第350話 グシャラ戦①

 ドゴラは咆哮と共にバスクを袈裟懸けに切り伏せた。

 バスクがばらばらと地面に落ちる。

 そんな中、アレンは魔導書を見ている。


「ドゴラ、まだだ。バスクは生きているぞ」


 バスクは死んでいない。

 魔導書にはバスクを倒したというログは流れていない。

 このバスクという魔神には一度逃げられている。

 最後のとどめの一撃が必要だ。


「あ、ああ……」


 しかし、ドゴラは膝から崩れ落ちてしまった。

 バスクとの激闘の時からアレンとキールでドゴラを回復し続けた。

 体力も魔力も満タンのはずなのだが、精魂が尽きたのか立つことすらできなくなった。


 力なく地面に落としてしまった真っ赤な神器カグツチを覆う炎が無くなっている。

 そして真っ赤であった刀身も柄の部分も熱が冷めた鉄のようになってしまう。

 まるで、全ての力を使い燃え尽きてしまったようだ。


「俺がいく」


(俺しかいない。いくぜ!)


 そう言って、アレンは石Aの召喚獣の壁から出て、駆けて行く。

 目指すはドゴラの横にいるバスクだ。

 走りながらも目で魔導書を見るが、完全に生きている。

 ドゴラに目をくれず突っ込んでいく。


 すると、体が別れてしまったバスクが反応する。

 死んだふりをしていたようだ。


『おいおいこんな目にあってるのに止めかぁ? 新しいSランク冒険者は容赦がねえなあ。いひひ。転移! またな!!』


(やはりな。グシャラが攻撃してこないし)


 グシャラは転がるバスクの横のドゴラに魔法攻撃をしなかった。

 生きているバスクに魔法攻撃しないように様子を窺っていたかもしれない。


 死んだふりをして様子を見ていたバスクは、アレンがやってくるのが分かったようだ。

 死体に鞭打つのかと笑いながら悪態をつく。

 バスクは袈裟懸けに切れた半身に触れる。

 すると、足についていた足輪が輝きだす。

 その瞬間、下半身とともに上半身が姿を消した。

 どうやら寸前でまた逃げられてしまったようだ。


(倒されたくせに、ふざけておる。逃げやがって。ってお!! 赤は確か聖獣ルバンカの聖珠だっけ?)


 倒したならアイテムは勝った者が総取りする。

 それがアレンの中の不文律であり、この世の掟だ。

 決して犯してはならぬ掟を犯したと憤るが、真っ赤に輝く何かが目に留まる。


 それはバスクの手首とその手首に装備してある腕輪だ。

 ドゴラの神器カグツチで袈裟懸けに叩き切られる前に、とっさに防御しようとして切り落とされた手首が、バスクの転移に巻き込まれることなく落ちている。


 その手首には真っ赤な聖珠がはめられた腕輪がある。

 太い腕から、腕輪を外し装備する。


「おっと」


 バスクがいなくなったと分かると、グシャラがガンガン魔法を打ってくる。

 アレンはドゴラと共に王化した石Aの後ろに覚醒スキル「帰巣本能」を使い移動する。


 石Aの召喚獣の後ろに戻ると、限りなく全裸に近い半裸のドゴラに収納から外套を掛けてあげる。

 尊厳が色々零れてしまっている。

 そんなドゴラは生きていはいるが、目をつぶり小さく呼吸している。

 死んでいないが、ほとんど反応がない。


「おかえり。逃げられちゃったね」


「ああ、えっと。これはクレナにだな」


(攻撃力と素早さは上がらないか。しかし、クールタイム半減と威力2割上昇は大きいぞ。最近、攻撃力の高い敵と戦う機会が多くなってきたからな。耐久力も必要だな)


 ルバンカの聖珠(腕輪)の効果

・クールタイム半減

・攻撃スキル威力2割上昇

・体力+5000

・耐久力+5000


 メルスの話では、聖珠の効果はランダムという。

 希少な上に、効果はランダムで当たりはずれがあるらしい。

 ほとんど手に入らない上に、効果がランダムとかやり込み要素しかないと思う。


「やった。真っ赤な聖珠だ!!」


「ちょ、ちょっと、こんな時に何しているのよ!」


 クレナが小躍りして喜ぶ。

 アレンに渡された聖珠をいそいそと装備する。

 クレナが喜んでいるのだが、セシルが何故か不満気だ。


『ほほほ、いつまで、そんなところに隠れているのですか。早く出てくるのです』


(装備の更新だが)


 現在アレンたちパーティーと、シア獣王女たちパーティーは王化した石Aの召喚獣の後ろに隠れている。

 グシャラの知力が高すぎるのか、魔法の威力が強力過ぎてとても耐えられない。


 王化した石Aの召喚獣はグシャラと骸骨教皇との間に作った簡易要塞と化している。

 依然として、精霊王の祝福をかけてくれているお陰で、一発や二発のグシャラの魔法でやられたりはしないが、魔法をもろに受け続けると、覚醒スキル「収束砲撃」を打つ前に体力が削られてやられてしまう。


 将化、兵化した石Aの召喚獣を、王化した石Aの召喚獣の前に置いて、特技「吸収」を使い、威力の分散と反撃を行っている。


『ヒールオール』


 「収束砲撃」を使ったカウンター攻撃も骸骨教皇の回復魔法で、グシャラも骸骨教皇も全快してしまう。


 一定程度、魔法を放つとグシャラと骸骨教皇とも全身を覆う漆黒の炎が薄く弱くなっていく。

 すると後ろにある大きな祭壇から漆黒の怨嗟のような炎が2体を包み込む。


(敵は魔力がほぼ無限で、魔法は超強力で受けたら即死。攻撃してもダメージは通りにくく、体力を削れても完全回復されると。それを可能にしているのが祭壇と。そうかそうか。あと少し確認しないといけないことがあるな)


 アレンは状況の確認が全て終わっていないと判断する。


「おい、グシャラ」


 王化した石Aの召喚獣の後ろからアレンは語り掛ける。


『え? 何でございますか?』


「バスクも調停神もいない。あとは貴様らだけだ。逃げるなら今のうちだぞ」


『ほほほ。それで勝ったおつもりですか? 火の神フレイヤの神器はもう力を使い果たしたようですね。これ以上何ができるのですか?』


 もう攻撃の決め手になる火の神フレイヤの神器は使えなくなっただろうと言う。


「そうか。逃げないなら最も残酷な死に方をすることになるぞ」


 さらに脅してみる。


『ふふふ。このような状況でそのような脅しなど。何か作戦があるのでしょうが。こちらには一歩も近づけると思わないことです』 


 上位魔神グシャラは中性的な声で自らの勝利を宣言する。


(ほう、生きては帰さないと。しかし、ふむ。ここまで強気な態度は、祭壇から貰っている力は無限に近いくらい続くとみて良いぞ。だが、お互いに決め手がないのは事実のようだな)


 祭壇から溢れる怨嗟のような漆黒の炎が定期的にグシャラと骸骨教皇を包み込んでいる。

 そのお陰なのか、一切疲弊する感じもなく、高威力の魔法を打ち続けている。

 そして、魔法の発動速度もその後のクールタイムがかなり短い。

 そのグシャラの魔法発動速度は、セシルのエクストラスキル「小隕石」やメルスの覚醒スキル「裁きの雷」を圧倒している。


「ドゴラ」


「ああ」


「安心して寝ていろ。バスクに比べたらどうってことなさそうだ。勝ったら起こす」


「分かった」


 アレンがそういうとドゴラはギリギリ保っていた意識を手放したようだ。

 上位魔神グシャラとの激闘の中、深い眠りにつく。


「「「……」」」


 アレンの仲間たちは何か言おうと思ったが、その全てを飲み込んだ。

 アレンの勝利の宣言の後で敗北したことなど今までで一度もないからだ。

 こんな逃げることもできず、強力な範囲魔法によって追い込まれたことがない中、アレンは問題ないと仲間たち全員を見ながら視線を送る。


(えっと、さて知力が足りないな。オキヨサンを増やしてと)


 皆が見つめる中、アレンの中で作戦が決まった。

 手早く霊Aの召喚獣を60枚にする。

 そして、知力5000上昇する指輪を2つに装備を変える。


「セシル、すまないが、聖珠を貸して」


「え? 分かったわよ。返してよね」


 セシルに渡したマクリスの聖珠も装備する。

 なお、武器を装備しても知力が上昇するわけではないので、セシルの杖は装備しない。

 精霊王の祝福もあって、知力が41000に達した。


(おお、これが4万越えの知力の世界か。見える。見えるぞ。グシャラよ。貴様の全てが見えるぞ!)


 これまでにないほどの知力が、グシャラと骸骨教皇の全ての動きが見えると錯覚させられるほどだ。

 アレンは超強力な魔法を繰り出すグシャラの攻撃魔法を見続けた。


 石Aの召喚獣に隠れて30分ほど経過する。


「ソフィー。まだ精霊王の祝福は続くか」


(結構な乱数な件について)


「はい。まだ、大丈夫かと思います」


 ソフィーは魔力5000上がる指輪を2つ装備しての、精霊王の祝福を使った。

 まだまだ、精霊王の祝福は持続するという。

 魔力を消費した量で威力が決まるソフィーは知力より魔力の方が大事だ。

 

「どうするのよ? 魔石も無限じゃないんでしょ」


 凄い勢いでグシャラが魔法を放つため、再生成した石Aの召喚獣のため、既に万単位の魔石を消費している。


「そうだな。これを返しておくから、魔法準備を」


「ええ。どうするの」


「えっと。『理論値』だとカーズファイアなら64発、デスフレアなら16発、エネミーフォールなら6発で魔力が尽きる。あとは……」


 そう言ってアレンは、その他全ての攻撃魔法を最大幾つまで放てるか解説する。

 祭壇から黒い炎を浴びて最初に使う魔法、それぞれの魔法を放つ前の動作、魔法の順番など語りだす。

 そんな中もアレンはずっと共有した石Aの召喚獣全てを駆使してグシャラと骸骨教皇を見続けている。


「え? そ、それって」


 そこまで聞いてセシルも何がしたいのか分かる。


「ちなみに骸骨教皇はヒールオール20回だな。しかし『乱数』がひどくて、ベストな状況がかなり作りづらい」


 アレンはずっと、グシャラと骸骨教皇がどのタイミングで祭壇から漆黒の炎を浴びるのか見てきた。

 そこから複数ある攻撃魔法を放つ順番などを分析する。


 前世でゲームをした時でも絶対に同じ行動をする敵は少ない。

 一定の攻撃の幅であったり、ダメージの幅がある。

 こういった確定しない数値を「乱数」と呼んでいた。


 アレンは一撃でも計算を誤り、石Aの召喚獣の攻撃が抜かれ、アレンたちのいるところにグシャラの凶悪な攻撃魔法が当たると全滅する状況の中で攻略のタイミングを分析し計って来た。

 極限の状況の中でアレンは前世の健一になっていた。


 これまでに使ってこなかった前世のゲーマー用語も多い。

 一心になって、確実な状況を作り出す。


『タイミングを合わせるということだな』


 メルスがアレンの言葉を理解する。


「そうだ。みんなこんな感じでやるぞ」


 ある程度アレンが何がしたいのか、仲間たちに理解が進んだところで、アレンは悪い顔をして作戦を伝える。


『ほほほ。私の力は無限です。キュベル様からいただいたこの祭壇には無限の力があるのです。いつまでそこで恐怖するおつもりですか』


 何度となくやって来た挑発をやってくる。


「うるせえ! お前らぶっ殺してやるからな!!」


 アレンが挑発に乗る。

 挑発してくるならいくらでも乗った方がいい。

 もう後がないということだろうと、グシャラの顔が恍惚として歪んでいく。


(お? この動きは。次はエネミーフォールか。馬鹿め、この状況で大魔法を打ってきたな。理論値としてはこれが最適解か)


 手を突き出して、半歩足を開くこの動きは攻撃魔法「エネミーフォール」で間違いない。

 アレンは合図に右手を上げる。

 すると、セシルは攻撃魔法の発動を始める。

 その5秒後に、今度は左手を上げる。

 今度はソフィーが全魔力を水の精霊ニンフに注ぎ始めた。

 そして、共有したメルスに覚醒スキル「裁きの雷」の発動準備を始めさせる。


 仲間たちの全ての発動時間とグシャラの攻撃魔法の発動時間を調整する。


『エネミーフォール!!』


 強力な重力魔法が石Aの召喚獣たちに襲い掛かる。

 想定された威力なので、十分な数を出して対応済みだ。


(こっちも調整してっと)


「収束砲撃」


『『『……』』』


 将化した3体の石Aの召喚獣の覚醒スキル「収束砲撃」をグシャラに浴びせる。

 骸骨教皇が20回のヒールオールをかけた後のタイミングだ。

 祭壇から漆黒の炎を貰わないと、骸骨教皇は同じ効果の回復魔法は発動できない。


「セシル、ソフィー今だ」


「ブリザード!!」


 氷魔法レベル6をセシルは発動する。

 ソフィーに比べても発動までに時間がかかったため、一番最初に発動準備をしてもらった。


「ニンフ様 お願いします」


 水の精霊が顕現し、巨大な水の玉をグシャラに放つ。

 魔神リカオロンと戦った時のように合わせ技で、セシルとソフィーの攻撃がまじりあうようにグシャラに襲い掛かる。


(カーズファイアしか撃てないよな。そして、それで貰った漆黒の炎は全て尽きるはずだ。まあ、こんな戦い方をこれまでしてこなかったんだろうな)


 グシャラは上位魔神としてのし上がってきたとして、どれだけ命を懸け戦いをしてきたのかという話だ。

 百戦錬磨には程遠いとアレンは感じる。


『ふふ。小賢しいわね。カーズファイア!!』


 その時、グシャラの魔法の中でも一番弱いカーズファイアであったが、セシルとソフィーの魔力を相殺し、ゆっくりとせめぎ合いながら飲み込んでいく。

 どんどん押される中、アレンは止めの一撃を指示する。


「今だ。メルス!」


『ああ、裁きの雷!!』


 メルスの覚醒スキル「裁きの雷」が神殿の屋根を通過し祭壇に降り注ぐ。

 この時、グシャラは魔法の途中でもあり、威力が拮抗してしまったため防ぐこともできない。

 そして、漆黒の炎がちょうどなくなるタイミングで威力を上げることもできない。

 攻めきったグシャラの「カーズファイア」も王化した石Aの召喚獣の特技「吸収」で威力が全て吸収される。


 グシャラがなすすべもなく、祭壇に裁きの雷が襲い掛かる。


 ズオオオオオオオオオオオン!!


『ば、馬鹿な。私の祭壇が……』


 グシャラも骸骨教皇も吹き飛び、何が起こったのかよく見える。

 祭壇は粉々に吹き飛んでしまったのであった。



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