第441話 プロスティア帝国を守護する者
邪神がおぞましく、巨大に姿を変えていく中、アレンは戦闘の指揮を変更した。
アレンたちの目の前に1体の天使が出現する。
『キュベル!』
王化したメルスを水晶花の花柱の上に転移させたのだ。
ヘルミオスのパーティー「セイクリッド」と、モード「ドルフィン」に変形したヒヒイロカネゴーレムを操縦するメルルも転移させた。
主戦力を全て水晶花の花柱の上に結集させる。
邪神が復活した現状において、既に水晶花を守る形での戦い方に意味をなさないと判断した。
仲間を見捨てられない。
アレン軍も勇者軍もこれからの魔王軍と戦う貴重な戦力だ。
だからといって200万人にもなる帝都パトランタの魚人は守らないといけない。
兄を奪われたシアとセシルが必死な顔で魔王軍の幹部である上位魔神たちとの戦いに臨む。
邪神復活という状況に変わったこともあり、全てを守り、仲間の心情を酌む作戦に変更した。
『あらら、メルスもこっちきちゃったよって、まだ僕らの軍隊がこの水晶花に攻めてきてると思うけど大丈夫かい? それともこんな短期間に殲滅できたってことかな?』
キュベルがアレンの次の一手に疑問を持つ。
帝都パトランタ北部の軍勢はそう簡単に殲滅できないと判断したようだ。
「いらない心配だ。自分の命の心配でもしていろ」
アレンは余計な心配はしなくていいと、キュベルに戦況の全てを語るようなことはしない。
(最初から、こうしてたらよかったか? まあ、結果論だな。お陰で、帝都パトランタ北の魔神を一掃できたし。安全に主戦力をこっちに呼べたわけだし)
アレンはこの巨大な水晶花を切り捨てることにした。
帝都パトランタ北部では、依然5万ほどのAランクの魔獣と、Sランクの魔獣も10数体が健在で戦闘を続けている。
この状況で主力をこちらに持ってくると、アレン軍と勇者軍はひとたまりもないだろう。
特にメルスが抜けるのはとても痛い。
だが、戦いに勝つことを条件にしないなら話は別だ。
『絶対に敵将を倒して、戦果を上げようとしないように。守りを固め南下してください!』
アレンは今一度、鳥Fの召喚獣の覚醒スキル「伝令」を使い、アレン軍と勇者軍共闘戦線に指示を出す。
ゴーレム隊が守りを固め、弓や魔法などの遠距離部隊が遠くから攻撃をくわえる作戦に変えた。
剣や槍などで戦う近接戦闘の部隊は回復役の部隊と共に守りに徹してもらう。
それに合わせて、メルスは召喚獣たちを残してこの場にやってきた。
兵たちをカバーする形でアレンは召喚獣に指示を出す。
魔神たちを一掃した今なら、守りの比重をかなり高めれば、魔王軍相手にしても死者を出さずに後退しながら戦うことができるだろう。
ゴーレムや召喚獣を壁にして、倒すことよりも殺されないことを基本とした戦いだ。
強く攻められたら、後方に下がりながら、守りを固めて延々と戦う。
アレン軍と勇者軍を完全に撤退させたら数十分もしないうちに帝都パトランタが蹂躙される。
遅延作戦をとるなら、帝都パトランタに魔王軍が達することを、数時間から半日程度にまで延ばすことができるだろう。
「これって、魔王軍が帝都にやってきたら、魚人たちをどこかに飛ばすってことかしら」
アレンの作戦を理解したセシルが、帝都パトランタに魔王軍が達した状況について尋ねる。
「そうだ。この巨大な水晶花を壊すことができるか分からんが。まあ、その時は水の神アクアに新たな水晶花を作ってもらおう」
魔王軍がやってくれば、魚人たちを鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」で安全な場所へ飛ばす。
魚人のいない巨大な水晶花で魔王軍は何をするのかという話だ。
魚人たちにとってこの水晶花は、エルフにとっての世界樹くらい大事かもしれない。
(そう考えると、ローゼンヘイムの世界樹、バウキス帝国の試練の塔、プロスティア帝国の水晶花か)
世界を冒険の旅に出て、その世界のシンボルのようなものがそれぞれあるなと思う。
アレンが作戦を変えて指揮をしていく中、彫りの深い皺のある顔に厳しい眼光を送る者がいた。
「そうだ。貴様だ。シノロムよ」
魚人に姿を変えているドベルグは、数十年ぶりの記憶を呼びさます。
齢70を過ぎたドベルグは農奴として生まれ、成人すると魔王軍との戦いに呼び出された。
魔王軍との戦いの少し前に結婚したクラシスは、このシノロムという研究員に出会った。
目の前で飲み込まれるようにどこかへ消えたクラシスは魔王軍に連れ去られたと考えている。
もう50年近く前の話で、久々に会ったシノロムと巨大な目玉の化け物に全てを思い出すことができたようだ。
『ぬ?』
剣を握りしめる手にかつてないほどの力が籠められる。
絶望的なことが何十年も続いた魔王軍との戦いにおいて絶対にあきらめなかった男はシノロム目指して走り出す。
「クラシスの居場所。必ず吐いてもらうぞ! シノロム!!」
『は? なんじゃお前は? ふぁ!? 待て待てなのじゃ』
(シノロムは完全に戦闘員じゃないな)
鬼気迫る形相でこの状況でドベルグが水中を駆けるように迫る。
巨大な目玉の化け物から生えた触手の攻撃は初見ではなかった。
受け流すようにギリギリを躱しながら、シノロムの元に到達する。
シノロムの動きから、戦闘には向かないのだろうとアレンは推察する。
『敵が多すぎるな。シノロム所長よ。少し下がるのだ』
かなりの混戦になってきたことに、ビルディガが不快に感じているようだ。
「ぬぐあ!?」
剣を握りしめ、数十年ぶり探してきたシノロムに迫るドベルグに対し、ビルディガがその光沢のあるメタリックな体で盾となる。
鎌状の前足を無造作に振るい、ドベルグを簡単に吹き飛ばす。
ビルディガ、ラモンハモン、バスクも変貌してステータスが増加している。
こっちにやってきて、ロザリナのバフスキルをもらったが、焼け石に水だと言わんばかりだ。
(しかし、助かるな。これが騎士王の力か。タンク最高です。俺のパーティーにも1人いれるかな。これで確かスキルレベル6になっていないらしいからな)
ヘルミオスのパーティーにはタンク役として聖騎士がいた。
転職を終えて星4つの騎士王になり、手に入れたバフスキルで仲間全体に守りを向上してくれる。
・体力2000上昇
・耐久力10パーセント上昇
・回避率10パーセント上昇
なお、転職を終えてレベルは60とカンストさせたが、バフ系のスキルレベルは上げ切らなかったようだ。
効果としてはスキルレベルが足りない分今一つだが、騎士王は守備系のスキルで仲間を守りつつ、バフで仲間の強化もできるのでかなり優秀な職業だ。
皆が一致団結して戦おうとする中、魚人の姿をしたロゼッタだけが不満顔をしている。
「ちょっと、どこに連れてきてんのよ!!」
「ちょっと、ロゼッタ。今は不満を言うときじゃないよ?」
「何よ! ヘルミオス。私はこんな化物大集合みたいなところで戦えないわよ!!」
ロゼッタはとても上位魔神と戦えないって言って、後ろに下がってしまった。
その状態にアレンはヘルミオスに視線を送り、「頼みますよ」と視線を送る。
ヘルミオスは困ったねと苦笑しながらも、アレンが言わんとすることに頷いた。
「もうロゼッタ。あのバスクとかいうデカブツの足輪すごく輝いて見えるよ」
「え? うそ!! もう毎回そんなこといって騙されないわよ」
「……」
皆が戦う中、ヘルミオスがさらにツンと横を向くロゼッタに視線を送る。
沈黙が少し続いた後、ロゼッタはやれやれと観念したのか、バスクの足輪に注意を向けた。
「……もう、これだけしかしないわよ。ちょっとあんたみたいな筋肉ダルマには似合わないんじゃない。ローバーハンズ!!」
怪盗王の才能を持つロゼッタがエクストラスキル「強奪手」を発動する。
手元に引き寄せるような動作と共に、何かを握りしめている。
『ば!? あ!!』
バスクは一瞬何をしているのか分からなかった。
しかし、明らかに自らのステータスで素早さが下がったことに気付いた。
バスクの一瞬の動作の硬直に、ドゴラの大斧が迫る。
「どこ見てんだ!!」
『ぬぐ!! てめえ!!』
「ぐ!!」
虚を突いたつもりだが、バスクの大剣にドゴラは吹き飛ばされてしまった。
しかし、バスクはロゼッタから足輪が奪われ、ドゴラとステータス差が少しだけ縮んだように思える。
(足輪を奪ったぞ。スキルだけじゃなくて、装備品も奪えるのか。上位魔神相手にも何でもありだな)
S級ダンジョンの最下層ボスのゴルディノの仲間たちのバフをかき消すスキルを奪ったロゼッタだが、今回も抜群の働きをする。
これでお役御免と後方に下がるロゼッタと違い、水晶花の上に上がってきた魚人がこちらにどんどん近づいてくる。
「アレクよ、待たせたな。なんだこれは!?」
(いや、呼んでないよ。全くもって)
「こ、これはイグノマス様!!」
プロスティア帝国軍の配置を終えたイグノマスが花柱の上に戻ってきた。
わざとらしくアレンはリアクションをとる。
「それで何が起きているのだ!!」
「は!? たった今、第一天使メルス様が地上の英雄たちを魚人の姿に変え、応援に駆けつけてくれました!!」
王化して神々しくなったメルスを指さして口から出まかせを言う。
正直戻ってきてほしくなかったが、来たものはしょうがない。
大使キャラ「アレク」の口調ぶりでイグノマスに説明をした。
「なんだそれは? そんなことがあるのか?」
イグノマスは槍を構えながらも、圧倒的な強さを持つ上位魔神を見据える。
プロスティア帝国最強と名高いイグノマスは、上位魔神の強さくらいは理解できたようだ。
その後ろで邪神がアンコウの姿でどんどんでかくなる様子を見る。
「守備に徹してくれ。命を守ってほしい!!」
理解できていないイグノマスは置いておいて、アレンは仲間たちに改めて指示を出す。
「ちょっと、なんで、どういうことよ!?」
アレンが今言った言葉は戦って勝たなくていい。
倒そうと思わなくてもよいということだ。
現に、仲間や精霊王の補助を貰って圧倒的に力を得たメルスも倒すことよりも仲間たちを守ることを優先している。
『ふふふ。それはどういうことかな? ん?』
この言葉にキュベルも違和感を覚える。
たしかに、この状況の中で上位魔神と対等近くに戦えるのはメルスだけだ。
さすが王化した天使Aの召喚獣といったところだろう。
覚醒スキルは使用してしまったが、変貌した上位魔神にも引けを取らない。
主戦力を呼んだのは、敵の攻撃を分散させ、仲間たちを守るためだ。
混沌の状況にしたのも、いわばただの時間稼ぎだ。
そのことにアレンの行動と指示からセシルもキュベルも何となく気付いたようだ。
アレンは指揮をしながらも、先ほどから魔導書に流れるログを見ていた。
魔導書のメッセージ機能に『レベル100アップさせるよ』というスパムのような報酬メッセージが表示されてからも、とめどなくログが流れている。
『聖獣石の解析が終了しました』
『聖獣石の管理者権限の上書きに成功しました。聖獣石の管理者をアレンに変更しました』
『聖獣石に封印された聖魚マクリスの魂の解放に成功しました』
『水の神アクアは聖魚マクリスに新たな契約について交渉を開始しました』
(お? マクリス皇子を眷属にした水の神アクアとの契約を修正するのか?)
ログにはペロムスが命を懸けて手に入れた聖獣石の状況と、聖魚マクリスの魂の解放が流れていた。
ここまでログが流れていたら、何をすべきかアレンは全ての経験を元に自然と次の行動ができる。
今すべきことは仲間たちを守る態勢をとりながら時間稼ぎをすべきだ。
アレンはさらに魔導書を見つめると、交渉の結果がログに流れる。
『おいらはプロスティア帝国を守る者なのら! たとえ何になっても、ディアドラの愛したこの街も魚人たちも守るのら!!』
今までの機械的なメッセージではない、まるで聖魚マクリスの心の叫びのようなログが流れた。
『聖魚マクリスは水の神アクアとの契約内容の変更に承諾しました』
『契約内容の変更に基づき、聖魚マクリスの魂の構造の再構築を開始しました』
『聖魚マクリスの魂の再構築が完了しました』
(お?)
聖魚マクリスは水の神アクアと契約を交わし、水の神のアクアの眷属となって、海の怪物と戦う力を得た。
その契約内容を変更したとある。
皆が次の一手をどうするのかアレンを見つめる中、魔導書に待望のログが流れた。
『魚Sの封印が解除されました。魚Sを召喚することができるようになりました。ただし、聖珠ポイントが足りません。魚Sの召喚獣を生成するのに聖珠ポイントが15必要です』
(聖珠ポイントが足りないことをわざわざ教えてくれるのね)
「ペロムス」
「どうしたの?」
「すまないが、ロザリナが手に入れてくれたんだが、この聖珠を使っていいか?」
アレンの背に隠れるペロムスに大切なことの確認をする。
ペロムスはこれを手に入れるため、ボロボロになりながら、聖獣石を奪うために戦ったと言っても過言ではない。
プロスティア帝国北部でアレンが確認できていない魔神を1体倒してくれている。
非戦闘職のペロムスが魔神と相対することの意味を、何度も魔神と戦ってきたアレンは知っている。
文字通り、ペロムスはこの状況を作るのに命を懸けたことになる。
ペロムスにはペロムスの命を懸ける理由があったからだ。
この戦いの状況であっても、ペロムスの了解を得ずに聖珠を使用することはできなかった。
「もちろんだよ。まだ僕のじゃないし」
何のためらいもなく、ペロムスはロザリナが聖魚マクリスからもらった、たった1つの聖珠を使用してもよいと言う。
「ありがとう」
ペロムスの行動の全てに礼を言うと、アレンは聖珠を聖珠ポイントに変換することを意識した。
『聖珠を1つ、聖珠ポイント15Pに変換しました』
『聖珠ポイントを15使用し、魚Sの召喚獣を生成しました』
「S」と表示のある1枚のカードがアレンの目の前に現れる。
魚Sの召喚獣を手に入れることができた。
「マクリス召喚」
目の前の魚Sの召喚獣のカードに対して、当たり前のように1つの言葉を口にした。
アレンは魚Sの召喚獣の名前はこれしかないと思った。
『んならああああああああああああ!! 魚人たちはおいらが守るのらあああああああああ!!』
雄たけびのような咆哮を上げたと思ったら、巨大な魚体が頭上に現れる。
魚Sの召喚獣をアレンは召喚したのであった。
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