第465話 フラグ(弱)

 巨大で古びた遺跡を発見したアレンたちは、向かう先を竜王の神殿から大きく進路を変更した。

 巨大な門しか入っていないとは不自然極まりない遺跡だったからだ。

 荒涼とした大地にそびえる遺跡には門番もいないので、そのまま黙って入っていく。


(なんだろう。空気が変わったような気がするな。日が差していない影響か)


 遺跡の中に入ると一瞬、背筋が凍るような言いようのない緊張感があり、ルークとロザリナと目が合う。


「何よ。何で門だけが佇んでいるのよ。これが審判の門ってわけ?」


 アレンから聞いた通り、門だけが遺跡の中にあることにロザリナは疑問の声を上げる。


(少しは街の竜人たちから情報を得た方が良かったか)


 神界への門を目指してアレンたちはやってきた。

 巨大な遺跡の中に入ると門が中央に佇んでいる。

 竜人たちは門を信仰する文化があるのかとアレンは考える。


 ノリで竜王のいる神殿を目指してみたが、情報収集が足りなかったことを悔やむ。

 アレンは前世のゲームで、街の住人全員と会話してヒントを探すようなことは最終手段としていた。

 まずはいける街、ダンジョンに行ってみるというプレイスタイルだ。


 門は壁についておらず、中央に建っていた。

 後ろに回り込んでみるが何もない。

 何も変哲もない巨大な扉を一周した後、正面からじっくりと扉を見つめる。

 そこには1つの絵が扉に描かれている。


「どうだろう。何の反応もないしな。竜の絵か……。これはなんて竜だったかな」


 実物の竜がデフォルメされていて何の竜か分からない。

 扉から浮き出るように彫られているように見えた。


「開かねえぞ」


 アレンが絵を見つめる中、ルークが何十メートルにもなる門を押してみるが、びくともしない。

 門が巨大すぎて、ただの門でも同じ結果になりそうだ。


(なんだこれ? 何かクエストの旗が立っていない感じが半端ないな)


 試すことが限られてくる。

 カードを全て竜系統にしてごり押しで扉を開けようとしてみるのは違う気がする。


 この状況にアレンは既視感がある。

 何かイベントのような物を発見したが、ストーリーを踏んでいないため何も起こらないというやつだ。


「ファーブル様、これはどういうことでしょう」


 竜王と顔見知りでヒントをもってそうな精霊王ファーブルにも聞いてみた。


『……さあ、どうだったかしら。竜王にどうしたらよいか聞いてみるのが早いんじゃないの』


 覚えているとも、覚えていないともとれる態度だ。


 結局、門の破壊を試みるなど強引な方法はさけ、その場をいったん後にする。


 アレンたちが背を見せる中、扉に描かれていた竜の目が精霊王を見つめ、静かに輝いていた。


 近くの宿に泊まりながら2日かけて、新たな関所の前までやってきた。

 アレンたちはその後同じような2つの古い遺跡を発見した。


 開いた門の先には、確かに奥には巨大な神殿が見える。

 遺跡同様に数百メートルの巨大な神殿が、渦巻き状の半島の中心にあった。

 竜王はきっとそこにいるのだろう。


「何用か。この先には竜王様のおわす神殿があるのだぞ!」


 鳥人国家レームシールとの間の関所よりも豪華な恰好をしている竜人の門番たちに移動を止められてしまった。

 門は開いているが、先には進むなということだろう。


「申し訳ありません。ダークエルフの里の王の息子が、竜王に謁見したいと申しております。お目通りかないませんか」


 アレンがいそいそと代表して竜人の門番に交渉をする。

 道中に確認したが、やはり竜王の神殿にある門のことを竜人たちは「審判の門」と呼んでいた。

 やはり、竜王のいる神殿を目指すのが正解のようだ。

 アレンの言葉に2人の門番が目を合わせた後、ダークエルフの少年に視線が行く。


「そ、そうか。話は聞いているぞ。精霊王ファーブル様とルークトッド様であるな」


 竜人は皆、権威に弱いのか、ルークとその頭に乗っている精霊王に視線が移ると急に態度が軟化する。


「おう、竜王に会いたいぞ! ここを通してくれないか!!」


 ルークの元気のいい態度が、不自然さのない演技を出してくれる。


「そうか、だが、少し待ってほしい。神殿への立ち入りと竜王への謁見の許可を取らせてもらう。それでよいか?」


(なんだ、通信の魔導具はないのか? 里に入ったのは3日前なんだが)


 ダークエルフの王の息子が精霊王と一緒に竜王に会いに来たという話が既に通っていると思った。

 しかし、許可が通るまで少し待ってほしいとのことだ。


「もちろんです」


 待てと言うのに強行するわけにはいかない。

 ルークと精霊王もいることだし、お目通りは叶うだろう。


「では、その道を引き返した先にある宿でゆっくりしていってくれ。許可が通れば、使者を送らせていただく」


「はい、ありがとうございます」


(さすがに、神界への道を守る神殿に入ったり、竜王に会うにはそれなりの手順があるのかな)


 前世でもそんなに神事に詳しい方ではなかった。

 竜王とその神殿のルールならと、大人しく道を引き返した先にある宿に泊まることにする。


 アレンたちに使者がやってくることなく3日が過ぎた。


 アレンとルークが宿の食堂で夕食をつつく中、ロザリナが毎晩の夕食時に歌を皆に披露していた。


 ロザリナは部屋の隅に設けられた壇上で、美声を披露する。

 イグノマスのようにレベルもスキルレベルもカンストし、4月の新たな転職ダンジョンの実装を待っている状況とロザリナは違う。

 ロザリナは先月転職したばかりでレベルはすぐに60になったが、スキルレベルを鍛える必要がある。


 人前でないと歌いたくないと言うロザリナに、夕食の時にお店へのサービスとして歌を披露すればよいとアレンはアドバイスした。


 そんな目的があることもつゆ知らず、端整な美しい顔、発育の良い体、薄着の服装に竜人たちは夢中になっていた。

 種族が違えど、ロザリナの美しさは万国共通のようだ。


 パチパチパチ


 歌い終わると竜人たちが立ち上がり、盛大に拍手をする。

 そして頼んでもいない料理がアレンやルークがいる席に、今日も大量に運ばれてくる。

 特に投げ銭は求めていないのだが、歌が気に入った竜人たちの奢りのようだ。


 毎晩食べきれない奢りが運ばれてくるので、収納に入れて竜人の里の名物料理をチームキールのS級ダンジョン待機組に届けてあげている。


 腹を空かせたクレナとドゴラはワシャワシャと食べてくれる。

 なお、クレナとドゴラは石Dの召喚獣にひたすらスキルを使い続けるが、シアはアイアンゴーレム狩りだ。


 レベル60のキャップが外れたばかりなので、アイアンゴーレムを狩って、レベルを上げた方が効率良い。

 シアはメルルたちと共に、1日300体を超えるアイアンゴーレムを狩り、3000億を超える経験値を得ている。


「これで里にきて5日目よ。随分待たされるわね」


 ロザリナはしっかり道中も含めた日数でカウントを取る。


 奢りで出された料理を当たり前のように口にするロザリナが、アレンたちのテーブルに着くなり不安を露わにする。

 神殿に入り、竜王に会う許可を取ると言われて5日が過ぎた。


「そうだな」


(竜王の許可にそんなに時間がかかるのかね)


 竜王の神殿のすぐ傍までアレンたちはやってきている。

 恐らく何時間もかからない距離にいるのだが、一向にやってくる気配はない。


 待たされている間にできることはほとんどできた。


 馬鹿みたいにデカく、良く分からない遺跡について竜人たちに奢られつつ確認をしてみたが情報は得られなかった。

 遥か太古の昔から遺跡は存在し、魔獣を寄せ付けぬ強力な聖域となっているとか。

 定期的に竜王の使いが遺跡の管理や清掃などをしているという。


「料理が美味いから、俺はもう少しここにいてもいいぞ!」


 肉料理多めの文化圏のため、ルークはご満悦だ。

 アレンたちと一緒にいるとダークエルフの里の使いから勉強をさせられなくてもいいと言われている。

 夏休み期間のような感じでいるのかもしれない。


「もう、ルークったら」


「おう、ありがとう、ぐへへ」


(完全に視線がマクリス状態だな。この3人になった時、ルークがガッツポーズ取っていたのはこれが理由だな)


 ロザリナがいつものようにルークの口元のソースを拭いてあげる。

 どうやら、嬉しそうにするルークがここにずっといたい理由がほかにもありそうだ。


『やれやれだあね』


 テーブルに乗った精霊王ファーブルがため息をつきながら料理を口に運ぶ。




 竜神の里に到着し、2チームに分かれたアレンたちであるが、5日も竜人の里で活動してくれたおかげでソフィーチームも必要なものはほぼほぼ手に入ったという。

 ただし、オリハルコンの錬金に必要な素材「竜目岩」は取引がほとんどされていないらしく、手に入れることはできなかった。


 竜神の里でチームを分ける必要もなくなったので、結局合流して1つのチームとなった。


 合流した翌日、竜王との謁見の許可が下りて、神殿に案内してくれた。


 遠くから見てもはっきりと分かる巨大な神殿の中を竜王の使いの竜人たちに連れられて歩く。


『グルルル!!』


「……」


「なんか、普通に竜が多いわね」


 柱の傍には立ち上がれば何十メートルにもなるだろう竜たちが、横になり視線だけでアレンたちを見ている。


「この神殿で飼っているのかな」


(ペット的な)


 この世界には魔獣以外にも獣がいる。

 犬や猫に似た動物もおり、貴族たちはペットを飼う習慣がある。


「違います。アレン様、神殿を守護する竜たちでございます」


 不敬だったようで、前を歩く竜王の使いの竜人に注意されてしまった。


 まっすぐ歩いた先に竜王はいた。

 巨大な竜が神殿の奥の広間に、床よりも少し高くした台座の上にいた。

 かなりの高齢で顔が台座からはみ出た床についている。


『……お前たちが、儂に会いたいという者たちか』


「はい。アレンといいます。この度は、お時間を頂きありがとうございます」


 リーダーとしてアレンが頭を下げ、礼を言う。


『そうか。お前がS級ダンジョンを攻略し、魔王軍と戦っているアレンか』


 アレンに視線が合うと、すぐに誰なのか分かったようだ。


「そうです」


(5大陸同盟に加入していない割に随分詳しいのね。もしかして待たされている間にあれこれ調べたのか?)


 竜王がなぜ何日も待たせていたのか考えていると、竜王の視線がルークの方へと変えた。


『……。オルバースの子か』


「え? はい。そうです!」


(お? 俺についてはもう終わりか)


『そうか。エルフとダークエルフが手を取り合う日が来たか。長く生きるものだな』


 精霊王の話では、竜王は精霊王と同じ8000歳くらいらしい。


「……」


 アレンとの会話を早々に止めて、ルークに興味を示したことにソフィーは不満の表情が湧き上がってくる。

 しかし、態度に示して無用な波風を起こしてはこの場が悪くなると思い、事を荒立てようとはしない。


『それで、私たちは審判の門をくぐりたいんだけど?』


 ファーブルがアレンに代わり話を進めてくれる。

 古い知り合いということもあり、随分馴れ馴れしい口調だ。


(あの門から神界に行くのね)


 竜王の座る台座の後ろに巨大な門が立っている。

 これが神界へと続く「審判の門」かとアレンたちは考えた。


『ファーブルよ。この門は竜のために作られた門であると知っておるな』


(ん? そんな話だっけ?)


『そういえば、そんなことを言っていたわね』


『この門は神に認められた竜が、神界へ行くための門だ。そのためには、相応の手順がいる』


「手順?」


(クエスト発生の予感)


 疑問の声を上げたアレンはなにか胸の中にワクワクが押し寄せてくる。

 目的のための手順を「クエスト」とアレンは考える。


『あとは説明せよ』


 竜王は竜王の使いに審判の門について説明するように言う。

 どうやら、アレンたちがやってきた目的は把握しているようだ。


「は! 竜王陛下! この門に飾られた竜の彫刻をご確認ください」


 大きな声で返事をした竜王の使いの竜人が説明をしてくれる。


 審判の門には竜の彫刻が浮き出るように彫られている。

 この門に飾られた竜には目、牙、爪に1つずつ凹みがあった。

 

 この審判の門をくぐるには3つの「試しの門」を越えないといけないという。

 試しの門を抜け、挑戦に成功した証にそれぞれ「竜の爪」「竜の牙」「竜の目」の3つが手に入るらしい。


 その3つの挑戦を乗り越えた証を、審判の門にはめ込むと神界へと続く道が開くという。


「なるほど。なんだろうこの手間感は」


(すんなり門が開かないと思った俺ガイル。お使いクエストじゃなくてよかったぜ。ん? それにしても?)


 ゲーム脳に汚染され、治療の目途が立たないアレンにとって、竜人の話はすんなり聞き入れられる話であった。

 意味のない物を取りに行って来いという、あちこちを走りまわされるお使いクエスト系ではなかったことに安堵する。


「ちょっと、アレン。試しの門ってあの全く開かなかった門のことよね」


「ロザリナ、多分そうだろな」


 ロザリナがコソコソとアレンに耳打ちをしてくる。

 竜神の里をグルグルと回りながら竜王のいる神殿を目指したが、その途中に3つの大きな遺跡があった。

 ロザリナの言う通り、遺跡の中には巨大な門があったがピクリとも動かなかった。


「私たちは、ここに来る道中に立ち寄らせていただきました。何も反応がなかったようですが?」


 説明担当の竜人に尋ねる。


「はい。試しの門は、入る者を選びます。門への挑戦は資格のある竜種が必要なのです」


 アレンとロザリナの会話に竜人が反応する。


「資格が必要と?」


「はい、資格無き者は挑戦することすら叶わないのです」


 何でも、試しの門を開くのに必要な資格を持った「竜」の存在が必要だと言う。


『この里に、門を開くことのできる竜はおらぬ』


 説明はしてくれないが、竜王は会話には参加してくる。


「では、門を開けることが難しいと?」


(ん? じゃあ、なんで謁見を許可したんだ?)


 既にアレンたちが求める答えを用意してくれた辺り、アレンたちが竜王に挨拶しに来ただけだとは思わないだろう。

 そして、挑戦できない審判の門の開放方法を教える理由もない。


 一瞬の沈黙が生まれてしまう。


『たしか、お前たちの傍に白竜が一体いるな。もしかしたら、門をくぐる資格があるのかもしれぬな』


(お?)


「ハクに資格があるということですか?」


『かもしれぬという話だな』


「それで、もう少し詳しく……」


『……。まあ、資格があるか試してみるのも良いかもしれぬ』


 そう言って竜王は目をつぶってしまった。

 これ以上の問いは答えぬぞということを態度で現わしているように感じる。


「竜王陛下の謁見は以上です。お引き取りを」


 竜王の使いの竜人たちも下がれと言う。


 アレンの仲間たちがアレンに視線を送るので、「帰ろう」とアレンは言い、この場を後にすることにした。


「それでアレン、どうするのよ?」


「ん? まあ、竜王が『ハクに資格があるかもしれない』って言っていただろ。試しの門の前に連れて行けばいいんじゃないのか」


(随分弱いフラグだな。とりあえず、やるべきことは決まったけど)


 なんとなくクエストのフラグというか、攻略の糸口が見えた。

 はっきりと攻略できるという確信が持てないが試してみる価値はありそうだ。

 ヘビーユーザー島にいるハクの元に向かうアレンたちであった。

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