第424話 導師シノロムの影

「明日の歌姫コンテストまで問題がないかと」


 ヘルミオスに今の状況について聞かれたので、アレンはプロスティア帝国の状況を答える。

 一応、メルスや霊系統の召喚獣を通じても大まかな状況は日々伝えるようにしている。


 昼前にペロムスと別れて、アレンはやってきた。

 明日を歌姫コンテストに控え、宮殿も帝都パトランタも大忙しの雰囲気だ。


 なお、歌姫のロザリナの衣装合わせは昨日までに済ませた。


 アレンが手に入れた、これまでの購入記録と、そこから導かれる聖魚マクリスの好みの分析を行った。

 セシルやソフィーたちに、いくつかのパターンを説明し、服の購入時も鳥Fの召喚獣の覚醒スキル「伝令」の出番だ。

 映像情報をセシルたちに送れるのでリモートでの服選びも可能だ。


 自分も活躍するぞと意気込むシアだけが、何故か脳筋スタイルの衣装を推し進めてくる。

 セシルやソフィーたちが困惑しながらも、ラプソニル皇女と協力しながら軌道を修正させる。


 シアは今回、自らの獣王の立場を確立するために、プロスティア帝国にやってきた。

 どうしても、アレンやペロムス、ルークなどの活躍が目立ち、焦りのようなものがあるのかもしれない。


「なんか、いいわね。私たちも見に行けないのかしらん?」


 ヘソ見えルックのロゼッタがアレンになれなれしく肩に手を当てて答える。


「構わないですよ。明日は皆で行きますか?」


(何百人持ってのは無理だろうけど。人混みの中に、10人、20人忍ばせるくらい可能かと)


 ロゼッタの行動を流すスキルは、アレンには備わっている。

 魚Aの覚醒スキル「擬態」を使って、ここにいる全員を魚人に変えて大会を見るくらい可能だとアレンは言う。


「それはいいね。可能なら行ってみたいよ」


 ヘルミオスのパーティーの女性陣も興味津々だ。

 女性なら誰もが聖魚マクリスに夢を見る。

 ヘルミオスも日々の訓練の息抜きにしては上等だなと思いながらも、可能かどうか確認したようだ。


「特等席は準備できないですよ。何かあったら逃げる準備もしておいてくださいね」


 魚人なら最悪花柱の上から飛び降りたら逃げられると思う。


「それは怖いな」


 アレンの言うことは冗談のようで本当なので、ヘルミオスは首をすくめる。


 ロザリナを大会参加させるため、参加の偽造も済ませている。

 大会の参加は参加者に配った参加証と、それを管理する魔導具で成り立っている。


 この管理のシステムは冒険者証と同じだ。

 Sランク冒険者で、冒険者証の管理の理屈を知る立場にあるアレンは、どうすればロザリナを大会に参加させられるか直ぐに思いつく。


 宮殿にある魔導具を役人たちが管理から目離す隙があった。

 こっそり魔導具をヘビーユーザー島に持ち出して、魔導技師団のララッパ団長にササッと細工をしてもらった。

 そして、ロザリナの偽造した参加番号を魔導具に登録したというわけだ。


 これで参加自体は問題がないのだが、表層的な偽造しか行っていないため、調べたらすぐにばれてしまう。

 偽造して優勝したとして、宮殿の大会運営の役人たちが参加した領などを調べたら、ロザリナの参加の矛盾に気付くはずだ。


 騒ぎになれば、大会の観戦どころではないのだが、大会中に入選以上した参加者本人に直接、その場で聖魚マクリスが涙をくれるらしい。


 涙を貰ったら、ロザリナはバレる前に会場から逃げ出すようだ。

 不正参加が後を絶たない大会のようで、過去に似たようなことが何度か起きているらしい。


 ペロムスには、フィオナの言う聖魚マクリスの涙を貰ったことになるのか、検討するように言っている。

 もし、これでマクリスの涙を手に入れたことにしないというなら他の方法も考える必要がある。

 その日のうちにどこかに泳いでいくマクリスに交渉すると言った形もできるはずだ。


「アレン殿」


 大会について聞かれていたアレンの元に、ルド将軍がやってくる。


(ん? 調査の結果が出たのかな?)


 ルド将軍の表情から何か伝えたい話があることが分かる。

 アレンたちの前にルド将軍が座った。


「ルド将軍、どうですか? シノロムについて何か分かることがありましたか?」


「アレン殿の求める魚人はいなかったであるな」


「そうですか」


 半月前、ラプソニル皇女からシノロムが怪しいという話を聞いた。

 そこで、シノロムが何者なのか、宮殿で何をしているのか調べることにした。


 しかし、1年以上前から宮殿にいるはずのシノロムは、イグノマスに助言をしていること以外に情報が出てこなかった。


 どこからやってきたのかもわからない。

 家族や親族もどうもいないようだ。

 いつの間にかイグノマスの側にいた。


 足取りも終えず、何もわからないことほど疑わしいことはない。


 かなり怪しいので、もしかしたらとベクの元でも何かしてたのではと考えた。

 ベクを内乱に誘ったのはシノロムとすら思えたからだ。


 ロザリナの大会参加偽装と並行して、元獣王親衛隊で王城に長くいたルド将軍に、シノロムについて何か知らないかと尋ねた。


 ルド将軍からはそんなものは知らないと言われた。 

 5年以上前にシアのお守り役になってしまったルド将軍は王城の内情に詳しくなくなっていた。

 シアと一緒に邪教徒を狩りに出かけてからの1、2年はさらに疎くなっていた。


 ただ、王城にはルド将軍の知り合いはたくさんいる。

 今回捕まったベクの部下の獣人たちに、シノロムという年老いた魚人の存在を確認してもらった。


(いないのか。結構いい線だと思ったのだが。ん?)


 ルド将軍はシノロムなんていう魚人はいないという。

 しかし、まだ何か言いたそうだ。

 他に何かあるなら言ってくれと視線を送る。


「怪しい老人が側にいたという者がおったのだ」


「ん? 魚人はいないとは?」


 先ほどはいないと言ったのでどういうことだと思う。


「魚人はいなかった。老体の獣人がベクの近くにいたというのだ。その老人の名前は『シノロム』というのだ」


 内乱を鎮圧した際に捕えた獣人の中に、シノロムと名乗る怪しい獣人の存在があったという。

 たまに現れ、ベクに近づき、以前から何か助言をしていたという。


 今回の内乱の発端も、シノロムの助言によるものの可能性があるとルド将軍は言う。


「その助言は『このままでは獣王になることはない。魚人に伝手があるので、挙兵すれば必ず成功する』とった感じですか?」


 アレンはシノロムが言ったであろう言葉の内容を試しに言ってみる。


「そのとおりであるな。捕まえ獣人たちもシノロムに騙されたと言っておる」


(おお、とうとう見つけたか。それにしても、獣人か。獣人ね)


 シノロムは魚人ではなく、獣人であった。

 これはアレンのように何か姿を変える力があるということだ。

 姿を変え、各国の有力者の中に溶け込んでいた。


 そこまで思考が進んだところで、アレンはヘルミオスを見る。

 ここには魔王軍と戦い続けた歴戦の勇者とその仲間たちがいる。


「もしかして、そのような魔王軍の幹部とか、魔神は見ていないですか? 魔神でなくても魔族だったりとかでもいいので」


 魔王軍は、ただただ脳筋に数にものを言わせて人間たちを滅ぼそうとする。

 そんな集まりではないことは、アレンも邪教徒との戦いで魔王軍参謀のキュベルの話からも分かっている。


「シノロムという魔神や魔族は、僕は見ていないね」


 一緒に話を聞いていたヘルミオスはシノロムなんて知らないと言う。


 魔王軍を指揮する幹部級の情報はとても少ない。

 これは、アレンたちがS級ダンジョンを攻略している中で、ヘルミオスたちとの会話でも分かっていた。


 もう50年以上戦い続けている魔王軍だが、有益な情報はほとんどない。

 どちらかというと、メルスを仲間になって知り得た情報の方が多い。

 そんなメルスも、魔王軍の細かい活動内容は知らないという。


 そもそもで言うと、アレンはヘルミオスからの回答に期待はない。

 S級ダンジョンにいるときから、ヘルミオスにはこれまで戦い倒した魔神、倒せなかった魔神や、取り逃がした魔族の話など聞いてきた。

 そんな中にシノロムなどいなかったからだ。


 いい線を言っていたが、また振出しに戻るのかと思っていた時のことだった。


「シノロム? シノロムか」


 何も得られないと思った時、失った目を隠す眼帯に手を触れながら、ドベルグが呟いた。


「え? ドベルグさんは何か知っているんですか?」


(お? ドベルグさん知ってるの?)


 アレンが期待を込めて尋ねる。


「何か研究員がどうのとか言っていた目玉の化け物を共にした魔族を以前に」


「以前に…… !?」


 ドベルグの言葉を最後まで言わないので、何だろうと思わず督促してしまった。

 しかし、アレンはそこで息を飲む。


 ドベルグの眼光に何者も殺すほどの怒気が込められていたからだ。

 アレンはこの目にどこか見覚えがある。

 以前、学園のころ、クレナに負けそうになったドベルグの表情にそっくりだ。


「そんな研究員の話は僕は知らないな。もしかして、以前、クラシスさんを失った作戦のことかな?」


 ドベルグへ質問することをヘルミオスが代わる。

 何度も一緒に死線を乗り越えてきたヘルミオスがゆっくりとドベルグに語り掛ける。

 ともに戦ったことが多いヘルミオスだが、ヘルミオスが生まれるずっと前からドベルグは魔王軍と戦ってきた。


「やつは、我が殺す。いや、そうだ、我は見つけねばならぬ」


(ん? それがシノロムと関係していると? って、見つけるってクラシスさんのことか)


 アレンは鑑定の儀の時、平民のクラシスは聖女であったこと、農奴のドベルグは剣聖であったことを聞いた。

 実は、このドベルグとクラシスは同じ村の生まれで、夫婦らしい。


 あまり語ろうとしないドベルグの過去を以前に聞いてしまった時、ヘルミオスからドベルグに何が起きたのか教えてくれた。


 ドベルグの妻であるクラシスは魔王軍との戦いで死んだということが、公の話らしい。


 ドベルグの今の態度や話の内容からも、魔王軍に連れ去られてしまったということだ。

 それはドベルグは70歳を過ぎた今でも愛するクラシスを探して50年以上魔王軍と戦っている理由なのかと、ドベルグが魔王軍と戦う理由を知る。


「クラシスさんを奪われたってことかな。何のため?」


 アレンたちのために、人生経験も長く共に何度も戦ってきたヘルミオスが、言葉を選びながらドベルグから情報を得ようとする。


「たしか何かの実験だと言っていた。時空がどうのとか。奴らには気をつけろ。呪いを受けるぞ」


「その目も、その時に?」


「ああ、目玉の化け物の触手に襲われた」


 ドベルグは転職しても癒えない攻撃を魔王軍にうけている。

 教会の話では「呪い」の類らしく、聖女の回復魔法すら弾いてしまうらしい。


(そうか。兵器の開発をする奴が魔王軍にはいるのか)


 アレンはローゼンヘイムで参加した戦争のおりに、情報収集をする目玉の化け物を多く見た。

 目玉に直接蝙蝠の羽のような翼が生えており、敵の視察をしているように思える。


 魔王軍には、回復できない攻撃、情報収取をする魔獣などを研究する部門があり、そこに関わっているのがシノロムのようだ。


 状況の確認が済む中、アレンの中で1つ大切なことに気付いた。


(じゃあ、今宮殿に置いてきた仲間が危ないぞ)


 魔王軍の所属するシノロムが暗躍している宮殿にセシルやペロムスたちを残してきたことになる。


 アレンは、セシルたちのところにいる鳥Gの召喚獣を確認する。

 そこにはセシル、ソフィー、シアの3人は無事にいるようだ。


 しかし、鳥Gの召喚獣をペロムスには着けていなかった。

 慌てて、このS級ダンジョンに来る前に、ペロムスと別れた資料室に、魚Dの召喚獣を向かわせる。


 資料室には誰もいなかった。


(もしかして、ルークたちもか? っていたいた。ルークたちは無事と)


 精霊王ファーブルが一緒にいるルークやフォルマールにところにも魚Dの召喚獣を向かわせるが、彼らはいるようだ。


 再度、ペロムスを見つめるため宮殿に魚Dの召喚獣を全て向かわせる。


「どうしたの? アレン君」


 緊張するアレンの表情をヘルミオスが気付いたようだ。


「ペロムスがいなくなったようです」


 そう言うしか考えられない状況が起きてしまった。


 魚Dの召喚獣3体を使い、調べる範囲をかなり広げてみたが見つからない。

 ペロムスが宮殿から姿を消したのであった。

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