第452話 無の世界

 ララッパ団長の指揮の元、1日かけて世界の果てを目指した。

 アレンは仲間やアレン軍の主要な立場の者たちと一緒にヘビーユーザー島の端に訪れている。

 ヘビーユーザー島を動かすことができたので、世界の果てを皆で見学する形となった。


(なるほど、魔導具の動力源に魔導コアを10個連結すれば、前世の飛行機並みの速度になるのかな。空飛ぶ要塞感が増してきたぞ)


「オラ、ワクワクしてきたぞ!」


「え? 何よその口調」


 普段使わないアレンの口調にセシルが反応する。


 この異世界で初めて見て感動した魔導船はなんだかんだ言って、高速魔導船であっても結構遅い。

 島を動かしてみたら普通の魔導船並みの速度であったので、移動の手段として活用は難しいと考えた。

 魔導コアを10個連結すれば前世の飛行機並みのかなりの速度がでるようだ。


 島が進んだ方位だが南の方へ移動した方が世界の果てに近かったのだが、もしもこの世界が実は丸い可能性もゼロではなかった。

 中央大陸の北側に存在する「忘れ去られた大陸」に到達してしまったら、いきなりラスボス戦になってしまう。


 魚Sの召喚獣の封印を解放している現在でも恐らく、必ず勝てる保証はなさそうだ。


 万全に万全を期してこの世界の東の果てにやってきた。

 ツッコミを入れたセシルが体を横にして、のぞき込むように島の上空から切りたった世界を見る。


 現在、ヘビーユーザー島を東の果ての前で止めてある。

 これ以上進まない方が良いというメルスの助言によるものだ。


「ちょっと、ここが世界の端? 何かすごいことになっているわよ! 海がすごい勢いで落ちてるじゃない!!」


 セシルが鼻息を荒くしながら、島の端の絶壁から切りたった海を見る。

 フィオナは貴族らしからぬセシルの行動に絶句する。


「ちょっと、セシル。それははしたなくてよ」


「何よ、フィオナも見なさいよ。海の水が全部落ちているわよ。これじゃ海水がなくなっちゃうじゃない!」


 フィオナは「そうなの」と言って、セシルの横に並び世界の果てを見る。

 グランヴェルの館の整った芝生の絨毯の上でセシルとフィオナが寝ころんでいた時のことをアレンは思い出す。

 たまに取っ組み合いの喧嘩をしていた記憶が混じるが、負けたセシルが組手の練習がしたいと言ってきたのは今思っても悪夢だった。


「マジかよ。世界の果てってこんな感じになってんのか!!」


 その様子に若干ビビっていたルークも一緒になって世界の果てを興奮して眺める。

 里帰りしていたが、島の移動中にダークエルフの里にアレンが行って連れ戻した。

 里の館では夏休みを満喫するルークがゴロゴロしていた。


 幼馴染のセシルとフィオナが世界の果てを眺める中、アレンが分析を進めていく。


(ふむ、完全にファンタジーの世界だな。本当に世界の果てがあるとはな。それになんだ、空が空ではないな。これが空ではなくメルスの言う無か?)


 世界の果てで確かに海はそこで切れ、青空も何やら不思議な色に変わっている。

 宇宙空間でもないが、雲も存在しない不思議空間が広がっている。

 アレンはとりあえず、鳥Eの召喚獣を使い、世界の果ての先や落ちた海水がどこに行くのか確認しようとする。


『アレン殿、やめておいた方が良いぞ』


「ん? どういうことだ? メルス」


『ここは創造神様がお創りになっていない場所。言わば「無の世界」だ。召喚獣のスキルが発動しないはずだ』


 ざっくりと説明を受けていたが、改めてメルスが説明をしてくれる。

 こういう時に天使を召喚獣にしていて助かると思う。


「無の世界?」


『そうだ。鷹の目も使えないし、召喚獣もカードに戻せなくなるぞ』


 何でも、ここから先は「創造された世界」ではなく、「無の世界」と呼ばれる創造されていない世界で人々に神々が与えた「スキル」が上手く発動しない。

 だから、召喚獣を出して、「無の世界」に送ると上手く操作できない状況になると言う。

 カードに戻してホルダーに入れることもできないので、回収は不可能になるだろう。


「なるほど。コントロールできないか。ただ、少しは検証しておかないとな。ララッパ団長、腕輪を」


 せっかくここまでやってきたので検証は続けると言う。


「え? ああ、なるほど。利き手を出して。つけてあげるわよ」


 アレンはメルスの話を理解したが、せっかくなので1つの検証をすることにする。

 ララッパ団長から「回収の魔導具」の腕輪を装着してもらう。

 回収の魔導具の子機のようなパーツがあるため、投擲用の安物の槍の柄に装着すると準備完了だ。


(そうだ。この日のために俺は来る日も来る日も石を投げつけていたんだ)


 少年時代、庭先に生えた木に石を投げ続けた日々を思い出す。


 仲間たちが何事かと見つめる中、アレンはカードを獣系統に変えていき、より遠くに飛ばすためメキメキと攻撃力を上げていく。


「むん!!」


 全力で安物の槍を「無の世界」目掛けて投擲した。

 槍は遥か先まで飛んでいき、見えなくなる。


「なんて威力だ。私の『ブレイブランス』に匹敵するのでは……」


 そのあまりの速度にラス隊長が絶句する。

 自らのエクストラスキルにそん色ないほどの威力にアレンの投擲が達していたからだ。


「よし、そろそろだな。槍よ『戻れ』」


 回収の魔導具に意識を込めたが、槍は戻ってこない。

 アレンたちの周りに静寂が生まれる。


「戻ってこないわね」


 沈黙をセシルの言葉が静寂を打ち破る。


「なるほど、そういうことね。まさに世界が違うってこと。魔導具が及ばぬ世界か。島をこれ以上先に進めなくてよかったわ」


 ララッパ団長もアレンが行った実験の結果を分析する。


「ふむ。世界の端があることが分かったと。このまま神界に行けそうにはないな」


『……アレン』


 アレンの言葉にメルスが難しい顔をする。

 メルスはこの世界が神界、人間世界、暗黒世界に分かれていることを知っている。

 それぞれの世界は何もない空間で繋がれており、人間世界から神界に行くには「審判の門」をくぐらないといけない。

 しかし、審判の門はメルスが生まれて10万年、一度も開いたことがないという。


 そんな開いたことのない門をくぐらないといけないというのは難題が待っているかもしれない。

 そこで、裏技で世界の果てから神界に行けないかと検証したのが今のこの状況だ。


「そうだな。正攻法だけではいかないのだ」


 仲間たちがアレンらしいと思う中、シアだけがアレンの行動に感心をしている。

 正しい方法だけが成果に結びつくとは限らないとシアも考えているようだ。


「アレン、それでどうするの。ラターシュ王国に戻るの?」


 これからの予定をセシルが確認する。

 アレン軍の総帥であるアレンも5大陸同盟会議の参加を求められているが、このまま会議に参加するのか尋ねる。


「いや、5大陸同盟会議が数日伸びたしな。先にディグラグニを攻めるぞ。クレナのスキルレベルもだいぶ上がったし」


(日数があれば、ディグラグニを攻めよう)


 邪神の尻尾との戦いで、クレナのスキルレベルが1になってしまった。

 イグノマスは星4つの槍王のため転職ができないが、ロザリナはダンジョンの攻略からの転職を済ませてある。

 ロザリナもクレナ同様にスキルを向上中だ。


 この場にはクレナ、ドゴラ、ロザリナはスキル上げの特訓のためにいない。


「やっぱり、自分のところの皇帝だった男が魔王だったじゃ困るってことかしら」


「そのとおりだ、セシル。ヘルミオスさんからも『少し待ってね』だってさ」


 既に5大陸同盟会議は数日前から開始される予定であった。

 各国の代表である国王などはラターシュ王国の王都に集まっている。

 しかし、ギアムート帝国の皇帝が、急遽開催の延期を求め現在に至る。


 もう少し開催に日にちがかかりそうなので、皆で世界の果てを見に来たということだ。


 ギアムート帝国で1000年前、中央大陸を征服した恐怖帝がどうやら魔王となって世界を滅ぼそうとしている。

 そんな話をヘルミオスがギアムート帝国現皇帝に報告した直後の延期だ。

 ギアムート帝国としては、すぐには方針が定まらないのだろう。


 ディグラグニ戦を予定通り最初に行い、その後5大陸同盟会議に参加する。

 その後竜神の里に向かって、審判の門から神界を目指す。


(やはり神界にいくには審判の門をくぐらないといけないってことだな)


 この世界は神界、人間世界、暗黒世界の3つで構成されている。

 それぞれの世界の間は、無の世界で隔絶されているという。

 今日、世界の果てを見に来たのは、無の世界経由で神界いけるんじゃねというアレンらしい発想からだ。


 召喚獣のスキルの力が及ばないとか、何やら無事では済みそうにない。

 大人しく竜人の里から攻めることにする。

 行動範囲のマップは自らの力と知恵で広げていくものだとアレンは考えている。


 ヘビーユーザー島についてはララッパ団長に任せて、アレンたちはバウキス帝国にあるS級ダンジョンへ転移した。

 

 そのまま仲間たちとぞろぞろとS級ダンジョンの入り口の神殿の行列に並ぶことにする。

 階層の転移を繰り返し最下層に到着したら、休憩中のアレン軍、勇者軍がお出迎えしてくれる。


「シア、そろそろ獣王の証を着てくれ」


「ん? ああ、そうだな。手段は選んではいかぬか」


 シアは魔導具袋から獣王の証を3つとも取り出した。

 キュベルから魔剣オヌバによって貫かれた鎧の穴も名工ハバラクに叩いてもらって修理している。

 ついでにサイズもシアの体に調整済みだ。


 アレン軍にも勇者軍にも女性はいるので、最下層に設けられた更衣室に行って着替えてくるようだ。

 足取りに迷いがないことをアレンは確認する。


「さて、ディグラグニを倒すぞ。メルルが一番輝く時だ」


 シアが戻ってきたので、改めてメルルに声をかける。


「うん! 僕が輝くんだ!!」


(準備は万全と。余計な思いもないと)


 アレンの言葉にメルルが強く返事をした。

 メルルの目には気負いも負の感情もない。


 アレンのパーティーは1つの問題を以前は抱えていた。

 これはアレン自身も把握していたのだが、最初に大きく顕在化したのはドゴラの邪神教討伐時にリカオロン戦を終えた後の咆哮だろう。


 ドゴラは自分だけがエクストラスキルを発動できずに役に立てなかった。

 メルルも学園にいる頃自分を卑下していた。


 仲間たちには、常に自分がパーティー内で最高の活躍ができるわけではないということを知ってほしいと伝えてある。

 エクストラモードになることも1つの目標にしているが、誰がどのタイミングでなれるかも、全員なれるかもわからない。


 どんな装備が手に入るかも、この時点では分からない。


 環境も職業も違うから仲間と比べるなと強く言ってある。

 今ある力で最善の行動をするようにと。

 アレンはしっかりとシアを見る。


「そうだな。今日はメルルが輝く時だな。余もできることをしようぞ」


 アレンの言葉に「分かっているぞ」と復唱するシアの瞳に負の感情は一切ない。

 野望のあるシアは自らの気持ちを奮い立たせる。

 ベクが装備していた獣王の証であるオリハルコンの鎧、ナックル、クワトロの聖珠を身にまとう。


 シアも戻ってきたところで、クレナたちもアレンの元にやってきた。

 スキル上げをぎりぎりまでしてくれたようだ。

 ペロムスを除くアレンのパーティー全員がこの場にいる。

 新たに加わったロザリナとイグノマスもだ。


 皆が集まったので、アレンはダンジョンではよく見かけるキューブ上の物体に話しかけることにする。


『最下層ボスへの挑戦ですね』


 いつもの機械的な口調で話しかけてくる。


「そうです。このメンバーで挑戦します」


 日課にしている最下層ボスであるゴルディノのいる間に転移してもらう。


『ふふふ、我はゴルディノ。このS級ダンジョンの支配者にして最下層に君臨する最強の守護者よ。まさか、我と戦いたいと向かってくる者がいようとはな』


 最下層ボスであるゴルディノの口上が始まった。

 動き出すゴルディノを筆頭に5体のゴーレムたち。


「ちょっと、戦闘が始まったわね。今スキルをかけるわ」


 ロザリナが補助スキルをかけてくれる。

 最下層ボスのゴルディノとの戦いが始まった。


 それから5分後


『ば、馬鹿な。我が手も足も出ないとは』


 超合体ゴルディノを経て、真なるゴルディノになったのだが、手も足も出ずアレンたちに敗北した。


『最下層ボスをそんな時間で倒すとか超早いな。でも、今日も俺には挑戦しないんだろ』


 いつもの日課、いつものゴルディノ討伐、そしていつもの誘い文句。

 最下層ボスの何もない中空からいつもの口調でアレンたちに話しかけてくる者がいる。


「いや、今日はお前に挑戦しに来た。ディグラグニよ」


『なんだと! それは、本当か!!』


 声の主であるディグラグニの歓喜の絶叫が最下層ボスのいる広間に響いたのであった。

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