第389話 内乱

 今日は次期獣王が決まる日だと聞いていた。

 確認のために、獣王国にルド将軍を向かわせた。


 向かわせたルド将軍から告げられたのは、アルバハル獣王国で内乱が起きたという話だった。


「獣王陛下は無事なのだろうな?」


(この前はあれほどひどい目に遭ったが、父の心配をするのか)


 内乱が起きたと聞いて、シアが最初に心配したのは自らの父であった。


「は、はい。ご無事です。内乱は既に鎮められております。詳細は場所を移して……」


「う、うむ。そうであるな」


 周りの兵たちが、何事だと注目している。

 ここは食堂で多くの兵が食事をとっている。

 元々シアの獣人部隊に所属していた者も多く、何が起きたのか知りたそうだ。


 アレン軍の兵たちに伝えるにしても、まずは状況を確認することが先決だ。


 拠点に設けたアレンのパーティー専用の会議室に場所を移す。


「で、では何から話したものか……」


 アレンたちの視線が集まる中、色々起こりすぎてしまい、何から話したらとルド将軍は困惑する。


(単純に内乱をベクが起こしただけではないと?)


「ぜ、全部、言うのだ!」


「内乱自体が鎮圧されているなら、最初から何が起きたのか言ってくれ」


 シアが全部話せと言うところ、アレンは被せるように最初から話すように言う。

 ルド将軍の戻りが遅かったのは、シアへの報告より状況を確認することを優先していたからだろう。


 シアに急ぎ報告する必要があるなら、もっと早く戻ってこれたはずだ。


 そこまで詳細に次期獣王を決める話を、アレンは聞いていたわけではない。

 獣王が臣下と話し合って次期獣王を決めている。

 なぜそれが内乱になるのか順を追って話を聞かないと聞き漏らしや判断の誤りが発生しかねない。


 獣人や獣王国で生きる者にしか分からない話が出てくるかもしれない。


「分かりました。順を追って説明します」


 ルド将軍の言葉にシアも冷静さを取り戻そうとする。


 今回の真相について5大陸同盟会議が終わったころに話がさかのぼるとルド将軍は言う。


 獣王は、臣下の大臣や占星術師テミを呼んでゼウ獣王子とシアどちらを次期獣王にするか決めるため話し合いをすると言った。

 そして、獣王である自らは早々に退位する意思を示した。

 なんでも5大陸同盟の会議の席、シアのけじめの際、自らが獣王化したことが決め手になったようだ。


 ドゴラやアレンに対して獣王化してまで勝ちに拘り、全力を出してしまった。

 その結果、獣王国に対しての評価を著しく下げてしまった。

 退位することが筋だと獣王が言い、呼ばれた大臣やテミは同意したという。


「……」


 ドゴラがその話を無言で聞いている。

 自分の拳が獣王の決断を変えたかもしれないのかと考え込んでいるようだ。


「そ、そのようなことが。獣王陛下はすぐに退位するおつもりであったのか」


 アレンが「気にするな、俺も参加した」と言おうとしたら、シアがドゴラの様子に気付いていた。

 ドゴラに考えさせすぎないようにシアが話を進めようとする。


「はい。宰相や内務大臣、テミ殿など一部の者のみに話された内容のようです」


 シアもルド将軍にも聞かされていない、アルバハル獣王国の未来を決める話であった。

 自らの立場についてもその時にはっきりと伝えたという。


「その時には既にベクは獣王になる資格がなかったってことか?」


「ベク……、そうですね。試練を超えたものが獣王になるという話には変わりはありませんので」


 アレンが当たり前のように獣王太子を呼び捨てにするので、ルド将軍は一瞬たじろいでしまう。

 アレンとしてはどういう思いで内乱を起こしたのか知らないが、シアが獣王になるための話し合いの場を乱した者に対して敬意を払うつもりはない。


 そして、獣王が与える試練についても改めて説明をしてくれる。


 基本的に獣王になるのは、長子だという。

 最初に生まれた子が偉いという思想だ。


 しかし、長子より優秀な子供が次子や末っ子に生まれることもある。

 そんなときのためにあるのが「獣王の試練」だ。


 獣王が難題を課し、その難題を乗り越えた者は長子ではなくても、獣王にする。


 これは子供が生まれにくいエルフやダークエルフが長老の子供も女王や王にできるようにするための制度とある意味同じだ。

 この獣王の試練も優秀な子供を獣王にする1つの仕組みのようだ。


「揉めたって、過去には2人の子供が試練を超えたことはなかったってことか?」


 誰を獣王にするか結論が出ずに3か月近く揉めていたような気がする。

 こんなに揉めているのは2人の子供が試練を超えることがこれまでなかったからなのではとアレンは考える。


「一度もないです。前代未聞と言っても良いかもしれません」


 アルバハル獣王国建国1000年の中で、試練を課された2人の子供が試練を乗り超える。

 今回シアに課された試練は、隣の大陸で布教が進んだ邪教徒の教祖討伐だ。

 そして、ゼウに課されたのは、前人未踏のS級ダンジョンの攻略だ。


 これまでに試練を課して達成するのは10人に1人くらい。

 2人とも達成するなんてことはなかった。

 結論を出すのに時間がかかってしまった。


「どんな意見が出ていたんだ?」


「意見?」


「そう、結論が出ないということは意見が対立して結論が出なかったんだろ?」


 アレンは意見の対立が、結論が出なかった理由であることを理解した。

 対立した意見の内容を確認する。


「そうですね。宰相と内務大臣はゼウ獣王子を獣王にと考えていたようです」


 宰相と内務大臣が揃ってゼウ獣王子を推したという。


 既に同盟結成から数十年経った5大陸同盟は、内政にまで影響を及ぼしていた。

 ギアムート帝国が主導となって、魔王軍と戦うための協力要請と非協力的な国の締め出しを政治的に強めていたからだ。


 内政を取り仕切り、獣王国のナンバー2の宰相と、ナンバー3の内務大臣はこの状況は看過できなかった。

 温和でギアムート帝国とも良好な関係を構築しつつあるゼウ獣王子を推して、閉塞的になりつつある国家運営を打開してほしいと願った。


「それでもゼウ獣王子に決まらなかったと?」


 今の話ならゼウ獣王子に決まってもおかしくないと思う。


「はい。テミ殿は早計に決めるべきではないとおっしゃるので」


 獣王の側仕えで助言役の占星術師テミは、ゼウ獣王子が相応しいか分からないという。


「ん? 占いの結果が変わったのか」


 これまでゼウ獣王子が獣王にふさわしいと出ていた。


「そうですね。占いの結果が出なかったというのが正しい表現でしょうか」


 ゼウ獣王子とシアに絞られて行ったテミの占いでは、ゼウ獣王子にならなかったようだ。

 しかし、シアにもならなかった。

 獣王位継承戦は白紙になったとも言えるとテミは、次期獣王を決める席で発言をした。


 宰相は「無責任である! テミ殿が試練を占ったのではないのか!!」と叫び、議論が出ないまま、数か月間も紛糾し続けた。


 そして、決まらない獣王位継承戦は、王城に住まう貴族たちにも広がり、それぞれの立場の貴族がどちらにするかという話になった。


 そして、次期獣王はまだ決めないという意見が強くなり始めた。


(白紙にするというテミの意見が現実化してきたということか)


 その考えに待ったをかけたのが獣王だ。 

 獣王は獣王位を譲るという意見を変えなかった。


 本日の正午には結論を出し、アルバハル獣王国全土に、次期獣王のお披露目をすると臣下たちに指示を出した。

 そして、アルバハル獣王国全土に、本日次期獣王を決めると発布した。

 

 獣王は次期獣王をどちらにするのか決めるまで出てはいけないと、朝から臣下たち全員を会議室に集めた。


 そして、アルバハル獣王国の民が見守る中、内乱が発生した。


 ベク獣王太子が挙兵して、王城を攻めたという。


(獣王も臣下も全員集まったところでの内乱か。このタイミングを待っていたのかな)


「ベクの内乱は鎮められたということは失敗に終わったということか?」


 内乱は終わり、その状況をシアの配下であるルド将軍にも事の顛末を伝えるだけの余裕がある。

 ルド将軍自身も内乱は収まったと言っている。


「いえ、獣王の証を奪われました……」


「ほう?」


「な!? ベク獣王太子は何てものを盗んだのだ!!」


 以前聞いていた、獣王になると貰える3点セットについてアレンは思い出す。

 オリハルコンのナックルと防具、そして聖鳥クワトロの聖珠だ。

 金色に輝くオリハルコンも聖鳥クワトロの聖珠も黄色で統一されており、獣王にぴったりの装備だ。

 アレンはこれもシアの装備になるものだと考えていた。


(フレイヤから神器を盗んだみたいな感じだな。神器ほど大げさではないだろうけど)


 魔王軍が火の神フレイヤのいる神殿を襲い、神器を奪い邪神教を使って、魂を集めていた。


 今回の騒動にも通じるものがあるが、ベク獣王太子は獣王の象徴のようなものを盗んでしまった。


「はい。いま、追跡部隊を使っているのですが、予見していたようで既に魔導船に乗って逃げてしまったということです」


 逃げることを前提に事を起こしたようだ。


(ふむ。獣王を倒して、自らが獣王になるというわけにはいかないよな。相手はあの獣王だし。それでも諦めきれないとなればどうすべきか)


 アレンはベク獣王太子になったつもりで考える。

 どうやったら、味方の臣下もいない状況で自らが獣王になれるか。

 そもそも次期獣王になるのはゼウ獣王子かシアに決まってしまっている。


 獣王を討つこともできない。

 獣王は勇者ヘルミオスも倒すほどの力がある。

 きっと兵を集めて束になっても獣王を倒すのは難しいだろう。


 じゃあ、獣王の証を奪ってどこに行くのか。

 何をすれば、獣王になれるのか。

 自分だったらどうするだろうと考える。


 アレンはルド将軍の顔を見つめる。

 

「味方がいるとかそんな感じかな? 例えばギアムートとか?」


(私兵程度でどうにかなるかな? 十英獣も何人か参加する親衛隊も王城にいただろうし)


 ベク獣王太子はどれだけの私兵を抱えていたか知らないが、獣王には獣王親衛隊と呼ばれる獣王直属の部隊がいる。

 星2つ以上が当たり前で、槌聖だったルド将軍もそこに所属していた。

 ホバ将軍など、十英獣の中にも獣王親衛隊に在籍している者もいるので、不意打ちとはいえ、王城はしっかり守りを固められていたはずだ。


 味方もおらず孤軍奮闘中のベク獣王太子に、誰が味方をしたのかという話だ。


「いえ、実は魚人兵を多く見たという報告を受けております」


 挙兵したベク獣王太子の配下に魚人兵が多くいたという。


「魚人だと!? クレビュールが裏にいたと言うのか!?」


 ずっとクレビュール王国と交渉をしていたシアが驚愕をしている。

 裏切られたかのような気持ちのようだ。


(意外だな。クレビュールが裏でベク獣王太子と繋がっていたから、この前書面で断ってきたのか?)


 アレンはギアムート帝国が裏でアルバハル獣王国を内部分裂させるために、ベク獣王太子を持ち上げたのかなと考えた。


 しかし、ベク獣王子の裏にいたのは魚人であった。

 魚人と言えば、クレビュール王国だ。


 その魚人国家クレビュール王国だが、アレンたちが再三にわたってプロスティア帝国に行きたいという要望を、先日書面を使って正式に断ってきた。


 プロスティア帝国には絶対に入国できないということだ。

 そのクレビュール王国がベク獣王子と繋がっていたのかとルド隊長に問う。


「今現在、クレビュールに確認中ですが、その様子もおかしいのです。どうも、クレビュールも何のことだと混乱している様子で……」


 クレビュール王国にアルバハル獣王国から、なぜベク獣王子の挙兵に協力をしたのか問い合わせをしたと言う。

 しかし、何の話だとクレビュール王国は反応をした。

 そのような事実はないと全否定をしており、こちらでも何が起きたのか確認すると言って追加情報を確認するという。


「ほうほう」


(クレビュールは知らないと。まあ、それが本当だとして、他に関与できる国は1つしかないか)


 アレンは今回の一件の黒幕を考える。

 味方のいなくなったベク獣王太子に、兵も出して協力したであろう魚人の大帝国を1つだけ知っている。


「アレン殿? まさか!」


 シアも同じ考えに行きついたようだ。


「これはプロスティア帝国が裏にいるな」


 アレンの言葉に皆が息を飲み込んだ。

 これから、どうやってプロスティア帝国に行こうかと考えていたところ、ベク獣王子と何らかの協力関係にあるようだ。


 アレンはその推測を元に次の行動を考えるのであった。

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