第398話 遊泳観測
交渉の結果、入国管理局のタイノメ局長に、プロスティア帝国の皇帝に献上するために浄水の魔導具の点検をさせてほしいとアレンはお願いした。
浄水の魔導具以外の貢物は全て、港に卸し、何があるのか書面で交付してある。
アレンたちは宮殿近くの庭付き一戸建ての住まいを貸し与えられた。
(ほう、庭先に設置するのか。塀はそこそこの高さと)
巨大な魔導具のため、室内には置いておけないので、庭の中央に浄水の魔導具を設置する。
魔導具は基本的に備え付けられるような作りになっている。
魔導具をジャラジャラとミスリル製の鎖で地面にがっつり固定した。
そして、庭の外から見えない程度に高い塀に囲まれていることを再度確認する。
プロスティア帝国の国家予算に匹敵するほどの魔導具であるということもあって、タイノメ局長からは明日から、宮殿から騎士を数人ほど派遣すると言われた。
魔導具の護衛のためだろう。
既に宮殿から派遣された騎士たちはやってきているが、この建物にも庭先にも、アレンのパーティーと、クレビュールのものしかいない。
クレビュール王家のカルミン王女や特命全権大使のアレンもいるので、一定の距離感を保ってくれているようだ。
「アレン、なんか面白かったな!!」
アレンが建物の造りや、庭先に固定される魔導具の状況を確認していると、先ほどの港でのやり取りを思い出して興奮したルークが話しかけてくる。
「面白くなるのはこれからだぞ。それから、ここではアレクと呼ぶのだ。ルーティよ」
「おお! そうだったな! アレク!!」
魚人の姿をして両手の拳を握りしめるルークは、随分遊び心を刺激してしまったようだ。
「ルーティもなかなかの演技だった。この調子で、これからも頼むぞ」
「おう、任せとけ!!」
そう言って、意気揚々とルークが作業中の魔導具の下に駆けていく。
(まあ、フォルマールよりうまくやっていたのは事実だったしな)
演技がかなり硬かったフォルマールよりも、ルークの方が上手くやれていた。
ルークが子供らしく、緊張感無く伸び伸びやれるのも才能だと思う。
アレンの視線で何が言いたいのか分かったのか、フォルマールはムッとしている。
まるで、こんなことをするためにソフィーの下にいるわけではないと言わんばかりだ。
船の道中ではよかったが、ここは帝都パトランタの中だ。
この建物は宮殿近くと言うこともあって、直ぐ先に大きな宮殿が見える。
皆、それぞれ偽名で呼び合うよう、改めて視線を送る。
「それで、アレク。あんなに嘘を並べてどうするつもりなの? 探しているのはベクなのに」
嘘に嘘を重ね、真実もたまに織り交ぜながらも、宮殿側に滞在できるように話を持って行く様に呆れながら、セシルは見ていた。
「そうだな。セラフィ、どうも宮殿にはすぐに入れてもらえないみたいだ」
セシルのこともしっかり偽名で呼ぶ。
「なんか頑なだったわね。そんなに入れてもらえないものかしら」
宮殿に入れてもらえない以前から、アレンたちには1つの違和感があった。
(そもそもプロスティア帝国にも入れてもらえなかったし)
クレビュール王国からプロスティア帝国への入国もかなり条件が厳しかった。
プロスティア帝国からの入国証の発行は入国管理局のタイノメ局長の名前で正式に断られている。
港で帝都パトランタに滞在できるかアレンが確認したところ、タイノメ局長にすぐに帰れと言われた。
魔導具の点検のために、宮殿に滞在を要望したところ、宮殿近くの建物に案内される。
プロスティア帝国に入れず、帝都パトランタに滞在できず、宮殿に入ることができなかった。
これを交渉に交渉を重ねて、宮殿近くに滞在する権利を勝ち取った。
宮殿に何かあるのかという考えがアレンの視線からも、仲間たちに伝わっていく。
「そろそろタイノメ局長が宮殿に報告に行くころか。単純に、属国だからこんな対応になっているのか確認しないとな。ハラミ出てこい」
『はい』
魚Dの召喚獣を召喚する。
最初は話が出来なかった魚Dの召喚獣だが、強化して知力を5000上昇させると話ができるようになった。
石Aの召喚獣は一切話をしないが、どうも話ができるのは知力であったり召喚獣のランクにも関係しているようだ。
・虫系統は話せない
・獣系統はBランクから話ができる
・鳥系統は話せない
※鳥Gと鳥Fは話ができる特技がある
・草系統は話せない
・石系統は話せない
・魚系統はBランクから話ができる
・霊系統は話ができる
・竜系統は話ができる
・天使系統は話ができる
傾向から話ができる召喚獣がランクが上がると増えていくような気がする。
全長2メートルに達するそれなりの大きさの魚Dの召喚獣が庭先をグルっと遊泳する。
普段、地面の中に溶け込むように身を隠しながら泳ぐのとは違い、優雅に泳ぐことができる。
(ふむ。宮殿近くも魚がたくさんいるな。これなら不自然ではないかな)
アレンが見上げると、魚Dの召喚獣だけではなく、この帝都の上空には色とりどりの魚が泳いでいる。
なかには大型のウミガメやエイなどもいる。
陸上の街中を飛ぶ鳩のような存在なのかもしれない。
「ちょっと、宮殿の中を見てきてくれ」
『はい。承りました』
アレンは魚Dの召喚獣に指示を出し、自らは建物の中に入って、今後の話をしようと全員がゆったり座れる会議室に移動する。
(ふむ、なるほど水晶花の中央に宮殿があると)
アレンは共有した魚Dの召喚獣から巨大な帝都パトランタの全容を見つめる。
こんな時も、魚Dの召喚獣が小魚くらいの大きさしかないと、他の魚に食べられてしまうから、これくらいの大きさで丁度良かったのかと思う。
巨大で全長100キロメートルはありそうな水晶花の真ん中にある帝都パトランタのさらに中央に宮殿は存在する。
バウキス帝国やギアムート帝国の宮殿も見てきたが、それよりも遥かに大きいような気がする。
天井部分の窓なら、それなりの大きさがある魚Dの召喚獣でも余裕で侵入できる。
なお、魚系統は地面を泳ぐこともできるので窓の大きさに関係なく、壁を透過することでも侵入は可能だ。
窓もない建物に潜入すると不自然さが生じるのだが、開いた窓から入ってきたのか、宮殿内にも天井部分を泳ぐ魚が結構いるので問題はないだろうと考える。
(ここは厨房か。魚人の料理も普通だな。さて、タイノメ局長はやっぱり皇帝に報告に行くのかな)
結構な数の魚人が宮殿の中で働いているようだ。
もうすぐ晩餐なのか大きな厨房で魚人たちが慌ただしく料理を作っている。
水晶花の明るさもずいぶん弱くなっていることを思い出す。
この海底を明るく照らす水晶花は、日中だけ明るく、夜は光を発しない。
明かりが弱くなっているのは、まもなく帝都パトランタに闇夜が訪れる合図である。
大きな建物で天井までが高く、魚人たちの視界には魚Dの召喚獣が入らない。
ずいずい宮殿内に侵入していく。
「それで、何事であったのだ。タイノメ局長よ」
(おお! いたいた!! 皇帝かな?)
あちこちに移動したが、謁見の間に到着できたようだ。
謁見の間はどこか魚人の国感があるなと思う。
前世の記憶にある竜宮城もこんな感じだったのかなと思う中、玉座には誰かがいるようだ。
偉そうに玉座に座る魚人がいる。
随分立派な鎧を着て、マントを羽織っている。
その目の前には大臣っぽい魚人と、博士っぽい爺さんの魚人がいる。
頬杖をつきながら玉座に座る男が見据える先には、アレンが随分話をしたタイノメ局長がいる。
そのタイノメ局長に対して、玉座に座る者の前に立つ大臣っぽい魚人が、何が起きたのか尋ねている。
「は! クレビュール王家が魔導具を持ってきております! そちらの……」
タイノメ局長が玉座に座る男にアレンが持ってきた魔導具について話をしているようだ。
帝都パトランタの10倍の領土を浄化することができること。
また、300年は稼働し続ける魔導具をバウキス帝国から貰い、献上する用意があることを伝える。
タイノメ局長の話が進んでいくと、玉座に座る男の眉間に皺が寄っていく。
どうやら疑っているようだ。
「アジレイ宰相よ。そんなことがあるのかよ。随分話を盛っているんじゃないのか?」
「たしかに。しかし、帝都パトランタにある全ての水質管理の魔導具に異常を示したという報告も確かに先ほどありました。イグノマス皇帝陛下」
(ん? イグノマス? 皇帝ってそんな名前だったっけ? というか、イグノマスってけっこう乱暴な口調だな)
玉座の前に立つアジレイ宰相が確かに報告を受けたと言う。
報告の内容も確かに水質の数値が0となったことを示しており、タイノメ局長の話と一致する。
アレンには宰相の言葉に気になったことがある。
皇帝の名前はイグノマスという名前ではなかったような気がする。
たしか皇帝に子供が何人もいたが、その中にもイグノマスという名前はなかった。
しかし、アジレイ宰相が当たり前のように陛下と呼んでいるので、プロスティア帝国の皇帝であることには間違いがないのであろう。
「そうか。それほどの魔導具を持参していたか。なるほど……」
「いかように?」
アジレイ宰相はどうしますかとイグノマスに尋ねる。
「そうだな。態々、献上すると言っているんだ。献上しにくればいいだろう。その魔導具の点検には時間がかかるのか?」
「どうでしょうか。1か月は見てほしいとのことでしたが」
タイノメ局長はアレンが言った、調整のために1か月ほど滞在するの1か月をそのまま伝える。
「1か月か。それ以上遅れることはあるのか?」
「ど、どうでしょうか。1か月はかかると言うことでしたが」
イグノマスは期間が気になるようだ。
(ん? 1か月に何かあるのか?)
「1か月以内に整備するように念を押しとけよ」
「は!」
タイノメ局長は頭を下げ、返事をする。
「そうか。全ては俺の都合のいいように時代は動いているようだな!」
イグノマスは魔導具が都合がいいと言う。
「その様でございますね。イグノマス皇帝陛下」
アジレイ宰相もニヤリと笑う。
「ちなみに、クレビュール王家のカルミンという王女も来ております。なんでもドレスカレイに会いに来たとか」
タイノメ局長はカルミン王女も来ていることを付け加える。
「ん? ドレスカレイ公爵?」
「はい。何でも婚約者に会いに来たとか?」
「なるほどな。まだ生かしているのか? シノロム導師よ」
(ん? 導師か? 博士っぽいな)
今まで話していたアジレイ宰相と、もう1人黙っていたのはシノロムという白衣を着たヨボヨボの爺さんの導師だった。
「はい。子供でしたら一応でございますが、牢獄の中で生きておりますじゃ」
ドレスカレイ公爵家の当主は既に殺しているが、子供はまだ生きていると言う。
(ドレスカレイ公爵捕まってるのね)
「ふん。そうか」
そう言ってイグノマスは考え込む。
「どうしますかの? イグノマス様」
「まあ、クレビュールの王女に内乱が起きた真実を知らせるのはもう少し後になるな」
イグノマスがニヤリと口を歪めた。
「それはたしかに。その時の顔は見物ですじゃ」
そう言ってシノロム導師はくしゃくしゃの顔をさらに歪ませる。
「そうか。そのような魔導具が俺の元に来るのか。俺のために時代は動いているようだ」
カルミン王女についてはそれ以上の興味はなかったようだ。
イグノマスは今一度、魔導具について思いをはせているようだ。
会話の状況からも、穏やかな話ではない。
(はい。イグノマスって男が起こした内乱でプロスティア帝国が完全に陥落しています)
公爵家の者が捕えられ、イグノマスという男にプロスティア帝国の皇帝が座る玉座が奪われてしまっている。
アレンは、プロスティア帝国は臣下の反乱か何かが起きて、その存続が危ぶまれている状況であることを知ったのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます