第415話 魔剣

 3体の上位魔神が魔王のいる階層に上がっていく。

 魔王やキュベルたちが見つめる中、話し声が聞こえてくる。


『いや~、やっと終わったぜ~』


 バスクが両手を後頭部で組んで、気の抜けた声で話す。


『バスクが、一番倒した数が少ない』


 メタリックな光沢のある2足歩行の甲虫の姿をしたビルディガが端的に事実を言う。


『何だと! この虫野郎が。捻り潰すぞ!!』


『事実を言っただけだ。それに捻り潰すとはどういうことだ? 分からないから、やって見せてほしい』


『お、面白えぞ。てめえが言ったんだからな』


 バスクは後頭部で組んでいた手をほどき、肩にかけている大剣に手をかける。


『『馬鹿な。貴様ら、ここは魔王様のおわすところ。場所を弁えよ!』』


 2つの顔、2組の手と足を持つラモンハモンがこんなところで喧嘩はしないよう諫める。

 男と女の顔が同時に同じことを話すので、いつも声がハモって聞こえる。


『あ? お前が一番いつも騒いでるじゃねえか』


 1人2役で2倍の声じゃないかとバスクは言う。


『『ほう? 言ってくれたな』』


 ラモンハモンはバスクの言葉を肯定しつつも、2つの顔は静かに激怒していた。


『もう、魔王様の御前だよ?』


 キュベルの言葉とともに、この場にやってきた3体の上位魔神は魔王の前に跪く。


『魔王様、中央大陸北部を荒らす虫共の始末、完了しました』


 アレンが召喚し、万単位に増殖した虫Aの召喚獣を全て倒したとビルディガは言う。


「そうか。ご苦労であった。アレンの召喚獣たちか。どうであったか?」


 魔王は勝った負けた以上に、どういう状況であったのか知りたいようだ。

 ビルディガに対して、戦いの様子を報告するように言う。


『あまりに弱く問題のない相手でございました。召喚獣は召喚士の力に依存するのであれば、召喚士もたかが知れております』


 雑魚過ぎて、分析するほどの相手ではないとビルディガは評する。

 召喚獣たちの動きがアレンのステータスに依存するなら、召喚士の力もそこまでではないと言う。


「ほう、そうか」


『しかし、油断は禁物だよ。僕が初めて会ったのは、ローゼンヘイムだけど、恐ろしい速度で成長しているね。もしかして、成長速度を上げるスキルを持っているかもしれないね』


 ローゼンヘイムと邪教徒との戦いを見てきたが、まだ何年も経っていないのに常軌を逸した速度で強くなっていると分析する。

 原始の魔神と呼ばれるキュベルであっても過去にないほどの速度なのだろう。


『油断はしていない。状況を報告しただけだ』


 聞かれたことを答えただけだとビルディガは言う。


『『召喚獣になったとされるメルスがその場にいなかった。恐らく、手の内をさらしたくない実情があったかと推察します』』


 端的に説明をしたビルディガに付け加えるようにラモンハモンも捕捉する。


「力を出しきっていないかもしれぬか。新たな英雄は用心深いようだな」


『『それが、総評かと』』


『皆ご苦労様だよ』


 上位魔神が3体出れば、確かに雑魚であるのは間違いないが、底も見えないので油断しない方が良い。

 こういった考えでこの場の意見が魔王の間で纏まり、キュベルが労いの言葉を送る。


『『次は、どちらを攻めますか。今は、人間世界による侵攻が進んだ状況。我らも力を示す時かと進言します』』


 ラモンハモンが次の指示がほしいと言う。

 今まで手加減をしてやっていたが、中央大陸の北部がほぼ完全に人間側に落とされた状況にある。


 このままでは捨て置けないと3体の上位魔神で、アレンの送った虫Aの召喚獣たちを殲滅した。

 それだけでは済ませない方がよく、これは魔王軍の力を示すべき時だという。


「ふむ」


『『転職ダンジョン、もしくは、現在、アレン軍、勇者軍が活動を活発化させているS級ダンジョンがある街への侵攻を許可してください』』


 アレンの寄こした召喚獣がこんな雑魚なら2つの街を攻め滅ぼせる。

 この2つの街は、現在人間側の重要な活動拠点になっているのは間違いがない。


 叩くべきはこの2つの拠点だとラモンハモンは魔王の許可を伺う。


『今は、邪神の復活を何よりも大事にすべき時だよ。ラモンハモン将軍』


 街や拠点を攻め滅ぼすべき時ではない。


「そうだな。軍を分けてはならぬ。邪神の復活へは総力戦で臨め」


 お前らの仕事はあると言う。


『魔王様、3体の上位魔神が必要であると?』


「そうだ」


『御意』


 ビルディガは疑っているのではなく、ただ確認するだけなことを魔王は知っている。

 この中で唯一冗談というものが通じないビルディガの扱いに魔王は慣れているようだ。


 そして、魔王がそのように決めたのであれば、従うまでということだ。

 次にすることも決まったなという空気が魔王の間で流れる。


『魔王様、俺、今回の作戦結構頑張ったんだけどさあ~』


「ほう? どうしたのだ?」


 何の話だと魔王は視線を不満そうな顔をするバスクに向ける。

 バスクは十分に働いたので、どうやら褒美が欲しいようだ。


『そんなことはない。バスクの働きが一番悪かった』


 ラモンハモンとビルディガとバスク3体の上位魔神による作戦で、バスクが一番召喚獣を倒していないとビルディガは言う。


 魔王はゆっくりとキュベルを見る。

 とりあえず、話を聞いてやってほしいと仮面の下の視線で訴えるので話を聞くことにする。


『そうなんだぜ。俺は、獣じゃねえんだよ。得物が無ければ、今後も十分に活躍できないと思うぜ』


 ビルディガのことを先ほどは虫扱い、今回は獣扱いされてしまったようだが、何も言わない。

 感情の起伏がとても小さいようだ。


「得物か? そうだな。たしか、前の戦いで武器を奪われたんだったな」


 魔王は邪神教との戦いのおりに、バスクがアレンにオリハルコンの大剣を奪われたことを思い出す。

 追剥のようにアレンが武器を奪った。


『何でも、すげえ剣がこの城の宝物庫にあるっていうじゃないか。俺にくれよ!』


 バスクが目を輝かせ、両手を差し出すように魔王に求める。


「剣か。オリハルコンの剣が何本かあったな」


 この魔王の住む城である魔王城には宝物庫がある。

 宝物庫の中の秘宝について、魔王は頭を巡らせ、バスクが装備できるオリハルコンの大剣について頭を巡らせる。


『ちげえよ。魔剣があるって聞いたぞ!』


『バスク。そろそろ、いい加減にするんだよ』


 キュベルがバスクの言葉使いを窘める。


『あ、ああ』


 確かに口が悪かったなと謝りもせず、ぎりぎり反省している感を出す。


「魔剣オヌバか……。装備できるなら、使っても良いぞ」


『おお、マジかよ! やったぜ!!』


 そう言って、まだ話の途中なのに、魔王のいる階層からすごい勢いでバスクが居なくなる。


「やれやれ、相変わらずだな。それでバスクは魔剣オヌバを装備できるのか? あれは余でも扱いづらいぞ」


 魔王はバスクの態度にため息をつきながらも、キュベルに確認する。


『バスクなら扱える可能性が高いですね。彼にはまだ、エルメアが与えた「フル装備」の加護が生きています。まあ、魔剣に飲まれる可能性もございますが』


 バスクを魔王軍側に引き込んだが、エルメアが与えた加護は有効なはずだとキュベルは言う。


「そうかそれなら良い。お前たちも欲するなら与えよう。だが、邪神を必ず復活させよ。余は邪神を欲している」


 できることは全てしよう。

 魔剣が欲しいなら提供しよう。

 だから、やるべきことを必ずやれと目の前の魔神たちに言う。


『『は!』』

『御意』


「人間どもを生かしている時間は終わろうとしている。邪魔する者も、目障りな者も全て殺してしまえ。次の戦いは総力戦になるぞ」


 皆に改めて、そう言って、深く椅子に座った。

 上空を見つめる魔王には、バスクにはない欲望をその瞳に宿していた。




『こっちだったよな。この辺かな? 普段こねえんだよな。お? この部屋だよな?』


 魔王が思いをはせる中、バスクは裸足でヒタヒタと魔王城を走っている。

 すると、宝玉の埋まった巨大な扉のある部屋にたどり着く。


『これはバスク様。申し訳ございません。こちらは魔王様の宝物庫になっております。許可は取っているのですか?』


 門番の肉体は石像でできていて、宝物庫を守る門番が、ここには入る許可を確認する。


『あん? 当然とってるに決まってんだろ! どけやおら!!』


『げふぁっ!?』


 折角いい気分でここに来たのにと門番を蹴り上げて、バスクは宝物庫の中に入っていく。


 そこは金銀財宝や、おどろおどろしいアイテムが視界全体に広がっていた。

 とても大きな宝物庫で、目移りをさせながらも進んでいくと、一本の漆黒の大剣が台座に刺さっていた。


 これかこれかと、力任せに台座から引き抜こうとする。


『ふんぬ! なんだこりゃあ!! 抜けねえぞ!! んがああああ!!』


 バスクが血管を浮かせ、両手に全力を籠めるがびくともしない。


『て、てめえ! 汚ねえ、手をどけろ!! 何、俺様を触っとんのじゃい!!』


 すごく汚い言葉で剣が罵声をバスクに浴びせる。


『あん?』


『ぶちのめすぞ、おら! 「あん?」じゃねえぞ! きやすく握ってんじゃねえぞ。このクソガキが!! 俺様が誰だか知ってんのか? ああ!?』


 さらに汚い罵声を吐きつける。


『お前が魔剣オヌバだよな?』


『ああ、なんだ知ってんのか。分かってんなら、消えろ。俺は寝ていたい』


 何も話すことはないと魔剣は言う。

 それから台座から引っこ抜こうとする手に力を入れるが、もうびくともしなくなった。

 魔剣の態度からも諦めて出て行けということだろう。


『……おい、何、寝てんだよ。俺は聞いているぞ。お前、大地の神ガイアに居場所を奪われて、暗黒神のババアに泣きついたらしいじゃねか』


 バスクは無言になってしまった魔剣に話しかけることにする。


『あ?』


 魔剣が疑問符を出す中、魔剣のこれまでの経緯について、バスクが語りだした。


『それで、暗黒神にすがったものの、魔界にも行けずに、こんなところで飾られたんじゃ世話ないぜ。マジでうけるぜ。何が「寝ていたい」だ。ぐひゃひゃ!!』


 地面を転がるほどの勢いで腹を抱えて笑い出した。


『そうだな。面白えよな。ははは! だから、死んでろや!!』


 静かな口調から一変して、怒りを込めた口調になった。

 魔剣の口調が変わったと思った瞬間、台座から魔剣は抜け、漆黒の刀身が一気にバスクに迫る。


 グシュ!!


 一瞬の判断で、バスクは拳を出して急所の守りに入るが、手の甲をたやすく貫通し、さらに深々と魔剣がめり込んでいく。

 バスクの命を奪おうと心臓目掛けてゆっくりと、胸に食い込んでいく。


『その勢いやよし。いいねいいね。おい、オヌバ。俺と共にこい』


 バスクはさらに肉体に力を籠め、剣の進行を停止させる。


『あ?』


『俺には武器が必要だ。魔剣のお前がいれば、俺はもっと強くなれる。だからこい!』


 拳から吹き出す血も気にせず、ニヤニヤしながらもバスクは魔剣に対して説得をする。

 何のメリットも提示しない、あまりにも一方的な要求だ

 

『……俺が欲しいか。俺は大地の神ガイアを殺したい。あそこは俺の居場所だ』


『あん?』


 バスクの求めには答えず、魔剣は自らと同じ立場にいる大地の神ガイアを殺したいと言う。

 魔剣もずいぶん一方的な性格のようだ。


『だから、力を貸してやる。ガイアは殺してくれるよな?』


 魔剣が力を貸す交換条件に大地の神ガイアの討伐を上げる。


『おお! いいね、そうこなくっちゃ』


 そう言って、バスクは貫かれていない方の手で魔剣を握りしめる。


『俺の属性は土と暗黒だ。しっかり扱いな。あと暗黒神様をババアと二度というな』


 暗黒神への非礼は許さぬと魔剣は言う。


『おお、2属性持ちで、つうか、やっぱ暗黒だったか。俺はとうとう暗黒属性の武器を手にすることが出来たぞ!!』


 バスクには「ババア」と言うなという忠告が耳に入ってこなかった。

 世界最強にして、不可侵の属性とも言われた暗黒属性の武器をとうとう手にしたぞと心が躍る。


 これで、神聖属性など一部を除いて、他の属性に対して圧倒的優位に立ったのかと感動しているようだ。


『そうか、俺が装備できるのか。おい、バスク。あそこに浮いているバンドも装備しろ』


 当たり前のように魔剣オヌバを握りしめ、装備したバスクについて、少し理解が進んだようだ。


『あん?』


 魔剣が自ら向きを変え、剣先で示しているのは別の台座であった。

 何か、茨のようにトゲトゲした帯状のものがビクンビクンと、まるで生きているかのように脈動しながらも浮いている。


『あれはゲヘナバンドだ。耐久属性を暗黒に変えてくれる。耐久力も結構上がるぞ。装備しろ』


 耐久属性を交換する、最上位属性の暗黒に変えてくれる。

 それも持っていけばいいと言う。


『まじか。耐久属性も暗黒にできんのか!』


 巨躯を思わせない、軽快なステップで波打つように宙に浮くゲヘナバンドに手を取った。


 シュルシュルシュル


『よし』


 魔剣は勝利を確信したかのように呟いた。


『何が良しだ? ガハ!?』


 グチャ!!


 ゲヘナバンドがバスクの体に纏わりつき始める。

 そして、帯のトゲをバスクの体にメリメリと深く刺し始めた。


 ゲヘナバンドはさらに強く締め上げ、バスクの体が耐えきれず、全身から大量の血を噴き出し始める。


『馬鹿が。暗黒神様の着ていた衣装から作られしゲヘナバンドだ。貴様ごときが装備できるわけないだろう? これで、こいつをデクにして、俺が操れば良い。名案だな』


 バキバキ!!


 ゲヘナバンドは、バスクの全身に纏わりつき、収縮を始める。

 バスクの骨があちこちで砕け、巨躯のバスクの肉体が一回りも小さくなっていく。


 しかし、ある程度小さくなったところで、ゲヘナバンドによる締め付けが止まってしまった。


『……す、すげえ!!』


 皮膚が裂け、肉が吹き出す状況でバスクは感動の声を上げた。

 バスクの体から、キールが回復魔法を唱えた時と同じ神聖文字が現れ始める。


『な!? こ、これはエルメアの! き、貴様、エルメアの加護があるのか!!』


 バスクの体に現れた神聖文字の意味を知り魔剣が驚愕してしまう。

 地に着いた体を起こしたバスクが力任せに今一度立ち上がった。


『おお、いい感じだぜ』


 血を噴き出すその体をものともせずに、魔剣の驚きも意に介さず、ゲヘナバンドの装備具合を確認しているようだ。


『……』


 無言になった魔剣が、ようやくバスクという者を理解し始めたようだ。


『さて剣も防具も新調したことだしよ。ドゴラつったか? グッチャグチャのひき肉にしてやるぜ! いひひひひ!!』


 ドゴラに袈裟懸けに切られ、その後、溶接したかのような体の斜めに入った傷跡に触れる。


 新たな力を得たバスクに、ドゴラとの戦いの記憶が蘇る。

 真っ先に殺したい相手がいるようだ。

 新たな力を得たバスクはこれから始まる戦いに狂気の笑みを零すのであった。

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