第351話 グシャラ戦②

『さ、祭壇が、魔王様に捧げる祭壇が! お、おのれえええええええ! 殺す! 殺します!!』


 粉々に粉砕された祭壇を見て、絶叫する。

 そして、破壊したアレンたちを見て怒気を籠めた視線を送ってくる。


 こんな表情をする男が、この大陸に数百万ともいわれる信者を集めた教祖なのかと思う。


「姿を変えていくぞ!!」


 狂気と憎悪に染まった表情がさらに険しくなったかと思ったら、ローブの下がボコボコと膨れ上がりおぞましい姿を見せる。


 甘言や虚構を飾り、数十年かけて集めに集め続けた邪神教の教祖グシャラ=セルビロールが本性であり本体を現した。

 ローブがめくれ、憎悪や悲哀に満ちた顔が至る所についている。


 信者の苦しみがそのまま体に宿っているようだ。


『あなた方の死をもって、祭壇を失ったことに対する謝罪としましょう! さあ、苦しみ悶え死になさい。イビルガーデンズ!!』


『『『アアアアウァアアアアアアアアァァ!!』』』


 グシャラはアレンたちに死刑宣告をする。

 そして、これまでの魔法と体を動かす所作が違うようだ。

 無数の死霊が変貌してボロボロになった法衣からはみ出てくる。


 初めての魔法と判断したアレンは石Aの召喚獣の召喚を増やし防御の姿勢を取る。

 無数の死霊たちが石Aの召喚獣に纏わりつき倒していく。


(直進をしない自動追尾型の魔法か)


「なるほど、本気を出して魔法の威力があがったが、やはりさっきまでとは違うようだな」


「そのようね」


 セシルもアレンの言葉に同意する。

 祭壇の漆黒の炎を覆った状態はほぼ無敵の状態だった。

 ダメージもほとんど効かない上に、魔力は無尽蔵で骸骨教皇が回復してしまう。

 恐らく本気を出したグシャラの強力な魔法で、倒された石Aの召喚獣は兵化したもの1体のみだ。


(さて、魔力が尽きるまで粘れるかな)


 魔法使いの攻略法は、魔法を封印するか、魔力を奪うなり何なりして無くしてしまう。

 これが全てだと思う。

 上位魔神グシャラは、変貌しても前衛的な容姿には変わらなかった。

 魔法一筋で攻撃してくるようだ。


 このままここで粘れば勝てるかと精霊神を見る。


『はは。たぶん、そこまで精霊王の祝福の効果は長くないかな』


(やっぱり。そうか)


 開幕早々に精霊王の祝福を貰ってかなりの時間が経過した。

 メルスとバスクの戦いや、ドゴラとバスクの戦い。

 そして、確実に祭壇を破壊するためグシャラとの防衛戦によって、時間がとんでもなくかかってしまった。


 精霊王の祝福のステータス3割増の効果が切れてしまう。

 

「さて、時間があまりないようだ。皆で倒すぞ。作戦を伝える」


 アレンは皆にこの状況での立ち回りと役目について説明をする。


「ええ。分かった」

「なるほど」

「畏まりましたわ」

「やっつけないとだね」


 この日のために作戦は短ければ短いほどいいと伝えてきた。

 理想はアイコンタクトのみで、どんなに複雑な作戦であっても、全ての作戦が伝わることだ。

 仲間たちはそれぞれ自分の持ち回りについて理解してくれたようだ。


「メルス。ちょっとグシャラに接近したい。壁になってくれ」


『む? 分かった』


 皆に待っているように言って、アレンはグシャラの元に走り出す。


『ほほほ。とうとう出てきましたか。むむ!?』


 突っ込んでくるアレンに身構え、魔法を発動したグシャラから進行方向を変える。

 放たれた魔法はアレンの前を飛ぶメルスが直撃を受けて耐える。


 アレンが手を延ばす先には大剣が1本落ちている。

 無傷のオリハルコンの大剣がそこにはあった。


 バスクは3つのアイテムを置いて逃げて行った。

 ドゴラの神器カグツチによって半分に叩き切られたオリハルコンの大剣。

 切り落とされた手首に装備していたルバンカの聖珠。

 そして、最後の1つは、神器フラムベルクを装備するため、今回の戦いで未使用だったオリハルコンの大剣だ。


 バスクはオリハルコンの大剣2刀流使いだ。

 祭壇の手前にはバスクが投げ捨てたオリハルコンの大剣がある。

 アレンはそれを手に入れるため、メルスを壁に前線に突っ込んでいった。


(これもおいらのもんだ)


 装備は奪い取るもの。

 勝利したのはドゴラだが、この大剣を使う者はパーティーに1人しかいない。


「クレナ! 大剣だ!!」


 クレナに向かって大剣を投げる。

 回転して飛んでいくオリハルコンの大剣をクレナが受け止めた。


「うん!!」


 クレナが前線に出る。

 クレナ、アレン、メルスが前衛の担当だ。

 クレナにはルバンカの聖珠とオリハルコンの大剣を持たせているので、体力、耐久力も上がって即死なんてことはあり得ないレベルに達している。


「シャイニングバニッシュ!!」


「ターンアンデッド!」


「ゲイル様お願いしますわ!!」


『うん、ママ』


 3体の将化した石Aの召喚獣の後ろにはセシル、キール、そしてソフィーとフォルマールのペアが隠れている。


 彼らの前にいる3体の召喚獣は消えたり現れたりしながら攻撃を繰り返す。

 グシャラの魔法の発動時間、セシル、キール、ソフィーの魔法、浄化魔法、精霊の発動までの時間、顕現の時間はそれぞれ違う。

 クールタイムもそれぞれだ。


 特にセシルの魔法はレベルによって、発動までの時間も、クールタイムも違う。

 この1体の敵と3人の発動時間を完全に理解して、アレンは4人の目の前にいる3体の石Aの召喚獣を消したり召喚したりする。


 これからは時間との勝負だ。

 精霊王の祝福が切れる前に、グシャラを倒さねばならない。

 体力を削り切らなくてはいけない。


『ガフ!? フガガ!!』


 一斉攻撃を受け、痛みがあるのか骸骨教皇から思わず声が出る。

 そして、最初に倒すべきは骸骨教皇だ。

 祭壇が破壊され、漆黒の炎を纏っていないが、回復魔法はまだ使えるようだ。

 ヒーラーから倒すべしは作戦を伝えなくても皆が理解している。


 全員で、生前の顔を見たことのない骸骨教皇を狙う。

 元教皇で、創造神エルメアの言葉を伝え、信仰を集めたエルメア教のトップであっても遠慮はしない。


 一刻も早く倒すことが、教皇の供養に繋がると信じることにする。



 ここは王化したこの中でもっとも巨大な石Aの召喚獣の後ろだ。

 ドゴラが横たわっているのだが、その横には殺されたルド隊長も目を閉じて静かに命を引き取っている。


「わ、我らも戦った方が……」


「……そうだな」


 シア獣王女はクレビュールで初めて魔神と戦った時も何となく恐怖が無かった。

 アレンが先導した作戦はずっとうまくいっていたからだ。

 その後の2体の魔神を狩るのも、殆ど見るだけだった。


 しかし、この神殿は魔神達が何体も出てきて、神までもが敵側についての戦いであった。

 あの第一天使メルスが苦戦するほどの敵に、ルド隊長が殺されてしまった。


 幼少のころからの世話役で、10歳になった時、自らの部隊を持ちたいと言った時、笑顔で隊長を引き受けてくれた。


 長兄のベク獣王太子は30を過ぎている。

 次男のゼウ獣王子も20代半ばだ。

 一回り以上違う兄たちに従う貴族も大臣も多かった。

 将軍たちもそうだった。

 そんな中、どこまでシア獣王女の未来を予見していたのか分からないが、その人生のほとんどの時間を一緒に歩んでくれた。

 そんな第一の家臣が冷たくなっていく。


 グシャラ討伐では数百人が死んだ。

 若い兵も多く、自分の未来を信じて集めた部隊だ。


 目の前のドゴラを見る。

 小さく呼吸しながら、深い眠りについている。

 精魂果てたが、何も不満を持っていない。

 全てに満たされた、そんな様子の寝顔だ。

 当然のことをこの男はした。

 あのような戦いは歴史に残すべき戦いだ。

 そして、仲間たちの勝利を信じて、このような戦場で静かに時が流れるのを待っている。


「あ、あの。私は行ってまいります」


 弓隊カム部隊長は前線に出るという。

 今この時も、シア獣王女が魔神を相手に味方の陰に隠れていたという事実を残してしまう。

 せめて、部下が奮闘をした。

 奮闘の果てにも討たれたのなら、シア獣王女の名前につくキズや云われは減るだろう。


「それが良いでしょう」

「そうですね」


 補助部隊ゴヌ部隊長も回復部隊セラ部隊長もカム部隊長の考えに同意見のようだ。

 セシルやキールの後ろからでも戦闘に参加できる。


 自分らは行っていきますと言って、行ってしまった。

 息を飲み込み、返事をすることすらできない。

 何のために戦ってきたのか。

 それは、複数に分かれた獣人大陸を自分が初めての皇帝となって1つの帝国にまとめ上げるためであっただろう。


「な、なぜですか。なぜガルム様はお力を貸さぬ。私ではないとそう仰せか」


 アルバハル家に生まれた者は獣王化という特別なスキルが宿る。

 ゼウ獣王子はその力を宿らせ、S級ダンジョンを攻略した。

 自らも、その力を今振るうべき時だと確信する。


 目の前には獣王が課した試練である邪神教の教祖と、それと戦う英雄たちがいる。

 自らが戦わなくて、どうするという話だ。


『……』


「私こそがふさわしい。そうお思いではないのですか」


 ずっとそばに感じる。

 アルバハル家ではないと分からない感覚らしい。

 それは上位神である獣神ガルムを近くで感じると言うことだ。


『そんなに力が欲しいのか。あの魔神たちとは戦ってはならぬ』


 天から耳に直接語り掛けてくる。

 こんなにはっきりと声が聞こえたのは、初めてかもしれない。

 ずっと、傍にいるが見えない存在であった。


 獣人たちを独立に導いた神の声だ。


「こ、この声は獣神ガルム様! ぜひお力を!!」


 これだけはっきりと話しかけてきたのだから、力を貸してほしいと改めて懇願する。


『何故戦う。魔神は魔王軍の配下なのであろう?』


 ずっと魔王軍とは戦うなとアルバハル獣王家に言ってきたはずだと言う。

 5大陸同盟に加盟して、魔王軍との戦いに於いて兵を出させなかったのは獣神ガルムの考えが強いとされている。


 どうやら、戦う対象で力を貸すかどうか決めていたようだ。

 S級ダンジョンの最下層ボスは良くて、魔王軍の上位魔神は駄目だと言う。


「魔王軍だからなど、関係ありませぬ。平和とは力によって築くものです!!」


 攻めて来たら戦うまでだと言い切る。


『ゼウに続きお前までも態々自ら死の螺旋に入っていくか。死の螺旋、運命には抗えぬのか。せめて獣人たちだけでも、やむを得ぬのか……』


 せっかくせめて獣人たちだけでも遠ざけたのにと、力及ばずの自責の念のようなものを感じる。

 ずっと大陸の中で大人しくしてほしかったようだ。


「え? らせん? 何を、って、んぐ!?」


 何の話か問おうとしたが、それは出来なかった。

 血液が逆流したような、自らの野生が目覚めるようなそんな気分だ。


 シア獣王女が獣のような姿に変わっていく。


『ぐるううあああああああああああ!!』


『世界とは、運命とは残酷なものだな……』


 獣神ガルムは変貌するシア獣王女に何か希望を願うように呟いたのであった。

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