第440話 邪神のしっぽ

「ベクお兄様ああああああああああ」


 キュベルが握りしめた魔剣オヌバによって、ベクが背中から深々と突き立てられた状況にシアは絶叫した。


 シアには「恐らくベクは魔王軍の中にいる。もしかしたら攫われたかもしれないし、協力しているのかもしれない」とアレンは伝えていた。

 帝都パトランタに来てから、シノロムの陰謀など新たな情報が入っても、イグノマスとの交渉を全てアレンに任せ、自らはカルミン王女の護衛役に徹していた。

 自らの役目に徹することが最善の選択だと考えてくれたからだ。


(やはり、ベクを慕っていたか)


 ベクが内乱を起こしたとき、シアが動揺をしていた。

 自らは初めての獣帝国を建国するという壮大な目標を掲げながらも、アルバハル獣王国を命を懸けて守ったという、偉大な功績のある兄の後ろ姿をずっと追っていたのかもしれない。


『さあ、時は満ちた。血も捧げたよ。さあ、お目覚め下さい!』


 いつもの口調ながらも、狂気に満ちたキュベルの行動によって、ベクの血は大いに噴き出すが、全ての血は水晶花の花柱に吸収されていく。

 シアが叫ぶ中、血を抜かれたベクの躯はガラス細工のように透明になっていく。


 ゴゴゴゴゴッ!!!


 水晶の花柱はベクの血を吸い振動を開始する。

 帝都パトランタの魚人たちも何が起きたのかと動揺をしている。


「ちょっと、不味いんじゃない!!」


 セシルも必死にビルディガと戦いながらも事態に悲観してしまう。


 水晶花の花柱は水晶の種の放出がすべて終わったが、それでも光を放っていた。

 しかし、光を奪うようにどす黒い何かが水晶の花の中心から上がっていき、光が失われていく。

 異物を吐き出すようにどす黒い何かが、水晶花の中心から花柱の先端へ上昇していく。


「何か出てくるぞ。こいつが邪神か」


 ドゴラも警戒しながら呟いた。

 花柱の中央にヒビが生じ、メキメキと人型の何かが出てきた。


 あまりの状況にバスクやビルディガたちも、アレンの仲間たちもお互いに距離を取り、戦闘はいったん休戦となる。

 シアも結晶のようになって死んだベクの亡骸の近くから出てきたものを厳しい視線で睨んでいる。


 どす黒い体に、赤褐色の血管が全身にうごめいている。

 全身がシルエットになっており、顔もないし表情も分からない。


『こ、ここはどこだ?』


(結局は魔王軍の計画どおりか。一部ってことだけど勝てるのか)


 全力を挙げて、邪神復活の計画を進めてきた魔王軍は邪神を復活させてしまった。

 上位魔神にも四苦八苦している状況でさらなる敵にアレンは、今後の展開を模索する。


 フェンシングの選手が被るフルフェイスのような顔には目も口もない。

 人型の邪神のしっぽは疑問の声を上げ、身振りからも自らの存在に明らかに動揺をしているようだ。

 何が起きたんだと周りを見渡している。


『おお、お目覚めですね。100万年の時を超え、この時を長くお待ちしておりました』


 邪神が復活しキュベルが感極まっているようだ。

 キュベルは跪き、頭を深く下げ混乱する邪神に挨拶をする。

 いつものふざけた感じがあまりしないようだ。


『お主は誰だ? ん? 儂は誰だ?』


 キュベルはこの邪神を知っているようだが、邪神は誰だか分からないと言う。

 漆黒の体にどす黒い血管が張り巡らされたようなシルエットの全身を目のない顔で、体をねじりながら確認をしている。


(なんだ? 寝ぼけているのか。たしか、物語でも海の怪物は寝ぼけていたとあったからな。って、調停神が近寄っていくぞ)


 アレンの率直な感想は、「邪神は寝ぼけている」だった。

 自らが何か分からないなら戦いも起こらないのではとも思えた。


 邪神が頭を抱え何か混乱をしている中、トコトコとクレナを乗せた調停神が歩みを進める。

 すぐ近くまで寄ると調停神もキュベル同様に頭を下げる。


『お、お前は、お前に見覚えがあるぞ。ええと、あれだ! お前はあれだろ!! 』


 調停神に指を差し、誰だか分かると言う。

 初めて誰か分かる存在がいて、邪神はどこか喜んでいるようだ。


『はい。法の神アクシリオン様、ファルメネスです。100万年ぶりでございますね。完全な状態で目覚めたために肉体と魂が混乱しているのです。直に慣れるはずです』


『おお、そうだ。お前は儂の馬だ。もっとこっちにこい。儂の愛馬ファルネメスよ!』


 恐る恐る近づいた調停神を手の届くところまで呼んで、邪神は頭をワシワシと撫で始めた。


『ありがとうございます。悠久の時を経て、お待ちしておりました。アクシリオン様』


 感極まったのか、調停神の涙が溢れ水中に溶けていく。


(そういえば、自らを「法の神を守護する者」って言っていたような。調停神は邪神に仕えていたってことか?)


 たしかに邪神教の教祖に勝利した際、調停神が何か意味深な事を発していたことを覚えている。


『アクシリオンとは儂の名か?』


『そのとおりでございます。あなた様は世界の法を支配するお方。法の神アクシリオン様でございます。この場にはあなた様の第一天使もおりますよ』


 そう言って、調停神は頭を下げたキュベルに顔を向けた。

 邪神を知る者がこの場にはもう1人いると言う。


『第一天使? お前は儂の第一天使か? た、確か名前は、キュ、キュ。ああ、何だ。 よく思い出せぬぞ! ええい! その仮面を外すのだ!!』』


 お前が仮面をかけているから、よく思い出せない、だから仮面を外せと邪神は言う。


『アクシリオン様、申し訳ございません。成すべきことがございますので、この仮面はそのためのもの。私は今、キュベルと名乗っております』


 あくまでも今の名前と仮面で活動するため、仮面は外せないとキュベルは丁寧な口調で言う。


『な!? 顔を見せぬと。キュプラスよ。あなたも100万年、この時を待ったはず! こ、これが、あなたの目的ではないのですか?』


 調停神はまさか断るとは思ってもみなかった。

 そして、キュベルの言葉に引っかかる部分が見つかる。


 その時だった。

 キュベルの背面にある祭壇の漆黒の炎が大きくなっていく。


『そうだよ。僕は100万年、目的達成のために待ったのだ。今は道半ば。成すべきことを成さないとだね!』


 口調が戻ったキュベルは立ち上がり両手を天に掲げる。

 キュベルの動作に呼応するように祭壇の漆黒の炎が舞い上がり、邪神の体に襲い掛かる。


『ぐああああ!? なんだこれは。儂の体が!? わ、儂は!!』


 漆黒の炎が邪神の体を焼き尽くすべく、全身を覆った。

 膝をつき、手も花柱に着いてしまう。

 苦しそうにする邪神の体が少しずつ大きく変貌していく。


『な!? アクシリオン様になんてことを。と、止めなくては!!』


『ぐおおおおおおおおおお!!』


「うわ!?」


 邪神に寄り添い、頭の角で必死に邪神の体に取り巻く漆黒の炎を振り払おうとすると、変貌した邪神の手によって、クレナごと吹き飛ばされてしまう


『力を取り戻すための栄養を与えたんだよ』


 そのために、人の命をかき集めたと言う。


『うわああああ!? 儂は、儂アアアアアアア』


 まるで自我を失っていくように、一気に体が大きくなり邪悪になっていく。

 アンコウに手足が生えているような醜い姿に変わってしまった。

 体が何十メートルもの大きさになるが、苦悩を顔に出しながら、さらに大きくなっていく。


『第一天使の立場でありながら、あなたは狂っている!!』


『そうだよ。狂った世界に僕は踊るんだ』


 そう言ってキュベルは世界の全てをあざ笑うかのように、クルリと踊って見せる。


『止めます。アクシリオン様はこんなことを絶対に望まない! クレナさん行きますよ!!』


 漆黒の炎に包まれ変貌していく邪神を止めるべく、調停神は邪神に向かっていく。


「うん!!」


 クレナも大剣を握りしめて、調停神の言葉に返事をする。


『ぬん!!』


『ぐ!? アクシリオン様、お気を確かに!!』


 巨大な手で邪神は調停神に騎乗するクレナもろとも吹き飛ばす。

 そして、自らの体に合わない巨大な手に合うように、体の他の部分も膨張していく。


「皆、戦うぞ!!」


「おう!!」


 アレンも仲間たちも邪神、調停神、キュベルの会話することの意味はほとんど理解できなかった。

 邪神が目覚め調停神をクレナごと攻撃した。

 もう傍観している場合じゃないと、アレンの仲間たちは一気に戦闘を開始する。


 ビルディガ、バスクに、さらにラモンハモンが加わり、邪神の変貌を邪魔する者を阻む。


「撤退はないぞ!! 撤退は絶対にない。逃げるなら、余は最後まで残るぞ!!」


 シアは邪神復活の贄に使われた全身の血を奪われ、水晶のようになったベクの死体を見ながら叫んだ。

 勝てない強敵に出会えば撤退もありうるアレンの思考を読んで、撤退はあり得ないと自らの行動をシアは宣言した。


「そうよ。アレン、リーダーなんだから、なんとか戦う方法考えなさいよ。私も最後まで戦うわ!!」


 決死の表情でセシルも最後まで戦うと言う。

 ベクの死を目のあたりにして叫んだシアにどこか、兄のミハイを思い出したようだ。


 この場には4体の上位魔神がいる。

 1体1体が脅威な上に、ラモンハモンは戦いが始まるや否や、いない間に蓄積した上位魔神たち全員を全回復する。


 ブン!!


『アレン様に、緊急クエストが出ております。メッセージ欄をご確認ください』


 またも魔導書が現れた。

 メッセージ欄のページを確認するように言う。

 

『アレン様


 平素よりお世話になっております。

 この度、神界ではアレン様に対する緊急のクエストの発行が承認されました。

 つきましては、今戦っている邪神の討伐をお願いします。

 もし、討伐に成功しましたら、レベルを100上昇させます。

 これはアレン様だけの特別な対応でございます。

 是非チャレンジしていただけたら幸いです。

 なお、まもなく聖獣石の完全な解析が終了します。


         水の神アクア

         神界スタッフ一同』



(なんか、あわてて文章を作ったのか、スパムかなんかのようなメッセージになっているな)


 前世でもたまにメールで「あなただけ」のような特別感や「過剰な利益」を与えるメールが来ていたなと思う。

 そのほぼ全てが詐欺であると思っていたが、今はそんなことを考えて言う場合ではない。


(さて、時間を稼いでくれたのはキュベルよ。お前だけではないようだな)


 先ほどまでも苦戦していたが、今はラモンハモンが加勢している。

 この場は絶望的な状況といえる。


 しかし、邪神復活のやり取りで、調停神や邪神が会話をしてくれたおかげで、好転した状況もある。

 とうとう帝都パトランタ北部にいる魔王軍の中に魔神がいなくなった。


 メルスを中心に狩り殺してくれた。

 帝都パトランタ北部で13体、ベクが倒した1体で、これでアレンはレベルが14アップし93から107となっている。

 アレンはペロムスがどこか知らないところで魔神を1体倒していることは把握している。

 レベル100を超えて、1上がるときの上昇値がさらに増えている。

 目の前の上位魔神と邪神からさらなるレベルアップを頂くことにする。


『アレン軍に告ぐ。邪神が復活しようとしている。新たな作戦を下す! 全軍撤退せよ!!』


 アレンは鳥Fの召喚獣を使い、そう叫ぶ。


 邪神のしっぽを含めた最終決戦と場面は変わろうとするのであった。


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