第409話 囚われの人魚姫①

「ドレスカレイか?」


 イグノマスは、アレンとの会話中もずっと不安そうな顔をするカルミン王女が何を心配しているのか知っていた。


「はい。ドレスカレイ様はお元気であるのでしょうか?」


 もう一度聞いてみるが、カルミン王女の問いは変わらなかった。


 困ったなとイグノマスはアジレイ宰相を見る。


 イグノマスという新しい皇帝が玉座に座っているなら、プロスティア家の血を引く公爵家の者がどうなったかすぐに分かるはずだ。

 イグノマスから視線を送られたアジレイ宰相も眉をひそめる。


(やはりこの反応で間違いないか。大切な陸上の軍事拠点だしな)


 イグノマスは第一帝国軍や第二帝国軍、貴族たちとの争いをしていない。

 金のばらまきや見返りをチラつかせ、抗争が大きくならないようにしてきた。


 これは、地上侵攻を目的にしているため、兵を疲弊させないためだ。


 アレンが魚Dの召喚獣で観察した限りでは、カルミン王女に何か危害を加えるつもりはないようだ。

 どのように、ドレスカレイ公爵の話をしていくか相談をしていた節がある。


 それは地上侵攻の重要な拠点にクレビュール王国が選ばれたからだ。


 数十万の魚人軍隊が活動する拠点になるので、クレビュール王国とは協力関係にありたい。

 力関係では圧倒的にイグノマス帝国の方が上だが、協力してくれれば無駄な制圧に兵を消耗させずに済む。


 弱小国家のクレビュールといっても万を超える軍を持つ。

 クレビュール王国を攻めている間に連合国が守りに入ってしまうかもしれない。

 地上にある魔導具による連絡網で、一気に世界に情報が伝わってしまう。


 少なくとも連合国の制圧に無駄な兵を消耗することになるのは容易に想像がつく。


 もしカルミン王女にここで危害を加えれば、クレビュール王家が強気に出る恐れがある。

 それは勿体ないのではと脳筋のイグノマス相手に、アジレイ宰相が説得をしていた。


「だが、こうなったら仕方ないんじゃ?」


 イグノマスが口を開く。


(思考の途中で言葉が出るタイプか。まあ、そうなるよね)


「え、それでは?」


 アジレイ宰相が、イグノマスの言葉から本当に殺る気ですかと問う。

 緊張感が、イグノマスの近くに控える騎士にも伝わる。


 カルミン王女が黙っていれば、そのまま見逃すこともできたが、問うのであれば仕方ない。

 そう思って、騎士たちに何かを指示しようと思ったとアレンは判断した。


「カルミン王女殿下。この状況がお分かりになられないのですか? ドレスカレイのことなど、お忘れになってください」


 イグノマスが指示をする前にアレンが耳打ちするように、それでいてイグノマスに聞こえるほどの大きさでカルミン王女に囁いた。


「な!? や、やはり、そんな」


 カルミン王女が顔を伏せ、ヒーンと泣いてしまう。


「ん?」


 何だこれはという言葉もでないことが始まり、イグノマスの頭がいっぱいになる。


「な!? ば、馬鹿な!! 『ことなど』とはどういうことか。あ、アレクよ。クレビュール王家がどれほど、あなたに良くしてきたか分かっておいでか!!」


(シア、ちょっと顔が赤いぞ。やるならやり切らないと)


 アレンの言葉にカルミン王女の護衛役のシアが激高してしまう。

 声が広い玉座の間に反響してしまう。


「あれ? ジョアンナ。私を今に至ってもただの役人風情と思って話をしているのですか? すまないが特命全権大使の立場を分かっていないように見える」


「貴様! 裏切る気だな!!」


 シアはやり切るぞと覚悟を決め、腰に挿した剣を握りしめ、体を震わせる。


「ふふ、抜かないのですか? 立場が違うと、こうも変わるものですか。王家でそこの小娘のお守り役だったあなたには、私がどんな目に遭ってきたのかご存じないのでしょう」


「ぐ!」


「土煙舞う悲惨な環境で私は何年も王家のために尽くしてきたのです。それなのに、呼び出したのは自らが困ってからとは、本当に嘆かわしい」


 バウキス帝国の乾燥した魚人には厳しい環境で何年もクレビュール王家のために働いたと言う。

 いくら成果を上げても評価されず、プロスティア帝国に来るきっかけになったのは、クレビュール王家が困った時だった。

 虫のいい話ですねとアレンは言う。


「何ですかその言い方は!? クレビュール王家が傾けばあなたも諸共ですよ!」


 自分の出番が来たとソフィーが全力でセリフを言う。

 昨日は夜遅くまで自分のセリフを練習していたなとアレンは思う。


「いえいえ。皇帝陛下は金を用意したら、召し抱えて頂けるとお約束いただけました」


「こ、このような状況で寝返るなど! 恥を知りなさい! 王家に無事に戻れたら覚悟するのです!!」


 ソフィーが若干やり切ったぞ感を出してしまう。

 直ぐに自制し、アレンを睨みつけるよう態度を徹底する。


(迫真の演技ありがとうございます。昨日の今日だけど、完璧です。さて、どうするかね? イグノマス)


 イグノマスの思考を1つずつ潰していきながらの演技をしている。


 そんな中、何を考えるとアレンは思う。


 昨日役人がやって来て、宮殿に行くように言われた。


 そんな中、アレンは今回の作戦を思いついた。

 帝都パトランタにやって来て、受動的に情報を得る状況は終わったと考える。


 知り得た状況から、さらに必要な情報を得ることにした。


 カルミン王女にその話をすると、「分かりました」とクレビュール王国のためにひと肌脱ぐことを決断した。

 プロスティア帝国が滅びそうな現状で、クレビュール王国は今後どうなっていくか分からない。

 もしかしたら、イグノマスによってクレビュール王国は国の在り様を変えさせられてしまうかもしれない。


 そして、地上制圧がうまくいったとしても、その後クレビュール王家が続くとは限らない。

 クレビュール王家は、頻繁にプロスティア皇族家の血筋を受け入れて成り立っている国家だ。


 カルミン王女は、国家の存亡をかけて、昨晩の内に決めた役を完璧に演じる。


 今回役がないイワナム騎士団長が、本当にうまくいくのかと頭を下げたまま考える。


 カルミン王女の演技を支えているのが、アレンが用意したステータス上昇の指輪だ。

 ペロムスなど非戦闘の仲間たちも含めて指輪を渡してある。

 カルミン王女は知力1万上昇させて、アレンの作戦を完璧にこなしている。


 アレンとカルミン王女、シア、ソフィー、セシルの大立ち回りが続いていく。


「もう良い。ここは皇帝陛下の御前であるぞ!!」


 アジレイ宰相が思わず落ち着けと言う。

 カルミン王女が激高しているので、どうしましょうとイグノマスを見る。


「そうだな。このまま、騒がれてもたまらんな?」


「そ、そんな。お許しを……」


 イグノマスを囲む騎士たちが一歩前に出たため、状況を飲み込めたかのようにカルミン王女は頭を深々と下げた。


 その状況に、イワナム騎士団長と護衛役のシアにも緊張感を持たせる。

 カルミンを始末するなら、命に懸けてお守りするという表情をする。


(やはり、腕には絶対の自信があると)


 星4つの槍王の才能があると聞いているイグノマスは、イワナム騎士団長の緊張を気にしないようだ。


 それだけ腕に自信があるのだろう。


「ふむ……」


 随分前に思考を止めているイグノマスから声が漏れる。


「このような流れで玉座の間を汚すのは忍びないのでは? 皇帝陛下から王妃殿下へのお土産にするのはいかがでしょう」


 そんなイグノマスの思考をアレンは誘導する。


「あ? どういうことだ? お土産を持ってきたのか?」


 これからしようとすることに乗り気でなかったようで、イグノマスは表情が変わる。


「王妃殿下は退屈しているのではないでしょうか?」


「なるほど。ああ、そうか。話し相手にさせようって話だな。アレクは、頭が回るようだな」


 イグノマスは事態を先延ばしにできたような気がする。


「いえ、陛下ほどではありません」


 アレンが悪い顔をして、イグノマスの誉め言葉に謙虚に答える。


 アレンの発案は、ラプソニル皇女の話し相手にでもさせてはという話であった。

 これは、事態を知り騒ぎ始めたカルミン王女とその護衛たちを隔離できるという意味だ。


 生かしておけば、クレビュール王家との交渉にも使えるなとアジレイ宰相も気付き、アレンになるほどと視線を送る。


「よし、王女らを離宮に連れていけ。お前たちも下がっていいぞ」


 イグノマスとの謁見はこれで終わりのようだ。

 めんどくさい状況は嫌いなようで、「やれやれ」と言いながら、イグノマスも玉座の間からどこかに行ってしまった。


 カルミン王女は騎士たちに運ばれていく。

 アレンたちもそのあとを追っていく。


「お前たちはここまでだ。ここから先は男子禁制だ」


 一緒に離宮に行けるかと思ったが、そうはいかなかった。

 宮殿の1階から向かうことができる離宮までの道の途中で、イグノマスに仕える騎士たちがアレンたちの行く手を阻む。


 どうやら、男子禁制の場所で、アレンやペロムス、イワナム騎士団長はここから先には行けないようだ。


「そうですか。では、王女殿下。お元気で、もう会うことはないでしょうが」


 私はこれからイグノマスに仕えますが、永遠のお別れですねとアレンは白々しくカルミン王女に言う。


「き、貴様覚えていなさい!!」


 そう言って、セシルの足蹴りが飛んでくる。


「がふ!?」


 そして、吸い込まれるようにアレンの後頭部に襲い掛かる。


(ここにきてのアドリブ、本当にありがとうございました。セシル、太もも見えているよ)


 セシルの即席の演技が始まったところで騎士たちが動く。

 迫真の演技に騎士たちは「落ち着け」「観念しろ」と言いながら離宮の扉を開く。


 カルミン王女やセシルたちを押し込むようだ。

 その後、騎士たちは重厚な扉を閉めると、元来た道を戻っていく。


「それにしても、随分な演技だったな。さすがにひやひやしたぞ」


 シアがやりきったなと言う。

 本当にうまくいくのか疑問に思っていたようだ。


「いえ、何とかうまくいって良かったですわね」


 ソフィーもホッとしている。


『素晴らしい演技でした。セラフィの蹴りが痛かったです』


「あら? そう、アレク」


 そう言って、鳥Gの召喚獣もセシルの服の隙間から頭を覗かせる。


「何者ですか!」


 扉でヒソヒソ話していたら、目の前の大きな階段の上から、1人の女性がゆっくりと降りてくる。

 その時、階段は使わないようだ。


(おお、人魚だ。噂通りの人魚姫だ)


 スイっと、ひと泳ぎでやってきたのは下半身が魚で、上半身がウエーブ状のグリーンの髪がツヤツヤして綺麗なラプソニル皇女であった。


 聞いていた話のとおりだなと服の隙間から限界まで体を隠したアレンがチラチラと見る。


 ラプソニル皇女を追って、ドタバタと側近の女性騎士たちもやってくる。


「これは皇女殿下。お騒がせして申し訳ありません。助けに参りました」


 離宮にいきなり入ってきたことをシアが代表して謝る。


「助けに? これはどういう状況ですか? 説明をなさい」


 離宮に入ってきたシアたちがただ者ではないことを何となく悟ったようだ。

 それだけの雰囲気をシアが醸し出している。


「この場で何が起きているのかお話を?」


 ここで全部話すのかという意味をシアが込める。


「……そうですね。こちらに来なさい」


 そのシアの表情で何かを察したようだ。

 ラプソニル皇女の案内で2階にある応接間にシアたちは運ばれてしまったのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る