第399話 才能と身分

 アレンはプロスティア帝国の謁見の間で行われた会話について、カルミン王女やイワナム騎士団長に話をした。


 玉座に座っていたイグノマスという男は、プロスティア帝国の近衛騎士団の騎士団長で将軍も兼任していたと言う。

 アルバハル獣王国のホバ将軍と同じようなポジションだったようだ。


 その元近衛騎士団長がプロスティア帝国で反乱を起こしてしまったことが分かった。

 今では玉座に座っており、宰相から皇帝と呼ばれている。


 アジレイ宰相は以前からの宰相であったらしいので、反逆者ということになる。

 シノロム導師は何なのか分からなかった。


 これを聞いてアレンは、この世界に転生する際、才能と身分について感じたことを改めて考えることになった。


 この世界は基本的に身分の低い者ほど高い才能が出やすい。

 だから、王政や帝国制だと、高い才能を持った身分の低い者が国家の転覆を図るのではないか。


 グランヴェル家で従僕をしていたころに分かったことは、しっかりとレベルを上げても、才能の有無によって太刀打ちできないところまで力の差が生じるということだ。

 才能によって生まれるステータスの差が10倍以上ある世界なので、随分革命の起きやすそうな世界だなと思った。


 学園での勉強で、世界各国の歴史について勉強した。

 実際に王国や帝国が、身分の低い者の反乱により滅ぶケースはあるようだ。

 しかし、そのようなことはあるが、そこまで多くはないという話も授業で聞いた。


 才能の高い者が一部だけ存在する理の中で世界は成り立っている。

 だから、国王や帝王のような権力者側も対策を取るのが普通だという。


 基本的に、暴君や暗君のようなあまりにも理不尽な王は誕生しないようだ。

 権力者が横暴だと平民や農奴が反乱を起こすからだ。

 反乱を起こす者の中には才能がある者もいる。


 反乱を起こさないよう国家は才能のあるものを厚遇する。

 平民の出の勇者ヘルミオスは、貴族最高位である公爵という地位にあり、ギアムート帝国の皇帝の妹との婚姻も予定されているという。


 勇者という立場に限らず、剣聖などの星の多い才能を持った者を王家の最側近である近衛騎士団に置くなどして、国家転覆を図る者たちから身を守っている。


 才能のある者に対抗するのは同じく才能のある者たちだ。

 そして、王や皇帝という国家権力の支援によって、近衛騎士団はその辺の冒険者や平民より圧倒的に装備が良い。


 アレンの仲間たちほどではないが、装備に金をかければ、実質的なステータスは倍以上の差になる。


 また、軍が暴走しないよう他国への防衛と王都の防衛に均等に軍事力を分散させるなど、力が偏り過ぎないようにする。

 さらに、反乱が起きたら他国の協力を求めるなど、才能がある世界独自の国家運営のノウハウがある。

 権力者の権力を守るのは、他国の権力者というわけだ。


 王家に限らず、貴族社会の中でも同じような反乱対策が取られている。


 こういったノウハウは、セシルの兄のトマスも通った貴族院とかで習うのかなとアレンは考える。


 それでも、内乱は時には成功する。

 それは才能というものがない前世の世界も同じだ。


 人を簡単に殺せる武器を持った軍部が、圧倒的な軍事力で内乱を起こしていた地域や国を思い出す。


 プロスティア帝国の現状を把握しながら、3日が過ぎた。

 アレンはその間、宮殿の中をくまなく探していたがどうしても見つけられない物があった。

 方法を変え、宮殿内で既に発見している別の場所に向かうことにした。


(さて、この辺かな)


 アレンは才能と身分について考えながら、宮殿の一角を目指す。

 最初の頃は魚Dの召喚獣に天上窓を通ってもらっていたが、今日は壁も通過する。

 この辺りには魚Dの召喚獣が通れるような大きな窓はない。


 その一角は宮殿の華やかな場所とは違って灯りが少なく、分厚い壁に付けられた窓は小さい。

 外の風景もほとんど見えない場所で、辛気臭く、水もずいぶん淀んでいる。


(おっと魚人がいた。まあ、当然か。監視くらいいるか)


 壁をゆっくりと音を立てずに通過したところで、魚人の気配を感じる。

 階段を降りた先を見ると、兵の格好をした魚人が2人いたので、ゆっくりと壁の中に隠れる。

 こういった時、壁に溶けるという設定が生きるなと思う。


「おい、見張りを代われ。あんまり寝ていると監獄長にまたどやされるぞ」


 知らない男の声が聞こえる。


「ん? って、ああ蹴るなよ!」


「蹴るなよじゃねえよ。おい、時間だ。代わるぞ」


「ああ、すまねえ。分かったよ、じゃあ、頼むわ」


(ふむ、やっぱり監獄には看守がいるか。しかたない、見られると動きづらくなるから手早くと)


 壁に隠れた魚Dの召喚獣が口を開き、中に身を潜めていた鳥Aの召喚獣を外に出す。

 鳥Aの召喚獣は特技を使い、「巣」を生成する。


「む、誰だ……」


 兵の1人が複数の気配に気づき振り向こうとする。

 しかし、振り向くことなく意識を失いその場に倒れる。

 もう1人の兵も同じく力なく地面に伏してしまう。


 「巣」を使い転移してきたアレンが、虫Eの召喚獣の特技「鱗粉」を使い2人の兵を眠らせた。


(ふむふむ、検証通り水中でも特技の使用はほぼ問題ないと。この辺りの設定は今後修正されるかもな)


「うまくいったようだな」


 帰巣本能で一緒にやってきたシアが、完全に眠らされた兵たちを見ながら小声で呟いた。


「ああ、出番がなかったな。先を急ごう」


 戦闘要員としてシアにも来てもらったが、思いのほか虫Eの召喚獣の特技「鱗粉」が効いたので出番がなかった。

 動きが軽快で、武器がナックルと大きな獲物を持っていないシアは今回の作戦にピッタリであったりする。


「うむ」


 この水中数百メートルの深海でも問題なく召喚獣の特技の使用ができることは検証済みだ。

 元々水中で召喚獣を使用できる設定にしているわけではなく、そもそも設定として考えていなかった可能性の方が高い。


 アレンは転生する際、初めての召喚士としてテストをしている設定だったことを思い出し、今後召喚獣の設定は変更されるかもしれないなと考える。


 特技や覚醒スキルは問題なく発動されるものの、水の抵抗があるので魚系統を除いて地上ほど召喚獣の動きは良くないように感じる。


 兵たちがいた場所から少し進むと、鉄格子の小部屋のある監獄が見えてきた。

 先ほど眠らせた2人は監獄を監視する兵たちだ。


 シアに視線を移すと、シアも頷く。


「出てこい、ハラミたち」


『『『はい』』』


 魚Dの召喚獣たちに鉄格子の中の様子を見に行かせる。

 サケの姿をした魚Dの召喚獣がゆっくりと鉄格子の前を通り過ぎる。


(お? この人かな?)


 鉄格子の中にさらに鎖で両手を繋がれた男がそこにはいた。


「何だこの者は」


 ボロボロの服を着ているが話し方が上品だ。

 見た目もカレイの魚人でカルミン王女の話によく似ている気がする。


 年齢は20代半ばくらいだろうか、アレンよりも10歳は年上に見える。


『ドレスカレイ卿ですか?』


 なお、ドレスカレイ公爵とアレンは認識しているものの、実際はドレスカレイ公爵家の嫡子だ。

 ユリウス=ドレスカレイがフルネームで、まだ爵位を継いでいないので「ドレスカレイ卿」と呼ぶことが相応しい。


「そうだが、お前たちは」


『お迎えにやってきました』


「む、迎えに? これはどういうことだ?」


 お目当ての対象を見つけたので、アレンとシアが駆け寄る。


 アレンたちが鉄格子の前にやってきたが、鉄格子はよく見たらミスリル製のようだ。

 さらにドレスカレイ公爵が鎖で繋がれているのは、才能がある者を意味する。


 才能がある者を投獄した場合、高いステータスやスキルによって脱走することを抑えるため、こういった形で、牢獄の中でもさらにミスリル製など硬い金属の鎖で繋ぐ。


 才能がある者の投獄の仕方もヘビーユーザー島で牢獄を作った時に勉強した。


「むん!」


 メキメキッ


「な!?」


 シアが力任せにミスリル製の鉄格子を広げる。

 そして、拉げて広くなった隙間からアレンとシアは中に入っていく。


 ドレスカレイ公爵は吹き出してしまったが、ミスリルを素手で曲げるなんてことはそうそうできるものではない。

 指輪と首飾りで攻撃力が16000ほどになったシアだからできることだ。


「お静かに、ここから出ましょう。他に出してほしい方はいますか?」


 シアがドレスカレイ公爵を縛るミスリルの鎖を引きちぎる中、アレンが話を進める。


「助けに来たということか。それなら、我よりも皇后やその御子らを脱出させてほしい。隣の部屋にいるはずだ」


 明らかに人ならざる力でシアがミスリルの鎖を引きちぎるのに水を飲んでしまったが、それでも助けてほしい者たちをドレスカレイ公爵は口にする。


「分かりました」


 皇后も捕まっていたようなので、見に行くことにする。


「何者ですか!?」


「お静かにお願いします。今助けに来ました」


 隣の鉄格子の部屋を見ると、同じくぼろ服を着せられた女性がいた。

 かなり動揺しているが、同じように鉄格子を破壊して助け出してあげる。


 どうやら、この辺りには反乱を起こされて捕まった皇家とその郎党がたくさんいたようだ。


 助け出してほしいというので30人ほどになったが、全員出して、ドレスカレイ公爵が捕まった部屋の周りに集合する。


「じゃあ、これで全部かな。シア、お願い」


「ああ」


 シアが部屋の奥の壁に向かって歩みを進める。


「どうするのか?」


「壁を破壊します。轟音が鳴りますので、耳を塞いでください」


 ドレスカレイ公爵の問いにアレンが答える。


(脱出の仕方も気を付けないとな)


 単純に出るだけなら、こんなに鉄格子を破壊しなくても脱出することはできる。

 魚系統の召喚獣は壁を通過することができるからだ。

 壁を通過し、鎖だけを引きちぎって転移すれば証跡を最小限にすることができる。


 しかし、それでは不自然さが残るし、疑惑の目が特命全権大使としてやってきたアレンやカルミン王女に向くかもしれない。


 もしも、鉄格子が破壊され、内側から外側に向け、壁が破壊されていたら、内部の者の犯行と思うかもしれない。


 シアはナックルに力を込めてスキルを発動する。

 ステータスだけならアレンの方が攻撃力を高くすることもできるのだが、スキルを発動させたシアの方が威力は断然高くなる。


「粉砕撃!!」


 ズウウウウン


 ものすごい爆音を鳴らし、シアは分厚い壁を粉砕して外に通じる大穴を空ける。

 壁の鉄骨にミスリルを使用していたようだが、そんなことお構いなしの威力だ。


「さて、では移動しましょう」


 穴を空けたからといってその穴を使うとは言っていない。

 アレンは鳥Aの召喚獣の覚醒スキル「帰巣本能」を使い、貸し与えられた宮殿近くの建物内に移動する。


「こ、ここは?」


「ここは安全なところです。皇后様」


 かなり動揺している皇后をアレンは落ち着かせる。


「皇后さま、どうぞこちらに、着替えを用意しております」


 カルミン王女が皇后や一緒に捕まってしまった女性たちに着替えを用意しているという。

 男性たちはイワナム騎士団長が世話をするようだ。


 結構な人数になったが、クレビュール王家も動揺せずに対応してくれるようだ。


「アレクと言ったね。皇后様を救ってくれて大変助かった」


(久々の再会って感じではないのか)


 婚約者のカルミン王女に一瞥しただけで、再会の抱擁のようなものはしないのかとアレンは思う。

 こうしてアレンたちはドレスカレイ公爵を救出したのであった。


「いえ、実は尋ねたいことがあって皆様を救出しました」


「ぬ? 聞きたいことがあると?」


「はい。実はベクという獣人を探しておりまして。何か知りませんでしょうか」


 アレンはそう言って助け出した経緯を説明するのであった。

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