第349話 バスク戦③

 調停神ファルネメスは勢いを殺し切ることができず、神殿の壁に激突する。

 バスクはぶつかる寸前に脱出した。


『グヒン』


 神器カグツチを使ったドゴラのスキル「真殺戮撃」の強力な一撃を受け、両前足を複雑に骨折し立ち上がる力がないようだ。


『なんだぁ? ありゃどうなってる!』


 苦しむ調停神の横で、バスクはドゴラを訝し気に見る。

 炎を全身に纏っているが、無事のようだ。

 まるで魂が全て燃えている様な力強さを感じる。

 全てを投げ出すほどの覚悟でドゴラはバスクを静かに睨みつけている。


『いけません。何をしているバスクよ。恐らく、火の神フレイヤは神器の使い手にあの男を選んだのでしょう』


 奪われた神器は、魔神たちに力を吸われるだけの存在になってしまった。

 力を全て失う前に、自らの神器を使う適合者と契約を交わしたとグシャラは推察する。


『そうかよ。ずいぶんな威力だったじゃねえか』


 自分が扱った時より、神器の威力があることに疑問を持つ。


『フレイヤは神器に力を注ぎこんでいるようね』


 無理やり使われたバスクの神器フラムベルクとは違う。

 火の神フレイヤは自ら率先して神器に力を注ぎこんでいると言う。


『もう神力はほとんど残ってねえだろ。最後の悪あがきってやつか。だが面白くなってきたぜ。いひひ』


 そう言って、ドゴラの一撃を受けた調停神の元にバスクは近づいていく。


『グヒン?』


 それに気付いた調停神が首を上げ、バスクを見つめる。


『駄馬が! 何やられてんだぁ! ああ!?』


『グヒ!? グヒヒア!!』


 そして、バスクはにやけながら調停神の首に片手を突っ込んだ。

 抜き手のような手刀に力を込め、鱗に覆われた麒麟の姿をした調停神の首に手首まで入っていく。


 そして、漆黒の闇の溢れる玉を取り出した。


『お、出た出た。これで俺も上位魔神になれるのか!! やったぜぃ』


 漆黒の玉を丸のみする。

 そう悪態つくバスクの体に変化が起こり、ミチミチと音がして膨張していく。

 より狂暴に、より凶悪な姿にバスクの体は変わり一回り以上デカくなる。

 バスクの言葉からも調停神の力を吸って、魔神から上位魔神に変貌を遂げたようだ。


 まるで力を求めることが全てのような恍惚の表情をバスクは見せる。

 力だけをずっと求めてきたようだ。

 そんなバスクが、ドゴラが目の前にいることに笑みを零す。

 自らの力を確認する相手にもってこいだと思ったようだ。


『ドゴラよ。よく聞くのだ』


 ドゴラが握りしめる大斧である神器カグツチが、ドゴラに話しかける。


「あんだよ?」


『わらわの神力は残されておらぬ。お主とも契約をしたばかりで力が十分に馴染んでもおらぬ』


 調停神を吹き飛ばしたが、まだ力は十分発揮できていないと言う。


「すまねえが、分かりやすく言ってくれ」


 ドゴラにもわかるように説明するよう火の神フレイヤに言う。


『あと1撃で決めてくれ。でなければ、恐らくお前は仲間たちを守れぬぞ』


 あと1撃しか攻撃する力は残っていないという。

 お互い機会は限られていると神器カグツチを通してドゴラに説明する。


「1撃だな。十分だ」


 1撃で決めようとバスクと対峙すると、ドゴラの体に力がみなぎっていることが分かる。

 ドゴラに対し、アレンが魚系統の召喚スキルを、キールが補助魔法をかけ始めた。

 ドゴラは一度死んで、補助魔法が切れてしまった。

 既に精霊神の使った「精霊王の祝福」の効果は出ているが、他の補助魔法も再度使用する。


 先ほどのスキル発動で消耗した魔力が全快した。


 凄い勢いで破壊される障壁となる石Aの召喚獣を高速召喚で生成している。

 既にソフィーやセシルたち後衛には攻撃を止めるようにアレンは指示をしている。

 クレナたち前衛も石Aの召喚獣の後ろで待機だ。


 邪神教教祖のグシャラの魔法は強力過ぎて、転職を繰り返したアレンの仲間たちであっても無事では済まない。


 今はドゴラにグシャラの攻撃が行かないように、グシャラの魔法を特技「吸収」で受け止め、覚醒スキル「収束砲撃」ではじき返すことを優先させる。


 かなりはじき返しているが、グシャラは怨嗟のような漆黒の炎に包まれており、ダメージが軽微に見える。

 そして、隣にいる骸骨教皇が回復魔法で無限に回復していく。


 しかし、そんなアレンの作戦のお陰で、ドゴラと対峙するバスクの間には何もない状況を作り出せている。


『じじい。さっさと回復と補助を掛け直せ』


 バスクも、この長い戦闘で削れてしまった体力の回復と、耐久力上昇など切れてしまった補助魔法を、骸骨になった教皇に再度かけてもらう。


 バスクもドゴラ同様にこれでもかと補助魔法をかけて貰った状況だ。


「……」


 ドゴラはそれを待つようだ。

 ピクリとも動かない。


『お? どうした? ビビったのかぁ? お前は何だったかな?』


「ドゴラだ。お前の動きは速いからな」


 ドゴラは再度名乗った。

 そんなドゴラは分かっていた。

 バスクは全てのステータスがドゴラよりかなり上だ。

 とてもじゃないが、こちらから攻めても避けられてしまう。


 1撃しか攻撃ができないのであれば、狙うは相手の攻めに合わせたカウンター攻撃だ。

 学園の実技の授業であれば、叱責を受けるようなはっきりとした上段の構えをとる。

 神器カグツチを振り下ろして攻撃すると宣言しているようなものだ。

 バスクが補助をどれだけかけようが、スキルの発動にどれだけ時間をかけようが待つ姿勢だ。


『2つ名も持たねえやつだったなぁ』


「そうだ。お前を倒して2つ名を手に入れる」


『けっ! そうかよ。何もねえクソガキが!! その神器は俺のものだ。返してもらうぞ!! 真修羅無双撃!!』


 歪んだ笑い声と共に、攻撃スキルを発動させたバスクが、床石が粉砕されるほどの踏み込みをしたと思ったら、一気に跳躍してくる。


 バスクが今まで使ったことのない最強の一撃のようだ。

 そして、瞬く間にドゴラと距離を詰め、1本の大剣を両手で握り締め、2回りは小さいドゴラを捻り潰そうとする。


 ドゴラはその状況でも落ち着いていた。

 目にも留まらないはずのバスクの突進を落ち着いて見ることができた。

 バスクが暴力の塊となって突っ込んでくる中、高々と掲げた神器カグツチに全てを籠める。

 全ての魔力が神器に吸い込まれるような感覚がする。

 命すら吸い取られてしまうような浮遊感を感じる。

 今まで発動できなかったことが嘘のように強烈な輝きが神器カグツチに込められる。

 

「全身全霊」


 振り下ろす瞬間、まるで当たり前であったかのように言葉を1つ発した。

 ドゴラの全てを籠めて、神器カグツチを振り下ろした。


 キイイイイイイイイイイン!!


 バスクのオリハルコンとドゴラの神器カグツチがぶつかった瞬間に鼓膜が破れるほどの金属音が神殿の広間に鳴り響く。

 激突を受け止めた衝撃波で床に敷き詰めた石板が広く粉砕される。

 ドゴラがオリハルコンの大剣に纏ったバスクのスキルを受け止め抵抗をしている。


『あぁ!? と、止めただと!!』


 バスクはまさか受け止められるとは思っても見なかったようだ。

 かつてないほどの力で抵抗され、そしてドゴラにメリメリと力を込め押し返されてしまう。


「ふ、ぐううおおおおおおおおおおおお!!」


 叫び声とも怒号ともとれる大きな声を上げ、一歩また一歩ドゴラが押していく。

 神器カグツチは真っ赤な炎をたぎらせ、バスクの一撃を押し返そうとしている。


『それがどうしたあああああああああ! 俺は修羅王バスクだ。貴様のようなクソガキに負けたりするかよおおおおおお!!』


 変貌しつつあったバスクの体が一気に変わっていく。

 バスクは全力ではなかったようだ。

 体が一気に変貌していき、そして、バスクがゆっくりと、しかも確実に押し始めた。


 神器カグツチは、バスクの持つオリハルコンの大剣よりも勝っていた。

 しかし、上位魔神と化し、本気を出した上位魔神バスクの方がドゴラより、ステータスが圧倒的に上だった。


 今度はドゴラが力負けしてどんどん押されていく。

 ドゴラの力で抑えきれなくなったオリハルコンの刃が首元に触れ、鮮血が流れる。


「俺は全てを賭けたぞ。フレイヤ! お前はどうなんだ!!」


『な!? わらわか?』


 ドゴラは神器カグツチに話しかける。


「俺は全てをこの1撃に賭けた!! お前も全てを賭けねえと負けてしまうぞ!!」


『はぁ。ごちゃごちゃと何を言っていやがる。潰れろクソガキが! たまらん。たまらんぞ!! いひひぃ』


 圧倒的なステータスの差によって勝利を確信したバスクの口元がさらに歪む。

 神器カグツチでも受け止めきれず、オリハルコンの大剣が少しずつドゴラの首元にめり込んでくる。

 もうすぐ首元の太い血管が切れてしまいそうな痛々しい状況だが、ドゴラは構わずフレイヤに活を入れる。


 ドゴラは全ての力を使った。

 火の神フレイヤも全てを出せという。

 まだ、本気じゃないだろうとそういうことだ。


『やれやれ。とんだ使徒を選んだようだ。そうだ。わらわは4大神にして火を司る神ぞ。魔神ごときが何するものぞ! オリハルコンごときがわらわの神器に張り合うではないわ!!』


 その時だった。

 ドゴラと神器カグツチの体を覆う炎の色が赤から白に変わっていく。

 ドゴラを取り巻く炎の温度が一気に上がり始めた。

 ドゴラを中心に周りの光景を変えていく。

 地面が真っ赤に煮えたぎり始めたのだ。


 神殿の床材の石がドゴラを覆う熱に耐えきれず溶け始めた。


 ドゴラと神器を覆う炎の色がさらに変わっていく。

 白から青に変わり、それでも止まらずどんどん温度が上がっていく。

 ドゴラと神器を覆う炎が1万度を超え、床の石板が沸騰し気化を始めた。


『ぬあ!?』


 灼熱の業火と化したドゴラと神器カグツチと対峙している、バスクが思わず声を出してしまった。

 それは握りしめるオリハルコンの大剣の柄の部分が超高温になったからではない。

 バスクが握りしめる極厚のオリハルコンの大剣に変化が生じ始めた。


 大地の神ガイアが作りし、オリハルコンが融解を始めた。

 神の鉱石と呼ばれ、最強の硬さと耐久性能のあるオリハルコンをドゴラが握る神器カグツチの交差する部分から溶かし始める。


『これがわらわの全ての神力よ! 全力を出してやったぞ! ゆくのだ。ドゴラよ!!』


 火の神フレイアが全力を出し、分厚いオリハルコンの大剣を真ん中から真っ二つに溶かし切った。

 オリハルコンの大剣を切り落とされたバスクは慌てて、空いていた方の片手を使い防御するが、とてもじゃないが受けきれない。

 神器カグツチが巨躯のバスクの肩に激突する。


『ぐは!? そ、そんなこの俺が!!』


 あまりの事態にバスクは絶句する。

 バスクの肩に当たったその勢いで、全身全霊を籠めた神器カグツチによって袈裟懸けに肩から斜めに叩き切った。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 バスクがいくつかに分かれ地面に転がる中、ドゴラの咆哮が神殿中に鳴り響いたのであった。

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