第416話 女子会
アレンたちが宮殿で活動が自由になっている中、セシルたちはラプソニル皇女とともに宮殿の近くにある離宮にいた。
イグノマスの配下の騎士たちが出入り口を封鎖しており、自由の効かない隔絶された場所だ。
アレンの作戦で、セシルたちを離宮に潜入させる形をとった。
プロスティア帝国も帝都パトランタも未知な部分が多く、知りたい情報は多かったからだ。
この情報とはイグノマスであったり、ベクの所在にかかわらずのことだ。
このイグノマスの内乱が終わった後もプロスティア帝国とは良好な関係を構築していく必要がある。
「なるほど、以前はクレビュールにも足を運んだことがあるのか」
何か有益な情報がないか会話を通じて、あれこれ聞きだすことがセシルたちの役目だ。
今は食堂で皆集まり、シアが、ラプソニル皇女が成人して15歳になる前の出来事について語ってもらっている。
なんでもプロスティア帝国の皇族として、クレビュール王国に足を運んで地上を見ることもあったらしい。
「はい。地上も新鮮でしたわ。ただ、この足ですと、自由に移動するのも難儀しました」
そう言って下半身魚人の尾を皆に見えるように動かす。
ラプソニル皇女はセシルたちの話を無下にはせず、あれこれ答えてくれる。
すでに助けたラプソニル皇女の母である皇后には、2本の足があった。
皇族の子供たちも多く助けたが皆、下半身が魚の姿をしておらず、2本の足があった。
ラプソニル皇女が水の神アクアの眷属である聖魚マクリスの血を濃く引いた特別な存在であることが分かる。
「ほう、それは樽などに入って移動するのか?」
「そうなんです。専用の籠を用意していただいておりますわ」
シアは少し冗談を込めて言ったが、その通りであった。
『……』
すでにアレンという存在について事情の説明は済んでいる。
セシルの服の中から姿を現した鳥Gの召喚獣を通して、アレンも話を聞いている。
体の半分魚人のため、ラプソニル皇女が地上を見学する際、入れ物に入れられ移動したという。
その入れ物が、樽なのか、籠なのか、水槽なのか、正直どうでもよいと思いながらも、話の腰を折ることはしない。
「今回の騒動が終われば、ぜひアルバハル獣王国へ来てほしい。歓迎しようぞ」
アルバハル獣王国の獣王女として、プロスティア帝国の皇族を自国に誘う国益は計り知れない。
自らの国益を視線に込めるのは獣人らしさでもある。
「ありがとうございます。そうなると良いのですが……」
そう言ってラプソニル皇女の顔が曇る。
現在、離宮に軟禁された状態で、帝国はイグノマスに支配されつつある状況。
自らは、イグノマスの妃になれと迫られている未来のことを考えるとどうしても暗くなってしまう。
「以前も言いましたが、イグノマスの時代は長くありません。内乱は失敗に終わりますわ」
ソフィーがはっきりと、イグノマスは滅びると言う。
セシルたちは既に自分らのことについて話をしてある。
そして、イグノマスは現在、ベクを追っているし、あれこれ情報を提供してくれるので生かしている。
イグノマスは、毎日のようにセシルたちが女子会をしている、離宮のこの食堂に顔を出す。
そして、自らの功績や軍門に下った貴族たちの話を自慢しに来る。
イグノマスの行動原理もあって、アレンはセシルたちを離宮に送る計画を立てた。
プロスティア帝国の一般的な内情が知りたいだけならすでに助けたドレスカレイ侯爵や皇后で足りる話だ。
ラプソニル皇女には、ドレスカレイ公爵や皇后が牢獄に入れられた後も、イグノマス経由で入ってくる情報がある。
イグノマスは阿保なのか、セシルたちギャラリーが増えて気分が上がっているのか、おおいに語ってくれる。
「ほ、本当でしょうか。イグノマスはプロスティア帝国最強です。敵うものなどいるはずが……」
プロスティア帝国は大きな帝国なので人口も多く、剣聖などの星3つよりもさらに希少な、星4つも生まれる。
1人が万の力を手にすることができるこの世界において、星4つの槍王であるイグノマスの強さに敵う者がいるのかと懐疑的だ。
「あんなのに負けるほどアレン様は弱くありませんわ」
「あんなの……」
ソフィーの言葉にラプソニル皇女は絶句する。
ラプソニル皇女はこの姿であるので、プロスティア帝国の王位継承権1位の立場にある。
同じく大国であるローゼンヘイムの王位継承権1位のソフィーからこんなことを言われるとはと思う。
「イグノマスは、歌姫コンテストで民の前で討たせていただきます。よろしいですね」
「もちろんです。ただ、民にイグノマスの鉾がいかないようにお願いしますわ」
「そこまでの大事にはしませんわ」
どうやってイグノマスの時代を終わらせるのかについて話はつけてある。
イグノマスが内乱を起こしたことは帝国内でも周知の事実だ。
イグノマスはこれでも力をもってプロスティア帝国を転覆させた。
これを覆すのも、帝国臣民、そして聖魚マクリスのいるときに限る。
多いに盛り上がる大会になるとソフィーは強い口調で言う。
ラプソニル皇女はそれほどまでかと鳥Gの召喚獣を見つめる。
アレンはイグノマスに金貨1000万枚を3ヶ月で稼ぐと約束をした。
しかし、それはイグノマスの元で活動しやすくするための大ボラだ。
イグノマスのために金貨を稼ぐ予定はまったくないし、そのような行動もとっていない。
しかし、アレンの力を知らないラプソニル皇女の顔が不安になるのも仕方ない。
簡単に信じることができないということも理解しつつ、何か必要な情報はないかと考える。
「あら? あんな所に柱が?」
不安になったラプソニルの気分を変えようとセシルが話題を探す。
窓を見ると、昨日まで無かったものが視界に映った。
水晶花と同じように明かりを照らす光の柱のように見える。
そんなものが離宮の食堂の窓からも見える高い位置まで伸びている。
「ああ、あれは水晶花の花柱です。これから水晶の種子を飛ばすので、これからもっと大きくなりますのよ」
『ほう』
鳥Gの召喚獣がこの話に反応を示す。
今のを詳しく深堀するようにセシルに視線を送る。
「それはどういったことでしょう。新たな水晶花になる種をまくということでしょうか?」
「はい。プロスティア帝国は水の神アクア様の加護の元に暮らしております。この水晶花もその1つです」
水晶花の種子は水晶の種と呼ばれているという。
そういってラプソニル皇女は語りだす。
なんでも、この水晶花は水の神アクアの神力で造られた花であるという。
光の降り注がない海底に光を与える水晶花は、それだけの力ではないらしい。
海底にも多くの魔獣がいるのだが、水晶の種は魔獣から魚人たちを救う破魔の力があるという。
「そういえば、プロスティア帝国の輸出するものの中に、破魔のお守りというものがあったかしら?」
セシルがクレビュールで聖殊をもらった時、プロスティア帝国の特産品について聞いたことを思い出した。
船底につけるタイプで、魔獣が船に寄り付かなくなるという。
貴重なプロスティア帝国の収入源だったはずだ。
「そうです。よくぞ御存知で。水の神アクア様の加護により私たちは守られているのです。セシルさんは物語がお好きであったわね」
ラプソニル皇女はセシルからずいぶん熱心にプロスティア帝国物語を聞かされた。
「はい。もしかして、海の怪物から守ったのも水晶花のお力ということかしら?」
「そのとおりですのよ。水の神アクア様は魚人たちの祈りを聞き入れてくださいました」
プロスティア帝国には、たまに暴れて悪さをする「海の怪物」と呼ばれる魔獣がいるという。
それはSランクの魔獣にも匹敵する程の力を持ち、一度暴れだせば、多くの魚人が犠牲になるとか。
聖魚マクリスはこの巨大な水晶花の力も借りて、「海の怪物」を命懸けで封印したとプロスティア帝国物語では描かれていた。
「では、この水晶の花の中に怪物がいるってこと?」
セシルがギョッとしながら下を見る。
絵本の中に出てくる「海の怪物」はとても醜い姿をしており、それはこの世の終わりだと思われる。
これを読んだセシルは夜中に1人でトイレに行けず、屋根裏に眠っているアレンをたびたびたたき起こしたのはまた別の話だ。
「そうなのです。この巨大な水晶花は、海の怪物を封印するためにこのような大きさになっているのです」
100キロメートルにもなるこの巨大な花の大きさには理由があった。
プロスティア帝国はもともと水晶花の近くの海底に帝都パトランタがあった。
聖魚マクリスが海の怪物と戦い、そして、戦いの終わりに巨大な水晶花がそびえていた。
水晶花の明かりと守りの加護に照らされ封印が終わった水晶花の上に遷都したという。
なんでもこれだけ巨大な水晶花だと、海の怪物を封印するのはもちろんのこと、Bランク以下の魔獣は一切寄せ付けないらしい。
海の怪物が花の中に眠っている以上の恩恵が魚人たちにあるという。
「そのようなことが……。まるでアレンの……」
そんなことを考えながらも、セシルはアレンの召喚獣を思い出す。
これはまさにアレンが使う金の豆、銀の豆の効果だ。
メルスの話では、既存の職業や神々の加護の力から、召喚獣の特技などを設定をしているという。
魔獣を寄せ付けない破魔の力を持つ草Aの召喚獣の元となる効果は水晶花なのかと予想する。
「代々、水晶花の中にいる怪物が暴れださないよう見守ることこそ、私たちプロスティア家の役目なのです」
皆が息を飲む中、ラプソニル皇女は誇らしく口にする。
自らの血筋と皇族としての役目を語るラプソニル皇女に自信が戻ってきたようだ。
水の神アクアの加護、聖魚マクリスの血を持つことはプロスティア家が、この広大な海底の大帝国を支配するには十分な理由のようだ。
「水晶の種ですか。やはり、光り輝いているのかしら」
「一生忘れられない光景になりますわよ。是非、皆さまにも見ていただきたいです」
水晶の種は歌姫コンテストの時、一斉に種子が大海を満たすように飛ぶ様を見てほしいという。
『水晶の種ね……』
そんな中、アレンはその言葉をもとに新たな行動を決めるのであった。
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