第463話 王と門

 アレンたち一行は精霊王ファーブルのお陰で竜神の里に入ることに成功した。


 半日以上門の前で待たされて腹も減った。

 門をくぐった先はそれなりの大きさの町だった。

 今日はとりあえず、近くの宿に入ることにする。

 安宿に泊まって雑多なたこ部屋に入れられても行動しづらい。

 そもそも節制をする理由もない。

 近くを歩く冒険者風の大剣を背負った鰐系の竜人に「最高の宿はどこ?」と尋ねて、お勧めの宿に入った。


 宿に入り風呂に入って、食堂に集合する。

 パーティー行動だと飯を食って風呂派もいるが、女性陣が先に風呂というので飯は後になった。

 この辺りの気候だが大地は埃っぽくそれなりに暑い。

 緑豊かな恵まれた環境とは言えなさそうだ。

 間仕切りのある半個室に陣取ったアレンたちの座るテーブルに、蜥蜴系の竜人が料理を大量に運んでくる。


(ふむふむ、体格のいい鰐系は冒険者をやって、細かい仕事ができる蜥蜴系が料理人やウエイターみたいな仕事をしているのかな)


 竜人は、獣人や魚人のように種族内にかなり幅のある種族のようだ。

 種族により体格差もあり、持ち味を活かした仕事をしているように思える。


「うひょー、肉だ!!」


 ドカッって効果音が聞こえてきそうな1キログラムはありそうな肉がテーブルに置かれた。

 両手にフォークとナイフを持ったルークが勝利を宣言する。


「肉だな。ドラゴンの肉だろうか」


「アレン、さすがに竜神の里でドラゴンはでないでしょ。あら、美味しいわね」


 セシルがそんなことはないと言う。

 育ち盛りのルークはモリモリと出された肉を食らう。

 ダークエルフはエルフと違って肉に対する忌避感はない。


 ルークの食べっぷりを見ながら、アレンは先ほどの門前の件を思い出す。


「イグノマス。さっきは前に出てくれて助かったよ」


 パーティーの前面に出て門番と対応してくれた。


「いや、俺もパーティーの一員だからな。だが、アレン。何故、あのような扱いをされて怒らぬ」


 アレンの身分は、各国の代表ともほぼ対等に対峙できるほどのものとなっている。

 そんなアレンが門番風情にあのように舐められた態度をしているのに怒りもしないことに不自然だとイグノマスは考えているようだ。


「いや、さすがにあんな門前払いされて怒らないわけないだろ」


「む?」


「ボコボコにする前にやることがあるからな」


 イグノマスは怒っていないだろうと顔に疑問符を浮かべる。


 アレンの話では、さすがに半日待たされて門前払いは頭にくる。

 しかし、目的はこの先にある審判の門だ。

 どうやって門番の竜人を丸め込むのか考えていた。


 審判の門を通って神界に行くにしても、門は解放した状態にしないといけない。

 1回神界に行くだけなら、力づくでも大丈夫かもしれない。

 竜人たちと平和的な関係を築き、いつでも好きな時に神界に行く。

 そのためには荒業ではない方法を模索しないといけない。

 結果に合わせた手段を取らないといけないとアレンは言う。


「なるほど、アレンは農奴出身なのに知略家だな」


「俺は出身なんてどうでもいいからな。名声を求めていないし」


 アレンはやり込みたくてこの世界にやってきた。

 それはこの世界の人々からの名声ではないとアレンは考えている。


「むう。俺は名声が欲しいぞ」


 イグノマスは平民に生まれ、地位も名声も欲しくて大帝国であるプロスティア帝国の近衛騎士団長まで上り詰めた。


「私も名声が何よりも欲しいわ。ちょっと、肉ばかりでお肌が荒れるわ。美容に良いものを持ってきてくれないかしら」


 魚人は欲深い傾向にあるのかなとアレンは考える。

 そんなロザリナは肉料理を前面に出した竜神の里の料理に絶句する。


(ルークに注文を任せたからな)


 良いところの宿にある食堂なので、蜥蜴系の竜人と目があっただけで察してこちらにやってくる。


「あ、でしたら、わたくしの分もお願いできるかしら」


 副菜として出てきた野菜をチビチビと食べていたソフィーも欲しいと言う。


(個性が入り混じっていいパーティーだなと。あとはと)


 アレンは自らの考えをパーティー内で押し付けることはしない。

 平民コンプのイグノマスも、美と名声が欲しいロザリナもそれでいいと考えている。


 魚料理をかじるファーブルに視線を移す。


「それで、竜王と知り合いとはな」


『ん? まあね。まあ、顔見知り程度だあね』


 アレンが作戦モードに会話のトーンを変更した。

 大食漢のルークとイグノマスを除いて、アレンの表情が変わったため、仲間たちはアレンとファーブルの会話に集中する。


 アレンはこの里を目指す上で、メルスにかなりの質問攻めをした。

 あの手この手、話を変えながら、この竜神の里が何なのか調べたと言ってもいい。

 神界の禁忌事項があるかもしれないが、ルール内なら何でもして良いというのがアレンの考えだ。


 クレナが調停神から聞いた話の信憑性を確認するためだ。


「ファーブル、審判の門をくぐって神界に行ったことあるのか?」


 呼び捨てで良いと言うので、アレンはファーブルと呼んでいる。


『ん? まさか。たしか、この1万年、審判の門は開いていないわあね。なんか条件が厳しいとかマティルは言っていたかしら』


 ファーブルは審判の門を潜ったことはないと言う。


 アレンはメルスが言っていた、この世界の成り立ちと「王」と「門」について思い出す。


 この里に竜王がいるのには理由がある。

 この渦巻状の半島を進んだ先には審判の門があるらしい。

 その門を管理しているのは竜人たちだ。

 その竜人たちを治め支配しているのが竜王だ。


(竜人は審判の門を管理し、魔族は奈落の門を管理していると)


 メルスを問いただした話では、人間世界、神界、暗黒世界の3つの世界でこの世界は成り立っている。

 それぞれの世界は無の世界で繋がっている。

 人間世界には2つの門が存在し、それぞれの世界に行き来できるようになっていた。


 暗黒世界と繋ぐのは「奈落の門」と呼び、神界と繋ぐのは「審判の門」だ。

 魔族が奈落の門を管理し、竜人は審判の門を管理していた。

 過去形になっているのは、魔族が管理していた奈落の門は現在破壊されており、魔族は管理を行っていない。

 魔族を治める者の中に「魔王」が生まれ、たまに「魔神」へと至ることがある。

 竜人を治める者の中に「竜王」が生まれ、たまに「竜神」へと至ることがある。


 魔神になるのはかなりのレアでなれる者はそうそういないらしい。

 しかし、理を破り神域を犯した魔神たちによって現在魔神は数百体に増殖中だ。


 100万年前、暗黒神と体を5つに分けた邪神を封印するために暗黒世界を繋ぐ奈落の門は破壊された。

 お陰でフリーになった魔族の長である魔王が世界をたまに征服するようになった。

 力を持った者を自由にさせてはいけないという教訓が生まれそうだ。


「それにしても、そんな世界を滅ぼそうとした竜神の名を里に付けるなんて」


『その辺はマティルも嘆いていたわね。神は竜人や竜王を監視し続けていると言っていたかしら』


 1万年前に、神器を与えられた竜王が竜神に至った。

 その名を竜神マグラだ。

 この竜神が世界を征服しようとした。

 世界の大半を制圧し、征服までもう少しのところまでいったらしい。


 この世界は魔王が世界を征服しようとするのだが、力を持った竜王もたまに世界を征服しようとするらしい。

 1万年前に世界を支配しようとしたのは竜王ではなく竜神であったために、被害は甚大であったとか。

 竜神マグラは魔神もびっくりの絶大な力を持っていた。


 世界のバランスが壊れたと判断した創造神エルメアは、1万年ほど前、審判の門から天使軍を派遣し、竜神マグラを討伐しその体を封印してしまった。

 天使軍を率いた筆頭が第一天使であったメルスだという。


 この世界がグレートリセットした1万年前、世界のバランスを崩したのは竜神だった。

 この里に世界を征服し滅ぼそうとした竜神の名をつけたのは神界らしい。

 神々が忘れていないぞという戒めのためらしい。


「なるほど。そんな歴史があったわけね。今の竜王は大丈夫かしら?」


 セシルがため息をつく。

 今回の目標である審判の門を管理している竜王に会わないといけない。


『まあ、内心まで分からないわよ。ただ、間違いなく審判の門を開きたいとは思っているわよ』


 数千年、竜王マティルドーラは大人しく審判の門を守り、竜神の里を治めているらしい。

 生まれが近いこともあり、精霊王ファーブルはたまに竜王と交流がある程度の関係であった。

 竜王からは精霊王ファーブルに対しての対応が門番にまで行き届いているようで、門前での対応に表れていた。


「アレン様、真っ直ぐ竜王の治める城に向かうということでしょうか?」


「そうだな。できれば、いくつか調べたいものがあるんだが、どれだけ時間があるか分からないからな」


(足輪も欲しいし)


 前世のゲームなら、主人公が行動に移すまで、世界は待ってくれていた。

 いくらでもやり込みができた。

 魔王を無力化するまで強化できたことが今では懐かしい。

 しかし、この世界は魔王が同時進行で世界を征服しようとしている。

 後手に回る状況で悠長なことをしている場合ではないとアレンは言う。


 名工ハバラクにお願いしていたオリハルコンの錬金素材も欲しいが門を優先させたい。


「確かにそうですわね。だったら、アレン様、チームをさらに2つに分けませんか?」


「ふむ、まあ、そうだな」


(やはり、この手しかないか。時間がどれだけあるか分からんし)


「アレン様、大丈夫ですわ。ペロムスさんの一件の時のようにはなりませんから」


 ソフィーが心配するなという。

 アレンは、ペロムスが魔王に攫われて、危険な目にあった。

 今後、さらに危険なことがあるだろう。

 仲間たちには相応の人数でまとまって行動する方針を伝えてある。

 このまま一団体で行動しても効率が悪い。

 素材回収チームと審判の門攻略チームに分かれて、同時進行で時間を短縮させようと提案する。


「分かった。無理をしないでくれ。とりあえず、ここは古い世界のようだ。もしかしたら、足輪があるかもしれない」


「錬金素材だけではなく、足輪もですね。承りましたわ」


 アレンはソフィーの提案を受け入れる。

 そして、竜神の里に来たら探そうと思った物がある。

 それはまだアレンたちが装備できていない足輪だ。


 この世界には魔法具に足輪というものがある。

 しかし、魔法具職人のカサゴマも作れないらしい。


 足輪はどうも素早さをかなり上げてくれるらしい。

 特に前衛は首輪や指輪を攻撃力主体にしている仲間が多いので、足輪で素早さの強化をぜひともしたい。


 この竜神の里は随分古くからあり、何万年も何十万年も神界へと続く門を守る聖域となっているとか。

 もしかしたら古くから存在する足輪装備があるかもしれない。

 他国との交易も限定的であるようなので、何とか探してみたい。


 アレンはパーティーメンバーをさらに半分に分ける人選を考える。


(ん? あれ? こいつはいつの間に島に接近したんだ?)


 その時であった。

 ヘビーユーザー島を巡回する鳥Eの召喚獣が、異物を視界に捉えた。


 ヘビーユーザー島の中心の神殿がある山の上に、緑色の巨躯が浮いている。

 その周りを纏わりつく様に白い物体が浮いている。

 白い物体はハクのようだ。

 全長15メートルに達したハクが小さく見える。


「アレンどうしたの?」


 アレンの表情に何かが起きたことをセシルが察した。


「竜だ。緑色の竜が島にいるぞ。む? こっちに来るぞ」


 アレンは同じく鳥Fの召喚獣の覚醒スキル「伝令」を使い、島全体に警戒令を発した。

 島で待機していたアレン軍の兵が動き出す中、緑色の竜は島を離脱し、竜神の里の方へすごい勢いで飛んでくる。


 すぐに外では騒ぎが起き始めた。


「外に出るぞ。竜がこの街にやってきた」


 アレンたちに緊張が走る。

 宿にいた竜人たちも街の外の騒ぎに気付いて外に出ていくようだ。


 アレンの言葉に食事を後にしてゾロゾロと外に出る。

 外に出ると、竜人たちが皆一様に空を仰いでいる。


「ああああ、緑竜様だ!!」

「緑竜様が、お越しになったぞ!!」

「また、緑竜様が世界を旅して戻ってこられたぞ!!」


 アレンたちが竜人の群衆の見つめる視線の先を見ると、両翼まで100メートルを超えるのではという巨大な緑竜が空を飛んでいた。


『……』


「ん?」


 アレンは一瞬、皆が叫ぶ緑竜と目が合ったような気がした。

 緑竜は中空で羽ばたいて位置を保っていたが、そのままきびすを返してどこかに飛んで行ってしまったのであった。

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