第429話 戦いの布陣

 アレンは、上位魔神たちとの戦いが始まろうとする中、寄ってきたイグノマスに協力を求めることにした。


「俺がこの場から離れて、魔獣たちの軍勢を迎え撃てと」


「はい。見ての通り、この場には敵は4体。しかし、10万の軍勢が攻めてきています。それもAランクとなると……。陛下なくして、帝都は守れません!!」


 この場はアレンたちが対応するので、帝都の防衛に協力してほしいと言う。

 もう1時間しかないのに、この場で大会を邪魔してきた4体の相手をする時間はないと言うことだ。


(さて、キュベルたちは余裕だな。いや、まあこの態度がそれだけ自信があるってことなんだろうな。詰めに来やがって)


 キュベルたちは、アレンたちが詰んでいる状況であると確信しているのか、いきなり攻めてこないようだ。

 アレンとイグノマスの会話を静観している。


 アレンとしても、この場でいきなり戦いに発展させることなく、状況の整理に努める。

 1秒でも次の作戦行動のための時間が欲しい状況だ。


「俺が前線の指揮をしなければ被害は甚大ということか。むむ」


 星4つの槍王の才能のあるイグノマス自身も元近衛騎士団長であり、騎士団を指揮してきた。


「その通りでございます。時間がありません。何卒ご決断を!」


「うぬう」


 イグノマスは帝都パトランタにいる近衛騎士団、帝都パトランタを守る第一軍、帝都パトランタ周辺を守る第二軍の指揮の全権を握る。


 帝国の軍を指揮するには申し分ないだろう。

 ここで一緒に戦っても上位魔神の相手にならないとも言える。


 水晶花の破魔の力が弱くなった今なら、Aランクの魔獣が帝都パトランタにやって来れるだろう。

 あまりに広いこの帝都の防備には人手と、それを指揮する者がどうしても必要だ。

 Aランクの魔獣が1体でも街や村を襲えば、壊滅的な被害が出るだろう。


 帝都パトランタに真っ直ぐ北からやってきているとのことなので、帝都パトランタ数十キロメートル北にアレン軍を配置する予定だ。

 取り逃がした魔獣たちの相手を、イグノマスを中心とした帝都パトランタの軍隊にしてもらいたいと考えている。


(かなり苦しい状況だな。このタイミングをずっと待っていたのか)


 今回の戦いは守らないといけない者がかなり多い。


 歌姫コンテストを実施するのは、魔王軍にとって都合がよかったことは明白だ。

 コンテストを行うということで、200万人を超える魚人たちが帝都パトランタにはいる。


「邪神を復活させると言ったな」


 イグノマスがどうすべきか迷う中も、アレンはキュベルとの会話で状況の把握を進める。


『そうだよ。この水晶花の下には邪神様が眠っておいでだ。まあ、一部分なんだけどね』


「海の怪物は分かれた邪神の一部だと? 邪神の復活のために邪神教をばらまいていたと。随分気の長い作戦だな」


 ここで、魔王軍の狙いをおおよそアレンは理解した。


『ふふふ。よく勉強しているね。メルスに聞いたのかな? その通りだよ。アレン君。僕たちは気が長いんだ』


「その態度、随分余裕だな」


『だって、僕の計画は今まで失敗したことないからね。今回は魔王様から全力で当たれと言われているけど、後は準備した計画を実行するだけの簡単なお仕事さ』


 キュベルは、『これはもう達成は間違いない』と余裕の笑みを仮面の下で浮かべる。


 アレンはローゼンヘイムで魔王軍や邪教徒と戦ってきたが、綿密なまでの魔王軍の動きにいつも後手後手になる。

 きっと、今回も一連の計画の1つなのだろう。

 もしかしたらこの邪神の復活が、魔王軍の計画の最終段階かもしれない。


 水晶の花の下に封印されていた海の怪物は、魔王軍が復活させたいと企んでいる邪神であった。

 そのお陰でこれまでの魔王軍の行動が計画的であることが分かる。


【魔王軍の行動の時系列】

・邪神教の信者を連合国のある大陸で数十年かけて布教させる

・1000万の魔王軍の地上侵攻を目くらましに火の神フレイヤから神器を奪う

・布教させた邪教徒を使って神器に数百万の人の命を集める

・シノロムが画策し、アルバハル獣王国やプロスティア帝国で内乱を起こす

・邪神の復活のために集めた多くの人の命を捧げようとしている(今ここ)


(あとは、ベクが今回の件に絡んでいるってことか)


 邪神教との戦いの際も苦しい状況にキュベルに追い込まれたが、今は数百万の民を守りつつ、この場をどうにしかしないといけない。

 不明なこともあるが、分析するにはあまりにも時間が足りない。


「あまり悩まれると、大切な陛下の臣民が守れません。何卒ご決断を」


 魔王軍がこの帝都パトランタにやってくるので、イグノマスに決断を急がせる。


「分かった。だが、こいつらを倒せるのか?」


「何とか時間を稼ぎます。できれば、イグノマス陛下におかれましては、兵への指揮が終わりましたら戻って来てくださると助かります。お前たちもよいな。こいつらをこの場所に留めるのだ!」


 アレンは話の途中でシアたちに話を振る。


「当然です」


 特命全権大使のふりをするが、シアがアレンの言葉に合わせてくれる。

 既に退却したラプソニル皇女から離れ、アレンたちの元に駆け寄ったシアたちが上位魔神たちに相対する。


 シアとしても、ベクの行方をキュベルに確認したいはずだ。

 しかし、この場でそんな話をしたらイグノマスの考えに変化を生じさせるかもしれない。

 何をすべきか考えてくれているようだ。


 アレンの考えでは、イグノマスが戻って来てもあまり役には立たない。

 しかし、役に立たないと言うと、この場で確実に揉めるので、全軍の指揮をお願いするに表現を留める。


(よしよし水晶花の北部に騎士たちが集まり始めているな)


 鳥Eの召喚獣によって魚人の兵が北部を中心に防衛ラインを築くため、あわただしく動いていることが分かる。


「イグノマス陛下。では、送ります。ご武運を!!」


「あ? 送るだと!?」


 イグノマスがこの場から消えてしまった。

 アレンが鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」を使い、帝都パトランタ北部に転移させた。


 アレンはキュベルが現れたときに2体の鳥Aの召喚獣を魚Cの召喚獣に咥えさせて移動させていた。

 そのうちの1体が、アレン軍が魔獣を取り逃がしたときに一番の戦場になる帝都パトランタ北部に「巣」を作らせていた。


『大丈夫なのかな。まあ、兵がどれだけいようと、全ては無に帰るだろうけどね。今回の軍勢にはビルディガ大将軍の配下の将たちもいることだしね。Aランクの魔獣程度だとは思わないことだね』


 キュベルの話では今回の10万の軍勢にはビルディガの配下の将がいるようだ。


『……』


 キュベルの言葉にビルディガは何も反応をしない。


「上位魔神の配下ってことは、魔神ってことか? それともSランクの魔獣か?」


 しかし、キュベルが大事なことを言ってきたので、アレンは更なる確認をとる。


『……』


 ビルディガは無言を貫き、ギザギザな前足をアレンたちに向け、警戒を怠らない。

 キュベルのようにこちらに情報を晒すような愚策はしないようだ。


(恐らく魔神がいるのは間違いないだろう。どれだけいるんだ? 1体や2体って感じでもないぞ。正直かなり厳しい。これで、メルスとメルルの配置はアレン軍に決まったな)


 10万の魔獣たちの軍勢は、ほぼAランクで構成されていると聞いたが、魔神やSランクもかなり多くいるのかもしれない。


 キュベルと時間稼ぎの会話を続けながらも、鳥Aと鳥Eの召喚獣を咥えた魚Cの召喚獣は北にまっすぐ向かっている。

 魔王軍とぶつかるのは帝都パトランタ北30キロメートルの辺りと予想する。


 ヘビーユーザー島ではメルスの特技「天使の輪」の権限と、魚Aの召喚獣の覚醒スキル「擬態」によってアレン軍全軍は魚人に変えられ、編成は完了しつつある。


 そして、勇者軍1000人もアレン軍との共闘の申し出は昨日のうちに済ませており、同様に魚人に変えている。


 そしてアレン軍及び勇者軍に対してどれだけの戦力と戦わないといけないのか、作戦指示が行われている。

 アレンもメルスを通して、指示の修正を行う。


 転職が済んだ6200人で、魔神を複数配置させた10万体のAランクの軍勢と戦わないといけない。


 上位魔神がこの場に4体現れるだけならまだしも魔王軍の本気度が分かる布陣だ。


(それほど、邪神を復活させたいと。復活するとどうなるか。なんか世界が終わる予感はするぞ。というかこの4体倒せるかね。とりあえず、ドゴラたちを呼ぶか)


 目の前のビルディガ、ラモンハモン、バスクに万単位いた虫Aの召喚獣は殲滅させられた。

 彼らは初見ではないので名前もその強さも把握済みだ。


「すごいことになっているな」


 魚人の姿に変わったドゴラたちを「帰巣本能」で転移させた。


『お~待ってたぞ。ど~ご~ら~ちゃ~~ん』


「……」


 バスクはドゴラがやってきたことに奇声を上げて歓喜しているようだ。

 そんなバスクをドゴラは神器カグツチを握りしめ、睨みつけている。


(布陣はと。勇者の神切剣は上位魔神に有効かな? キュベルには効かなかったって聞いているけど)


【今回の戦いの布陣】

・花柱の上の戦力:アレン、クレナ、セシル、ドゴラ、キール、ソフィー、フォルマール、シア、ルーク

・帝都パトランタ北部の戦力:メルル、メルス、ヘルミオスパーティー、アレン軍、勇者軍


 なお、ドベルグについては基本、ヘルミオスの指揮の下、戦ってもらう予定だ。

 シノロムと何かあったようだが、この場にシノロムもいないし、上位魔神相手には厳しい戦いも予想される。

 しかし、ドベルグのエクストラスキル「ガードブレイク」はかなり有効なスキルだ。


 もしかしたら、ヘルミオス同様にワンポイントで呼び寄せるかもしれないとヘルミオスに伝えてある。


「ちょっと、アレクたちはあんなのと戦うわけ」


「そうだ。って、ロザリナも退避してくれ」


 何故かまだ居残っているロザリナにここから離れろと言う。


「何よ。私も戦うわよ。こんな奴らを街に解き放っていいわけないじゃない」


 大会をぶち壊したことに怒っているのか、ロザリナのやったるぞ感がすごい。


「ぶ!? いや、ん~分かりました。後方から補助を。敵は強敵です。無理そうだなと思ったらすぐに私たちを置いて退避をお願いします」


 英雄志向があるのか、大会をめちゃくちゃにしたキュベルたちが許せなかったのか何故か残って戦うと言い出した。


 魚人たちは泳ぎが得意だ。

 皆巨大な花柱の上から飛び降りるように退避している。

 敵が強く厳しいと思ったら逃げるように言う。


『さてさて、戦う相手は決まったかな。僕は忙しいから、戦いは君たちに任せたよ。邪神を復活させなきゃね。ふふん』


 現状の把握から戦いの組み立てをするアレンの相手をすることなく花柱の中央にキュベルが向かう。

 海底でどうやって鼻歌を歌っているんだろうと思う。


 そして、宙に手を伸ばすと、どこからともなく大きな器のようなものが出てきた。

 邪神教の教祖と戦った時、火の神フレイヤの神器の下にあった祭壇に似ているような気がする。


 祭壇を取り出し、更に胸の中から漆黒の炎を取り出した。

 これも邪神教の教祖との戦いの最中、祭壇の上で燃えていた漆黒の炎をキュベルが回収していたものだと思われる。


「素直にできると思うなよ」


 邪神復活の儀式のようなので、邪魔をする予定だ。


「なるほど。そういう作戦か。上位魔神を倒してキュベルの行動を止めるってことだな」


 キールが何をしないといけないのか理解してくれたようだ。

 キールはチームリーダーとしてアレン軍の指揮をしていた。

 だから、このままアレン軍の指揮や勇者軍との連携をしてくれた方が良かったのだが、何分回復役が足りないのでこっちに配分した。


「そうだ、キール。戦いの分配だが、ドゴラはバスクを中心に、クレナ、シアはビルディガを中心に」


(やばいな上位魔神が多すぎて、仲間を割るしかないのだが)


 とてもじゃないが、パーティーを割っても余裕のある敵ではない。

 後衛には広い視野で2人をサポートするように言う。


「あの男女はどうするのよ」


「ラモンハモンは俺が戦う。キュベルの護衛のようだ。まずは2体を倒したら、援護してくれ」


 セシルの問いにアレンが答える。


 キュベル、バスク、ビルディガ、ラモンハモンの立ち位置からその役目がはっきりとしている。

 キュベルは花柱の中央で邪神復活の儀式を行う。

 ラモンハモンはキュベルの護衛の立ち位置でアレンたちから距離を取り見据えている。

 バスクとビルディガは一歩前で立ち塞がり、アレンたちと戦うつもりなのだろう。


「じゃあ、行くわよ!」


 才能星3つの歌姫の才能があるロザリナが歌を歌い始めた。


(お、攻撃力と知力の上昇に、体力と魔力の自然回復か)


 合計4つの歌を使った特技をロザリナは行う。

・攻撃力18パーセント上昇

・知力18パーセント上昇

・体力秒間180回復

・魔力秒間180回復


「素晴らしいわ! これで少しは戦えそうだわ!!」


 知力が上がり、セシルも俄然やる気を出す。


「何言ってるの! 私の力はこんなものじゃないわよ。私の大会を台無しにしてただじゃおかないわ! 人魚の歌姫(プリンセスオブマーメイド)!!」


 アレンたちは知らなかったが、この大会はロザリナのために開かれたようだ。

 体を陽炎のように揺らいだロザリナは煌めく雫に包まれる。

 煌めく雫はアレンたちにも降り注ぎ、圧倒的な力を得る。


(ぶ? この場にいる全員の全ステータスが5000上昇したぞ)


 ロザリナを仲間にしてよかったと思う。

 どの程度の持続時間か分からないが、この状況で全ステータス5000上昇はかなり大きい。


『むむ、おいらのかわいい魚人たちをひどい目にあわそうってことなんだな?』


 ずっと上で遊泳していた聖魚マクリスも事態を概ね理解してくれた。


(お、これは?)


「そ、そうなのです。私たちだけではどうしようもありません。何卒、聖魚様の御力を!」


 魚人の姿をしたアレンが懇願するように聖魚マクリスにお願いする。

 一瞬セシルがこんな状況でよくそんなことができるわねと思うが、今は戦いに集中することにする。


『任せておけなのら。ロイヤルガード!!』


「え?」


 アレンたちを守るように全身が泡に包まれ、自らのステータスの上昇を感じる。

 上位魔神4体に、魔神やSランクの魔獣もいる10万の軍勢という、かつてない戦力をそろえた魔王軍との戦いが始まろうとしているのであった。

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