第411話 キールの願い①

 アレンたちが、イグノマスに呼び出されてから数日が経った日のことだ。


「これはちゃんと着れているのか?」


 アレンの父のロダンがいつもより良い服に落ち着かず、横にいるクレナの父のゲルダに言う。


「ああ? 問題ないんじゃないのか? 俺に聞くなよ」


 ゲルダが興味なさそうに答える。


「あなた。似合っているわよ」


 アレンの母のテレシアがフォローしてくれる。

 その言葉にロダンの顔が緩むのは、単純に褒めて安心させてほしかったようだ。

 そんな会話を「やれやれ」とクレナの母のミチルダが見ている。


 ここは、ラターシュ王国の王城の一室で、ロダン一家とゲルダ一家、そして、ドゴラの両親もやって来ている。

 グランヴェル家とキールとニーナとメルルも来ている。

 グランヴェル子爵もハミルトン伯爵もいたりする。


 邪神教グシャラと邪教徒からエルマール教国を含む連合各国を救ったキールたちに対して、彼らへの報酬でラターシュ王国の王城に呼ばれた。


 褒美を貰えるのは、エルマール教国などを救った、クレナ、セシル、ドゴラ、キールだ。

 これは世界的な貢献にはそれぞれの国が褒美を与えるべしという5大陸同盟の約定に基づいての対応だ。

 魔王軍との戦いで戦果を上げ続けたドベルグが、ラターシュ王国において侯爵の爵位を持っているのはこれが理由だ。

 だから、ラターシュ王国が出身国の4人が今回褒美を貰えるらしい。


 なお、アレンは、生まれはラターシュ王国だが、所属はローゼンヘイムという形を取っている。

 ローゼンヘイムの重鎮である参謀という肩書があるからだ。

 報酬を貰うとするならローゼンヘイムだが、必要な時に力を貸してくれたらいいと特に報酬は求めないことをエルフの女王に伝えてある。


 メルルはバウキス帝国で、一足先に褒美をもらい、名誉男爵から男爵になった。

 下級兵士の中から、貴族が生まれたということもあり、メルルは家族と喜びを分かち合ったという。


 しかし、この場にはロダンがいる。

 邪神教と関わりのないロダンも呼ばれて、別件で褒美があるという。

 ロダン村の村長になって、農奴のころよりいい服になったが、今日は謁見の間に呼ばれたとあって、キラキラした服を貸し与えられた。

 何か着心地が悪いなとロダンが不安がっている。


「アレン遅いわね。もうすぐ始まっちゃうんだけど」


 アレンの両親を見つめながら、セシルが魔導具の時計を見ながら眉間に皺を寄せる。

 そんなセシルは、昨晩の間に、王城にやってきた。

 王城で勤めるグランヴェル子爵と話したいことがあったからだ。


「悪い、手が離せなかった」


(戦場にいる召喚獣たちがやられそうな件について。というか、バスクが元気いっぱいだな。いつかレベルに換えたる)


 そう言って、ソフィー、フォルマール、シアも一緒だ。

 皆、魚人の姿は、転移する際に解除している。


「ちょっと、遅いわよ。あれ? ペロムスは来ないのかしら?」


「ああ、ペロムスは王城で帳簿を見れるようになったからな。何が儲けられるか調べるってさ」


 宮殿に自由に入れる許可をイグノマスにとることが出来たので、地上で高値で取引できるもの、年間の生産量などを調べると言われた。


「何か変なところで真面目ね」


 そうなのとセシルは言う。


「あいつもあれで、命懸けているからな」


 成果を出し、イグノマスに気に入られればそれだけ宮殿内での情報が入り、ゆくゆくはフィオナとの結婚に近づくかもしれない。


 最終的には、フィオナとの約束であるマクリスの涙を手に入れたらいいのだが、自分のできることをやりたいらしい。


 それとは別に、中央大陸北部に向かわせた虫Aと竜Aの召喚獣たちが少し前からやられ始めたのだ。

 それが理由で、シアたちを回収してラターシュ王国に来ることが遅れてしまった。


 虫Aと竜Aの召喚獣たちに中央大陸にある魔王軍領土を攻め滅ぼさせようとしていたが、全ては順調には行かなかった。

 どうやら上位魔神が数体出張ってきたらしく、殲滅速度が虫Aの召喚獣の増える速度を圧倒し始めた。

 その中には上位魔神に達したバスクもおり、魔王軍の主力部隊が出てきたのかもしれない。


 あれこれ作戦を変えているが、かなり強敵で現状では打開策はなさそうだ。


 アレン自身も中央大陸北部に行きたいのだが、現在はプロスティア帝国での対応に掛かりきりだ。


(シノロムが結局宮殿にいないんだけど。すっごい怪しい)


 アレンが中央大陸北部に行けないのは、プロスティア帝国でやらなければならないことが多いことも理由の1つだ。

 ラプソニル皇女が怪しいと言っていたシノロムが、どんなに探しても宮殿にいない。

 宮殿で帳簿を用意してくれた役人の話では、たまにいなくなったりするらしい。

 ラプソニル皇女の話では研究室などに籠っており、数日経ったらひょっこり出てくることがあるという。


「アレンお兄ちゃん!」


 休みを満喫しているメルスを中央大陸北部まで出すべきか考えていると、アレンの妹のミュラが話しかけてくる。

 まもなく10歳になろうかという随分大きくなったミュラが笑顔だ。

 アレンは召喚獣を1体、ロダン村に必ず置くようにしているため、ほとんど毎日、その様子は見ているのだが、ミュラとしては久々の兄との再会だ。


 とりあえず、ミュラの頭をぐりぐり撫でてあげる。


「マッシュも久しぶりだな。休みは取れたのか?」


「うん。担任の先生が問題ないって。一昨日から王城に泊まっているよ」


 魔導具に乗って学園都市から王都にやってきた話をマッシュがしてくれる。


「そっか」


 学園都市にアレン軍の拠点を構えるアレンであるが、学園の1年生のマッシュとはほとんど会っていない。


 転職を手伝ったトマスと違い、マッシュは同じ教室で知り合った仲間と一緒にダンジョンに通っているらしい。


 1人で魔導船に乗って移動するようになっており、自らの道を歩み始めたマッシュの成長を感じる。


(さてと、そろそろ魔王の話をするかな。父さんにもしていないし)


 アレンは未だに、魔王についての話を両親にしていない。

 魔王を倒して事後報告ができれば、心配させないで済むのでそれが一番良いと考えている。

 しかし、来年、マッシュが魔王史を習うまでに、魔王を倒せるかと聞かれたら怪しいところだ。


 本日も中央大陸の北部で魔王の配下にも苦戦中であったりする。


(両親は薄々何か気付いているようだけど何も言ってこないな。ミハイさんもこんな気持ちだったのかな)


 アレンがこんなとんでもない状況にあるのに、ロダンたちは何も言ってこない。

 今回も王城に呼ばれて邪教徒から世界を救ったと理由を伝えられているにも関わらず、何も言ってこない。


 それでいうと、以前にも同じような状況があった。

 召喚士の才能があり、何かおかしなところがあるのに、アレンが口にするまで問うことはなかった。


 きっとセシルの兄のミハイも、セシルに何も言わずに戦場に行ったのは、心配させないためだったのだろう。

 3年の勤めが終われば、無かったことにできる。

 しかし、セシル当人も戦場に行かないといけない。

 そんな葛藤の中で、何も言わずにミハイは戦場に行った。


 きっとアレンの口から何か言うことを待っているのだろう。

 マッシュやミュラに囲まれ、テレシアに微笑まれる中、アレンは一度しっかり時間を作って、ゆっくり話そうと思う。


「ちょっと。何よ、キールそんな顔をして」


 すぐそばにいるキールの顔が強張っていたため、セシルが思わず声を上げた。


「い、いや。本当にいいのかなって思って」


「お兄様」


 その態度にキールの妹のニーナも不安そうだ。


「我らのことを気にすることはないぞ。既にセシルとは話がついている」


 昨晩もしっかり話をしたとグランヴェル子爵はキールに言う。


「ありがとうございます。私の我儘で」


「貴族とは自らの行いに責任を持つものだ。我らはキール卿の決断を尊重するぞ。それにこれは両家のわだかまりが無くなることとも言える」


 キールが貴族家に戻る際に協力をした、ハミルトン伯爵も問題がないと言う。

 そして、キールの決断にどちらかというと賛成のようだ。


「はい、ハミルトン伯爵にもご迷惑をおかけします」


 

 それからほどなくして、扉のノックが鳴る。

 大貴族もいるこの部屋に黙って入ってこないようだ。


「それでは、謁見の間に来られる方は、早めの入場をお願いします」


 役人が部屋に入ってきて言う。

 貴族たちの入場が始まったようだ。


 謁見に参加するのは、アレン、ソフィー、メルル、シア、グランヴェル子爵だ。


 テレシアやクレナの両親などは、謁見に参加せずにこの待合室で待つことになる。


 アレンも急いで収納から服を出して、海水に浸かった服から着替える。

 そして、謁見を観覧するため役人たちに案内してもらう。


 既に貴族たちは謁見の間に入り始めたところだ。

 アレンを見て、ギョッとする貴族たちも多い。

 随分有名になり始めたようだ。


 既に謁見の間にいる、グランヴェル子爵の横にアレンが向かうと、別の部屋で着替えてきた、ソフィーとシアがメルルと共にやってくる。


(何か、最近謁見の間に来ることが増えてきたな)


 少し前にイグノマスに呼び出されて玉座の間にやってきたことを思い出す。

 何かと各国の王や権力者に呼び出されることが多くなった。

 玉座の間や謁見の間より、ダンジョンのボスの間が最高だとアレンは思う。


 すると、宰相が玉座近くに設けられたもう1つの出入り口から入ってくる。

 ここは宰相や王族が利用する謁見の間の出入り口だ。


「それでは、国王陛下からの報酬の儀を執り行う」


 謁見の準備が整ったようだ。

 宰相の言葉から少し遅れて、今回褒美を与える者たちが騎士たちに先導されてやってくる。


 先頭を歩くのは、ロダンだ。


「おい、あれがアレンの父親か」

「何か普通に見えるぞ」

「ん? 髪色も違うし、育ての親ということか」


 ロダンとは別のところでざわざわし始める。

 少々体格はいいが、普通の30過ぎの男に見えたからだ。


 やってくる様子を後で、この場にこれなかったテレシアやマッシュ、ミュラに伝えようと思う。


 ロダンを先頭に国王がやってくるまで少しの間待つことにする。


 すると、国王が出入りする方の入口が開いた。

 一気にざわつき始めた。


(あれ? あの人って、キールが褒美をもらう様を確認しに来たのか?)


 役人たちに先導された、エルメア教会の豪華な服を着た枢機卿が配下を連れてやってきた。


「あのお方が枢機卿様か」

「態々、この報酬の儀に参加する為に1か月も前から王城で待機していたらしいぞ」

「ああ、建国以来初めて、我が国で教皇が誕生したらしいからな」

「噂は本当なのか? あの金髪が次期教皇なのか?」

「お、お前指を差すな! 教会に消されるぞ」


 キールに指を差そうとした貴族の指を、隣の貴族が慌てて払った。

 どうやら、エルメア教会のナンバー2の枢機卿が、キールがしっかりラターシュ王国から褒美を貰えるのか見定めに来たようだ。


 そんなやり取りもキールの耳に入っていない様子だ。

 何かを思い詰め、重厚なデザインの絨毯を見つめている。


 謁見の間に緊張が走る中、報酬の儀が始まったのであった。

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