第455話 メルルの願い①

 ディグラグニはドゴラの一撃で後方にのけぞり倒れてしまった。


(長期戦に飽きたのか力を誇示したかったのか、簡単な作戦に乗ってきたな)


 戦いが終わらない中、ディグラグニの集中力が切れたのでは、とアレンは分析していた。

 効果の分からない無駄な変形も戦闘が長く続いていく中、とても多かった。

 アレンのワザとらしい行動に合わせて大技に出たのも、戦いの駆け引きの経験も少ないのだろうと結論付ける。


 ディグラグニが最後に発動したグランレイザーは高出力な分、カウンターを受けやすい。

 特に回復役のペンタボットを一カ所に集結させるなんてありえないと考える。


「みんな陣形を保ちつつ警戒を」


 魔導書を使ってログを見ながらも仲間たちに油断しないように言う。

 多種多様な攻撃によって6時間以上の長い戦いを強いられた。


 完全に沈黙しているが、また何らかの攻撃をしてきてもおかしくない。

 そんな緊張が仲間たちに漂う中、1つのログが魔導書の表紙に表示される。


『ダンジョンマスターディグラグニを1体倒しました』


(ほう、これだけかね? 貴様はラスボスか。経験値とかよこせ)


 魔導書を握りしめるアレンの中にかつてない怒りがこみあげてくる。

 経験値が手に入らないのが許されるのはラスボスだけだというのが前世の常識だ。

 ラスボスだけはそこで話が終わるので、経験値が手に入らない。


 なお、邪神は倒したらレベル100アップしてくれるという。

 当然、ラスボスにはカウントしない。

 念のために日々、プロスティア帝国で水の神アクアの出した邪神討伐レベル100アップクエストは今でも有効である旨、念を送り続けている。

 覆水盆に返らず、クエスト取り消しは効かずだ。


「みんな、戦いは終わりだ。とりあえず、俺たちの勝利だ」


 アレンは自らの心を殺し、緊張して身構える仲間たちにディグラグニを倒したことを伝える。


「ようやく倒せましたわ。アレン様、素晴らしい作戦でした」


 頭に精霊神ローゼンを乗せたソフィーがため息を漏らす。

 精霊神は疲れたのか、ソフィーの頭の上で既に寝息を立てている。


(ソフィーもかなりきつそうだったからな)


 ソフィーは全魔力を込め、精霊に指示をし続けた。

 精霊の使役はとても集中力のいる行為で、疲労が顔に出ている。


 だが、ソフィーが苦戦したこともこの時期に戦いに挑戦した理由だ。

 魔王軍が上位魔神を出し始め、ソフィーやセシルの攻撃もあまり通じず、苦戦を強いられている。

 仲間たちの強化の速度が魔王軍の攻略に追い付かない。

 魔王は邪神を食らい恐らく強化されたのだろう。

 六大魔天と呼ばれる直属の上位魔神たちもいる。

 少々無理してでも、ディグラグニを倒し討伐報酬を得るという話になった。


「結構苦労したな。だが、貴重な一勝だ」


 アレンはソフィーの安堵に答える。


「う、うん。皆ありがと」


 今回の戦いはメルルの強化のための戦いと言える。


「おい、ドゴラ。俺が突っ込んだら……」


「ああ、じゃあ。こっちに動いてくれ」


「ふむふむ」


 勝利を分かち合う中、イグノマスがドゴラ、クレナと戦いの確認をしているようだ。

 腹も減ったのか前衛の3人は魔導袋から既に干し肉やらを出してエネルギーを補給している。

 イグノマスはパーティー戦での戦いに少しでも早く馴染みたいようだ。


 アレンたちが話をしていると、倒れたディグラグニを中心に魔法陣が現れる。

 メキメキと音を立てながら、最後の追い打ちで受けた攻撃から修復をしていく。

 ついでに10メートルの大きさまで体は縮んでいく。


『いや~負けちまったぜ。お前ら強いな~』


 ディグラグニが胡坐をかいて、悔しそうに頭を搔いている。


「ご対戦いただきありがとうございます」


 アレンが代表して声をかける。

 経験値を貰えなかった怒りは嘘のような態度だ。

 これから少しでも多くの報酬を手に入れなければならない。


『負けちまったな。じゃあ、なんだ。討伐報酬だな。何を求める? 大概の魔導具なら作れるぜ』


「報酬は何でも良いということでよろしいですか?」


『もちろんだ。俺にできることなら何でもするぜ。後、敬語は不要だ。お前らが戦いに勝った勝者なんだろ?』


 両手の人差し指をアレンに向けながら、ディグラグニは負けた相手に敬語は不要だという。

 シンプルな考えで軽い口調だが、齢は精霊神ローゼンと同じ5000歳だ。


「分かった。敬語はやめるぞ」


 不要だと言われたのなら、続ける理由もない。


『それで、報酬は何だ?』


 そこまで言ったところで、アレンは改めてディグラグニの胸の水晶部分を見る。

 この水晶部分はメルルのゴーレムも含めて、ゴーレム使いのドワーフたちの搭乗部分となっている。


(ディグラグニもゴーレムであると。いやゴーレム使いのゴーレムはディグラグニが元になっているってことだよな)


「じゃあ、ディグラグニ。俺たちは魔王と戦っているから、お前の体を貸せ。メルルの戦いに使いたい」


『は? 体を貸せ?』


「そうだ。ディグラグニの体をメルルが操縦することになる」


 以前から考えていたメルル強化案をディグラグニにストレートに伝える。

 上位魔神の枠を外れ、亜神の強さの枠に達しつつあるディグラグニを戦闘で操作したい。


『い、いや。ちょっとそれは厳しいな』


 ディグラグニからは色よい答えは貰えない。


「ん? 厳しいだと?」


『実は転職ダンジョンの改良を求められていてな。せっかく作ったのに1年で新たに追加しろって何なんだよ!』


(おい、本音が漏れているぞ)


 顔を片手で覆うディグラグニは忙しすぎてそれどころではないという。

 精霊神から聞いていたとおり転職ダンジョンの改装を4月に控えており、今は忙しくて無理だという。


「別に構わないぞ。普段はダンジョンマスターとしての運営とか、神界から指令に答えたりとか色々あるだろ。本業は続けて片手間で手を貸してくれと言っている」


『片手間だと? どういうことだ?』


 駄目だと言われてからが本番だ。

 アレンの交渉が続いていく。


 アレンの話では、魔王軍の戦闘は一度の戦いなど局所的なことが多い。

 必要以外の時は本業のダンジョンマスターの仕事をする。

 必要な時に呼ぶからその時だけ、戦いに加わるようにという話だった。


 仲間たちはアレンの交渉に耳を傾ける中、メルスが眉間に皺を寄せている。

 口車に乗った先の未来を想像しているのかもしれない。


「これが俺らの考えた討伐報酬だ。どうだ?」


『う、う~ん。まあ、うんとそうだな……』


 アレンの言葉にディグラグニが納得していないようだ。


「何が問題なんだ?」


『いや、転職ダンジョンの構想が決まらなくて。イシリス様も魔導の研究が忙しいとか言って知恵を貸してくれないし』


 ディグラグニの話では、先月に転職ダンジョンの構想を考えるよう急に言われたらしい。

 転職ダンジョンに入る条件と報酬については神界の方で発表する。

 ペナルティ的なものはダンジョンマスターとして考えるように魔法神イシリスに言われた。


 去年の転職ダンジョンで、ペナルティとしての罠とか、強敵を配置したり、問題形式にしたりと考えてきた。

 ここにきて、短時間で別の新しい何か失敗した時の罰則を考えないといけない。


(何だか、1つのことしか考えられませんって感じだな。それにしても魔法神イシリスね)


 ディグラグニは口調のとおりシンプルな性格のようだ。

 そして、このシンプルな考えと性格のディグラグニがダンジョンマスターをするダンジョンについてアレンは得心が行く。


 特にS級ダンジョンは、階層数の割に天にまで届く巨大な柱だ。

 このざっくりとした性格のダンジョンマスターが作ったからこうなったのかと改めて思う。


 メルスの話ではダンジョンマスターディグラグニはイシリスが魔法の実験で造った傀儡人形らしい。

 セシルの使う攻撃魔法、ステータスなどが上がる魔法具などの装備品、そして魔導具を魔法神イシリスが支配している。


 魔導技師と魔法技師など魔法具と魔導具を扱う才能の名前が似ているのは支配する神が同じだからだ。

 魔導具の管理までするのは面倒なので、ディグラグニを造って管理させているらしい。


「じゃあ、俺がダンジョンを失敗した時の罰則を考えてやるよ。今までないのがいいんだろ」


『ま、まじか。そうだ。何かうまいことがあるのか?』


 ディグラグニがアレンに顔を食い気味に近づける。


「新しく作られる転職ダンジョンは、今までにない対価を求められる。命の危険があるので死ぬのも1つの罰則だが、それとは別にとなると」


『そうだ。もったいぶるなよ』


 ディグラグニはせっかちな性格でもあるようだ。

 ここ1ヶ月ほど悩んだ答えをアレンに早く言うように急かす。


「神の試練をリセットするってのはどうだ?」


『は?』


「だから、転職するには神の試練を全て超えないといけないなら、そのための労力を奪うって話だ」


 理解できないと首をかしげるディグラグニに説明をする。

 公開されたダンジョンで攻略に失敗するとレベルをリセットする。

 レベルを1まで減らすのか、レベル10単位で減らすのか、才能の星の数ごと減らすのかは課題の難易度による。

 それでも挑戦したい者に新たなダンジョンに参加してもらう。


 転職が遠のくことが一番のペナルティになるとアレンは説明をする。


『才能を下げるってそこまでするのかよ』


「報酬に段階があるなら、罰則にも段階がある。後は好きに調整したらいいぞ」


 そこまで言うと、急にディグラグニの動きが止まってしまった。


(ん? 検討中か。いや、この感じは見覚えがあるぞ)


 固まってしまったディグラグニに既視感がある。

 精霊神ローゼンも神界に何かを確認するとき固まってしまう。


「ちょっと、なに当たり前のようにダンジョンの設定について話をしているのよ!」


 ロザリナがアレンとディグラグニの会話に思わず声を荒らげてしまった。

 アレンの行動で、冒険者全体の未来がかかっていると言ってもいい内容だ。


「アレンはいつもこんな感じよ。ダンジョンマスターよりもダンジョンが好きかも。なんかあり得ないほど詳しいし」


 学園に来たのかダンジョンに通いに来たのか分からなかったなとセシルは学園都市の生活を思い出す。

 アレンはずっとダンジョンが好きだった。

 ロザリナはそんなものかと首をかしげていると、ディグラグニに答えが出たようだ。


『いい線いっているってイシリス様に褒められたぞ!! やった、これは上手くいきそうだ!!』


 地響きをたて、ディグラグニがガッツポーズをとっている。


「じゃあ、討伐報酬はディグラグニでいいか」


『ああ、いいぞ』


「ん~だけど」


 そこにきてアレンは両手を組み考え込む。


『なんだよ。何かあんのか?』


「いや、ダンジョンマスターだから忙しいのは仕方ない。新たな転職ダンジョンの構想にも知恵を出したのに……」


 アレンは報酬が減って見合わないと言い出した。

 ディグラグニが考えるべき新しいダンジョンの構想にも協力したので礼ははずんでくれということだ。


 この状況にアレンの仲間たちはどこか既視感がある。

 深い眠りにつく精霊神ローゼンも転職してもらう際に似たような目にあっていた。


『なんだよ。じゃあ、こうしよう。今回の戦闘で使った俺の技を石板にする。これも好きに使ってくれ』


 ディグラグニはワラワラと石板を生成し始めた。

 無数の石板にはどうやら、それぞれ、今回ディグラグニが使ったスキル効果が込められているようだ。


「ほれ、メルル。いっぱいもらったぞ」


「うん、僕のためにありがと……」


(ん? メルル?)


 アレンは考え込むようなメルルの表情に気が付いた。

 ディグラグニとの交渉をしていて、気付かなかったのかもしれない。


「どうした、メルル。ほかに願いはあるのか?」


「う、うん」


 その返事に仲間たち全員がアレンと同じ思いに至る。

 アレンに交渉を任せていたが、メルルにはディグラグニに叶えてもらいたい願いがあったようだ。


「ディグラグニ。すまないが、報酬を変えるかもしれない」


『ん? ああ、別にいいぞ。メルルだったな。願いを言え』


 ディグラグニも状況が分かったようだ。

 このパーティーにはメルルしかゴーレム使いはいない。

 だから、今回の報酬はメルルの願いが優先されるのは当然だと考える。


「あの、ディグラグニ」


『おう、何だ』


「僕のタムタムに心というか魂を与えてくれないかな?」


『魂だと?』


「うん、アレンの召喚獣たちみたいに。ディグラグニのように」


(ん? ずっと、メルルはこんなことを考えていたのか?)


 メルルはアレンと召喚獣の関係をずっと見てきた。

 そして目の前に身振り手振りも使い会話をするディグラグニがいる。


 自分の操縦するゴーレムにも魂を与えてほしいと言った。


『そうか。この敗北は必然であったのか。面白え。その願い、追加してやる』


 ディグラグニはメルルの言葉に何らかの答えを得たようだ。


「追加?」


『ああ、そうだ。最初の報酬に追加してやる。メルル、魔導盤を出せ』


 アレンが交渉した報酬に、メルルの願いを報酬として追加すると言う。


「う、うん。って、え?」


 胸にネックレスのように掛けた魔導盤を差し出すと、チェーンの部分が自然と外れる。

 ディグラグニが手の平をかざすと魔導盤が宙で回転をし始めた。


 ギュウウウウウン!!


『……』


 ゴーレムの姿のディグラグニだが、無言で集中している様が伝わってくる。


 バチバチ!!


 回転が一段速くなったと思ったら、効果音と共に魔導盤が空中で分解し始めた。

 バラバラとなった魔導盤の部品が、今一度塊になり形を変えていく。

 それはアレンたちがよく見たフォルムをしていた。


「これはキューブ状の物体か?」


 魔導盤はダンジョンの転移装置に似た形をしていた。


『ワタシハタムタム。メルルサマノゴーレム』


「おお、タムタム! タムタムだ!!」


 キューブ状の物体になったメルルの魔導盤は、面を点滅させながら機械的な言葉を発する。

 感動するメルルは拳を胸の前で握りしめ、産声を上げたタムタムを熱のこもった目で見つめるのであった。

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