第428話 魔王軍の侵攻
「それは真か! いつ頃、どの程度やってくるのか」
イグノマスの傍にいるアジレイ宰相が、やってきた騎士に問う。
「は! この速度なら時刻にして1時間ほどあまり。すでにピュローレを抜けたところから向かっております。魚体の大きさからもAランクの魔獣も多数おるものと思われます!!」
騎士の報告では、10万体ほどの魔獣がものすごい速度で、一団となってやってきているという。
そのほとんどが魔獣の大きさからAランクの魔獣であるとのことだ。
(始まったな。各街に警戒網や連絡網があるはずなのに、1時間ってかなり急だな。主要な街を避けてやってきたのか?)
魔王軍が何かしら企てていると予想していたが、軍勢となって帝都パトランタにやってきているようだ。
主要な街には通信の魔導具もあるだろうが、そういったところをぎりぎりまで避けてやってきたのか、既にかなりのところまでやってきている。
『ピュローレってどこですか?』
アレンはセシルの服の隙間から、鳥Gの召喚獣を使い、小さな声でラプソニル皇女に質問する。
「帝都パトランタの真北にある街です。どうしましょう魔獣たちの群れがこのような時に来ているなんて……」
ラプソニル皇女は血相を変えながら、アレンの問いに小さめの声で教えてくれる。
ピュローレの街はここから100キロメートルほど北だという。
(Aランクで10万か。結構な数だな。って、ホークの索敵範囲外か。これは時間との勝負になるのか)
アレン本体で鳥Eの召喚獣を使い、覚醒スキル「千里眼」を使用する。
100キロメートルの範囲内にあるものを全て見通すことのできる「千里眼」で索敵できない。
海中を魚や魚竜の形をした巨大な魔獣たちが真っ直ぐアレンたちのいる帝都パトランタに向かっている。
移動速度や帝都パトランタまでの距離から判断するに、騎士たちの報告のとおり恐らく1時間程度で間違いないだろう。
これはかなり差し迫った状況だと判断したアレンは、体長4メートルのサメの召喚獣を召喚した。
騒ぎにならないよう、上に向かって50メートルのところに召喚したので誰も気づいていないようだ。
そして、鳥Eと鳥Aの召喚獣を2体ずつ口の中に入れ、北に向かって泳がせた。
帝都パトランタの北にアレン軍を呼び寄せるにしても、鳥Aの召喚獣の転移先となる「巣」が必要だ。
巣の位置が帝都パトランタに近ければ近いほど、魔王軍の魔獣を取り逃がしたとき、帝都パトランタにすぐにやってきてしまう。
これは帝都パトランタの被害が大きくなることを意味する。
なるべく魔獣たちの群れとは帝都から離れたところでぶつかりたい。
なお、アレン軍の戦闘準備は現在整いつつある。
数にして10万ほどの魔獣がやってきている。
今回やってくる魔獣の戦力について分析する。
ローゼンヘイムでは700万体の魔獣とアレンたちは戦った。
この時、魔王軍を構成する魔獣のほとんどがBランクの魔獣で、数十体から100体に1体程度の数がAランクの魔獣であった。
Aランクの魔獣の数は10万体に満たないし、戦争自体2か月弱という時間をかけて戦った。
S級ダンジョンのデスゾーンではAランクの魔獣に囲まれている状況が続いた。
それでも1日かけてパーティー全員で1万前後のAランクの魔獣を狩った。
今の状況はその2つの状況よりもかなり厳しい戦いになると判断する。
「ど、どうされるのでしょうか?」
アレンが過去の状況に照らし合わせて、現状について分析しているとアジレイ宰相は不安げにイグノマスに問う。
「ふん。マクリス様のいるこの場に魔獣がやってくるか。命知らずだな。兵は迎え撃つ準備を進めよ!! 絶対に都に魔獣どもを入れるな」
イグノマスの近くにいた貴族たちもその会話を聞いて不安になっている。
しかし、アジレイ宰相の言葉にイグノマスが好戦的な顔つきに変わっていく。
イグノマスはその巨体を起こした。
「は!」
「魔導具を使い全ての警報を鳴らせ。イグノマスはこの状況を非常事態と認定したぞ!」
「この大会はどうなされるのですか?」
今は年に1回の大会の真っ最中だとアジレイ宰相は言う。
「当然大会は中止だ。戦いは始まろうとしている。早くするのだ。俺の鉾をよこせ!!」
血の気をたぎらせ、イグノマスが近くの騎士に持たせていた三つ又の鉾を騎士の手から奪うように受け取る。
『どうしたのら?』
2回戦がなかなか始まらないこの状況に、少し遠くでゆっくり遊泳していた聖魚マクリスが近づいてきた。
「マクリス様、魔獣たちが俺の都を襲おうとやってきています。今から迎え撃つ準備をするので、本大会は中止となります」
聖魚マクリスに現状を報告する。
『魔獣? どこからなのら?』
「北から、十万の軍勢とのことです」
マクリスがさらに問うのでアジレイ宰相がさらに細かく説明する。
聖魚マクリスは頭を北に向けるが、さすがにまだまだ果てしなく遠くにいる魔獣の群れは分からないようだ。
首をかしげながらも、慌ただしくなった会場の様子を見つめている。
『あらあら、どうしたのでしょうか? 皆さん落ち着いてください。何事もありません。静粛に』
(ふむ。こいつはもしかして)
ヒトデ面をした司会者がざわつく花柱の上の会場の皆に、拡声の魔導具を使い「問題ないよ」と伝える。
ずっと様子を見ているアレンは司会者の態度に不審な点を感じていた。
「こら、貴様、何を勝手なことを言っておる! それをこっちによこさぬか。非常事態を皆に伝えなくてはいかぬ」
そして、非常事態を皆に伝えるため、拡声の魔導具をこちらによこすようにと言いながら、アジレイ宰相は手を伸ばした。
すると、ヒトデ面の司会者はマイクを投げ捨てた。
『せっかく、頑張って大会を決行させたんだよ。多くの血と魂は邪神の復活にもってこいだよね?』
真剣な表情のアジレイ宰相をからかうような口調で、とんでもないことを司会者は口にする。
「き、きさっ!?」
バシュ
「キャアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
アジレイ宰相はそこまでしか言えなかった。
ヒトデ面の視界の後ろに魔法陣が生じる。
そして、3体の何かが現れ、そのうちの1体が、巨大な大剣でアジレイ宰相の首を切り飛ばした。
鮮血が舞う中、目の前でアジレイ宰相が殺されるのを見た大会参加者が絶叫する。
『もう、駄目だよ。今いいところなのに。あ~あ~騒ぎになっちゃった』
ヒトデ面をした司会者は、アジレイ宰相には一切の哀れみもない。
大剣をもって全身に帯のようなものをまとった筋肉隆々な半裸の男に不満を言う。
お陰で大会参加者も貴族たちも大パニックになって我先に逃げ始める。
『キュベル殿の茶番は長いから助かる』
騒ぎの中、メタリックな甲虫の姿をした上位魔神のビルディガは一切感情が分からない無表情のまま言う。
『あ? 初めて礼を言ったか俺に?』
珍しいなと冒険者時代はSランクの冒険者で2つ名は「修羅王」の上位魔神バスクは言う。
『気のせいだ。お前に礼など言うはずがない』
『『それで、騒がしくなったな。血と魂が必要なら皆殺しにすればいいのか? キュベル参謀』』
ビルディガとバスクの間で殺気が広がろうとする中、頭が男女2つ、手足も2組ずつの者が間に入る。
上位魔神のラモンハモンは悲鳴が響き始めた会場の参加者や観覧者たちをどうするのか問う。
『魔王様も今回は確実に目的を達成せよってお達しだよ』
デロン!!
効果音と共に煙のようなものがヒトデ面の司会者から現れ、魔王軍の参謀であり上位魔神のキュベルが姿を現した。
そして、目的を達成することに集中するように、ラモンハモンに言う。
(キュベルが化けていたのか。さて、魔獣たちがやってくるのはこいつらの仕業か。宰相は敵ではなかったと)
魔王軍が来ることは既に予想できていたことだ。
昨日の今日なので、できることはそこまで多くなかったが、アレン軍にはすでに指示をしてある。
昨日のうちに全軍ヘビーユーザー島に移動し、間もなく準備は整いつつある。
ここまで起きた現状から魔王軍との位置関係を理解する。
【魔王軍との位置関係】
・魔王軍は帝都パトランタまで100キロメートル
・全長100キロメートルの水晶花の中央にアレンたちはいる
・アレンたちと魔王軍まで150キロメートル
「貴様!」
アジレイ宰相を殺したバスクとその一団に対して、鉾を握りしめたままイグノマスがにらみを利かせる。
既にキュベルの周りからワラワラと参加者たちが逃げる中、武器を握りしめたイグノマスが自らに注意を引かせているようだ。
『わあ、怒っているね。シノロムのおかげで座れた玉座は気持ちよかったかい』
キュベルの挑発にイグノマスが怒りを露わにする。
(ほう、なるほど。イグノマスはキュベルに騙されていたと。今は注意を引いてくれたおかげで……)
キュベルとイグノマスのやり取りはとても興味深いがこの場には戦えない大勢の者たちがいる。
イグノマスに意識が向いている間にすべきことを行う。
アレンは、セシルの服の隙間から飛び出した鳥Gの召喚獣を、水中をはばたくようにキュベルが投げ捨てた物のところに向かわせる。
『皆の者、よく聞くのだ。俺はイグノマスだ! 巨大な魔獣たちが北から帝都パトランタに大群をなして向かっている。今この場において、プロスティア帝国の皇帝として非常事態宣言を発令する!! 全ての警報を鳴らすのだ!! 騎士たちは全て非常事態に備えよ!!』
「な!? こ、これは俺か?」
イグノマスは自らの声が聞こえて驚愕する。
鳥Gの召喚獣の特技「声まね」を使うと、他人の声をまねすることができる。
キュベルが放り投げた拡声の魔導具のマイク部分に向かって、イグノマスの声で非常事態であることを伝える。
拡声の魔導具は会場となっている花柱の上だけでなく、帝都パトランタのいたるところから拡声するように整備されている。
お陰で帝都全体が現在非常事態の騒ぎとなっている。
『これは、やはりアレン君もいるってことかな? どこかな~。出てきてくださ~い』
キュベルはどこにいるのかなって首をかしげながらも、今起きた状況を正確に分析する。
すぐに、今の出来事がアレンの仕業だと判断したようだ。
「やはり、警戒はしていたってことか?」
観覧者が逃げ切れるようにゆっくりとキュベルの元にアレンが向かう。
『もちろんだよ。ずっと、僕らの邪魔をしたんだ。警戒をしない方がおかしいよ、ってなんで魚人の姿をしているの? あれれ~』
魚人の姿をしたアレンに対して驚く。
「ふふ、これが俺の真の姿だ。お前のヒトデ面も似合っていたぞ。それにしても俺の真似をしやがって」
『ふふふ。魔王軍に不可能はないのさ。どうも君とはやることが似ているようだね』
以前ローゼンヘイムの折はボケたらやってくれたのに、今回はノリ突っ込みしてくれなかった。
(さて、ペロムスについては触れないのか?)
現在、ペロムスの状況が分からず、助けにも行けない状況だ。
この状況において、ペロムスについてキュベルに尋ねるのは得策ではないと考える。
何らかの魔王軍の企てに巻き込まれたようだが、キュベルの口からペロムスについて触れることはないようだ。
「ちょ、ちょっと、これ何よ!?」
(あれ、逃げないの。もう大会どころじゃなくなったから、逃げてください。だけど補助はほしいです)
魚人であると言うこともあって、中には1キロメートルもある花柱の上から飛び降りる者も多い。
ほとんどの者がすでに花柱の上からいなくなってしまった。
しかし、逃げずにこの場にいたロザリナからも状況を聞かれる。
魔王軍が攻めてきて、大会は台無しになったことを簡潔に説明する。
どうも理解できないようだが、さらにもう1人、アレンの元に近づいてくる。
「ほう、魔王軍だと? 地上で人間どもを侵攻しているあの魔王軍か?」
どうやら、アレンたちも今回の騒動に関係しているとイグノマスは理解できたようだ。
「そうです。あの魔王軍です。どうやら、この海の都にも手を伸ばしてきたようです」
帝都パトランタが非常事態を宣言する中、魔王軍との戦いが始まろうとしているのであった。
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