第397話 貢物③

 アレンが起動した浄水の魔導具によって、プロスティア帝国の帝都パトランタにある全ての水質管理の魔導具の安全装置が起動する。


 真っ赤にランプを光らせ、けたたましく警報を鳴らす様に慌ただしく人々が動いている。


「警報を今すぐ止めよ! 衛生管理局には魔導具の誤作動であることを伝えよ!!」


「「「は!」」」


 港にいる入国管理局の局員や、港で働く魚人に対して、タイノメ局長が矢継ぎ早に指示を出す。


「……」


(ふむふむ、水質管理の魔導具は衛生管理局の管轄か)


 アレンは異常事態に対して必死に対応をするタイノメ局長の様子を無表情に見つめる。

 まるで何かしたのかと言いたげな態度だ。


 必死に指示をしていたタイノメ局長が、粗方指示が終わり、じっと動かず様子を窺うアレンの元にやってくる。


「話のとおり、とんでもない効果だな、アレクよ」


(少しは落ち着いたかな)


 光を上げながら、起動する魔導具を見ながらアレンに、結果はよく分かったと言う。


「これで、魔導具の機能は分かっていただけたかと思います」


「大した胆力だ……。帝都を混乱させておいて。これから混乱の鎮静に私も動かねばならぬのだが……」


 既に宮殿も騒ぎになっているはずだ。

 宮殿に行って、この帝都で何が起きたのかタイノメ局長は説明する内容を考えなければならない。


「帝都パトランタにもたらす恩恵に比べたら、誤差の範囲かと」


「たしかに。だから、呼ばれてきたというわけか」


 タイノメ局長は、この若さで特命全権大使にアレンが呼ばれた理由がなんとなく分かった。

 プロスティア帝国との関係が悪化したクレビュール王国は貴重な魔導具を持ってきた。

 この魔導具をしっかりアピールする人材でないといけない。


 アレン自身も言っていたが、本人自らがバウキス帝国の皇帝とも直接交渉をすると言っていた。

 それだけの胆力と交渉力を買われたアレンが適材であったのだろうとタイノメ局長は考えた。


「では、この魔導具を是非、皇帝陛下に献上させていただきたく」


「む、それは……」


 やはりそう来たかとタイノメ局長は口にする。

 アレンは直接、プロスティア帝国の皇帝の下に魔導具を持って行くと言う。

 一瞬断ろうとするが、その言葉をタイノメ局長は飲み込んだ。


 今回アレンが持ってきたのは、プロスティア帝国の国家の在り様すら変えるほどの効果をもたらす魔導具だ。


 この魔導具があれば、帝都及びその近隣の街や村での浄水の魔導具が不要になる。

 それを管理する水質管理の魔導具も一部を残して役目を終えるだろう。

 水質汚染によって発生する疫病などの対策も一気に減少し、衛生管理局の形も変わるはずだ。


 年間どれだけのコストが下がるのか。

 買えば金貨数千万はしそうな魔導具がもたらす恩恵によって、水質に派生するあらゆる部門の予算が一気に減少しそうだ。


 国家には国家として、見せるべき形がある。 

 他の属国も属州もクレビュール王国がしたことを、そしてプロスティア帝国がこれからすることを知ることになるだろう。


 すると、アレンの思惑に1つ気付いてしまった。

 だから、この場で魔導具を起動したのか。

 既に、帝都パトランタで魔導具を起動させてしまった。

 帝都を騒がせてしまい、もう隠すことも、黙っていることもできない。

 公の場に公開されたと言っても良いことだ。


 この魔導具を置いて、さっさと陸上にあるクレビュールに帰れとタイノメ局長は言えるのか。

 もし、そのような言葉を発して、その態度が今後帝国で後を引き、問題になるかもしれない。

 自らの立場を苦しめることは絶対にしたくはないとタイノメ局長は考える。


(ん? 結構慎重な性格か? まあ、入国管理局のトップがザルな性格だと困るよな)


 アレンは、タイノメ局長の表情から、何を考えているのか推察する。

 そして、用意した交渉のカードの中で最適なものを模索する。


「カルミン王女殿下も連れてきております。できれば、お目通りを願いたく思います」


「殿下もおられるのか」


 護衛のフリをしたシアを従え、遠くの方で様子を見ているカルミン王女もこの場にいた。

 クレビュール王家としても、王族も国家の存続を賭けていると見ていいだろう。


「はい、ですので、是非、クレビュール王家からこの貴重な魔導具を直接に……な!? こ、これはどういうことでしょうか!!」


 ブウウ……


(お? 時間がきたな。もう少しタイマーを短くすべきだったかな)


 魔導具がその光を失い、機能が完全に停止する。


 ちょっとタイマーが長かったかなと会話を重ねながらアレンが時間を稼いでいたら、時間が来たようだ。


 アレンが慌てたふりをして、魔導具の元に駆け寄る。


「む? どうした? なぜ、魔導具の機能が停止したのだ?」


「確認します!」


 アレンが魔導具をべたべた触るが、うんともすんとも言わない。


「アレク殿、やはり先ほど落としたのが、原因ではないのか?」


 イワナム騎士団長がアレンの元に、タイノメ局長にも聞こえるように言う。


「何を言う。頂いた際にも、海底で動かしても大丈夫なよう、随分頑丈に作られていると聞いている。操作を誤ったのだろう。ルーティよ、一緒に確認してくれ」


「分かった!」


 運び出す際にバランスを崩し、落としかけたことをタイノメ局長は思い出す。

 それくらいで壊れる代物には見えないが、アレンの様子からも随分焦っていることが分かる。


 そして、タイノメ局長がしばらく様子を見ていると、ルーティに点検を任せてアレンが駆け寄ってくる。


「申し訳ございません。我々の不手際でございます。問題はないかと思いますが、皇帝陛下への献上の前に少し確認をさせてください。1か月ほどあれば、問題がないことは確認できるはずです」


 何故動かないのか分からないが、不具合のあるものを出すわけにはいかない。

 少し点検のためにこの魔導具を確認する時間が欲しいと言う。


「む? 1か月か」


「王女殿下もいらっしゃるので、できれば宮殿内に居させていただければ……」


 そう言って港を取り仕切る入国管理局の局長であるタイノメ局長に深々とアレンは頭を下げる。

 そんなアレンの顔はタイノメ局長からは見えないが凄く悪い顔をしている。


 今回、魔導具はタイマーをセットしたため30分で停止するようにしていた。

 だから、この魔導具に故障はない。

 この浄水の魔導具は、タイマーをセットして時間が来たら切ることもできるし、連続で起動することもできる。

 連続で起動したら300年は稼働し続ける。


 3か月毎日狩り続けたS級ダンジョンの最下層ボスのゴルディノからは、魔導コアは結構出すことができた。

 お陰で魔導コアの在庫は20個にすることができた。


 魔導技師団のララッパ団長には転移の魔導具の研究など、配下のゴーレム使いのドワーフと共に研究を行ってもらっている。

 転移の魔導具も、島の移動もまだ成功していない。

 しかし、今回持ってきた元々ある魔導具の性能を向上させるだけの加工は、3日で仕上げてくれた。


「宮殿に1か月宿泊させよとのことか。それはさすがに難しいぞ」


 簡単に許可できないとタイノメ局長は言う。


「そうですか? ちなみに、魔導具使いを派遣することはできますか?」


 断られたが、アレンは粘ろうとしない。


「む? 派遣だと」


「はい。実は、この魔導具が手に入ったおりに、管理や調整のために、クレビュール王家を通じて、魔導具使いのドワーフを数名、入国を申請したのですが却下されてしまい……」


 アレンは申し訳なさそうに言う。


「あ、あれは、そういうことであったのか!?」


 タイノメ局長が明らかに動揺する。

 今回魔導具の管理のためという、水を吐くように嘘をつくアレンの話だが、却下したのはタイノメ局長に他ならない。


 入国却下の正式な書面がプロスティア帝国から送られてきたのだが、入国管理局長タイノメと記載してあった。


 タイノメ局長は皇帝に献上すべき魔導具の管理ができる人材の受け入れを拒否してしまったことを知る。


「ですので、魔導具使いのドワーフを入国させるか、一応バウキス帝国で研修を受けた魚人がいます。そちらにしばらくお時間を頂いて調整させていただければ……」


「なるほど、調整できる者がいるのだな!」


 自分のせいで入国拒否した事実がこれでなくなるのではとタイノメ局長の目が輝きを増す。


「はい。ドワーフたちと魔導具研究をしている、ルーティです。とても若く見えますが、一番筋が良いとバウキス帝国でも評判でございまして」


 アレンが言うと、ペロムス、フォルマール、ルークが頭を下げた。

 この2人は、魔導具の整備役を担当する。


 今回のアレンたちのそれぞれの立ち回り

・アレンは特命全権大使

・シアはカルミン王女の護衛

・セシル、ソフィーはカルミン王女の世話役

・ルークは魔導具の整備役

・ペロムスは役人

・フォルマールは水夫


 だから、魔導具の整備役を派遣するか、宮殿を貸してこちらで整備するのか選択してほしいとアレンは言う。


(どっちでもいいんだよ。派遣している間、滞在させてもらうし)


 タイノメ局長に懇願するふりをしながら、アレンは考える。


 アレンは選択肢を与えたように聞こえるが、どちらを選択してもアレンが帝都に滞在することになる。

 魔導具使いの入国の手続きをするにしても申請から派遣まで何日もかかる。


 ララッパ団長らがやってくることになるが、直ぐには寄こさず時間を稼ぐつもりだ。

 整備が整ったと報告するタイミングもこちらの思うままであったりする。


「そうだな。故障ではないのであれば、お前だけでなんとかするのだ。王女もおり、貴重な魔導具もある。宮殿近くに住まいを用意しよう」


 宮殿には自らが、何が起きたのか説明をするとタイノメ局長は言う。

 自らが入国を拒否したことは問題にならない方を選択するようだ。


(む? 宮殿には入れてくれないと。だが、まあいい)


 こうして、交渉の結果、アレンたちパーティーはプロスティア帝国の帝都パトランタに滞在する許可を得たのであった。

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