第348話 火の神フレイヤ

「フレイヤって、聞いたことがあるぞ。お前は神だったのか?」


 老婆だと思ったが、立ち上がったら20歳くらいの女性であった。

 しかも、自らを火の神だと名乗ることに理解が追い付かない。

 しかし、最近何度も聞いた神器を奪われた神の名前がフレイヤだったような気がする。

 何を言っているんだと訝し気に火の神フレイヤを見る。


『随分無礼な物言いだな。まあよい。そうだ。わらわこそが4大神の一柱にして、火を司る神よ』


 火の神フレイヤはニヤリと笑って答える。


「え? 見た目が変わっちまったし。何で老婆やってたんだ?」


 どうやら、敬語というものを知らないらしい。


『ふん。魔神共がわらわの神器に貯めた神力を吸うのでな。節約していただけのこと。だが見るがよい』


「うわっち! あちいぞ!!」


 ドゴラが非難の声を上げる。

 小さく燃えていた焚火の火の手が一気に上がった。

 どうやら、老婆の姿も小さな焚火も、省エネのために力を抑えていたようだ。


『ふふふ。これがわらわの火。わらわの神力。火の神フレイヤがそなたに契約をするといっているのだ』


 火の神であることを納得したようなので、改めて自らと契約する話をする。


「契約だと?」


『そうだ。そなたが仲間を助けるにはそれしかないだろう』


「分かった。契約してくれ」


『!? ちょっと待て。そんなに早く決断するでないぞ』


 何か凄いやばい奴に声を掛けたのかもしれないと火の神は焦ってしまう。

 火の神は神器を通して、ドゴラの記憶をたどる。


 すると、メルスがアレンに対して神の契約を止めるように注意する場面が出てくる。

 ドゴラはしっかりその時の「豊穣神モルモルと契約を交わした国」の話を聞いている。

 当然、プロスティア帝国のマクリスが、契約の代償に1匹の魚になった話も知っている。

 それにもかかわらず、契約の代償も聞くことなく、契約を進めようとする。


「なんだよ。契約したら火の神の力が借りれるんだろ? やったぞ!!」


 これで仲間が助けられるとドゴラは歓喜する。


『力は貸す。しかし、代償は払ってもらうぞ。ドゴラよ』


「代償?」


『そうだ。代償だ。それにしても、今の審美的にその容姿は民に受け入れられるのか? 仮面でもつけておいた方が良いのか』


 今からする話の前にそもそもこのジャガイモ顔で務まるのかと、ドゴラの顔を見ながら疑問に思う。

 

「何ジロジロ見てんだよ」


『いや、何、アクアのように魚になれとは言わんよ。わらわも追い詰められた身ゆえにな』


 火の神は神器を奪われ、神の力を吸われてしまっている状態だ。

 そんな弱った状況でアクアのような無理は言わないという。


「それでどうすればいいんだ?」


『ドゴラよ。英雄になりたいというたな?』


「ああ、そうだ。英雄にしてくれるのか。ん? 英雄とはしてもらうものなのか?」


 言ってみて疑問が生じる。

 英雄は与えられるものとは思っていない。

 しかし、考えてみたらどうやってなるのか分かっていなかった。


『よいよい。そなたは全力で英雄を目指す。それで良いではないか』


「ああ、そうだな」


 ドゴラは何か細かいことのような気がしてきた。


『わらわは火の神フレイヤとして、力を貸そう。きっと、英雄となったそなたにはわらわの力があることを知るだろうよ』


「ああ?」


 ちょっと話が回りくどくて分からない。

 どうしてほしいのかはっきり言ってほしいとドゴラは思う。


『そなたは英雄になりたい。わらわは信者を求めている。そうか、そなたとわらわは、そもそも目的は一緒であったのだ』


 ドゴラと火の神は生きる目的は一緒であることが、口に出してみると分かる。


「火の神フレイヤの力を持つ英雄ってことか?」


『そうだ。万人にそなたの名が知れ渡った時、そなたには火の神フレイヤの加護が与えられていることを人々は知るであろう。そなたには、わらわの力を得る代わりに使徒となってその生涯をわらわの信者を集めるために生きてもらう。それで良いなら力を貸そう』


 15歳にして、その生涯の生き方を決めるように言う。

 契約をしたらその生涯を通して、火の神フレイヤの使徒となって信者集めのために生きなくてはいけない。

 火の神フレイヤは信者を欲しているようだ。


「分かった。力を貸してくれるならそれでいい」


 ドゴラは改めて契約をすると言う。


『迷いなしか。烈火のごとき生き方よな。そうか、わらわはずっと待っておったのか』


 何となく、神器を奪われたことすら運命のように思えてくる。


「すまねえが、そろそろ急いでくれねえか? 仲間たちが待っているんだ」


 今も魔神と仲間たちは戦っているという。

 しんみりしていないで、力を早く貸してほしいという。


『それは心配するでない。ここは時が止まっているゆえにな』


「そうなのか! じゃあ、今から行けば間に合うんだな」


 そう言って、クレナ村に入って来た門の方向を向く。


『ん? どこにいくのだ?』


「いや、浮いた島にある神殿に行かないと。今そこで戦ってるんだ」


『何を言う。せっかくそなたの魂がわらわの神殿の「門」を抜けたのにもったいないことを言うでない。ここは火の神フレイヤの神殿であるぞ』


「『門』ってなんだ? て、うわ!?」


 ドゴラの風景が一気に変わっていく。

 昔懐かしいクレナ村の風景が剥げていくように、ギリシャ神話の神殿のような床や壁、天井に変わっていく。

 

 ずっとクレナ村であると思っていたが、ここは神界にある火の神フレイヤの神殿の中であった。

 火の神フレイヤの神器に貫かれて死んだドゴラは、その魂が神殿に運ばれてしまったようだ。


 視界の全てが大理石でできた神殿の広間に変わってしまった。

 そして、広間の中央に、炎がパチパチと燃えている。

 クレナ村の広場は、神殿の広間の中央であった。

 何もない神殿の床石に直接、火が燃えている。

 もしかしたら、そこで皿のような形の神器に火がくべられていたのかもしれない。


 そして、ドゴラの体が再度燃え始めた。

 炎に包まれ、ドゴラが動揺してしまう。


 しかし、動揺も驚きもすぐに治まった。

 全く痛みも感じないどころか、何か腹の底から力が湧いてくるような気がする。


『限界を超え、門を越えしドゴラよ。わらわの使徒となりて、英雄を目指すがよい』


 そう言って、火の神フレイヤはドゴラに手を差し伸べる。

 ここで手をつなぐことが契約の証であることは何となく分かった。


「ああ、行こう。仲間が待っている」


 全くためらいも後悔もなかった。

 そして、フレイヤの手に触れるとドゴラの体は閃光のように輝いたのであった。




「「「ドゴラアアアアアアアアアアアア!!」」」


 仲間たちは神器フラムベルクの大剣に刺さって焦げた骸骨に向けて叫ぶ。

 ドゴラが一撃で死んでしまった。


『ほほほ、助けには行かせませんよ。まあ、あんなに黒焦げになったら助かりませんけどね。あなたたちも綺麗に燃えてごらんなさい。デスフレア!!』


 グシャラの魔法は既に耐えられる域を軽く超えており、無数の飛ぶ魔法攻撃の一撃でもうければ、即死するかもしれないほどの威力となっている。

 必死に石Aの召喚獣を生成し、守りに徹している。


 そんな中、バスクは神器フラムベルクの回収をしようとする。

 バスクは大剣を投げるスキルを発動してしまったため、手元にはオリハルコンの大剣が一本しかない。

 調停神に跨っているバスクが地面に突き立った神器フラムベルクを握った。


『あん? 何だ抜けないってうわっちぃ!!』


 近づき、バスクは地面に刺さっただけの神器に力を込めたが抜けなかった。

 地面と一体化しているような不思議な感覚がする。

 そして、握った神器の柄の部分が高熱を放ち始めた。


 あまりの超高熱に片手を燃やされ、驚いて飛び退いてしまった。

 神器フラムベルクは高熱を帯び真っ赤に激しく燃え始める。


『え? こ、これはまさか? い、いけないわ!!』


 グシャラも神器の異変に気付いた。


 ゴオオオオオオオオ!!


 そして、その炎は轟音と共に神殿の天井に届くほどの火柱となり、火柱の中で消し炭の骸骨になったドゴラを、床石から外れた神器ごと地面から浮かせる。


 炎に包まれたドゴラの消し炭になった骸骨が時間を巻き戻すように血肉が復活し始めた。

 既に心臓は鼓動を再開し、ドゴラの瞳は神殿の天井を見ている。

 まるで炎に包まれた不死鳥のようにジャガイモ顔のドゴラが再生していく。


 仲間たちも騒然として、その状況を見る。

 手足も体も髪の毛も全てが元通りに回復していく。

 アレンも天の恵みを使っていないし、キールも回復魔法をかけていない。


『なんだ? どうなってんだ?』


 バスクも何が何だか分からない。


『これは神との契約だわ。その男がこの状況でフレイヤと契約を交わし、神器を取り込んだのよ!! バスク、早く神器を奪って!!』


 真っ先に状況を理解したグシャラが叫んだ。


『なんだ? 訳の分かんねえことをよぉ』


 バスクはグシャラの言葉を理解できなかった。

 しかし、その神器が自分のものであることだけは理解できる。


 ドゴラを包んでいた炎も火柱も収まり、ドゴラは地面の床石に降りてくる。

 そして、胸に突き刺さっていた神器がすっぽりと抜ける。

 神器の無くなったドゴラの胸の大きな傷は塞がっていく。


「これが神器か。剣だな。斧にできるのか?」


『ああ、もちろんだ。そなたにふさわしい武器だ。神器カグツチと呼ぶがよい』


 神器が火の神フレイヤの声で言葉を発する。

 そして、大剣の姿が大斧に変わっていく。


 ドゴラが握りしめると、ゆらゆらと神器カグツチは炎に包まれる。

 何故か熱くはなかった。

 初めて扱う武器にも関わらず、何か強い一体感のような、高揚を感じる。


『何武器を変えてんだぁ? それは俺のだ。返せや!!』


 バスクが調停神に乗って突っ込んでくる。

 凶悪な調停神の両の足でひねりつぶそうとする。

 メルスですら、もろに受ければ耐えきれない強力な一撃を食らわす上位神の一撃だ。


「真殺戮撃!!」


 星4つの才能の破壊王ドゴラの最も威力のある一撃で迎撃する。

 スキル名の前に「真」という言葉を無意識に使ってしまった。

 魔力を籠めた神器カグツチの一撃が、調停神の両足に激突する。


『ヒヒン!? グヒン!!』


『って、うは!!』


 神器カグツチは調停神の両足の骨を粉砕する。

 そして、その勢いそのままにバスクごと調停神を吹き飛ばした。

 圧倒的な力の前に止まることもできず、調停神は太い柱をへし折り、勢いそのままにその先の壁に激突した。


 ゆっくりとスローモーションのように柱が一本倒れていく。

 神殿に鳴り響く轟音と石煙の中、ドゴラは静かに敵を見ている。


 火の神フレイヤの使徒となり、神器カグツチを握りしめたドゴラの戦いが始まったのであった。

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