第410話 囚われの人魚姫②

 ラプソニル皇女に案内された客室にシアたちは向かう。

 移動中も下半身が魚なので、床につくこともなく泳いで移動するようだ。


 アレンは鳥Gの召喚獣の視界から、セシルの服の隙間からラプソニル皇女の泳ぎを観察する。


「こちらへ」


 ラプソニル皇女に言われるがままに客室に入る。

 宮殿近くの、それなりの大きさの離宮とあって、客室も豪華だ。


 この離宮にはラプソニル皇女を含めて、貴族の子女たちが幽閉されている。

 窓は鉄格子で閉じられ、また騎士たちが建物の周りを巡回している。


 使用人や貴族の子女たちがラプソニル皇女のお世話をしていることは随分前から分かっていた。

 そして、この場にいるラプソニル皇女だけが、下半身が魚の姿をしている。


 イグノマスがひどい扱いをしているなら、救出も考えていたが、どうも幽閉しているだけのようなので静観していた。


「それで、私を助けに来たとはどのようなお話ですか?」


「はい、それについては、わたくし共の素性を話す必要があります」


(シアは凝視しすぎな)


 シアがまじまじとラプソニル皇女の下半身を見つめる中、ソフィーはここに来た経緯の話をする。


 話のきっかけはまずは自分が語ることだとアレンは言っていた。


 お茶やお菓子も出される中、ラプソニル皇女は頷きながらも、状況を理解していくようだ。

 アルバハル獣王国での、ベクの内乱が原因の話から始まるため、何の話だと最初は困惑していたものの大方話は理解できたようだ。


「そのようなことがあったのですね」


「はい。わたくしたちはベクを追っていますわ。宮殿におらず、何か知っていることがあればお願いします」


 ベクの行方も大切なため、この場ですぐに助け出すわけにはいかない。

 ラプソニル皇女がいなくなれば、最近やってきたシアたちが真っ先に疑われる。

 少なくともベクを捕らえ、獣王の証を回収するまでは無理はできないという話をする。


「ありがとうございます。しかし、ここに囚われ、かなりの時間が経過しています。その間、情報がほとんどありません。お力になれなくて申し訳ありません」


 シアたちの中に王族がいることが分かり、ラプソニル皇女の口調が随分柔らかくなってきた。


 ベクの足取りは分からないと言う。

 ソフィーたちに沈黙が生まれる。

 なんとか、ラプソニル皇女のいるこの場にやってきた。


 昨日、役人に宮殿に来るように言われたとき、女性陣にはラプソニル皇女から情報を、アレンとペロムスは宮殿内の情報を調べようという話になった。

 もう魚Dの召喚獣で、拾える情報を拾う時期は過ぎた。


 必要な情報は自ら立ち回って取っていこうという話だ。


「やはり、そうですか」


 ここまでは予想が出来た。

 アレンがたまにこの離宮にもやってきたが、ベクの足取りを感じるような情報はなかった。

 得るものはやはりなかったのかと、ソフィーの表情が曇る。


「申し訳ありません。他に何か、知りたいことはありますか?」


 宮殿のことなら、答えられることもあるとラプソニル皇女は言う。

 何を聞くべきか考えていると、シアが口を開く。


「その素晴らしい尾は、水の神アクアの加護の賜物か?」


 さっきからずっと人魚の姿をした下半身に見惚れていた。


「え? これですか。そうですね。私たちプロスティア家は聖魚マクリス様の血筋を引いていますので」


 あなたも王族なら分かりますよねと、下半身が魚の体に誇りを持っているようだ。


「やはり、そうか! 素晴らしい!!」


 シアの目が輝きを増す。


(これは、あれか「王神一体」の考えのようなものか。だから、イグノマスはラプソニルの血が欲しいと)


 アレンは鳥Gの召喚獣で、セシルの服の中に身を潜めたまま、シアの態度に納得する。


 前世でも王は神と同義であるという考えを民たちに説くことはあった。

 新たに誕生した王は自らの立場を神の存在に近づけていき、最終的には王と神は同義であるという。


 建国の歴史が神話に通じるようなそんな話だ。

 王が王として民の上に立つ理由付けのようなものらしい。


 この世界は神が身近にいるため、王神一体の考えは実際にある。


 シアからアルバハル獣王国建国の話を聞いたことがある。


 1000年前、獣神ガルムと獣人との間で子供が出来た。

 半神の姿であったその獣人は、一声吠えると、遥か彼方まで轟き、万の軍勢が震えあがったという。


 ギアムート帝国からの独立を勝ち取り、アルバハル獣王国を作ったと言う。


 シアはラプソニル皇女の姿に神話のようなものを感じたのかとセシルたちは考える。


「この姿には理由があるのです。『プロスティア帝国物語』には続きがございまして……」


 シアの瞳の輝く理由がラプソニル皇女に伝わる。

 プロスティア帝国の皇帝マクリスが聖魚となって、涙した後の話を始めた。


 聖魚マクリスが愛した女性であるディアドラはマクリスの子供を既に身ごもっていたと言う。

 封印が解けた怪物との戦いの前に、聖魚マクリスは既にディアドラと結ばれていたと言う。


(結ばれない愛の物語ではないと? どこかで話は改変されたのかな?)


 聖魚となったマクリスは怪物を再度封印し、帝都パトランタを去った。

 その後、プロスティア帝国の皇帝の前にディアドラは連れていかれ、マクリスの子供を身ごもっていることを伝えた。


 その後生まれたマクリスとディアドラの間の子供は、下半身が魚の姿をしていたと言う。

 プロスティア帝国を守るため、水の神アクアの眷属となった聖魚マクリスの奇跡だと、プロスティア帝国の皇帝は考えた。


 そして、マクリスとディアドラの子を次期皇帝にすると決めたという。

 それから、マクリスの血を強く引く者は下半身が魚の姿をしていた。


(なるほど。マクリスは水の神アクアの眷属になり、力を得たのか)


 アレンはドゴラが火の神フレイヤの使徒になった時、使徒とは何だと言う話を聞いた。

 この世界には主に「使徒」「眷属」という神に仕える3つのカテゴリーがあるらしい。


・使徒は、神の代行者。神の名と使命を語る者。加護は少な目。人の姿を留める。

・眷属とは、神の執行者。神の使命を執行する者。加護は大きい。人の姿を留めることは少なく、聖獣となることが多い。


 神と契約するということはこの中のどれかに入ることになるらしい。

 使命に対する役割の大きさが関わってくるようだ。眷属の方が、役割が多く、使徒は少ない。

 その分眷属になった方が絶大な力を持つと言う。


 聖魚マクリスは水の神アクアの眷属となって、その力を以て悪しき化け物からプロスティア帝国を守ったと言う。


 イグノマスが離宮に閉じ込めている理由も、ラプソニル皇女がマクリスの血を引いているからのようだ。

 ラプソニル皇女との間に子供ができれば、帝国の誰もが、イグノマスを次期皇帝と思うだろう。


 シアが思わず聞いた、ラプソニル皇女の体は、イグノマスの行動原理に繋がっていたようだ。


「ちょっと、何か質問あるかしら?」


 セシルがヒソヒソとセシルの服の中に隠れた鳥Gの召喚獣に話しかける。


「じゃあ、ごにょごにょ」


 アレンが耳打ちをする。

 平民出のイグノマスのことをあまり良く思っておらず、ドレスカレイ公爵に聞いたが、よく知らなかった。

 だから、ラプソニル皇女に聞くことにする。


「内乱が起こる前に、イグノマスのもとに近づいた者はいますか?」


 セシルが質問する。


「そうですね。イグノマスは野心家でしたが、あのようなことをするなんてという者が多いです」


「人が変わったと?」


(平民から貴族に取り立てられて人が変わる者が多いって話だけどな)


 立場が人を作るのはよくある話だ。


「もしや、シノロムという導師かも? でも、彼が宮殿に来たのは1年以上前のことですし」


(む、あの魚人か)


 白衣を着た魚人の名前が飛び出てきた。

 先ほどの宮殿でのやり取りにはいなかったが、よくイグノマスの側にいて助言をしていると言う。


「シノロム?」


「はい。魔導具や魔法などの研究員として優秀なので取り立てたのですが……」


 そう言って、自分が行ったことが正しいのかラプソニル皇女が考え込む。


 シノロム導師に何か言葉にはできない「怪しさ」のようなものがあったようだ。


 研究熱心な性格で、配下の者たちの報告では「狂気」とか「変人」のような評価であったという。

 しかし、シノロムの助言でいくつもの成果を上げてきたようだ。


 研究熱心な狂気という言葉に何か既視感のようなものを感じて、セシルの中に潜りこむ鳥Gの召喚獣に視線が集まる。


(な!? 失敬な。質問を続けるのだ!!)


 鳥Gの召喚獣はさらに質問するように服の中でもぞもぞとして訴える。

 すると騒がないようにと、セシルにギュっと握り締められる。


「イグノマスと会話をしているという報告があったのでおかしいなという話もありました」


 言われてみれば、おかしな行動が気になるとラプソニル皇女は言う。


「研究員が騎士団長と会話する理由はないということですか?」


 シノロムの行動に疑問がある点をセシルが尋ねる。


「そうなのです。理由を聞いても騎士の強化に繋がる話であるからと、はぐらかされたということが何度も続いたと聞いています」


 プロスティア家としては優秀であったから放置していた。


(シノロムね。とりあえず、確認事項が1つ増えたな)


 シノロムという魚人は、アジレイ宰相同様に、イグノマスの最側近の1人であることは間違いないようだ。

 魚Dの召喚獣がイグノマスと一緒にいることを度々見かける。

 アレンは確認すべきことが出来たと思う。


「マクリス様がやってくる大切な儀式にこのようなことが起きるなんて。このようなことはあってはならないです」


 色々質問される中、ラプソニル皇女の思いが零れ始める。


「心中お察しします」


 ラプソニル皇女が顔を両手で覆ったため、ソフィーが慰めの言葉を送る。


(そうなんだよな。来月の歌姫コンテストにマクリスがやってくるんだよな)


 プロスティア帝国を延々と遊泳しているマクリスが帝都パトランタにやってくる。


 年に一回の行われる「歌姫コンテスト」は、聖魚マクリスがやってくるイベントであった。


「聖魚マクリス様がイグノマスを討伐するようなことはあるのかしら」


 プロスティア帝国で内乱を起こしたので、敵認定してイグノマスをマクリスが裁けば一件落着ではとセシルは言う。


「それはありません。この300年間、マクリス様が魚人を裁いたという話は聞いたことありませんので」


 ラプソニル皇女の話では、内乱や動乱がこの300年間起きたが、その300年の間に聖魚マクリスが乗り出してきたことはないらしい。

 あくまでも魚人全体の守護者としての存在のようだ。


「聖魚マクリス様も見守る立場なのでしょう」


 ソフィーはそう言って精霊神ローゼンを撫でる。


 精霊神や精霊王と同じ立場なのだろうとソフィーは言う。


(さて、マクリスが来月にもやってくると。関連性はあるのか。ただの偶然なのか)


 シノロムという導師が怪しいらしい。

 ベクはいつまで経っても見つからない。

 聖魚マクリスは来月やってくる。


 もしかしたら、これらのことに何らかの関連があるのかもしれない。


 何の情報が足りなくて、このような状況になったのか分からない。

 今すべきことを考え、足りない情報を求めるアレンたちであった。

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