第464話 竜王マティルドーラ

 アレンたちがようやく門を抜け、近くの高級宿に足を運ぶころ、全身が緑色の巨大な竜が竜神の里に向かっていた。

 飛竜よりも一段階格上の色竜に属する緑竜だ。

 既に十分に成長しており、翼から翼の端まで100メートルを超える巨躯が悠然と飛んでいた。


 緑竜の視界の端に、あり得ない物を捉えた。

 上空を飛ぶ緑竜よりも遥かに高い位置に巨大な何かが浮いていた。

 何事だと翼を力強くはためかせ、緑竜はどんどん高度を上げていく。


『なんだ? なんで浮いた島に人が住んでいるのだ? ん? あいつは?』


 見渡すといくつかの町が浮いた島の上にあった。

 島全体を遠目で見ていると、見覚えのある白い物体があった。


 一気に距離を詰め、白い物体の上空をホバリングする。


『アウ? ドラゴンダ! イッショイッショ! ガウガウ!!』


 ハクはいきなり目の前に現れた巨大な緑竜に驚き声を出してしまった。

 制御がまだ利かないのか、最近吐けるようになった炎を盛大に吹いてしまう。


『白竜か。中央大陸から離れてこんなところにいたのか?』


『ボクモトブ! ギャッギャ!!』


 竜が寄ってきたことに嬉しくなったハクは翼を羽ばかせ、緑竜の周りを飛んで見せる。


『……赤竜はドベルグとかいう剣聖によって幼体に戻り、白竜も幼体にか。生まれて何年も経っていなさそうだな』


 纏わりつく白竜を見ながら感傷に浸っていると、さらに遠くが騒がしくなっていく。

 人間たちがこちらを発見し、警戒音を鳴らしワラワラと騒ぎ出した。

 かなりの数の武装した者がこの島にいることが分かる。


 緑竜は巨大な島をもう一度見渡し、白竜を置いてその場を後にした。

 そして、竜神の里への飛行経路を戻す。

 竜神の里の巨大な門がある里でも1、2を争う大きな街に到着し、上空でホバリングする。

 またもや騒ぎとなり竜人たちがワラワラと出てくる。

 騒ぎになっているが、どこか畏敬の念があるようだ。


「ん? 俺を見ているのか?」


『……出てきたか』


 多種多様な種族の一団が建物の中から出てきて、その中の黒目黒髪の青年と緑竜は目が合った。

 緑竜は踵を返し、里の中央を目指し飛んでいく。


 竜人の里の中央は渦のような半島の中心となっており、巨大な神殿が建てられていた。


 建物の柱は天井まで数百メートルを超え、遥か先から見つけることができる。

 柱にぶつからないよう器用に建物内を滑空し、一番奥を目指す。


 建物の一番奥に1体の老齢な竜が台座に乗っていた。

 だが台座よりもあまりに大きいためか、頭部がはみ出ており、顎を床に置き横になっている。

 台座に乗った竜の背には巨大な門が見える。

 緑竜がやってきたことに老齢な竜は気付いたようだ。


『エンケロか。随分早かったな』


 緑竜の名はエンケロと言うようだ。


『はい。もう長い時を、聖域の里を離れることはできないようです。竜王マティルドーラ様』


 緑竜は石畳の床に降り、頭を深く下げる。

 早く戻ってきた言い訳を口にする。

 緑竜がやってきたことに気付いた神官の恰好をした竜人たちもワラワラと竜王の近くに集まってくる。

 竜王に仕える神官の竜人たちは跪き、竜王と緑竜の会話に聞き耳を立てることにする。


『何か面白いことはあったか。最近さらに魔王が幅を利かせているようだな。ふん、餓鬼が図に乗りおって』


 竜王は魔王のことを良く思っていなさそうだ。


『そうですね。魔王については今の通りです。聞いた話では海底にまで手が及んでいるとか』


 緑竜は、自らは行くことができない海底の状況についても伝える。


『ふん。相変わらずだな』


 不快な話を聞いたと竜王は口にする。


『竜王マティルドーラ様、実は幼体の白竜を見つけました』


 いつもの愚痴を竜王がこぼすので、緑竜は先ほど見た白竜の話をする。


『おお、数年前に姿を消した白竜をか。ん? それはどこかにいたということか?』


 緑竜の『見つけた』という言葉に違和感を覚えたようだ。


『はい。この里の海岸近くの……』


 緑竜は先ほど見てきたことを竜王に報告をする。


『それは本当か。それは竜神オフォーリア様の制約はないのか!!』


 目をクワッとあけ、顔を床につけていた竜王は体を起こした。

 全長が100メートルを超えるのではという巨躯のため、首を起こすだけで何十メートルにもなる。

 仕える竜人たちも竜王の態度にギョッと驚いている。

 浮いた島などどうでもいいと言わんばかりに、白竜の居場所にだけ興味を持っているようだ。


『はい。中央大陸の山脈を移動し、見たところ自由に活動ができているようです』


『ほう、そうか。ま、まさか。ようやくなのか。前回から随分間が空いたものよ』


 長かったと竜王が目を閉じる。


『はい。もしかすると魔王の動きに合わせての、神々の行動かもしれませんが……』


『理由などどうでもよい。そうか、やっとか。とうとう悲願の竜が誕生したか』


 竜王は感動を覚え何か考えがあるのか、遠くを見つめ始めた。

 竜王の態度とは裏腹に神官たちが血の気が全て引いていくように青ざめていく。

 是非進言してくださいと言わんばかりに、1人の竜人に視線が集まっていく。

 視線を集める者は老齢で神官たちの長だ。


「りゅ、竜王陛下!! 何卒、お考え直しを。今の話では色竜は幼体ではございませぬか!! 到底、門番たちを打ち破ることができるとは思いませぬ!!」


 とてつもなく広い竜王のいる間のどこにいても聞こえるほどの胆力で、神官の中でも最も長と思われる一人が叫んだ。

 今のこの状況がとても不味いと言わんばかりだ。

 白竜を竜種の格である色竜と呼ぶ。


『ぬ? まあ、分かっておるわ。いきなりどうこうとは言っておらぬぞ』


 竜王は神官の長を宥める。


「ほ、本当でございますか。前回は古代竜と万を超える才能ある者を失ったと聞き及んでおります。現状では竜騎兵は十分におらず、とても門の攻略を目指すなどあり得ませぬ!!」


 しかし、過去の経緯にも触れ、竜王が誤った考えをしないよう再度忠告をする。

 多くの犠牲を払った歴史が竜神の里にはあった。


『そうだな。で、門の挑戦にどれだけの時が必要だと見る?』


 そこまで言うなら、準備にどれだけ掛かるのか竜王は問う。


「そうでございますね。門の攻略を考えるなら100年は見ていただきたいと。でなければ、門番を破ることなど到底叶いませぬ」


 竜神の里が総力戦をかけるのに100年は準備に時間を掛けないといけないと神官の長は断言した。

 他の神官たちも確かにと一様に頷いている。


『100年か。儂の命も持ってほしいものだな。ん? どうかしたのか。申してみよ』


 そう言いながら、やってきた神官の1人を見る。

 竜王を見ながら、発言の機会を窺っていることが分かった。

 報告があったのだが、緑竜に神官の長と立て続けに話をするので、会話のタイミングを逃したようだ。


「は! たった今、里の入り口より、精霊王ファーブル様と、ダークエルフの王オルバースの子が里に入ったとの連絡がありました。竜王陛下への謁見の許可も求めております」


 竜神の里と鳥人国家レームシールとの境にある街には通信の魔導具が設置してある。

 その魔導具からの連絡係を担当する神官がたった今聞いた内容を竜王に伝えた。


『この時期に、オルバースの子か。む? たしか精霊王は人族と歩みを共にしていると……』


 この状況に竜王は何かを思い出した。


『アレンという者ですね。聞いていた容姿の者が里の入り口の街に確かにいました』


 緑竜が何かを思い出そうとする竜王に助言をする。

 アレンと呼ばれる黒目黒髪の青年を確かに見たと緑竜は言う。


『浮いた島、白竜の幼体、オルバースの……。全ては繋がっているのか。エンケロよ。ほかに何かないのか?』


 全ての状況は1つとなっていた。

 白竜の幼体がこの場にいるのは偶然ではないのかという竜王の言葉に、竜人たちもざわつき始める。

 竜王は更なる情報を緑竜に求める。


『今、お調べします』


 緑竜はこの場で調べると言う。

 緑竜は緑の風に全長100メートルに達する巨躯が包まれ始めた。


『アレンという者はどうやら、S級ダンジョンを攻略した人間世界の実力者のようです。5大陸同盟にも影響があり……。これは、活動期間が短すぎて……』


『あまりはっきりせぬな』


 何か噂話を聞くような内容を緑竜は語りだした。

 竜王は風に包まれた緑竜の話に聞き入っているが、断片的であまり情報がないことに顔を顰める。


『正確な情報ではありませんが、かなりの実力者であるのは間違いないかと。救われたと言う王国の声がいくつも上がっております。もしかして、審判の門を開けにやってきたのではないでしょうか』


 活動期間も短く分かる情報はそれほどなかったと緑竜は竜王に謝罪の言葉を述べる。

 この竜神の里に来た目的なら恐らく1つしかないのではと竜王に言う。


『なるほど。儂もこれまでかと思っていたが、運が向いてきたぞ。だが、もう少し情報が欲しいな。神官たちよ、アレンについてもっと詳しく調べろ』


 竜王は緑竜の話に希望を見出す。


「は! レームシール王国に速やかに連絡をして情報を集めます!!」


 竜人の里の隣国である鳥人国家のレームシールに連絡すると神官たちは言う。

 竜人の里は5大陸同盟に加盟をしておらず、何かと情報に疎い。

 世界的な活躍をしているアレンに対して、詳細が分からなかった。

 これから加盟国である隣国に情報を求めるようだ。


『急ぐのだ。貴様らの聖鳥を儂の聖域に囲ってやっておるのだ。聖蟲のような結果になりたくなかったら早く全ての情報を伝えよとな』


 手段を択ばず、脅してでも情報を得よと神官たちに念を押す。

 アレンについての情報を出し渋ればどうなるかと、隣国を脅迫しても構わぬと竜王は語尾を強めて言う。


「は!!」


 改めて力強く返事をした神官たちがワラワラと駆けていく。


『ふん、それしてもビルディガも馬鹿な判断をしたよな。魔王に支配されおってからに。見た目通り頭も固いからそうなるのだ。だが、そうか、門が開くかもしれぬのか……』


 竜王は首をもたげ自らの背中にある巨大な門を見つめる。

 その目は老いたとは思えないほど何かを渇望していたのであった。

 



***


 場所は変わり、竜神の里の入り口にある街だ。

 アレンたちは2手に分かれることになった。

 島の中央にある竜王がいる神殿を目指すチームと、素材の調達チームだ。


・チームアレン:アレン、ロザリナ、ルーク

・チームソフィー:ソフィー、セシル、イグノマス


 バランスとか色々考慮した結果、こうなった。

 アレンは竜王のいる神殿を目指すので、ルークと一緒にいるファーブルがいた方が良い。

 何か困ったことがあれば精霊王ファーブルに助言を求めるためだ。

 せっかくなので魚人の2人には分かれてそれぞれのチームに入ってもらうことにした。


 イグノマスをチームソフィーにしたのは、「取引時の舐められ防止」と「用心棒」役のためだ。

 女性3人で竜人相手に取引するよりも、巨躯のイグノマスがいた方が良いというのはソフィーから出た話だ。


 まだまだ若いアレンたちの中に於いて、元近衛騎士団長キャラのイグノマスは何かと使える。


「何日もせずに召喚獣の成長レベルが9になる。それまでは無理はしないでくれ」


「ええ、分かったわ。取引の交渉をするだけだから無理はしないわ」


 アレンと別チームになりセシルがやや不満げだ。

 アレンとセシルが別行動するのはこれが初めてだ。

 荒事を起こして、門を潜り抜けられなくなっても困る。


 アレンチームの3人は渦状になった竜人の里の陸路を、鳥Bの召喚獣に乗って移動する。

 関所があるのに無視すると、何かと問題があるかもしれない。

 らせん状の陸地の竜神の里なので、竜王のいる神殿には直接乗り込むことができるがそんなことはしない。


「あれは何かしら!」


「む? 遺跡だな?」


 ロザリナが何かを発見した。

 荒野に不自然なほど大きな遺跡のような物がある。


 鳥Eの召喚獣を使い全容を確認するが箱型の古い建物で入り口ががら空きだ。

 そのまま召喚獣を使い、中に入ってみると巨大な門があった。


「中に門だけがあるようだ」


「え? 何よそれ」


 巨大な箱状の遺跡の中には、これまた巨大な門が建物の中央に鎮座していたのであった。

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