


『簡単に言うと、白竜は1つ上の種族に昇格する。竜騎兵は、アレン君がさっき言った剣豪相当の竜騎士になる』


「なるほど」


 門を越えるたびに挑戦者と乗り手は褒美が貰える仕様のようだ。

 試しの門内を一緒に越える協力者であるアレンたちを超える報酬が用意されていた。


 白竜はこれから門を越える度に種族が最大3段階上昇する。

 そして乗り手は、門番を倒すたびに3回転職できると言う。

 だが、3つ転職しても星4つだ。

 星5つの剣帝から星を1つ下げてしまう。


『どうする?』


「……えっと」


 いつも何かと即答するアレンが迷う。


「竜騎兵になる!!」


 クレナが代わりに再度、即答する。


「おい、ちょっとまて」


 クレナの決意をアレンは止める。

 アレンはこの状況に何度も何度も前世で経験があった。

 一切情報がない状況での職選びや転職で、失敗したことは前世のゲームでたくさんあるからだ。

 ステータスやスキルの選択でも修正が効かず、キャラクターを作り直したことは何度もある。

 愛着のある名前だったり、それまで築いてきたものも失ってきた。

 しかし、今は現実世界で、損失という言葉では片付かない状況にある。

 メガデスがかなり怪しいし、失敗すればクレナとハクを失うことになるだろう。


『も~、たぶんクレナ君の力があれば爪の門くらいなら何とかなるよ。ああ、それに、次の門ではもっと良いものが手に入るからね』


「もっといいもの?」


『そう。ここはただただ厳しいだけの場所ではないんだ。時空神デスペラード様の力と、妻である魔法神イシリス様によって構築された場所なんだよ』


「ん?」


(そういえば、時空神と魔法神は夫婦関係にあるんだっけか)


 この世界の神々の勉強をしたとき改めて知ったことがある。

 この世界は日本神話やギリシャ神話のように、神同士で結婚したり子供を産んだりするらしい。


『この門を越えて得られるものは大きいってことだよ』


 メガデスからは以前に、この試しの門、審判の門を任せられたのは時空神デスペラードだというのは聞いている。

 何でも時空を司る神が3つの世界を分断する力を持っているとか。

 その妻である魔法神イシリスも時空神に協力しているらしい。

 次の階層から魔法神イシリスが力を込めたアイテムが手に入るようになると言う。


 協力者であるアレンたちも、このまま門を攻略すると利益は大きいとメガデスは謳う。


「魔法神のアイテム……」


 セシルが息を飲む。


『君は魔法使いだね。ああ、魔法使いにぴったりの「モノ」があるんだけどな~』


 ダンジョンマスターディグラグニを造り、魔法具と魔導具、魔法の才能を取り仕切る魔法神イシリスが作ったアイテムは強力だと強調する。


「!?」


 セシルが思わず声を出してしまった。

 思わず喜んでしまったことに不味そうな顔をする。


(さて、もう決断の時だぞ。たぶん、俺たちが挑戦することを分かって最初から案内していたのか。クレナはエクストラモードだからな。ん?)


「開放者のままですよね」


 大事なことを聞き忘れた。

 エクストラモードをこの世界で使われている言葉である開放者に言い直す。


『もちろんだよ。神が与えし力を勝手に奪うことはできないよ』


 メガデスはクレナがパーティーの中で唯一のエクストラモードであることを知っていた。

 アレンの中で、メガデスに対する警戒が一段階上がる。


「召喚獣の参加も厳しいですか?」


 アレンは今一度メガデスに今回の門番との戦いの条件を問う。


『召喚獣は連れていけないよ。ここから先は竜と乗り手の力が試される場所。補助魔法は全て効果が切れるからね』


 装備品やアイテム以外は中に持っていけないらしい。


 アレンは仲間たちを見渡していく。

 セシルもソフィーも仲間たち全員が最期はパーティーリーダーのアレンが決めると信じている。

 今回も決断を委ねるようだ。


『……』


「ん? どうかしましたか? ファーブル様」


 さみしそうな顔をする精霊王が視線に入った。


『え? えっと、なんでもないよ』


 ルークに抱きかかえられたファーブルはそのまま視線を落とした。

 どこか悲しそうな視線をしたような気がした。


「アレン、大丈夫だよ。私、ハクと門番倒してくるよ」


 一瞬精霊王を気にかけているとクレナが笑顔で、アレンに任せろと言う。


「……そうだな。俺たちの未来を任せていいか?」


 クレナは挑戦するというので、アレンは納得することにした。

 こういった決断をすることもあるのだろうと自らに言い聞かせる。


「うん! 任せておいて!!」


 なんか、久々に見るクレナの満面の笑顔だと驚く。

 任せたことは何度もあった気がするが、力こぶを作って「任された」と元気にクレナは答えた。


『じゃあ、気が変わらないうちにパパッと転職しちゃうよ。ほほい!!』


(ほほいってなんだよ)


 よく分からない掛け声と共にメガデスの虹色の羽が光り輝いたと思ったら、同じ光がクレナを包み込む。


 ポン


「なんか、変わらないわね。本当に竜騎兵になっているの?」


 見た目の変化が一切ない。


「いや、クレナの職業が「竜騎兵」になっている。ついでにレベルも1だ」


 アレンが魔導書を見るが、確かに転職が済んでいた。

 こうして、門番と戦うためにクレナが竜騎兵に転職したのであった。

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