第365話 転職ダンジョン①

 トマスを手伝う予定だったが、レイラーナ姫とお付きの者のダンジョン攻略も手伝うことになった。

 今後、アレン軍の活動の件でラターシュ王国にはお願いすることもあるかもしれないので、王女に恩義を売っておくのは悪くないだろう。

 実際に払ってもらうのは、ラターシュ王国のインブエル国王になる。


 顕在化しているわけではないがアレン軍の活動を阻害する可能性は存在する。

 アルバハル獣王国とラターシュ王国には国交はない。

 しかし、学園都市は5大陸同盟の管轄であり、拠点も確保したのでアレン軍の転職が必要な獣人を順次転移させることにする。

 学園都市の治安を守るための憲兵とかはどうやらラターシュ王国が負担しているようだ。

 1国1学園制度により全ての国に学園があるのだが、それぞれの国で治安の維持の負担をしているのだ。

 国交のない獣人たちの学園都市での活動に何らかの不都合があれば、おたくの姫を世話をした代金で払えと言うことにしようと思う。


 アレン軍の転職スケジュールを考えながら、一通りトマスとレイラーナ姫にこれからについての話をした。


(説明はこれくらいかな。とりあえず、学園の課題が何なのか知らないが何とかなるだろう)


 エルフたちとともに学園に通うレイラーナ姫はダンジョンに行くことになる。

 アレンがいた頃の学園の課題にダンジョンの攻略があった。

 たしか、夏休みに学園の同学年でパーティー組んで参加しないといけなかったみたいだが、それはそれで個別に攻略させたらいいと思う。

 ある程度説明を終えたので、アレンは立ち上がった。

 この学園都市に来てまだやることがあるので、次の行動に移ることにする。


「トマスさん、行動もしやすいかと思いますのでこの建物を使ってください。部屋もたくさんありますので」


「え? それは助かるよ」


 かなりデカい豪邸を6つ土地ごと購入したばかりだ。

 一緒にダンジョンに入るアレン軍と同じ拠点にいた方がいいだろうと、好きに部屋を使っていいと言う。

 

「あら、私たちも使っていいのかしら?」


 レイラーナ姫が尋ねてくる。


(ん? まあ、ここからなら魔導列車の駅もあるし、学園に通えなくもないか。そうか一緒に住みたいのね。家賃は国王に請求していいよね)


 どうやらレイラーナ姫も一緒にアレン軍の拠点に住みたいようだ。

 恐らくトマスはレイラーナ姫に、アレンにダンジョン攻略を手伝ってもらう話をしたのだろう。

 そしたら、一緒に話を聞きに押しかけて来た。

 態度には示さないが、才能のないひょろひょろとしたトマスがこれからダンジョンに入るということで、不安になったのであろう。


「そうですね。これから大勢この建物を利用しますし、諸外国の別種族が来ても気にならないなら大丈夫です。使う部屋はなるべく少なくしていただけると助かります」


 とりあえず、ドワーフのメルルやエルフのソフィーを見てもそこまで強い反応がなかったので、王族として他種族に対する教養くらいはあるのだろうと考える。


 そして、たくさん住めるとはいえ、1人1部屋とかで住むと困るよということを暗に伝える。

 ここにはこれから学園都市の活動拠点としてアレン軍が大勢やってくる予定だ。


「あら? トマス。同じ部屋じゃないと困るとアレンが言っているわよ」


 レイラーナ姫がニヤニヤしながらトマスに言う。


(おませさんだな)


 年齢はたしか12歳だか13歳だかの学園1年生のレイラーナ姫はお年ごろなようだ。


「ちょ!? ちょっと、アレン。一部屋しか借りれないの!」


 トマスが真っ赤にしながらアレンに訴えてくる。


「いえいえ、トマスお兄様、2部屋に分けて住まわれても大丈夫ですのよ。何なら建物を分けて頂いても。グランヴェル家として王女様に失礼のないようにお願いしますわ」


 するとセシルがたまらず、間に割って入る。


「せ、セシル、ありがと。こ、これは色々誤解だからね」


 トマス曰く、これは何かの誤解らしい。


「あら、残念ね」


 レイラーナ姫は澄ました顔で残念と言う。


(セシルにしても、本気でレイラーナ姫に何か強い恨みがあるわけではないだろうしな)


 アレンとしてはミハイの件も含めてレイラーナ姫について何の恨みも怒りもない。

 これは前世の記憶に引っ張られていると思うが、親の罪は親が背負うべきもので、子供には一切引き継がれるべきではないという前世の常識がある。

 前世の法的にもそうだったが、そんな常識が一切通じない人もいたことも知っている。

 ただし、アレンは、親は親、子は子であるという考えの元、行動するだけだ。


 この世界の王侯貴族たちは、栄光の恩恵も、罪を背負うのも、一族が受けるものという考えだ。

 ミハイを厳しい任務につけた結果死なせてしまった王家に対して、セシルが煮え切らない態度になってしまうのも仕方ないのかなと思う。


「セシル、話は終わったようだし、俺たちは行こうか」


「そうね」


 鼻息が荒くなったセシルに拠点を出ようと言う。

 あとは軍の配下を何人か紹介して、配下に対応させることにする。

 霊Aの召喚獣も配置させたので、特に問題はないだろう。


 アレンが仲間たちと外に出て行った先に長い行列が出来ている。


(さて、転職ダンジョンの情報は5大陸同盟が周知することになったんだっけ。冒険者ギルドがフライングしたけど)


 この長い行列も、転職ダンジョン周辺に冒険者が溢れていることからも、かなり多くの冒険者が転職ダンジョンを知っている。


 教皇が行方不明となってから、転職ダンジョンの告知についてどうするか検討した結果、5大陸同盟主導で周知する予定であった。


 しかし、転職ダンジョン自体は、4月から運営を開始していることから、冒険者の間で話題になり始めた。

 転職ダンジョンが4月にオープンするという、1月の神託についての情報も耳ざとい冒険者には伝わっている。

 造ったディグラグニも別に口を閉ざしているわけではないので、ディグラグニに仕える神官からも情報が伝わり始める。


 その結果、真偽交えた情報が冒険者たちの中で広がり始めた。

 強くなれるという情報などで、力こそが正義のこの世界で「転職ダンジョンが出来たぞ!」なんて情報は最優先で広まる。

 5大陸同盟の盟主たちは魔王軍との戦争中であったり、戦後処理の対応に追われている。  

 人々の混乱を避けるために学園都市の冒険者ギルドが転職ダンジョンのオープンを告知した。

 そして、告知と共に転職ダンジョンを利用できるようにした。

 転職ダンジョンについては学園都市の冒険者ギルド支部でのみ、告知が始まっている。

 今後、5大陸同盟が世界に対して、転職ダンジョンの情報を広く伝える予定だという。


 その混乱に乗じて、アレンは転職ダンジョン近くの1区画を安く買い叩いた。


「おお! あの先に転職ダンジョンがあるのか!! 僕もようやく転職できるんだ!!」


 メルルが拳を強く握りしめて、行列の先のかなり大きな建物を見る。

 トマスやレイラーナ姫に説明している間もメルルは、すぐにも転職ダンジョンに行きたそうだった。


「これが転職ダンジョンか。結構高い建物だな。それにしてもメルルもやっと転職できるな」


「うんうん!」


 アレンも見上げながらメルルの言葉に返事する。

 皆が見る先には転職ダンジョンの入口がある。

 ダンジョン入口がある建物は10階ほどの建物で、ゾロゾロと建物の中に冒険者らしき風体の者たちが入って行く。


 メルルはワクワクしながら、建物を見つめる。

 自分だけ星3つの魔岩将という才能だったが、このダンジョンを攻略したら魔岩王という才能に転職できるはずだからだ。


 メルルを転職させることもそうだが、目的はそれだけにとどまらない。

 今回、転職ダンジョンをアレン軍の皆が利用する上で、何かトラブルになりそうなところ、危険なところが無いのかを確認することもアレンたちの目的に含まれている。


「そこの君、そんなもの持ってきては駄目だ!」

「そ、そんな」

「駄目だ駄目だ。このダンジョンに入りたければ、荷物は武器、防具、食料、回復薬のみだ」


(ん?)


 アレンがそろそろ中に入れるかなと思っていると、前の行列の人がリヤカーみたいなものを持って入ろうとして押し問答をしている。

 絶対に入れないと門番をやっているダンジョンを管理する冒険者ギルドの職員の態度に押されたのか、せっかく並んだのに、前の人はリヤカーを持ってどこかに行くようだ。

 アレンはそれを見ながら魔導書にメモを取る。


「転職ダンジョンに入りに来ました」


 アレンの順番になったので、アレンはそう言って冒険者証を見せる。


「うむ。って、え!?」

「おい、どうした?」


 アレンの冒険者証を見て、ひとりの門番が固まってしまった。

 どうしたと他の門番が怪訝そうになって冒険者証を見てさらに固まる。

 アレンの冒険者証は金に輝く「S」の表示と「アレン」という名前がある。


「何か、入るための条件はありますか?」


 固まってもらっても後ろも閊えているし、聞かないといけないことも多い。


「そ、そうですね。アレン様は特に荷物がないようですが」


 目の前の黒髪の青年が20年ぶりに現れたSランク冒険者であることはすぐに分かったようだ。

 丁寧な口調で門番が入るための条件を話してくれる。


・一度に入るのは最大8人まで

・ダンジョンに入る者は全員冒険者証を提示すること

・A級ダンジョン攻略が済んでいること

・荷物は最小限で馬車や手押しの台車などは不可


 なるほどと言いながら、事前に聞いていた話と相違点や追加点が無いのか確認する。

 アレンの仲間たちも冒険者証を見せる。


「5人での参加ですね。8階の802号室にお入りください。まっすぐ行った先に魔導昇降機がいくつかありますので、担当の者に使い方を聞いてください」


「はい。ありがとうございます」


 特に問題なく中に入れてくれるようだ。


 魔導昇降機なるものがあるというので、まっすぐ進むと受付と扉が複数ある広間に到着する。


「近づくと扉が開くようになっております。どちらを利用して頂いても構いません」


 なるほどと思って、アレンを先頭に近くの扉を開くと小部屋に入る。

 全員入ると扉が閉まり、8階のボタンがあるので当たり前のように押す。


「あなた、本当に当たり前のように操作するわね」


「前の世界にもこういうのあったからな」


 ただのエレベーターだと思う。


「もう少し、昔の話をしたらどうなの?」


「ん~。まあ、前世は前世だし」


 アレンはゲームの話はかなりするが、前世の話を全然しない。

 セシルは前世のことも興味があるのか結構聞いてくる。


 ブンッ

 カシャン


 魔導具が何か起動したと思ったら扉が開いた。


(なるほど、転移をするための装置のようだな)


 実際に登り降りするための魔導具ではないようだ。

 中にいるものを選択した階に飛ばしてくれる。


 マンションの共用廊下部分のようなところを歩きながら「802」と書かれた扉に向かう。


「おじゃまします」


 誰も突っ込んでくれないボケをしながらアレンが部屋に入って行く。

 こういう時にクレナがいないと困る。

 そんなクレナはS級ダンジョンでアイアンゴーレム鬼狩り中だ。


『いらっしゃいませ。廃ゲーマーの皆様。ようこそおいでくださいました。私は転職ダンジョン案内システム0802です。どうぞ中に入ったら扉をお閉め下さい』


(なるほど、随分狭い部屋だな。荷物のない8人が入れば十分な部屋だ)


 どうやら案内してくれるようだ。


 6畳もなさそうな小部屋の中央にキューブ状の物体が浮いている。

 先ほどリヤカーが駄目だと冒険者が追い出されていたが、武器防具を装備して多少の手荷物を持ってきていれば8人でぎゅうぎゅうになったかもしれない。


(なるほど、一度になるべくたくさんの人を転職できるようにするために部屋を小さくしたのか)


 これからこの転職ダンジョンに多くの冒険者や兵たちがやってくることになるだろう。


「ちなみに質問はいいのですか?」


『答えることができる範囲でしたら大丈夫です』


「このダンジョンは何階まであるのですか?」


『階というより課題が3つございます。3つとも課題に合格しますと転職を受けることができます』


(なるほど課題は多くも少なくもない3つだな)


 才能無しでも入ることができるダンジョンなので、それほど多い課題はでないようだ。


「最下層ボスはいるのですか?」


『おりません』


 アレンは今聞いた話のメモを取る。


「魔獣はちなみにどれくらいのものがでるのですか?」


『A、B、Cランクの魔獣が出てきます』


「Aも出てくるのですか。結構難易度は高いのですね」


(む? 才能有りカンスト勢でもドラゴンとか出てきたら全滅しないか?)


 8人でのドラゴン討伐はかなり厳しいとアレンは認識している。

 アレンたちも学園で最下層ボスにドラゴンが出てきたとき結構苦労したものだ。


『それは入ってみればわかる形になっております』


 これ以上詳しくは教えてくれないようだ。


「分かりました。では転移してください」


 いくつか聞こうと思っていたことは聞けたので、課題を貰えるところに飛ばすように言う。


『では、転職ダンジョンへ挑戦してください』


 転職ダンジョン案内システムの言葉と共にアレンたちの視界が一気に変わった。

 こうして転職ダンジョンの攻略が始まったのであった。

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