第370話 来訪者

「魔獣ですか。どちらにいたんですか?」


 アレンは息も絶え絶え村長宅に魔獣がいたことを知らせに来た町民に尋ねることにする。


「馬小屋だ! し、知らない魔獣がいたんだ!!」


 話を聞くと牧場を任せた町民がこれから受け入れる馬小屋を見に行ったという。

 まだ人々の受入れが始まったばかりなので、家畜はまだ町にも島のどこにも入れていない。

 小屋の作りを見に行っただけだったのだが、何かデカい馬だなと思ったら、見たことのない魔獣であった。

 牧場まで結構な距離があったと思うが所詮は狭い島だ。

 ここまで走って来たようだ。


「場所を教えてください。この地図だと、どの馬小屋ですか?」


「ええっと、ここだ。この馬小屋だ」


 壁にはちょうどエールの町の全容の地図が描かれている。

 馬小屋はとりあえず5つほど作ったので、どの馬小屋か尋ねる。


「みんなも行くよ。金の豆の結界を突破してきたからね。気を抜かないで」


 Aランクの魔獣も入って来れない、金の豆を島の周りにも中央にも生やしている。

 町民が知らずに引っこ抜いてしまったのか。

 たまたまそのタイミングで魔獣が入ってしまったのか。

 引っこ抜かれ対策も考えないといけないが、今は起きてしまったことを解決しないといけない。

 もしも、抜かずに入ってきたのならその魔獣はSランク相当ということになる。


 商業地区など町の中心から離れた場所にアレンたちは鳥Bの召喚獣に皆を乗せて急行した。


「ここかしら? でも魔獣に建物を破壊されていないわよね?」


 馬小屋の側に降り立つと、背中にいるセシルから聞かれる。

 馬小屋に破損の形跡がどこにも見当たらない。


「たぶん、そうだ。ここからは見えないな。皆、注意して」


 アレンとシアが先頭に立ち、残りは後衛に回る。

 そのまま武器を持ち、馬小屋の中を覗き込むと確かに馬ではない馬っぽい何かはそこにいた。

 そして、アレンと目が合っている。


「こ、このお方は確か」


 シアも見覚えがあるというより、登場が強烈だったのでアレンの仲間たちは全員その姿を見て何なのか分かったようだ。


『……』


 四本の脚を畳んで、腹を床にした全身鱗のある角の生えた馬を見る。

 そして、相手もアレンをつぶらな瞳で見返す。


「こ、これはどういうことでしょうか? 調停神様」


(ありのままに今起きていることを言うぜ。馬小屋を作って町民に世話をさせようとしたんだ。そしたら、馬が入るスペースに調停神がいたんだ)


 アレンの理解を超えた現象が目の前に起きている。

 通常の馬より一回り大きな調停神が腹を馬小屋の平らにした地面につけ、こちらを見ている。

 通常サイズの馬用に作ったので少し狭そうだなという感想がアレンの中に溢れてくる。


『クレナはいないようですね』


 調停神ファルネメスが女性らしい優しい口調でクレナはいるかと問う。

 そして、視線を変えながら、アレンの奥にいる者たちを見ていく。

 どうやらクレナに会いに来たようだ。


「そうですね。今はここにはおりません。呼びましょうか?」


 今はドゴラたちとアイアンゴーレムを鬼狩り中だ。


『そうですか。いえ、結構です』


 そう言って、首を上げて話していた調停神が頭を丸めてすやすやと馬小屋で寝始めた。


「これはどういうことよ? 何で馬小屋に調停神様がいるのよっていうか寝てるのよ」


 アレンは調停神を受け入れた様子だが、理解できないとセシルは言う。


「まあ、馬と一緒に飼えばいいんじゃないのかな。ハク枠だな。名前はファルにするか」


 この調停神を町民たちに神だのなんだの言って、火の神フレイヤへの信仰が分散しても困る。

 ファルネメスではなく、「ファル」という愛称で、ここで飼えばよいとアレンは言う。

 直ぐにどこかに行ってしまうかもしれないが、狭そうなので隣との仕切りを取り除いて馬2頭分のスペースを確保することにしようと言う。

 あとは藁と水を与えて丁寧に世話をするように馬小屋担当になった町民たちに伝えようかと思う。


「何かとんでもない島になってきたわね」


 調停神が珍獣枠に入ったとセシルはため息をつく。


「いえ、これもアレン様の御力です!」


『……』


(いや決して俺の力ではない。ん? ローゼンどうした?)


 ソフィーが拳を握りしめ、これからの島の将来を想像する一方、精霊神だけが寂しそうに調停神を見つめる。



 それから10日が経過する。


「ファル~。ちゃんと食べてる~」


『クレナ、食べています』


 ファルネメスは丁寧な口調でクレナの言葉に答える。


 そう言ってクレナが人参らしき野菜を大量に持参して調停神ファルネメスに食べさせている。

 なお、神に食事は不要らしいのだが、精霊神もモリモリ食べているので、食事もとれるといったところだろう。


 ヘビーユーザー島にハクとファルがいるため、クレナはまめに島に戻りたいようだ。

 この島へ移動する上で1つ便利になっていることがある。

 王化した鳥Aの召喚獣は1日1回ではなく、1時間に1回転移が可能だ。

 頻繁に戻ることを想定して島に設置した「巣」は1時間に1回利用できる。


 島に戻ったら鳥Bの召喚獣を乗り回して、ハクに会いに行ったりファルの世話をしたりしている。


(さて、調停神は何しにこの島に居着いているのだろうか)


 精霊神に調停神が何でこの島にやって来て居座っているのか聞いてみた。

 何か思うことがあってここにいそうな感じがしたからだ。

 精霊神曰く、もう神界に調停神の居場所はないのかもしれないという話であった。

 元々上位神という力もあったが、神を裁くという役目から神界は心地よい場所ではなかったらしい。

 神も裁くということで、創造神からの指示も厳しいものだったという話もメルスから聞いている。


 現在は亜神ほどまで力を失っているらしい。

 どうも魔神を誕生させるために力を消耗してしまっているようだ。

 力をつけるため一休みしているのかもしれないというのが精霊神やメルスの考えのようだ。

 このまま休ませてあげてほしいと精霊神から言われた。


 今日は島に新たな民が移住してくるので、今日も廃ゲーマーのパーティーメンバーは全員集合した。


 この10日で起きたことと言えば、ペロムスが転職し、商人から豪商の才能になった。

 才能無しのレイブンが剣士となり、才能無しのリタが盗賊になった。

 僧侶の才能のあるミルシーが聖者となった。


 ペロムスは、ヘビーユーザー島の4つの町の市長を務めながらもダンジョンに通っている。

 ペロムスはチェスターから既に認められているのだが、フィオナに認められていないらしい。

 フィオナが強い男が良いとのことで転職することにした。


 ペロムスは島の内政の長である市長を務めているが、自らの商会を取り仕切ったり、ダンジョンにも通っている。

 ペロムスの状況も理解しているので、島の内政については、町長の合議でも何か方針があれば決めて良いとしている。

 なるべくペロムスの負担を減らす方針を取っている。


 そんなペロムスは地上では学園都市のダンジョンに通っている。

 島との行き来はアレンが転移で飛ばしている。


「そろそろ、フィオナさんに交際するようにお願いするのか?」


 できることは手伝っているがこれからどうするのかとクレナとファルのやり取りを見ながらペロムスに問う。


「そ、そうだね。できれば、もう少しダンジョンに通ってからかな」


 フィオナに一度ふられてから再チャレンジはできていない。

 転職ダンジョンで転職したので、このままエルフの隊に加わってレベルを上げてからもう一度交際を申し込むとのことだ。

 1人だけ青春しているなとアレンは思う。


 そんなアレンもある程度落ち着いてきたのでS級ダンジョンに通い始めた。

 最初の目標はステータス5000上昇の指輪を部隊の5000人全員分揃えることだろう。

 武器と防具もヒヒイロカネ以上、できればアダマンタイトの防具を軍の兵たちには用意したい。

 指輪を揃え、アレン軍全員の装備を更新すれば、Aランクの魔獣とも戦っていけるはずだ。


「シアは、転職はすぐしないって話だよな?」


「これから父上と会うからな。それが終わってからだな」


 転職したらレベル1になるのだが、今ステータスを下げるわけにはいかないという。

 5大陸同盟の会議に呼ばれており、その会議にアレンの仲間たちは出席することになった。


「じゃあ、皆、ムーハの町に行くよ」


 メルスと共有した視界でそろそろ準備が整いそうだ。

 アレンたちがここでファルの世話をしながら世間話をしている間に、ダークエルフの里ファブラーゼにある避難所からヘビーユーザー島への移民の準備が整った。


 アレンたちは鳥Bの召喚獣に乗って島の東側に向かう。

 エールの町よりやや小さめのムーハの町が既に出来上がっている。

 そこは元も砂漠地帯の住居らしく、ドーム状の土レンガの家が並ぶ。

 この島に砂漠地帯はないのだが、雰囲気が大事だとアレンは考えている。


『連れてきたぞ』


「こ、ここが新しい私たちの町なのか」

「あの御山におわすのが慈悲深きフレイヤ様か」

「聞いていた通り、随分涼しいところだ」


 アレンの視界も見ることができるメルスが、来るタイミングを待っていたようだ。

 アレンたちの到着と共に2000人を連れてくる。

 ムーハの町に受け入れるのはムハリノ砂漠の町ルコアック及び周辺のオアシスの町で邪教徒から助かった2000人の民だ。


 強い日の光にさらされ褐色の肌とヒラヒラした服が特徴のムハリノ砂漠の難民が、この島の涼しさを体感する。


「こんにちは、あなたがムーハ町長ですね」


 アレンがムーハの町の町長に話しかける。

 今回もムーハの町の町長をこちらで選んだ。

 今回は霊Aの召喚獣をダークエルフたちが作った難民を受け入れる施設に待機させ、リーダーシップのある老人を選んだ。


 そして、エールの町同様に、引っ越しを済ませて町や島の概要について説明をする。

 こうして島は徐々に人を増やしにぎやかさを増していくのであった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る