第388話 王家の悩み
「ちょっと、止まりなさい!!」
「やだよ~、や~い、かぼちゃパンツ~」
「こ、殺すわ!!」
逃げ出した褐色少年のルークを、鬼の形相でセシルが追い回す。
必死に追うものの、既に多くの兵が思い思いに昼食をとる中、テーブルの下を縫うように逃げるルークがなかなか捕まらないようだ。
そんな兵たちもまたかと何も思わないようだ。
「……ああ、オルバース王よ」
その様子を習い事の講師兼世話役のダークエルフが何も見えぬと目を手で覆った。
ダークエルフの未来が真っ暗になってしまったと思っているのかもしれない。
(今日もルークは元気いっぱいだな)
逃げるルークについてアレンは見たままの感想が湧いてくる。
ルークが拠点に来て半年ほどになるのだが、性格が分かってきた。
というより、地の性格というか、ありのままの態度で皆と接するようになった。
見た目が小学生低学年の8歳ほどに見えるルークは、いわゆるやんちゃ盛りのようだ。
セシルのスカートを捲ったり、尻を触ったりと、拠点ではいたずらばかりしている。
なお、セシル以外も標的にしたことがあるのだが、クレナのスカートを捲った所、「そういうの駄目だよ!」と言って、一瞬で捕まえ縄で縛って木の枝に吊るされていた。
クレナはそういうことは許さないのかという、新たな一面を見ることができた。
ルークがソフィーの尻を触った所、ソフィーは静かに激怒し、ダークエルフとエルフの間で戦争が勃発しかけた。
こんなところで戦争は控えてほしいとアレンは何とかソフィーを宥め、事なきを得た。
メルルには同じくらいの世代に見えるのか、ルークの中で食指が動かないようだ。
シアは獣並みの警戒心があり、背後をとらせない。
ただ、シアは寛容な性格をしており、ルークの悪戯を大目に見るところがある。
こういった各々の態度が見れたのもルークのお陰かもしれないと、そろそろ決着がつきそうなセシルとルークの鬼ごっこを見ながら思う。
「おい、離せよ! セシル!!」
「何が『離せよ』よ! こっちに来てちゃんと食事しなさい!!」
全身埃だらけで髪がくしゃくしゃになったルークを脇に抱えたセシルが戻って来る。
無事に捕まえたようだが、まだ逃げる気満々なのか、ルークは足を宙でバタバタさせている。
ルークが逃げ出した瞬間、腕の中から脱出したファーブルは、何食わぬ顔でテーブルの上で食事を摂る。
漆黒のイタチの姿をした精霊王ファーブルの席にルークを座らせ、アレンの横にセシルは大きく息を吐きながら席に座る。
「王にもいろいろあるんだな。それもそうか」
「では、お願い致します」と休息を取りたいのか、世話役のダークエルフがこの場を離れていくのを見ながらアレンは呟いた。
「何よ。というか、アレンももっと叱ったら!」
「まあ、子供だし」
この軍の代表なのだから、ルークをもっと叱ってほしいとセシルはアレンに言う。
しかし、子供は子供らしくという前世の記憶に引っ張られているアレンにとっては、やんちゃ盛りだなと、これくらいの悪戯があっても気にしない。
そして、口の周りを汚しながらスープを飲むルークを見ながら、何となくダークエルフの王であるオルバースがアレンたちにルークを託した理由が分かった気がする。
エルフとの戦いに敗れ、ローゼンヘイムから離れて南の大陸にダークエルフたちは移住した。
オルバース王は長い期間ダークエルフのために王として在位してきた。
その間に、エルフとの国交を回復させたり、エルフとの戦争で随分数の減ったダークエルフの数もゆっくりと回復させてきた。
長きに渡って、ダークエルフの繁栄に尽力してきたのだが、中々子供は出来なかったようだ。
ハイダークエルフはダークエルフ以上に子供が出来づらいらしく、やっとの思いで生まれた子供がルークであった。
やんちゃ盛りで手に負えない子供に頭を抱えていた所、次期女王の呼び声高いソフィーが里にやって来た。
ソフィーはほんのわずかな人数と召喚獣と呼んでいる不思議なものを従え邪教徒の問題を解決した。
オルバース王も立ち会う中、魔神をオアシスの町ルコアックごと消しさって見せた。
さらに、ソフィーは精霊神となったローゼンと共に、ローゼンが預言した世界を救うと言われているアレンとも同行している。
ルコアックの町と共にダークエルフの未来も潰れていくと思ったのかもしれない。
このままでは、ダークエルフの未来はないと判断する。
しかし、希望が全くないわけではない。
何故か、ダークエルフたちの信仰の対象である精霊王ファーブルがルークに懐いている。
これにはきっと何か意味があると、オルバース王はアレンたちにルークを託したようだ。
「今日も料理うめえな!」
『ルーク、急いで食べて喉に詰まらせたらいけないよ』
「うん。ありがとう」
育ち盛りなので笑顔で料理にがっつくルークに対して、慌てて飲み込むなと精霊王ファーブルは言う。
ルークは礼を言いながら、精霊王の頭をワシワシと撫でる。
料理のついた手で撫でられたファーブルは何食わぬ顔で毛繕いするかのように、自らにつけられた汚れを綺麗にする。
これもいつもの光景だ。
「……」
ソフィーは毎度のことながら、ルークを見ながら無言でこの状況を受け入れないでいる。
「ソフィーにもあんな時期があっただろ?」
無言でその様子を見るソフィーにアレンが言う。
「あ、ありませんわ! わたくしはずっとこうです」
ソフィーにはやんちゃ盛りはなかったようだ。
本当かなとずっと護衛を務めてきたフォルマールを見る。
アレンの視線に気付いているようだが、こういう時、フォルマールは決して目を合わせてくれない。
幼少期のソフィーについては、触れてはいけないのかもしれない。
(ふむふむ。前世だと歌舞伎役者の子供の演劇デビューとかすごく早かったような気がするな。5歳とか3歳とか。王家に生まれるとそれなりの品格を求められると)
前世では能や歌舞伎役者の子供は随分しっかりしているなという感想を持っていた。
自分が鼻水垂らして砂場で遊んでいたころから、彼らの子供は演劇で多くの客の前で挨拶をしていた。
この世界にきて、ソフィーやシア、ルークなどの各国の王族とも仲間になることができた。
王族には王族の苦悩があって、王族の子供が常に名君になるとは限らない。
暗君や暴君、凡君が生まれることもある。
自国を繁栄させることこそが、王位を継承する前提条件だ。
王位を継承するための工夫を各国がしてきた。
エルフやダークエルフが長老の子供も女王や王にできるという制度もその1つだろう。
(まだかかるのかな)
今日は、シアが次期獣王になるか決まる日だ。
午後くらいには次期獣王を現獣王自ら、アルバハル獣王国で発表するということになっている。
シアの獣王就任を確認するため、トマスの転職祝いにも参加しなかった。
「お? 間に合ったのか?」
「ああ、キール。まだみたいだぞ」
キールが若干酔っぱらったメルルと共に食堂にやって来る。
次期獣王の結果発表はまだだとアレンはキールに言う。
今日は昼食ごろに拠点に集合ということで自由時間にした。
キールはいつもどおり、教会に行って回復魔法を振りまいている。
そして、朝から近くの酒場でお酒を飲んでいたメルルを連れて拠点に戻って来たようだ。
「ほら、ドゴラ。肉ばかりでなく、パンも野菜も食べるのだ」
「ん? ああ、分かったよ、って、お、おい?」
両手で別々の肉の塊を握りしめるドゴラを、食事中も特訓中なのかなと思いながらアレンは見ていたが、シアが肉以外も食べるように言う。
そして、パンや野菜、果実などもドゴラの前に並べ始めた。
ドゴラからはっきりと困惑の表情が出ているのだが、この様子は今に始まったことではない。
このようなやり取りは5大陸同盟会議が終わってほどなくして始まった。
(これはドゴラがシアを助けたからなのか)
5大陸同盟会議に行なわれた獣王とシアのけじめのための戦いに、ドゴラは割って入って、ボロボロになるまで戦い抜いた。
シアはそれを胸に手を当てて見ていた。
獣王の凶悪な拳を受けながらも仲間を傷つけたことに怒り、自らの意思を示したドゴラは礼も何もシアに求めなかった。
シアの様子を見て、「無事で良かった」の一言だけ伝えると、もう過去のことのようにその時のことは口にはしなかった。
そんなドゴラに対して、シアの態度が変わってきた。
獣人は喜怒哀楽の起伏や感情などの差がとても激しい種族だと言われている。
ドゴラに対して、強い感謝の念以上のものがあるようだ。
「おいおい、またやっているのか」
酔いつぶれたメルルを席に座らせたキールは、腹を空かせていたのか、山盛りの料理をプレート一杯に載せてアレンたちの席に戻って来る。
キールから相変わらずシアがドゴラの世話をしているなとアレンに目で訴えてくる。
とりあえず、このまま静観しろとアレンはキールに視線で返事をする。
このシアによるドゴラの世話はこの場に限った話ではない。
既にシアは5つのA級ダンジョンを攻略し、S級ダンジョンに通い始めた。
アレンたちと合流して、最下層ボスゴルディノも討伐するし、アイアンゴーレム狩りに参加している。
当然のごとく、2つに分かれたアイアンゴーレム狩りはドゴラのいるパーティーに参加している。
シアからはもっと早くダンジョン攻略をしたいと言われた。
任せておけとアレンは答えた。
将軍や隊長格などのアレン軍を引っ張っていく役職には早めに攻略を勧めようかと考えていたところだ。
ルークを含めた48人で別枠を構成し、さらにスピードアップしたダンジョン攻略を進めた。
金貨1万枚を超える装備をした将軍や隊長格なので、高いステータスによって迅速に攻略が進んでいった。
お陰でシアもルークも先月からS級ダンジョンに通えるようになった。
シアは拳聖から拳王に転職も済ませてある。
シアから遅れて、ルークは黒魔術師から黒魔導士に変わった。
なお、ルークのデバフ系の魔法は最下層にいるゴーレムたちには効かない。
元々効きが悪いゴーレム系な上に、ルークの知力が足りないようだ。
ルークはS級ダンジョン最下層にスキルレベル上げのために通っていると言っても良い。
「ドゴラ、昼からも稽古するならパンも食べた方がいいぞ」
「ん? そうなのか?」
ドゴラがシアに対して「お前は俺のおかんか?」と言いそうになっているので、アレンが助け舟を送ることにする。
「肉はドゴラの血肉になるが、パンは体を動かす力になるんだぞ」
食べなくてもいい食べ物はなく、バランスよく食べるとよい。
ただし、ドゴラは今成長期のようなので肉多めでも問題ないとも付け加える。
午後からの稽古の動きが良くなると聞いて、ドゴラが固く焼き上げられているパンにバリバリかじりつく。
(ふむ、シアが不満顔だな)
アレンはシアに不満顔を向けられる。
どうやら自分が言っても食べなかったパンをアレンが言うと食べたことが不満であったようだ。
ドゴラを動かしたいなら、動かすように仕向けることが大事だということを知ってほしいとアレンは思う。
「遅いわね」
すると、セシルから次期獣王が誰になるのかの発表が遅いと口にする。
聞いていた話だともうそろそろかと魔導具の時計を見て確認する。
(これって、もしやゼウさんになったから、ルド将軍が拠点に戻りたくないとかじゃないのか)
シアのことをずっと世話をし、シアが結成した獣人部隊の隊長になったルド将軍が、結果を受け入れられなくて拠点に戻れないでいるのかもしれないなとアレンは思った。
バァン!!
遅いなとチラチラと食堂入口付近を見ていたら、勢いよく食堂のドアが開かれる。
そして血相を変えてルド将軍が入ってくる。
(お? きたきた、って、ん? どうした?)
食堂にいた兵たちが突然勢いよくやってきたルド将軍を見る。
しかし、ルド将軍は一瞬周りを探し、シアを見つけて大きな声で叫んだ。
「ベクが、ベク獣王太子が内乱を起こしました!!」
「……な!? それは真か!!」
一瞬何を言っているのか分からなかったシアも思わず立ち上がる。
アルバハル獣王国で新たな騒動が勃発していたのであった。
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