第384話 オリハルコンとキューブ

 アレンは名工ハバラクに呼ばれて、神殿を出て山を下りていく。

 このヘビーユーザー島唯一の山はそんなに標高が高いわけでもない。


 標高数百メートル程度の山で、ピクニックには最適な高さだ。

 しかし、この山は火の神フレイヤを祀る神殿に通じる山だ。

 山に対しても畏れを持って接してほしいと思う。

 アレン軍が兵たちと共にゾロゾロと山を下りていくと、巨大な塊が山道にいることが分かる。

 真っ白な塊だが動いているので、岩ではない。

 興奮しているのか尻尾の部分をバタバタさせているのだが、その度に地響きが鳴る。


「ん? ハクが興奮しているな」


(ハクもずいぶん大きくなったな)


 アレンが連れてきた白竜のハクが山道を通るアレン軍の兵に懐いている。

 アレン軍の兵は20メートル近く成長したドラゴンにずいぶん慣れた様子だ。


「わあ、ハクだ!!」


 ハバラクの言葉と目の前の白い塊にクレナが駆け寄っていく。


『グルルル!』


 そして、たまにハクに会いに行くクレナがワシワシと白竜の頭を撫でている。

 白竜はゴロゴロ言わせながら鼻先をクレナの顔に近づけている。


「なんか、すっげー慣れているな」


 精霊王ファーブルを抱きかかえながら、ルークが呟いた。


「ルークも触ってごらん」


「う、うん。噛まないよな?」


 そう言ってルークも人の大人ほどの大きさの頭があるハクに触れる。

 ビビってはいるが、ダンジョンでの魔獣狩りで慣れてくれたのか、怯えたりはしないようだ。


(ルークも随分、俺らに慣れてくれたな)


 最初の頃は無口であったルークだが、アレン軍やアレンのパーティーにも随分慣れてくれたようだ。

 今では、普段は別行動だが、会えばパーティー内で普通に会話する。


 そして、見た目8歳の少年は、精神年齢や言動も含めて見た目通りの少年であることが分かってきた。

 年齢は15歳でアレンと同じだが、ハイダークエルフは精神年齢の成長も遅いようだ。


 山を下りるとハバラクの工房が見えてくる。

 ここには鍛冶職人たちの工房が10軒ある。


「お弟子さんたちの調子はどうですか?」


「ん? ああ、まあまあだな」


 このヘビーユーザー島には今回クーレの町の民を受け入れたので、15000人になった。

 結構な人数なのだが、彼らの生活にも料理に使う包丁やら鍋やらの金物が必要だ。

 10軒の工房ではとても賄いきれない。


 それに名工とも呼ばれる腕のいいドワーフたちの職人には、アレン軍の武器や防具に専念してほしい。

 5000人の兵の武器や防具の手入れや加工で手一杯だ。


 そこで4つの町にもそれぞれ鍛冶屋を開くことにした。


 そのために、町の人を現在お弟子さんとして育成中だ。

 手伝いをさせているので、当然毎月の給金も発生する。

 元、鍛冶職人だったり、武器屋だった人を優先して採用しているが、山の麓や、名工の元で働けるとあって島では人気の職業となった。


 そうこうしているうちにハバラクの工房にたどり着いた。

 工房内にあるかと思ったが、外に置いてある。


「おお、オリハルコンだ!!」


(最強武器きた!)


 アレンの口から自然と言葉が溢れた。

 前世でも思い出深い最強と言ってもいいオリハルコンで出来た大斧が壁に立てかけられていた。


「握ってみてくれ」


「ああ」


 ドゴラに持ち加減を確認するようハバラクが言う。

 金色に光る両手斧だが、ドゴラは2斧使いなので、片手で握ることになる。


 さっそく利き腕とは逆の手で握りしめ、ムンッと素振りをしている。

 ドゴラから「手に吸い付くぜ」とか当たり障りのない感想が飛び出てくる。


『ドゴラよ。オリハルコンはいい感じかえ?』


「ああ、これで魔獣を沢山狩れそうだ」


『ほう』


 そして、背中に背負う神器カグツチが嫉妬したのか、語り掛けてくる。

 オリハルコンは神の鉱石と呼ばれ、現存数はとても少ない。

 もしかしたら、地上に出回る聖珠よりも数は少ないかもしれない。

 そのオリハルコンは、大地の神ガイアの領分という。


(あまり、嫉妬させて拗らせるなよ。というか、せっかくのオリハルコンが神器カグツチを手にしたせいで感動が薄れるな)


 ドゴラがオリハルコンに興奮しているので、火の神フレイヤの機嫌を損ねないか心配になる。

 そして、チート武器とも言える神器カグツチを手にしたおかげでその感動が薄まったことにアレンは嘆く。


「次は、剣でお願いしますね」


 火の神フレイヤの機嫌が変わらないよう、次の話題をハバラクに振ることにする。

 今回ダンジョンで手に入れたオリハルコンの塊2つの内、1つ半を使ってドゴラの大斧を完成させた。

 残り半分の塊を使ってアレンの剣を作ってもらう予定だ。


「ん? ああ、そうだったな。剣だな。その次はナックルと防具でいいのか?」


 ドゴラのオリハルコンの大斧が完成したので、次はアレンの剣を作ってもらう予定だ。

 その後、当初の予定どおり、シアのナックルと胸当てなどの軽装でいいのかと聞かれる。


「シアについては保留でお願いします」


「ん? そうなのか?」


「もしかしたら、獣王になって獣王の証が手に入るかもしれませんので」


 アレンはシアの武器と防具は再検討するので、自らの剣を作り終わったら次何を作るかその時に決めるという。


「ほう。まあ、分かったらまた教えてくれや」


 ハバラクは了解したと言う。


「む? まあ、そうだな」


 シアはアレンの提案に否定しない。

 自らも獣王の座に座るつもりでいるようだ。

 獣人国家を統一し、獣人帝国を築くなら、アルバハル獣王国の獣王になることが最短だ。

 その時点で獣人国家の3分の2を支配したことになるからだ。


 アレンはアイアンゴーレム狩りでもう少しオリハルコンが出ると思っていた。

 しかし、28000体もアイアンゴーレムを狩って、出たのはたった1つだ。

 これはあまりにも少なすぎる。

 アレンのパーティーにはもっとオリハルコンがいる。

 例えば、シアだけでなくドゴラとクレナの鎧も守りを固くするうえでオリハルコンは欠かせない。


 そのオリハルコンが足りない。

 シアには獣王になればオリハルコンの武器と防具が手に入る目途がある。


 獣王に身に着けることが許された「獣王の証」と呼ばれるナックルと防具はオリハルコン製だ。

 3種の神器とも呼ばれ、さらにクワトロの聖珠も手に入る。


 獣王になれば、エクストラスキル「獣王化」はさらなる段階になることができ、大変貴重なオリハルコンの武器と防具と聖珠が手に入るということだ。


 現在獣王位継承戦は戦いの最中だ。

 獣王位継承権を持っているベク獣王子とゼウ獣王子とシアは戦っている。


 アレンは誰が王や女王になるかなど興味はない。

 自分の身の回りが不幸になるベク獣王太子みたいな者が獣王になるなら全力で阻止するがそれ以外については基本的に興味がない。

 だから、グランヴェル家をトマスが継ぐのか、ソフィーがエルフの女王になるかは当人の課題であると思っている。


 手伝ってほしいと言われたら手を貸すこともあるが、自ら積極的に関与することはない。


 一度はゼウ獣王子の試練に協力もしたが、それは双方お互いのためでもある。

 シアの邪神教の教祖討伐の試練にも協力したが、それも双方お互いのためである。


 しかし、武器防具とスキルという圧倒的なメリットが用意されている。


 だから、シアに武器防具とスキルが獣王にならずとも手に入るなら、獣王位を応援することもない。

 仲間を強化し、魔王軍と戦うことが目的だからだ。


(しかし、シアが獣王になるなら、ゼウさんにお守り渡しておかないとな)


 ゼウ獣王子に1つの懸念がある。

 それはゼウ獣王子の妃が、夫であるゼウ獣王子が獣王になることを疑っていないらしい。

 占星術師テミが占った「ゼウが獣王になる」という言葉をそのまま伝えたのが原因だ。

 結構な恐妻家らしく、もし、獣王になれなければ、アルバハル獣王国の地を踏むことができないとゼウ獣王子から聞いている。

 獣王戦に負ければ、夜逃げする勢いだと言っていたような気がする。


 とりあえず、シアが獣王になったら、妃に殺されないよう耐久力5000上昇の指輪を2つほどプレゼントしようと思う。


 アレンたちは、では今後もよろしくお願いしますと言い、ハバラクの工房を後にする。


(あとは、もう工房にいるかな。って、いたいた)


 アレンには新しく作った工房にも用事があった。


「ララッパ団長」


 配下のドワーフたちをこき使って、魔導具の工房の準備を進めるララッパ団長に声をかける。

 ここは魔導具の研究施設となり、アレンたちがS級ダンジョンで出した魔導具の運用や新しい魔導具の開発を手掛けることになる。


「何かしら? アレン総帥」


 ドワーフたちへの指示を止めて、アレンの元にララッパ団長が寄ってくる。


「これを見てくれ。S級ダンジョンで出たんだが、よく分からないんだ」


「わあ、これって魔導コアじゃない! うは!? それも3つも!!」


 アレンがソフトボールサイズの正方形の何かよく分からないものをララッパ団長に渡す。

 大きさはソフトボール大だが、ダンジョンで他の階層に飛ばしてくれるキューブそのものの見た目だ。

 ペロムスに鑑定してもらうと、「魔導コア」という名前だけが分かった。

 用途までは分からないという。

 しかし、ペロムスのエクストラスキル「天秤」を使うと、1つ当たり金貨100万枚するという。


 これまでのどのアイテムよりも価値が高いが、使い道がよく分からない。

 魔導なんたらという名前なので魔導具の一種だと思う。

 授与式が終わったらララッパ団長に聞こうと思っていた。


「何に使うんだ?」


「なんにでも使えるわ。わ、私、ここに来てよかったわ! 最高よ!!」


 ララッパ団長は魔導コアを全て抱きかかえ最高と叫んだ。

 あげるとは言っていないのだが、何に使うものなのか教えてほしいと思う。


「これは何に使うものだ?」


 興奮冷めやらないララッパ団長に改めて問う。


「これは、全ての魔導具の核になるものね。なんにでもなるし、今までなかったものも作れるわ」


 何でも作れるらしい。

 これ1つで超大型の魔導船を動かすこともできるとララッパ団長は言う。


「この魔導コアから魔導具をつくるという感じでいいのか?」


(お? だったら)


 アレンには作ってほしいものがある。


「そうよ。アレン総帥は理解が早くて助かるわ。私の仕えていた長官はもう、頭が固くっていくら説明しても理解してくれないの。それで……」


 どうでもいい話に脱線しそうになる。

 ララッパ団長がアレン軍に参加したのは上官と折り合いがつかなかったからかもしれない。


「何でもか。例えば、島から地上や海中に移動するための移動機みたいなのは作れるか?」


 ヘビーユーザー島にはアレンしか外部への移動手段がない。

 魔導船の発着地を作ってもいいのだが、地上との登り降りには魔導船内の宿泊施設やレストランは不要だ。


 人や荷物の移動に特化した魔導具が必要だが、バウキス帝国に問い合わせたが、空中と地上の荷運びをする適切な魔導具が無かった。


「ちょっと時間がかかるかもしれないけど、可能よ」


(アイデアがあれば、形にできるということか)


 そこで、これまで考えてきた魔王軍戦の秘策について口にする。


「例えば転移装置とか作れるか?」


 「何だ転移装置とは?」と仲間たちはざわつく。

 アレンにとって、誰でも転移するための移動施設はファンタジーでもSFでも当たり前の常識だ。


「転移? 古代の秘宝じゃないの!?」


 するとララッパ団長がさらに絶叫する。

 身振りも大げさだが、最初からずっと声が大きいとアレンは思っている。


「昔は転移装置みたいなのがあったのか?」


(旅の泉的な)


 前世の記憶が蘇る。


「そう。3個じゃ厳しいかも、そんな魔道具になると10個は欲しいかしら」


 魔導コアを触りながらブツブツ呟く。

 1つで巨大な魔導船を動かすことのできる魔導コアでもあと10個はいるらしい。


(あと10個か。残り7個だし、作れるなら頑張って集めるか)


「アレン、魔界に行こうと思っているの?」


 呟いたもののセシルが以前メルスとアレンの会話していた内容を思い出す。


「いや、そうじゃないけど。魔王軍の根城とかに強襲できるし。転移装置はあると色々便利だろう」


 邪神が5つに分けられて魔界に放り込まれて、魔界との接点となる扉は創造神エルメアに破壊されたという。

 だから、今では魔界に行く手段は失われている。


 魔王軍は邪神の復活を目論んでいるようだが、そのために魔界に行かなくてはいけない。

 魔界に行くために必要な転移の魔法を魔王軍は復活させようとしているようだ。


 そして、別次元である魔界に転移して邪神の肉体を回収する。

 そういった研究が魔王軍の中で行われている。

 攻め滅ぼした要塞で人間たちを捕まえて残虐な実験をしている痕跡もあるらしい。


 アレンはその話をヒントにどこへも行けるし、魔王軍へ強襲するための魔導具の開発ができないかと考えていた。


「そうね。古代の秘術も含めて、これから研究するわ」


「分かった。島の移動もあるし、優先順位を決めてお願いをする」


 この島の移動の研究もしないといけない。

 魔導具使いのドワーフたちに魔導コアによる魔導具の作成が追加される。


 アレンの仲間たちはそんなアレンの会話を聞きながら、全ては魔王軍討伐のためであることを改めて知ることになる。


 大国の国家予算にもなる武器や防具を惜しげもなく配り、自らのパーティーはオリハルコン集めに聖珠集めと奔走する。

 そして、貴重な魔導具が手に入ったら、それを使い魔王軍を攻めようと考える。


「……これが英傑と呼ばれる存在か」


 ふいにシアが口にする言葉は、自らの夢も包み込むほどとても大きな存在であった。

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