第413話 キールの願い③
「……ああ、これでよかったんだ」
キールは頭を伏せ、目の前に座るインブエル国王にも聞こえないほどの声で、言い聞かせるように呟いた。
キールは鑑定の結果、5歳の時から、家からずいぶん離れたところで数人の使用人と貴族とは言えないような貧しい暮らしをしてきた。
そして、王家の使いとの話で学園に通うことになり、それから学園で自分の父が何をしたのか、何故学園に通うようになったのかアレンやセシルから聞いた。
最初に父であるカルネル元子爵について思ったことは『ざまあみろ』だった。
自らをこのような目に遭わせた父が、牢獄に入りひどい状況にある。
動乱罪まで適用された罪の重さから、絶対に牢獄から出てこれないとグランヴェル伯爵に教えてもらった。
母であるカルネル元子爵夫人は、父ほどの罪ではなく、王都から随分離れた場所にある隔絶された座敷牢のようなところにいるという。
何でも罪を犯した貴族子女が隔離される場所だという。
自らの両親の境遇に自業自得だと思った。
学園で仲間になったアレンたちと行動を共にするようになり、ダンジョンを攻略し、生活にゆとりが出来てきた。
妹のニーナや、付いてきてくれた使用人たち、自らが保護した幼い使用人たちに余裕が出来てきた。
キールに余裕が生まれ、妹のニーナの笑顔がだんだん戻ってくると、父親の顔が過るようになってきた。
両親の顔を忘れるよう、学園では世話になった教会で、傷を負った者に回復魔法をかけてあげるなど善行を積んだ。
それでも両親のことが頭から消えなかった。
アレンの仲間になって、自ら激しい戦いに身を置いていく。
ローゼンヘイムでは万を超える大勢のエルフたちを救った。
前人未踏のS級ダンジョンを攻略し、邪神教の教祖の手からエルマール教国を救った。
多くの者たちに感謝をされ、教皇見習いという身に余る立場になった。
しかし、両親のことが頭から消えない。
鑑定を受ける前の、優しかったころの父の表情が頭を過る。
セシルがたまにアレンの従僕時代の話を、武勇伝のように語る。
それをどんな表情で聞けばいいのか分からない時がある。
そんな、自分の元にドベルグから、ラターシュ王国がお礼をしたいと言っていると伝えられた。
通信の魔導具を使って連絡をすると、「キールを子爵に戻す、カルネル領も元に戻す。褒美はそれで良いか」とラターシュ王国の役人から言われる。
キールは「少し待ってほしい」と自然と口から出た。
両親のことが脳裏を過ったからだ。
ここでそのことを口にするわけにはいかなかった。
可能か、不可能か、役人に確認する前に聞かないといけない当事者たちがいる。
キールは「褒美については考えさせてほしい」とだけ伝えた。
キールが褒美に何をしてほしいのか、貴族たちも理解した。
誰もが、そのようなことをとキールを見る。
貴族は、特権階級なので、羽目を外し、罪を問われる者も多い。
それを子が自らの功績で恩赦など、そうそう言えるものではない。
まるで、何かの英雄伝を見ているかのような視線でキールを見る。
「先代の罪を無くせと」
キールが、これまでのことが走馬灯のように頭を過ると、インブエル国王が改めて問う。
「はい。お願いします」
キールは自分の考えに誤りがないと言い聞かせる。
その顔には本当にこれでいいのかという迷いがあった。
「ふむ」
玉座で頬杖をつきながら、インブエル国王は考える。
(既にインブエルに話が通っているって聞いたんだけど。考えている感出しているね)
この話をキールから聞かされたのは、アレン軍と勇者軍の共同演習があって数日ほど経ってのことだった。
『どうしても話したいことがある』
そう言ってキールが父と母への恩赦を考えていることを告げられる。
セシルは叫ぶことも激高することもなかったが、思いのほかショックを受け即答ができなかった。
カルネル元子爵にどれだけのことをグランヴェル家がされてきたのか、子供ながらに見てきたし、自らも攫われ命の危険にさらされたからだ。
そんなカルネル元子爵はグランヴェル家の変で、騒乱罪の適用を受け捕まったが死罪になることはなかった。
先代のカルネル子爵は、ミスリル鉱山の潤沢な資金を使い、王国内で横暴にふるまってきた。
特に魔王軍の侵攻が開始された以降の数十年は、王家も貴族も金がなかったのでやりたい放題であったという。
カルネル元子爵から、100年以上金を貰い続けた王家は、カルネル元子爵を牢獄に入れたままにしておくということで忘れることにした。
戦乱と動乱が続いた時代に、王家とカルネル家は持ちつ持たれつであった。
キールからこの話を聞いたアレンは、キールのこれまでの行動に納得した。
アレンにはキールが何かに悩んでいることは気付いていたが、両親のこととは確信が持てなかった。
キールは善行を重ねながら、家族に何をすべきかで悩み苦しんでいた。
セシルもキールの苦悩が分かったようだ。
だから、キールからの提案に一言も異論を唱えず飲み込むことにした。
キールはもう10年以上過去に囚われてしまっていた。
過去の経緯で、キールの未来は奪わせないという結論がアレンたちの中で早々に出た。
すぐにグランヴェル伯爵と相談し、同じく王城の中にいるハミルトン伯爵にも話を通した。
ハミルトン伯爵からは、それは助かると言われた。
グランヴェル家の変はカルネル家がグランヴェル家への暴虐を行い、グランヴェル領の領主が王家を動かし、投獄したという結果で終わっている。
これは、今後100年以上、キールやセシルの両家の子供や孫の世代にも尾を引きかねないことらしい。
貴族とは歴史と過去を大事にするので、今回のキールの行いは両家にとってためになると言う。
グランヴェル伯爵は、セシルが許せるのかだけ確認をし、協力してくれた。
「そうか。では連れてまいれ」
既に用意した答えをインブエル国王は言い放った。
その言葉と共に、謁見の間の大きな観音開きの扉が開く。
ざわつきながらも扉の先に全ての者たちが目を向ける。
「歩くのだ」
「は、はい。ほ、本当に釈放されるのですか?」
「それはこれから決まることだ。黙って歩くのだ」
「は、はい」
そう言って、ズタボロの服を着た、まだ手枷を付けたカルネル元子爵を騎士が紐で引くように謁見の間に連れてきた。
その後ろから手枷もなく平民の格好をしたカルネル元子爵夫人も、頭を下げ付いていく。
この日のために、夫人も運ばれてきたようだ。
そのまま、2人をキールの真横まで連れて行き、跪かせる。
(ガリガリだね)
カルネル元子爵はアレンが従僕だった頃の面影がほとんどなかった。
肥太った体は牢獄の中で骨と皮だけになり、手枷を持ち上げる力もないようだ。
「……」
キールは無言で変わり果てた両親を見る。
何かの答えを確認するようだ。
カルネル元子爵は、なぜこのような煌びやかな場所に自分がと思いながらも視線に気付いた。
横に座る金髪の男にどこか見覚えがあるようで、凝視してしまう。
朧気ながら、遥か昔の記憶が脳裏によぎった。
「え? キールか。お前はキールなのか。何故そのような恰好を?」
朧気に霞んで見えた幼少期のキールの顔を思い出す。
この髪型も、この目付きもどこか遠い昔に捨ててしまった自らの子の顔の特徴をしていた。
「あなたはキールなの?」
その言葉にキールの母親も気付いた。
キールは母親似なのかとアレンは思う。
「お父様、お母様、御無沙汰しています」
5歳の頃別れた親子は10年以上ぶりに再会を果たした。
「連れてきたぞ。どうするのだ? 領地と爵位か家族の釈放か、好きな方を選ぶがよい」
インブエル国王は、両親の顔を見てなお、どちらを選ぶべきか考えよと言う。
「こ、これは、どういうことでしょうか?」
「国王陛下に話しかけるではない!!」
「ふ、ふぐ!? も、申し訳……」
まだ状況が分からないカルネル子爵が国王に話しかけようとすると、宰相が止めに入る。
そして、カルネル元子爵を押さえ込む騎士の手に力が入る。
カルネル元子爵はもう心身共に涸れ果ててしまったのか、大きな声で泣き叫ぶこともできない。
目の前に騎士の圧倒的な力で潰される父がいる。
骨はメキメキと音を立て、ギリギリ殺さない程度の力を入れているようだ。
「止めろ! オールヒール!!」
キールの口から当たり前のように制止の言葉と、回復魔法の呪文が出た。
金色の神聖文字がカルネル元子爵を包むように生じ、そして周りに広がるように、一気に謁見の間を輝きで満たす。
聖王になったキールの最大回復魔法だ。
「ひ、ひいい!?」
キールのあまりの神聖さに、騎士は腰を抜かし、後ずさりをする。
「大丈夫ですか! お父様!!」
「ああ、だ、大丈夫だ、あ、ありがとう……」
キールの圧倒的な回復魔法でカルネル元子爵の生気が戻った。
「はは、そうか。これが正解なのか。ただただ救えばよかったのか」
安堵する自分の中で、キールは自らの行いに正解を知った。
無事を確認する自分の行動に誤りがないことを確信したキールの表情から、迷いが消えていく。
(よしよし)
アレンはセシルを見ながら、これで良かったと視線を送った。
「自らの子の功績を知らぬようだ。もう一度キール=フォン=カルネルの功績を言うのだ。手短にな」
キールが使った回復魔法には触れないようだ。
「は!」
そう言って、宰相はキールの功績の説明を簡潔に説明する。
そうなのかとカルネル元子爵は黙って聞いている。
「キールは、この功績により子爵の地位とカルネル領の完全な復興を果たすことができる。しかし、両親の恩赦を求めているのだ」
「そ、そんな」
カルネル元子爵は自らの手枷を見て、何が起きたのか理解した。
「家族の行いは、カルネル家の当主である私が背負います。ですので、2人の恩赦を賜りたく存じます」
そう言って、キールは再度深々と頭を下げる。
そこにはもう迷いはなかった。
「そうか。考えは変わらぬか。この場において、物申したい者はいるか?」
インブエル国王は謁見の間に響く声で誰も意見がないか問う。
グランヴェル伯爵もセシルも何も言わない。
「では、キール=フォン=カルネルの功績に対する褒美として、カルネル元子爵及び夫人の恩赦を与える」
インブエル国王が宰相を見るのは、「そこからの説明をせよ」という意味が込められている。
「国王は恩赦を与えた。しかし、両名には一定期間の移動の制限が課せられる。カルネル領から出てはならない。専用の魔導船が明日出航するため、それに乗ってカルネル領へ向かうのだ」
(執行猶予的な奴か)
いきなり完全に無罪放免にはしないという。
キールの言葉のとおり、もし、両名が少しでも魔導船に乗ってどこかに行けば、それは当主であるキールの責任だと言う。
それでも良いかと宰相はキールに問う。
「はい。それでお願いします」
「では、手枷を外すのだ。これにて報酬の儀を終了とする」
騎士たちがカルネル元子爵の手枷を外す。
パチパチパチ
沈黙を打ち破るかのように枢機卿が拍手を始めた。
それに呼応するかのように貴族たちが一斉に拍手を送る。
貴族たちは自らの立場や領土よりも、両親の無罪を勝ち取った男の行いが清らかであると感じたようだ。
これが、これから教皇になる男の行いかと誰もが納得する。
どんどん大きくなっていく拍手の中、国王、王族と謁見の間から出て行く。
すると、枢機卿がキールの元にやってくる。
「さすが、キール様。このようなこと、誰もができるわけではありません。両親については私たちで見ていますので、どうぞ聖道を歩まれてください」
エルメア教会が両親を監視するので、自らの道を進むよう枢機卿が言う。
「ありがとうございます。何か、お力添えをしてくださったようで」
「いえ、これで大教皇様をお救いになったことへのお礼が返されるなら。それでは」
そう言って枢機卿も出て行くようだ。
「立てますか? お父様」
「あ、ああ」
そう言って、待合室に戻るようだ。
アレンたちも後ろからついていく。
「これで本当に良かったのか?」
王族に身を置くシアが難しい顔をして、カルネル子爵の肩を持って運んであげるキールを見つめる。
「そうだな。1つの正解じゃないのか」
(ああ、自分の兄のことを思い出したのかな)
さっきからずっと難しい顔をシアがしているわけがなんとなく分かった気がする。
シアはキールの行いを見ながら、自ら何をすべきか決断しているのかと思う。
皆が待つ待合室にゾロゾロと向かう。
「お、お父様!!」
扉を開けるや否や、キールの妹のニーナがカルネル元子爵に飛びついた。
「お、おお、ニーナも大きくなったな」
4年ぶりの再会のニーナは、随分大きくなっていた。
「ああ、お父様、お父様ああああ!!」
そう言って、ニーナは悪臭漂うカルネル元子爵のぼろ雑巾のような服に顔を埋める。
この時、カルネル元子爵はキールの温かい視線を感じた。
「き、キールよ。我は、わ、我は……」
ニーナを抱きしめて、ようやく実感してきたようだ。
「何も言わなくて大丈夫です。私にはやることがあります。カルネル家とニーナは、その間お任せします」
迷いがなくなったキールは、それだけで謝罪は不要と一滴の涙を零す。
(救われたのはキールか。一歩先に大人になってしまったな)
両親を救い、自らの道を歩み始めたとアレンは思う。
「ああ、そうだな。え? どこかに行くのか?」
状況についていけないカルネル元子爵は一緒に領に帰ると思っていたが、キールはカルネル領には行かないようだ。
そう言えば、聖道がどうのこうのと言っていたことを思い出す。
「はい。あなたの子、キール=フォン=カルネルは、仲間たちと共になすべきことがあるのです」
「そ、そうか。我は間違っていたのだな」
謝罪すら求めない我が子に、自らの過ちに気付かされる。
目の前の10年以上前に捨てたと思っていた子が、救いの手を差し伸べてきたことに後悔の念を覚える。
「さて、明日までこの部屋は使っていいって話だしな。キールも今日くらいこの場にいていいんじゃないのか。とりあえず、風呂に入ってほしい」
(さて、これで一件落着か。まあ、インブエルがのうのうとしているけど、いやこれも今更か。キールを見習わないとな)
セシルを攫い、その後の顛末において、結局1人だけ何もなかったことになっている国王のことを考える。
しかし、今となっては、とうの昔に起きたこと。
国王などと、思えるほどのことをキールが見せてくれた。
そう思いながら、アレンは待合室にいた家族を見回す。
せっかく家族が揃ったので、皆で語らいたいと思う。
ドゴラは、男爵になったことを、恥ずかしそうに両親に報告をしているようだ。
皆が皆、がやがやとなってきたところで、頼んでおいた食事が運ばれてくる。
悪臭漂うカルネル元子爵には、風呂に入って、着替えてもらうように言う。
たまには家族たちと輪になって食事を摂ることにする。
そんな中、シアはずっとキールを見ていた。
「どうした? キールを見て兄を思い出したのか?」
(兄と妹か)
シアの話では、ベクはとんでもない功績のある王族だったらしい。
ベクは何でもアルバハル獣王国を一度救っており、生きる伝説と呼べるほどの功績があるそうだ。
カルネル家のために奮闘する兄であるキールと、その結果喜ぶ妹のニーナを見ながら、自らの家族を思い出してしまったようだ。
カルネル家の当主として、再興を果たしつつ、家族思いだったキールの行いに触れ、今後行う自分の行動を問うているようだ。
「余は、獣王家としてやるべきことがある。ベクを討たねば」
その言葉は、皆が思い思いに騒ぐため、王城の待合室の中でかき消えてしまう。
そんな中、自らがベクと再会したときのことを思うシアであった。
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