第364話 レイラーナ姫

 名工ハバラクに会いに行って数日が過ぎた。

 アレン軍は方針が決まったので、それぞれの活動を進めていく。


 クレナ、ドゴラ、キール、メルスは予定どおりS級ダンジョンでアイアンゴーレム狩りをしてもらう。


 まずは獣人だが既にレベルもスキルも上げている。

 シアの配下であった獣人たちは、ダンジョンの攻略が済んでいる者がほとんどで転職ダンジョンに行ける獣人は順次転職させていく予定だ。

 アレンの仲間たちがローゼンに転職してもらった時のように職業が近い系統で変更できる。

 しかし、軍としての機能や構成も考え、自らの才能をさらに飛躍させた形にする。

 例としては剣士だったら、魔法剣士のような派生した職業を選ばず、剣豪を選択させる。


 エルフはレベルもスキルも上がっているのだが、ダンジョンに行ったことないものがほとんどだ。

 ローゼンヘイムにはダンジョンに行ってお宝を見つけようみたいな感覚はないらしい。

 転職ダンジョンに入るためにはA級ダンジョンを1つ制覇しなくてはいけない。


 ダークエルフはレベルもスキルも上がっておらず、ダンジョンにも行っていない。

 彼らはダンジョンを攻略しながらレベルを上げていく。


 本来、特性の異なる種族の混成の軍を作ることが理想であったのだが、これほど種族ごとに課題が違うので、現在はそれぞれの種族ごとにやるべきことを進めているところだ。


 恐らくアレン軍が形になるのは、1年はかかるのかなと思う。

 なお、ダンジョンは悠長に攻略させるつもりはない。

 経験値より攻略重視で、各部隊48人になるように入らせている。

 斥候職もしっかり入れているので罠を踏んでどうかなるなんてことはないだろう。


 この世界の経験値配分はこのような形だ。

・1人は100%

・2人~8人は80%

・9人~16人は60%

・17人~48人は40%

・49人~252人は20%

・253人以降は10%


「結構な人だな」


「う、うん。僕たちがいた時より結構な人だね」


「ああ」


 アレンはうっかり独り言を言ったのだが、メルルが返事をしてくれる。

 ここにはアレン、メルル、セシル、ソフィー、フォルマールがいる。

 現在ラターシュ王国の学園都市にいるのだが、結構な大賑わいだ。


(早めに来て正解だったな)


 まだ、魔王軍の侵攻が終わってほどなくしてのことなのだが、かなりの人が既に学園にやって来ている。

 アレンが学園に通っていた時よりかなり人混みは多くなっており、明らかに転職ダンジョンのお陰だ。

 ギアムート帝国の皇帝が転職ダンジョンの利用を制限しようとしているのはこの状況なら分からないでもない。


 転職の良さを理解した人がこれから周りに吹聴し続けて行けば、これからもっと人が集まるだろう。


 なんだか前世で新実装されたダンジョンやフィールドに人が集まる感覚が蘇るようだ。

 あの時は、人が一か所に集まりすぎてサーバーへの負荷が大きすぎて、人が正常に映らなかったり、サーバーダウンが頻発していたなと思い出す。


「アレン様、こちらに私たちの拠点がございます」


 アレンたちが魔導列車から降りてやって来たことに気付いたエルフたちが寄って来る。

 彼らはアレン軍のエルフたちだ。

 案内されたまま向かった先には大きな建物がある。


「ここ? おお! いいじゃないか。よく買い取れたな」


 アレンは見上げながら、巨大な建物を見つめる。


「はい。この一区画を資金の範囲内で買い占めさせていただきました」


 転職ダンジョンは今後増えていくと言う話は聞かない。

 これからこの学園都市の不動産価格は高騰するだろう。


 アレン軍の活動場所は、ヘビーユーザー島、S級ダンジョン試練の塔、学園都市の3つが主になる。

 この3つに分散させて活動させる予定なのだが、数百人は収容できる建物が必要になる。


 アレンの収納には金貨100万枚の資産と売ればそれ以上になる指輪や武器などが入っている。


 エルフたちには金貨10万枚渡すので、活動拠点となる場所を買い占めるように伝えてある。

 今回は長く使っていく予定なので、賃貸ではなく不動産を購入することにした。

 家6軒分の1区画を予算内で購入してくれたようだ。


(ふむ、なるほど。土地を整理して、広く使っても500人住めたらいい方か。やはり地上での活動のメインはS級ダンジョンになるのかな)


 鳥Eの召喚獣を使って上空から見ると、結構な広さだ。

 既に不動産ギルドに手続きを済ませ、住んでいた者にはそれなりの額を渡して立ち退いてもらった。

 一軒当たり50人以上住める家が6軒あるのだが、建物間の無駄な塀などを壊して建物の拡張をしたら500人は住めるような気がする。


 学園都市での活動最大数は500人程度なので、地上で活動する拠点としては十分ではない。

 S級ダンジョンも広く不動産を買い活動拠点を分散させる予定だ。

 S級ダンジョン1階の街についても、金貨10万枚を獣人たちに渡して同じように広い土地を買うように伝えてある。

 足りなければさらに金貨10万枚出そうかと思う。


 少々街の中央にあるダンジョンの入り口から離れてもいいので、学園都市で買い占めた倍の広さを購入してもらう予定だ。

 S級ダンジョンも転職制度が進めば、利用者が増え、人が混む可能性もあるので、早めに買い占めることは大事だと考えている。


 貯めたお金で異世界の不動産や土地を買うとは思っても見なかった。


 コンコン


「誰かいらっしゃいましたね。ちょっと見てきます」


 建物の中の説明を聞いていると、客人がやって来たとエルフたちが声を掛けてくる。

 今日は日曜日なのだが、昼過ぎにやって来てほしいと伝えている者たちがいる。


「アレン。こんにちは。ここでいいのかな? って、やあ、セシル久しぶりだね」


 アレンたちより2歳年上のトマスがやってくる。


「ええ、お久しぶりです。トマス兄さま」


 建物の中をエルフに案内され、アレンの横にいるセシルに話しかけてきたのはセシルの兄のトマスだ。


 トマスからは以前からちょくちょくレベル上げを手伝ってほしいと言われている。

 学園都市にアレン軍の拠点を固めることになったので、ついでにトマスの今後についても考えることにした。


「トマス。ここが呼び出された場所なの? 何にもないじゃない」


 するとトマスの後ろから若い女性の声がする。

 彼女のお陰で、トマスにレベル上げを手伝ってほしいと頼まれることになった。


「こ、これはレイラーナ殿下、まだこの建物は清掃が済んでおりませんので」


 アレンが、ずかずかと入って来て物件内を物色し始めた声の主に挨拶をする。

 このブロンド色でカールの髪が両サイドにある髪型をした女性こそが、ラターシュ王国の王女レイラーナだ。

 2人ほど女性の学生もいる。

 レイラーナ姫のお世話係だろうか、護衛だろうか、明らかに身を案じている。

 アレンもソフィーも無視していたが、学園での敬語不要の制度は何だったのだろうと思う。


「ちょ!? そ、そうです。レイラ様!」


 入口で話をつけるので待っていてほしいとでも言ったのだろうか。

 完全に無視してレイラーナ姫が建物の中に入ってきたことにトマスが驚く。


(レイラ様ね)


「あら、トマス。私のことはレイラで良いと言っているでしょう? あら? あなたはもしかして……」


 直ぐ顔にでる性格なのか、ムッとした表情でレイラーナ姫が呼び捨てにするように言う。

 そして、アレンの横のセシルに気付いた。


「はい。トマスの妹のセシルと申します。兄を気に掛けていただきありがとうございます」


 呼び捨てにしろというので一瞬息を飲んだが、セシルが貴族としての挨拶をする。


「トマスの妹って随分綺麗ね。聞いていた話と雰囲気が違うわ。……何かもっと凄く元気が良いんじゃなかったの?」


 すると、ゆっくりセシルはトマスを見る。

 セシルの表情は死角となってレイラーナ姫には見えないが、アレンはセシルがこの視線になった時、逃げださないといけないことを知っている。

 襲い掛かる寸前の表情だ。


「ちょ、ちょっとセシル。全然違うし。色々誤解しているよ!」


(セシルやめろ。今のセシルなら、トマスだと致命傷じゃすまないぞ)


 魔導王をカンストしたセシルはその辺の才能無しでは敵わない。


「みんな集まったことだし、掃除が終わっていない部屋ですがこれからの話をしますか? レイラーナ殿下」


 アレンが話を変えることにする。


「あら、そうね。気が利くわね。たしか、あなたがアレンね」


「はい。アレンと申します。お見知りいただきありがとうございます」


「そうだね。話ができるところに移動しよう」


 トマスも今にもここから移動したいようだ。

 まだほとんど家具がないのだが、この大きな建物にふさわしい広間があったので、そこに全員集めてこれからの話をする。


 話というのは、当然トマスのダンジョン攻略を手伝う日程などだ。


「トマスさんは大丈夫なのですか? 王城の仕事はどれくらい休みを貰う予定ですか?」


 アレンはグランヴェル家の客人なので、爵位を持っていないトマスにはさん付けだ。

 トマスは王城でグランヴェル家を継ぐ勉強のために、働いていたような記憶がある。

 その仕事を、どれくらい休みを取る予定でいるのか聞いていなかった。


「大丈夫よ。アレン。1年休みを貰うように私が言っておいたから」


(1年って、道楽貴族に多いパターンだな)


 レイラーナ姫がトマスの代わりに、1年休みを取らせたと答えてくれる。

 貴族の世界の話だが、貴族の中には突然音楽や絵などの芸術に目覚めて、籠ってそれしかしなくなる者も結構いるという。

 道楽貴族と呼ばれるが、ダンジョン攻略に目覚めても1年休みが取れるようだ。


「それなら良かったです」


「ちょ……」


 アレンは納得したが、セシルとしてもグランヴェル家を継ぐのはトマスだと思っている。

 その勉強のためにも働いていたのだが、それを休んだことにツッコミを入れたくなったが、王女の手前飲み込んでしまった。


 ここにはソフィーという大国の王女もいるのだが、やはり自国の王女と貴族という立場は大きいようで、普段より大人しく感じる。


「それでは、日程について簡単に話をします」


 そう言ってアレンは今の話を踏まえてダンジョン攻略とレベル上げについて説明をする。

 とりあえず、トマスはエルフの部隊に参加してひたすらダンジョンの攻略を進めるように言う。

 才能がないトマスはレベルだけ60にすればよく、スキルレベルを上げる必要はない。

 A級ダンジョンを1つ攻略すれば転職ダンジョンに行けるようになる。


「私たちはトマスと一緒にダンジョンに入れるのかしら」


(お、一緒にダンジョンを攻略したい感じか)


「レイラーナ姫は学園がありますので、週に2日ダンジョンに行くかと思います。なるべく、一緒の日程でダンジョンに入れるように調整しますが、才能がないトマスさんの才能付けを優先させてください」


「それもそうね。トマスは回復役がいいわよ」


「なるほど。ではそのように」


 トマスは週6日、レイラーナ姫は週2日の予定のようだ。

 レイラーナ姫の案でトマスの職業が決定される。

 効率よく攻略を進めていくよう話を進めていくアレンであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る