第347話 ドゴラの帰還

「うう、寒いな。どこだよここは?」


 ドゴラは凍えながら、枯れた草をかき分け、葉を落とした木を避けて歩いている。

 1人でよく分からないところにいた。

 ブツブツ文句を言いながら、凍える森の中を歩いていた。


「俺が危険な目に遭ったら村に返すとか言ってたが、ってお? 村だ!」


 枯れた草木が生えており、4月にしては結構な寒さだが、木々の隙間から何か建造物が見えたと思ったら村を囲む柵であった。


 アレンからドゴラは占星術師テミより「命に係わる試練」と占われたので、何かドゴラの身に危険が及ぶようなことがあれば村に帰還させると言われていた。

 どんなに仲間がピンチでも帰還させると念を押していたので、本当に飛ばされたのかと思う。


 入口の門は閉まっていたが、メリメリと門を開け中に入る。


「あれ? この村って?」


 見覚えのある外観だ。

 随分暗くなっているが、この村にドゴラは見覚えがある。


「なんだよ。何でクレナ村だよ。アレンめ、俺を絶対に戻さないつもりだな!」


 木の柵で出来た門を開けるとそこはドゴラが生まれた時から学園にいた時まで過ごしたクレナ村の光景だ。

 かなり薄暗いが、この村は間違いなくロダン村ではなくクレナ村だ。


 ドゴラは怒りが込み上げてくる。

 仲間たちは今も魔神達と必死に戦っているが、ドゴラを戻さないために、連絡がとれないクレナ村にアレンは転移させたのだ。

 ロダン村にはアレンが護衛用に用意した召喚獣がいる。

 霊Aの召喚獣なので、転移するようにアレンに伝えたり、状況を確認することもできたが、ここだとそれも叶わない。


「走ってでもロダン村に行くか。ん? 灯りか?」


 クレナ村から新たに開拓したロダン村まで歩いて2、3日の距離だ。

 今の自分の脚力なら何時間もかけずに走って行けると思う。


 入った村を出ようかと思ったが、クレナ村の広場に小さな灯りが見える。

 そういえば、村に入ってまだ誰も見ていない。

 魔獣のいる世界なので、村人が交代で夜番をしていたのだが、その夜番もいない。


 ここは本当にクレナ村なのかと、今自分がどこにいるのかドゴラは不安になる。

 何か思い違いをしていて、本当は来たことのない村かもしれない。

 アレンならそんなこともやりかねないと思って、確認すべく歩みを進めると灯りの元へたどり着く。


「やっぱりクレナ村だよな。ん? 婆さんか? こんなところにいると風邪をひくぞ」


 広場の奥に見覚えのある建物がある。

 そして、広場の灯りの近くにいた老婆に気付く。


『き、消える。わらわの火が、わらわの火が……』


 ローブを着ており、白髪交じりの赤い髪がしわくちゃの顔をほとんど隠している。

 しかしほとんど顔が見えずも見て取れるほどの狼狽えようだ。

 ドゴラが話しかけても気付かない。

 老婆は座り込んで、小さな焚火に手を当て絶望して嘆いている。


「ったく。家に戻れよって。お!? 薪ならあるじゃねえか。仕方ねえなぁ」


 どこの家の老婆か知らないが、このままではほっとけないと思った。

 近くに燃やすに良さげな薪が無数に落ちている。

 どかどかと大ざっばに組んでいくと火が少し大きくなったようだ。

 ドゴラも老婆の横に座って暖を取ることにする。


『ん? そなたは何ぞ? 何故ここにおる?』


 はたと隣に座るドゴラに老婆は気付いたようだ。


「俺はドゴラだよ」


 何で今頃になって気付くんだよと思うが、普通に名乗ることにする。


『ドゴラ?』


 ドゴラなんて知らないという顔をする。

 白髪交じりの髪の隙間から真っ赤な瞳でドゴラを見つめる。

 ドゴラは言葉使いも丁寧だし、どこかのいいとこの家の老婆かなと思う。

 しかし、なんでそんな良い家の老婆がこんな村の広場で焚火に当たっているのか分からない。


「ああ、俺も出て行ってかなりになるからな。ほら、そこに鍛冶屋があるだろ。そこの倅だ」


 そう言って、学園に行くために何年も前に村を出たこと。

 家族も隣にあるロダン村に引っ越したため、あの鍛冶屋はもう別の鍛冶職人の家になっているという話をする。


 老婆にそんな身の上話をしたために、これまでのことが走馬灯のように思い出される。


 最初に目にしてすごいなと思ったのはクレナだった。

 ずっと憧れていた騎士をこの広場でボコボコにしていた。

 しかも、倒した騎士は副騎士団長でとても強い奴だった。

 友人のペロムスにお願いして、騎士団との食事に参加させてもらった。

 その時、嫌な奴も出来た。

 黒髪のアレンとかいう少年で、強いクレナにくっついている。

 才能もないくせに、強い奴の陰に隠れている奴をいじめてやろうと喧嘩をふっかけたのが今ではいい思い出だ。

 あの時ボコボコにやられ返り討ちにされたのだが、悔しかったけれど憎しみとかそんなものは感じなかった。

 たぶん、アレンの口調や態度がそうさせたのだろう。

 アレンは俺と違って、相手を嫌うことはなかった。


 何故かアレンの周りには色々な人が集まっていく。

 自分もその1人だとドゴラは思う。


『どうしたのか? 何を考えている。小僧よ』


「小僧じゃねえよ。俺はもう15だ。結局、役に立たなかったなって思っただけだ」


 思い出が止まらなくなってしまった。

 記憶の全てが溢れ出てくるようだ。


 アレンはすごかった。

 知り合ってからは、騎士ごっこをする仲になった。

 そのアレンは仲間を集め、魔王軍を本気で滅ぼそうとしている。

 何十年も世界が束になって掛かっても敵わない敵であってもだ。


 アレンもすごいが、アレンに集まってくる仲間もすごかった。

 剣聖として生まれたクレナは戦いの天才だった。

 強力な魔法を使うセシルに、精霊すら呼んでしまうソフィー。

 仲間たちはどんどん強くなっていくのに、自分だけが取り残されてしまう。


 メルルを思い出す。

 自分と一緒で、自分以上にパーティーでの役目が無かった。

 でもアレンは、そんなメルルを見捨てることもなく励まし続けた。

 絶対に強くなるとメルルに言い続けた。

 S級ダンジョンを攻略中にメルルの才能はすごいことになった。

 最下層ボスを攻略したのも巨大なゴーレムを出せるようになったメルルの活躍があってこそだと思う。


 役立たずが自分だけになってしまった。

 他に役に立たない奴がいると思う自分がいることを知り、どんどん自分が嫌いになっていく。

 エルマール教国で救難信号を聞きつけた。

 アレンは助けに行くことを即決する。

 アレンはいつも迷わず、人助けをする。

 お礼も求めず、英雄になることすら求めていない。

 自分がどんどん小さく見えてしまう。


 結局魔神リカオロンとの戦いでエクストラスキルを使うことが出来ず、皆の前で叫んでしまった。

 メルスからは自分には特別な才能があることを教えられた。

 そんな才能に期待したが、結局発動することはなく、クレナ村に飛ばされてしまった。


 自分だけが、エクストラスキルが使えなかった。

 必死に使おうとした。

 バスクとかいう化け物みたいな魔神も出てきた。

 グシャラとかいう魔神も強すぎる。


 この火を見ていると、何か自分のことが全部見えてくる気がする。


『……』


 焚火を見つめるドゴラを、老婆の真っ赤な瞳が見つめる。

 まるで見透かされてしまっているようだ。


「結局、英雄にはなれなかったんだ。だが仕方ない。やっぱり、俺は戻るわ。皆が戦ってる」


 溢れそうになった涙をぬぐい、ドゴラは立ち上がった。

 自分だけが魔神との戦いに助かったが、仲間たちが絶体絶命の状況だ。


 あんなに強化したメルスが敵わない奴らと戦っている。

 グシャラの魔法もとんでもない力を持っている。

 まだ自分は戦える。

 殺されることが分かっても、仲間のために戦おうと思う。


『ドゴラというたな。戻るとはどこに戻るのだ?』


「ああ、浮いている島に神殿があってな。そこで仲間たちが戦ってんだよ」


『すまぬが、そなたはもう、戻れぬぞ』


「あ? どういう意味だよ」


 老婆に失礼な言葉使いをしてしまっている。


『言葉のとおりだ。そなたはどうやら死んでしまって何故か魂の状態でここに来てしまったようだぞ』


「何言ってんだ。俺のどこが、って、うわあああ!! 手、手があああああ」


 ドゴラが何を言っているのかと再度老婆にきつく当たってしまう。

 そう言いながらも魔神との戦いをもっと深く思い出してしまった。

 自分の胸に深々と突き刺さった大剣に、血が沸騰し生きたまま手が燃えているさまが脳裏に呼び起される。


 すると、ドゴラの手がいきなり燃え始めた。


『やはり、そうか。そなたの中に神器があるのか。わらわの神器が運よく、そなたの魂と結合したか。それでそなたはわらわの元に来ることができたのか』


 そうかそうかと老婆は1人で納得している。


「何言ってんだって。俺の手が? あ、あれ? 火が収まった」


 老婆が何を言っているのか分からない。

 しかし、燃えていたドゴラの手の炎は収まる。


『これはそなたが生前に見た記憶だ。分かったな。そなたは死んだのだ』


「それがどうしたんだよ! お、俺は戻るぞ。仲間たちの壁になってでも、仲間たちを救うんだ!!」


 記憶が蘇り死んだという事実をドゴラは受け入れてしまった。

 それでも仲間たちを救うために戦いに戻ると叫ぶ。

 キールのために身を挺して死んでしまったことは、記憶にはないようだ。


『ふむ。命なぞ要らぬ。命を賭けるということか?』


「そうだ!! 全てを賭けてでも助ける。それが仲間ってものだろ!!」


『むう。何か青臭い小僧じゃな。大丈夫なのか……』


 老婆の決意に揺らぎが生じる。


「俺は15だ。小僧じゃねえ!!」


『そうであったな。ドゴラよ。もし、命を賭けるというなら、わらわの使徒になれ。そしたら、力を与えよう』


 そう言って、老婆は初めて立ち上がった。

 そして、うつむき加減であった顔を上げドゴラを見る。


 80近い老婆だと思っていたら20歳かそこらの女性だった。

 真っ赤で真っ直ぐ伸びた長い髪をした女性が、真っ赤な瞳でドゴラを覗き込んでいる。


「あ? どういうことだ?」


『わらわは火の神フレイヤ。力を求めし、ドゴラよ。そなたと契約をしようぞ』


 火の神フレイヤは契約をしようとドゴラに持ち掛けたのであった。

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