第412話 キールの願い②
世界を支配するエルメア教会の重鎮である枢機卿が、国王が座る玉座の横に設けられた立派な椅子に座る様子に、貴族たちが息を飲む。
枢機卿が座ったと同時位に、王族たちが部屋に入ってくる。
この子らは全て王位継承権を持つ子供たちのようだ。
その中にはセシルの兄のトマスと仲が良いレイラーナ姫もいる。
(こうやって褒美をどうやって与えるか勉強させるってやつなのかな)
まだ小さな子供もいるが、全てが勉強のようだ。
国王になれるのは1人だが、どこかの領の領主となって家臣や領民を支える貴族になる者たちもいる。
最後に、欧米の悪役ヒールキャラクターのイメージが強い、オールバックのインブエル国王が王妃と共にやってくる。
「それでは、報酬の儀を執り行う。今日はエルメア教会からの来賓がいらっしゃるが、王国への貢献をした者から、報酬を与えることとする。ロダンよ。一歩前にでるのだ」
宰相が始めるぞと言うと枢機卿が頭を下げる。
しっかりやってくれということなのだろう。
邪教徒の一件よりも、ロダンを一番先にやるようだ。
わざわざ断りを枢機卿に入れるあたり、力関係が窺える。
「は、はい」
ロダンが場の空気に飲まれ、そして視線が泳いでしまう。
しかし咎める者はいない。
平民がこうやって、王侯貴族たちに囲まれると大体こんな感じになる。
アレンは、この場にこれなかったテレシアやマッシュ、ミュラに伝えるため、ロダンの様子を記憶する。
この辺でしょうかとロダンが跪いたまま、何かの確認をすると、宰相がコホンと問題ない旨伝える。
「では、ロダンよ。ロダンは、グランヴェル領に生まれ、その人格と勇気をもって、クレナ村、そして村長となってはロダン村に貢献した。その貢献を称え、士爵の地位を与えることとする」
(お!? 父ちゃんは騎士になったのか)
その後、ロダンの功績について、詳細に宰相は説明する。
開拓村の開拓を始めたロダンは、若くして、命懸けのボア狩りを行ってきた。
村人をまとめ上げ、毎年大量のグレイトボアの肉を献上している。
その後、村人をまとめる才能が、グランヴェル子爵に評価され村長になる。
新たな開拓村を任されて数年しか経っていないのに、既に村の開拓を終了させている。
「なんと、数年だと? そんなに早くか?」
「年間30体のボアの肉を献上だと?」
「アレンの親は英雄であったのか」
(ん? ボアの肉はグランヴェル子爵が買い取っているはずだけど)
貴族たちがざわつき始めた。
領土を持った貴族にとって、ロダンは破格の貢献をしているようだ。
そんな中、アレンは、ロダンの村のボアの肉について考える。
まだ、開拓村の税制優遇が効いているので、ボアの肉は献上しなくてよいはずだ。
王国には、グランヴェル領が納めている形を取っているので、そういう表現になるのかと思う。
そのまま宰相は話を続ける。
「領内開拓令が出て20余年。その中で2つの村を開拓に導いた者は王国内において、ロダン、ただ1人である」
宰相の説明が終わると、国王が騎士を経由して、胸飾りのような物を渡すようだ。
「ロダンよ。これからも我が民たちを導いてほしい」
「は、はい」
言われた通り、ラターシュ王国の国王を直接見ないようにロダンが答える。
パチパチパチ
アレンが拍手すると、思い出したかのように貴族たちもつられて拍手をする。
枢機卿も拍手をしてくれるようだ。
農奴として生まれたロダンは自らの生き方を王国に評価されたことになった。
国王がどうであれ、ロダンが評価されたことはアレンにとってうれしい事だ。
ロダンがなった士爵は当代限りで世襲制ではない。
アレンがローゼンヘイムの参謀だったり、アレン軍の総帥であることは、今回ロダンが士爵になったこととは関係ない。
だが、士爵の子を、領主や王家が士爵にすることはよくある話だ。
アレンがロダンの後を継いで、士爵になるのは、ローゼンヘイムやアレン軍との関係を整理しないといけなくなる。
「おほん。それでは、これより、エルマール教国及び連合各国において蔓延った邪教徒と呼ばれる魔獣の群れより救った英雄たちへの報酬の儀を行う。それではセシル。一歩前に」
宰相は場の空気を変え、改めて邪教徒から救った英雄たちへの報酬の儀を執り行う。
「はい」
ロダンが下がり、セシルが一歩前に出る。
「エルマール教国からの報告でもセシル=グランヴェルは、教都テオメニアの奪還、クレビュール王国の救済に多大な貢献をしていると聞いている。よって、グランヴェル家を伯爵家とする」
「おおお!! とうとう、とうとうグランヴェル家が伯爵家となったぞ」
「何年か前に男爵家であったものを」
「そのようなことを言っておると、派閥から弾かれるぞ」
「お、おい。馬鹿なことを言うな。我は、少し前は男爵だったと言っただけだ」
宰相がセシルの功績を大いに語りはじめた。
エルマール教国からの感謝状を宰相は読み上げる。
こういった感謝状を読み上げることも、5大陸同盟に基づいた様式美の1つなのかもしれない。
グランヴェル家はアレンが従僕をしていたころ、男爵家だった。
学園に行く頃、子爵となったが、とうとう大貴族の仲間入りである伯爵家になった。
あのころが4年くらい前なので、短い期間での2度の陞爵(しょうしゃく)に妬みの感情を隠さない貴族たちも多い。
グランヴェル家の大貴族の仲間入りは、ロダンの褒美と違い嫉妬の対象のようだ。
しかし、妬みの言葉を露わにする貴族を窘める者たちもいる。
多くの派閥の中にいて、王家にも近くなったグランヴェル家をあまりひどい言い方をすると誰が聞いているか分からない。
(相変わらず、派閥争いに明け暮れているのか)
学園派がどうのこうのとか、王国派がどうのこうのとか、そういった話から貴族たちの中で前に進んでいる感じはしないなとアレンは思う。
貴族に対しては国王が剣を握って、セシルの肩をペチペチと叩くようだ。
インブエル国王が立ち上がって、頭を下げ跪くセシルの元へ向かう。
王国の剣となれとかそういう意味もあるという。
「では、クレナ及びドゴラよ。そなたたち2人は男爵とする。これからの働きによっては領地を与えるゆえ、これからも励まれよ」
「「はい」」
(今のところ、領地のない法衣貴族らしいからな)
その後、セシルの時のように、クレナが救ったカルバルナ王国、ドゴラが救ったクレビュール王国からの感謝状を宰相は読み上げる。
この世界では貴族は男爵からだ。
クレナとドゴラは、これで家名が必要な貴族となった。
ただし、今のところ、爵位のみを与えられた形で、土地がほしいならさらなる貢献を王国にするように宰相は言う。
もしかしたら、魔王軍との戦いで遠い戦場で活躍するだけだと爵位が上がるだけなのかもしれない。
領地を貰ったり、拡大させるにはラターシュ王国内での貢献が求められるのかとアレンは分析する。
武器も謁見の間に持って行ってもいいのか問題が、こういった国王や皇帝に呼ばれたときに発生するのだが、今回は当たり前のように持ってくることができた。
報酬の儀の中に、アレンがいないことだし、以前も武器携帯を許したこともある。
それくらいの王家側の考えかもしれないが、何も揉めることなく武器を持って入れた。
お陰でドゴラの背中にはズシリと重い神器カグツチが乗っている。
ヨッコラショと国王が立ち上がり、騎士から渡された剣で、クレナとドゴラの肩をペチペチする。
(お? なんかカグツチが赤くなったな)
皆の注目を集めるドゴラに対して、火の神フレイヤが反応したようだ。
一瞬、謁見の間の温度が上がったような気もした。
その後、クレナとドゴラの男爵家は、グランヴェル家を寄り親にするように宰相は言う。
グランヴェル家が面倒を見ろということなのだろう。
これでグランヴェル領にはグランヴェル伯爵家、クレナの男爵家、ドゴラの男爵家の3つの貴族家が存在することになった。
「それでは最後に、キール=フォン=カルネル。一歩前に」
「はい」
キールの名前に貴族たちに緊張が走る。
この金の刺繍をした外套を羽織る男は、成人になったばかりの年にして、教皇見習いになった。
その一報は、魔導具を通じて全世界に伝えられた。
魔導具には、教皇見習いになった事実と共に、一文が添えられている。
その一文を、特にキールの出身国であるラターシュ王国では書面に書き写し、ラターシュ王国派全ての貴族たちに忠告をしている。
『キール=フォン=カルネルの聖道を妨げる者は、エルメア教会が神罰を下す』
今回の報酬のために、エルメア教会ナンバー2の枢機卿が1か月も前から王城に滞在している。
早く褒美を与えよということだろう。
「キール=フォン=カルネルは、エルマール教国の教徒たちを救うだけではなく、邪の道に進んでしまった者たちにまで慈愛の道を指し示した……」
(何か、キールだけ、読み上げる文章多くね?)
宰相が持ちにくそうにすらしているキールの功績を称える書面は、トイレットペーパーのようにくるまれている。
10分ほどかけて、文章を読み上げる。
「……」
キールはその間も難しい顔をして、未だに何かを考えている。
「では、この功績を称え、キール=フォン=カルネルには、子爵の地位と王領としていた元あったカルネル領の全てを与える。……これで良いな?」
カルネル領を全て先代の状態に戻すと宰相は言う。
貴族たちは、つまらないことを言ってエルメア教会から目を付けられないよう、キールが褒美をもらう様を黙って見つめる。
一度の戦果としては、とても大きな報酬であったからだ。
先代のカルネル子爵が騒動を起こしてから4年が過ぎた。
それから4年ほどで、当代のキールが領地と爵位を取り戻したことになる。
「も、申し訳ございません。褒美の内容を変えて頂けませんか?」
キールは頭を下げたまま、宰相に褒美の変更を求めた。
「ぬ? さらなる領土や爵位を求めるか?」
宰相は、事前に褒美の内容を変更したいというキールからの連絡があったが、そのままキールの話に乗っかる。
「な!? 流石にそれは求めすぎなのではないのか?」
「カルネル領もグランヴェル領も元々広大な土地ではないか」
「子爵でも駄目なら、グランヴェル家と同じ伯爵家が良いということか?」
今まで黙っていた貴族たちが一斉にざわつき始めた。
貴族の領地には大小さまざまの広さがあり、王都、王領に近づくほど小さくなる傾向になる。
王領周辺は人口も多く、土地の価値も高いという概念があるからだ。
王領から離れたカルネル領とグランヴェル領は結構広かったりする。
2つの領はミスリルが取れる時期に、お金に困った王家が土地と引き換えにお金を借りた時代があった。
元々田舎の土地に、王家から少しずつ貰った土地の結果、他の貴族よりも広い領土を持っている。
お陰でアレンは伸び伸びと広い土地で、ゴブリンやオークを狩ることが出来た。
特に、この100年、カルネル家は王家などに口利きをして十分な広さの領土があった。
その領土が全て返ってくるなら満足すべきだと思ったようだ。
貴族たちは爵位と領土にはうるさいんだなとアレンは思う。
「こほん」
すると、キールの話を最後まで聞けと言うばかりに枢機卿がわざとらしく咳払いをした。
その瞬間一気に貴族たちが静まり返った。
「キールよ。では何を望むのだ」
国王がその状況を見て、キールに話しかける。
少しの沈黙の後、キールは覚悟を持って口にする。
さらなる領土か。
それとも爵位か。
はたまたその両方かと貴族たちの視線がキールに注目をする。
「……私は今回の働きで、私の父と母の恩赦を求めます。牢獄から出していただけないでしょうか」
キールはその言葉と共に、目を閉じ深々と頭を下げたのであった。
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