第451話 帝陵

 アレンが次の魔王軍との戦いを見据えて、多方面に準備を進める中、勇者ヘルミオスはギアムート帝国にあるドーム状の巨大な建造物の前にやってきていた。


 ギアムート帝国の皇帝の眠る巨大な墓だ。

 ヘルミオス、ロゼッタ、シルビア、ドベルグ、グレタの5人は、円形上のドームのような墓を見上げている。


 真冬でギアムート帝国でも寒さの厳しい場所だが、ロゼッタのヘソは見えている。

 ほかの4人と同様にフード付きのコートを羽織る怪盗王ロゼッタが不満げな態度を表情の前面に出していた。


「もう、アレンはちょっと先輩に対する人使いが荒いんじゃないのかしら。せっかく皇帝への報告を終えて自由になったのに」


「まあ、これもパーティー活動の一環だよ」


「何よ。私は帝都で遊びまわりたいわ」


 ヘルミオスがいつものようにワガママを言うロゼッタを宥めるが、あまり効果がない。

 その態度にため息をつきながらもドベルグが見かねたようだ。


「アレンのお陰で、我らは魔王の姿を見ることができたのだ」


「わ、分かったわよ。分かりましたわよ」


 単眼で圧をかけてくるドベルグに対して、これ以上の説教は御免とロゼッタは両手を上げ降参する。


「それにしても、初めて見たけど巨大な墓だね。ここに恐怖帝が眠っているのか」


 アレンにおつかいを頼まれなければ、来ることはなかったなとヘルミオスは、あまりにも巨大な墓を見上げている。

 ため息が漏れるほどの巨大な建造物で、玉を真ん中で輪切りにしたような形状をしており、1000年前のギアムート帝国皇帝の墓だ。


 数々の皇帝を生んだギアムート帝国だが、この恐怖帝の帝陵はどの皇帝の墓よりも大きい。


「流石、世界の勇者ヘルミオスね。たしか皇家でないと、入場許可出ないんでしょ。よく許可してくれたわね。私も中に入るの初めてよ。これはお宝の匂いがするわよ」


「へ~。ロゼッタ詳しいね。って、中の物を盗んだら駄目だよ。さすがに僕でも庇いきれないから」


 ギアムート帝国の帝都や宮殿などで盗みを働きまくったロゼッタの盗賊としての視点や見識も、帝陵見学に必要であると思って連れてきた。

 やる気を出してその才能をいかんなく発揮しても、盗みはしないでほしいとロゼッタに言う。


「え~、少しくらいいいじゃない。普段誰も入ってこないんだしバレないわよ」


「駄目だよ。シルビアたちも見張っておいてね。って、来たみたいだよ」


 シルビアやグレタにもロゼッタが悪さしないように、注意をお願いしていると、ローブを着た者たちがやってきた。


「これは勇者ヘルミオス様、お待ちしておりました。今日は帝陵内を視察したいとのことで。どうぞこちらへ」


 通信の魔導具だけでなく、現皇帝の入室許可証も発行してもらって正規の手続きを済ませてある。


「ありがとうございます。あなた方はこの帝陵内の守人たちですか」


「はい。代々、守らせていただいております」


 案内してくれる者について尋ねると、先祖代々この巨大な墓の守人になっているようだ。

 通用口の方にヘルミオスたちを案内する。


「この扉は、開けないのかしら?」


 帝陵の巨大な入口はバツ字にかけられた分厚い鎖と、鎖が交差する場所に錠前も、扉の外側に取り付けられている。

 帝陵には巨大で重厚な扉が正面にあるが固く封じられている。

 1000年前に死んだはずの恐怖帝が外に出ることを、この重厚な扉はまるで拒むかのようだ。


「はい。そちらは皇帝陛下がお出になられるときに開く扉。今は閉じております。どうぞこちらへ」


「皇帝陛下って? 何かの冗談よね」


 ロゼッタの言葉に守人たちから回答はなく、重厚な扉の隣に設けられた通用口を案内する。


 真冬の外ほど寒くなかったが、墓の中の通路はヒンヤリと涼しい。

 厚手のコートをヘルミオスたちが脱ぎ、守人たちの後ろをついていく。


 調度品だろうか、鎧などが飾られてある。

 長い年月を過ぎてしまったのか、錆びて随分輝きを失っている。


「これらは、当時のものですか?」


「そうです。各地から集められた奉納品でございます」


 ヘルミオスの問いに丁寧に守人が答えてくれる。


 まるで恐怖帝に奉納した物を使うのは忍びないと、帝陵内に今なお納められているかのようだった。


「よっぽど、恐怖帝の悪行が過ぎたのかしらね。勿体ないわね」


「こら、ロゼッタ。皆さんも気を悪くしたらすみません」


「いえいえ、当然のことをしたと私たち守人も思っております」


 ロゼッタの恐怖帝への悪口も聞き流すようだ。


 ヘルミオスは守人が発した「当然のこと」という言葉に恐怖帝が行ったことについて思い出す。


 この中央大陸北部にあるギアムート帝国という国は数千年前から存在した。

 しかし、この大陸は強国と呼ばれる帝国がいくつも誕生し、ギアムート帝国は群雄割拠する国の1つに過ぎなかった。


 人族は好戦的な種族も多く、中央大陸はいつの時代も血で血を争う戦いの歴史であった。


 恐怖帝が皇帝になる前のギアムート帝国は、衰退の危機に瀕していた。

 愚帝が数代に渡って続き、巨大な隣国に侵攻を受け、負けに負け続けてきたからだ。


 現代のラターシュ王国ほどの小国ではないが、帝国とは名ばかりの中堅国家に成り下がっていた。


 そんなギアムート帝国がいつ他の列強に飲み込まれるかというときに恐怖帝が皇帝に即位する。


 唐突に当時の皇帝が奇病にかかり命を落とした。

 そして、新たな皇帝は15歳の成人にて即位し、35歳まで在位したという。

 その皇帝こそが恐怖帝であり、その命を散らすまで、戦争という戦争に明け暮れていた。

 時には知略を、時には戦略を、常には恐怖をちらつかせ中央大陸を征服していった。


 その功績は国土を数十倍に広げ、中央大陸を初めて1つの帝国に統一した。

 この功績は長い中央大陸の戦いの歴史の中でも恐怖帝だけの功績だという。


 しかし、当時のギアムート帝国の民たちは繁栄を享受していたかというとそうではなかった。


 この「恐怖帝」という言葉は、皇帝の死後つけられた名であるが、人々は皇帝の圧政に恐怖していた。

 常に他国を侵攻するため、税は重く、払わなかった貴族家を見せしめに処刑するなど当たり前のように行われていた。

 街の広場では、見せしめに処刑される者の叫び声が常に響いていたという。

 帝都にも各街にも他国を征服して連れてこられた奴隷が溢れていた。

 奴隷でも人族なら良い方で特に獣人に対する差別や暴力が日常茶飯事であった。


 圧政に苦しみ多くの者に恨みを持たれた恐怖帝であるが、自らを守る親衛隊に身を固め、各街には監視する者を配置し、内乱や反発は表に出ることもなく暴力によって封殺してきた。


 街は残虐な方法で殺され晒された死体で溢れていた。


 占領していない各国は、ギアムート帝国と戦うのも地獄、国を明け渡し占領されるのも地獄の中で、次に攻められるのは自らの国かと震えていたという。


 恐怖帝の恐怖が終わったのは、中央大陸の占領を終えた35歳になった時のことだと言う。

 その出来事は、20年かけて中央大陸の支配を完了した恐怖帝が発した言葉が引き金となったと歴史書に書かれている。


『中央大陸を支配するのに随分時間が掛かったな。これから全ての大陸を支配するぞ』


 恐怖帝は中央大陸の征服だけでは満足しなかった。

 心には世界を支配するということしかなかったのだ。


 恐怖帝のこの言葉に、親衛隊の1人が背後から刃で恐怖帝の心臓を貫いたと言われている。

 あまりの恐怖の圧政についていけなかった直属の配下の手によって恐怖帝は殺されてしまった。


 心臓を貫かれてなお、立ち上がろうとする恐怖帝を生かしておくまいと親衛隊全員が思ったようだ。

 親衛隊全員が滅多打ちに切りかかった。

 ピクリとも動かなくなるまで振るわれた刃によって恐怖帝は細切れになるほどの勢いでたたき切られたと言う。


 ヘルミオスが学園で学んだ恐怖帝の歴史を思い出しながらも通路を歩んでいく。

 帝陵の中はシンプルな構造であった。


 ついていった先は広間になっており、中央には豪華な棺が置かれていた。

 その棺を彩るように武器や防具、宝石や黄金が辺り一面に広がっている。

 まるで「あなたに納めた物は勝手に使いません」と言わんばかりとヘルミオスは思った。


「この帝陵は支配された土地に建てられたのですよね」


 あまりの光景とこの帝陵ができた背景にグレタの目から涙が零れる。

 聖なる道を歩むグレタは両手を結び、当時恐怖に駆り立てられた者たちの安らぎを願う。


 親衛隊の手によって殺された恐怖帝であるが、人々が恐怖から解放されるのに何十年もかかったという。


 新たな皇帝が即位したのだが、あまりの恐怖に人々はその話を信用せず、恐怖帝に対し奉納をし続けた。

 そして、10年、20年が過ぎ、ようやく恐怖帝の死を受け入れた当時の人々は、この地に巨大な帝陵を築き恐怖帝の遺体を安置した。


 この強固といってもいい帝陵には、もう目覚めないでほしいという当時の人々の思いがあるようにグレタは感じる。


 広間中央に棺が鎮座してある。


「こちらが、棺にてございます。深い眠りについておられます。できれば、中は確認されぬようお願いしたいですが」


「申し訳ありません。ことは急を要しております。失礼なことはしませんので、棺を開けていただけませんか」


 ヘルミオスは目的を達成するため、守人に理解を求める。

 守人の言葉を丁寧に否定し、棺を開けるようにお願いした。


「そ、そうですか。では」


 理由は分からないが、必要なことだと理解し棺の端を数人がかりで持った。


 ゴゴゴゴゴ


 棺の上下が擦れ、この広い空間に音が響く中、棺の中が姿を現す。


「こ、これはひどいですわ」


 グレタが口を押えた。

 めった切りにされて殺されたという恐怖帝はその体の全てをこの棺に入れられたようだ。

 手や足は関節とは違う部分で砕けている。

 頭蓋骨は深々と鋭利なもので砕かれた後が今でもはっきりと分かると、ヘルミオスが恐怖帝の隅々まで見つめる。


「不審な点はなさそうですね」


 一言感想を漏らす。

 恐怖帝の遺体は伝承通りの状態であったからだ。


「は、はあ。不審な点でございますか。特段、何も変わりはありませんが?」


 守人は何をしに勇者がこの帝陵にやってきたのか今更疑問に感じたのか、首をかしげてしまう。


「それで、これまで誰もこの帝陵に盗みを働くようなことはないのですか?」


「もちろんです。勇者ヘルミオス様、ここに盗みを働くようなものはおりません」


「ちょっと、私もこの墓に入るのは初めてよ!」


 ヘルミオスたちや守人の視線がロゼッタに集まるが、その言葉にロゼッタが私を見ないでと抗議する。


「些細な事でもけっこうです。それに、ここ最近だけではなく、100年以上前でもいいです」


 100年以上前という言葉を強調する。


「え、そ、そうですね」


 この問いはアレンに頼まれたことであるのだが、ヘルミオスたちにとっても確認しないといけないことがあったのだ。


 1ヶ月ほど前、プロスティア帝国の内乱が終わり、帝都パトランタでも落ち着きを取り戻すころ、アレンは1つの調査を女帝ラプソニルに依頼した。


 水晶の種以外に、この帝都パトランタ、特に宮殿で盗まれた物、無くなった物はないかということだった。

 これまで何十年もプロスティア帝国に何もしてこなかった魔王軍が、帝国に目を付けた理由を知りたかったからだ。


 調査の結果出てきたのが、宮殿にある宝物庫から「プロスティア帝国物語」の原版といってもいい本が1冊なくなっていた。

 女帝ラプソニルの話では、封印された海の怪物との壮絶な戦いが書かれていたという。

 あまりに壮絶なので、絵本にするにはということで世界に配布された物語には省略された海の怪物の正体と言ってもいいほどの情報であった。


 その情報が元でプロスティア帝国は狙われたと、アレンは分析する。

 恐らく、魔王軍なら読めば分かる「海の怪物」と「邪神の尻尾」を結び付ける何かが書かれていたのだろう。


 守人はヘルミオスたちの真剣な視線に何かを思い出したように表情が変わる。


「先祖代々この帝陵をお守りしておりますが、ここ100年、足を踏み入れた者はおりません」


「100年、その前に?」


「はい。100年以上前になりますが、一度だけ賊に入られたという記録が残っています。皇帝の命を奪った剣が盗まれたのです。実はこの棺には剣を納めていたのです」


 守人がヘルミオスに説明をする。

 この棺には遺骨と共に「いわくつきの剣」が納められていた。

 恐怖帝の心臓を貫き、命を奪った剣が100年以上前に賊に入られ盗まれてしまった。

 当時も厳重であったが、守人が遺体の保全のために棺を開けた際にたまたま気付いたという。

 その言葉にロゼッタが何かに気付いた。


「その剣に武器として、骨董としての価値はあるのかしら?」


「錆びた剣で売ってどうこうできるとは。それに売りに出されたという話も聞きません」


 ロゼッタの問いに、剣にそこまでの価値はないと守人は言う。

 調度品には一切手を付けず、他に盗まれた物はないという。

 守人の言葉にドベルグはため息を漏らす。


「そうか。やはり賊が入っていたか。アレンの分析の通りだな」


「そうですね。ドベルグさん」


 守人たちが何の話であろうと思う中、ヘルミオスたちに答えのようなものが出た。


「本当にそうなの。この恐怖帝がそうだというの? ヘルミオス」


 突飛な話でロゼッタが本当にそうなのかと確認するように、ヘルミオスに起きた事実を口にするように促す。


「アレン君の予想の可能性がとても高いといったところかな。何らかの方法で魔王軍が復活させたと考えるのが自然かな」


 確証は持てないが、信じるに足る状況だとヘルミオスは分析する。

 魔王軍の中でも中心的な存在のキュベルがかかわっているのではと推察する。

 その言葉にグレタが身震いをする。


「恐怖帝は生まれ変わってなお、世界を征服しようとしているのでしょうか?」


「目的も理由も分からない。だが、あの恐怖帝が目覚めたとなっては。ああ、『余には忠臣ばかりではない』というのはそういう意味なのかな」


 グレタの問いに答える中、ヘルミオスは魔王が放った言葉の意味に気付く。

 魔王が水晶花の上で唐突に現れたときにキュベルは困惑していた。

 恐怖帝は忠臣の謀反で八つ裂きにされ命を奪われていることを含んでいたのではないか。


 ヘルミオスの言葉に仲間たちは、アレンの予想に真実味が増したと緊張が走る。


 恐怖帝とは、圧政による圧制、他種族の弾圧を繰り返し、数千万人とも億に達したのではともいう人々を殺した恐怖を体現した存在だ。

 いくつもの説があるが、恐怖帝の存在によって獣人はその数を半数に減らしてしまった。

 今なお、獣人たちは1000年の恨みを抱いている。


 魔王軍が何らかの方法で恐怖帝を魔王として復活させたのではとヘルミオスは言う。


『余は魔王ゼルディアスだ』


 真っ赤な髪に、真っ赤な瞳をし、邪神を食らった魔王は初めて自らの名を名乗った。

 その名は恐怖帝と同じだった。


 この帝陵は恐怖帝ゼルディアス=ヴァン=ギアムートの墓だ。


「戻って、アレン君と情報を共有しないとね」


 ヘルミオスたちは守人に礼を言い、次の行動に動き出すのであった。




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