第346話 絶望

 アレンは勇者も魔王もいる世界に転生してきた。

 上位魔神キュベルの話ではアレンも、魔王との戦いに神が用意したとみて良いだろう。


 勇者や英雄と呼ばれる存在と魔王はこの世界で何千年か何万年かの周期で争ってきた。


 勇者と魔王が生を受け、それぞれ成長し、いつの日か対峙する。

 そんな優しい世界ではなかった。

 勇者と魔王以外に、何万年も何十万年も生きた者が勇者と魔王の物語に横やりを入れてくる。


 アレンは原始の魔神と呼ばれるキュベルを見る。

 メルスよりはるか昔から存在する魔神が、勇者や英雄の狩り方を知っていた。

 そして、確実に殺すべく、まだ生まれてもいない勇者や英雄を狩るために数十年かけて準備を整える。


(ずっと神によって用意されたものは殺されてきたということか? 上位神まで出てきたぞ。これは撤退できるか?)


 アレンの視線の先にいる調停神はただの神ではない。

 獣神ガルムや豊穣神モルモルと同じく上位神だ。

 罪を犯した神々を裁くための特別な力のある神だ。

 漆黒の闇を纏っており、罪人を見るように敵意をむき出しにしている。

 魔王軍の討伐に行って所在が分からなくなっていたが、懐柔されたのか洗脳されたのか味方ではないことは分かる。


『逃げることはできないよ。そんなことさせるわけないよね』


 その言葉ともに入ってきた大きな扉がひとりでに閉まる。

 調停神を見るアレンの思考に答えるようにキュベルが返事をする。

 仮面の下は分からないが微笑みながら答えてくれたようだ。


『いひひ、痛いじゃねえかぁ。おい、キュベル。神器使うぜ?』


 上位魔神であり、魔王軍内で参謀のキュベルに対する敬意は感じられない。

 魔神には上位魔神や魔王を「様」と呼ばないものもいる。


『うん。もう十分な数の命を集められたしね。ほら』


 バスクは祭壇の奥まで吹き飛ばされているが、ニヤニヤしながらゆっくり祭壇の前まで歩みを進めた。

 そして、キュベルは神器を使っても良いと言う。


 キュベルは漆黒の怨嗟のような炎に手を突っ込み、中に浮く真っ赤な金属のような器に触れ、バスクの方に向けてはじき出す。

 一切重力の影響を受けていないのか、手を差し出すバスクの元にフワフワとやってきた。

 祭壇の漆黒の炎からでた神器は漆黒の炎から、赤い普通の炎に変わる。


 炎を帯びた金属がバスクの手に当たると大剣の形に変わっていく。


『これが神器フラムベルクか。いいねえ。ジジイは回復だ。あと馬っころ。こっちこい』


 大剣2刀流のバスクはオリハルコンの剣を2本持っている。

 オリハルコンの大剣を1本地面に置き、武器と化した神器を握りしめた。

 名前を神器フラムベルクというようだ。


『オールヒール』


『ヒヒン。ブルル』


 メルスから強力な一撃を受け吹き飛ばされたバスクに、骸骨教皇が回復魔法をかける。

 そして、呼ばれてゆっくりやってきた馬より一回りほど大きい調停神にバスクは跨る。


『そんなので勝てたつもりか?』


 神器を握りしめ、調停神に跨りご満悦のバスクにメルスは問う。


『すぐに分かる。糞天使いくぜぃ? いひひ』


 調停神に跨るバスクとメルスが激突するほどの勢いで、一気に距離を詰めた。

 中央で激突した瞬間に大きな音が鳴り、衝撃波が発生する。


『がふっ』


 バスクはにやけ、メルスは苦悶の表情を見せる。

 バスクの神器フラムベルクがメルスの拳を砕き燃やしてしまった。

 さらに、調停神の前足の片方がメルスの腹に深くめり込み、強烈な一撃を叩きこむ。


 片方の拳を灰にされ、腹に一撃を受けたメルスは、広間入り口の壁に吹き飛ばされ激突する。

 メルスは上位神に跨り、神器を手にしたバスクに完全に力負けしたようだ。


「キール、メルスを回復しろ。ソフィーは精霊王の祝福を!!」


「分かった」


「はい、畏まりましたわ!」


 アレンは矢継ぎ早に指示をする。

 表情にいつもの余裕がないのは、王化して圧倒的に力を増したメルスはこの状況で切り札であるからだ。

 精霊王の祝福は召喚獣のステータスも3割増加する。


『厳しい状況だ』


 精霊神に一切の笑みがない。


 そう言って、精霊神ローゼンは腰を振りながら「精霊王の祝福」を全体に振りまきステータスの底上げを図る。


『うほ! さらに強くなったか。いいねぇ。全力で来いよぅ。でないとすぐにやられちゃうぞ~』


『ふん!』


 元々高かったメルスのステータスが驚異的に上がり、キールの回復魔法を受けたメルスとバスクの戦いが再開される。

 しかし、それでもまだ一進一退とは言い難い。

 吹き飛ばされた時より戦いにはなったが、まだ調停神と一緒に攻撃をするバスクの方がメルスより優勢であるようだ。


『カーズファイア!!』


 そんな中、邪神教の教祖グシャラも戦いに参加を始める。

 炎をアレンの元に向ける。

 それも無数の炎の槍が一気に宙に浮く。


「ニンフ様。お力を!」


 エクストラスキルを使い全魔力がなくなったソフィーは既に魔力の回復を済ませている。

 ソフィーは全快になった魔力の全てを水の精霊ニンフに注ぎ込む。


『うん。皆を守らないと』


 合羽を着た水の精霊ニンフが現れる。

 炎がアレンたちに襲い掛かるが水の障壁を作り邪魔をする。

 しかし、グシャラの方が、力が圧倒的に勝っているようだ。

 炎の塊にニンフの水の障壁は簡単に沸騰しかき消されてしまう。


「ロカネル、ハヤテ、オキヨサンこい!!」


『……』

『は!』

『ヒヒヒ』


 この神殿の大きさでも出すことができる、3体の王化した召喚獣を出す。

 3倍の大きさになった石Aの召喚獣はかなり窮屈そうだ。

 石Aの召喚獣は両足を曲げとても動けそうにない。


(いや、これでいい。これがいいぞ)


 召喚獣たちの大きさとステータス、全魔力を籠めてもかき消されたニンフの防壁から、グシャラの力を計る。


 しかし、石Aの召喚獣の目的は敵の遠距離攻撃を防ぐことだ。

 石Aの召喚獣は遠距離攻撃防御に特化している。

 球体を生み、グシャラの攻撃魔法を防ぐことが狙いだ。

 そして、この神殿の広さや高さに比べてサイズ感がぎりぎりの獣Aの召喚獣は動く盾になる。

 石Aの召喚獣は動かない盾として使える。

 防壁となる召喚獣を活用した陣形での戦いが再開される。


「骸骨教皇を優先しよう! クレナもエクストラスキルを!!」


「分かった!」


 調停神に乗ったバスクはとてもじゃないが、メルスを除いて厳しい。

 メルスだからぎりぎり持ちこたえている状況だ。


 グシャラは、ローブを着た後衛職の格好をしているが、耐久力がかなりあるようで、攻撃が通じにくい。

 魔法にもかなり耐性があり、セシルの魔法の効果もそこまでないように見える。

 というよりグシャラもバスクも防御を捨ててガンガン攻めてくる。


 前衛と後衛の陣形の指示も端的に行っていく。

 攻撃をした傍から教皇がグシャラとバスクをガンガン回復する。

 今倒すべきは教皇と判断する。


(ここから時間のカウントダウンが始まるとは)


 ステータス増加系のクレナのエクストラスキル「限界突破」も、ソフィーの精霊神に使わせる「精霊王の祝福」も、込めた魔力1を1秒として換算した時間持続する。


 その時間が終わると1日使えなくなる。


 絶望的であった状況であるが、ぎりぎり持ち直す。


 アレン、ソフィー、セシルの3人でやっとの戦いだ。

 皆が一気に行動する中、アレンは既に戦闘に参加しているグシャラ、バスク、教皇への攻撃の効き具合を確認する。

 グシャラの魔法は魔神レーゼルよりはるかに強力だ。

 確かにこの強さから上位魔神で間違いないようだ。


『おっと。回復役は取らせないぜぇ』


「やふ!」


 グシャラとバスクがそんな教皇の前に立ちふさがるように攻撃を加え始めた。

 教皇に迫ったクレナにバスクが神器で薙ぎ払う。

 武器で受けたクレナが入口の扉近くまで吹き飛ばされていく。


 教皇に立ちふさがるバスクに対して、ドゴラも一緒になって斬りかかっているのだが相手にもしない。

 クレナ以外にもシア獣王女がナックルで、フォルマールや弓部隊部隊長も攻撃するが一切反応しない。

 ステータスに差が開きすぎてバスクにはダメージが通らないようだ。


『やはり、今世の英雄は成長がおかしいよね。魔王様に進言してよかった。いや~間に合わなくなるところだったね。この機会に殺せて正解だったよ』


 バスクやヘルミオスと全然違うと言う。

 この状況で戦いを持ち直そうとしている。


『キュベル様、いかがされましたか?』


『いや、なんだか絶望が足りなくなったな~って思ってね。もっと、ほら絶望の表情を見せてくれないとつまらないじゃない』


 必死にアレンたちが戦う中キュベルは祭壇の前でコミカルな動きをしている。

 そして、火の神フレイヤの神器がなくなった祭壇の漆黒の怨嗟のような炎に手を触れる。


 ドクン

 ドクン


 漆黒の炎はキュベルの手の中で丸い球体になる。

 漆黒の炎は心臓のように鼓動している。


『キュベル様、どうされるのですか?』


 その様子にグシャラは問う。


『魔王様への献上はこれくらいあれば十分かな。残りは君が使うといいよ』


 キュベルがそう言うと随分小さくなった祭壇の上の漆黒の炎がグシャラに纏わりついていく。


『こ、こんなにも。おお! ありがたき!!』


「!?」


 その瞬間格段にグシャラの魔法の威力が上がった。

 獣Aと石Aの召喚獣が攻撃に耐えられず、光る泡になって消える。

 兵化した程度では、精霊王の祝福を受けても耐えきれないようだ。

 こんなものを自分らが受けたらひとたまりもない。


 指揮化した召喚獣までやられていく。


 その計算が圧倒的な手数のグシャラの攻撃に追いつかなくなっていく。

 黒い炎を纏ったグシャラの力が、アレンの召喚スキルを圧倒していく。


「いけない。皆戻れ!!」


 王化した石Aの召喚獣の後ろに戻れとアレンは叫んだ。

 そう叫ぶや否や、シア獣王女を隠していた指揮化した石Aの召喚獣の防壁が光る泡となり消えシア獣王女を守るものがいなくなってしまった。

 そんなシア獣王女に容赦することなく、グシャラの魔法が飛んでいく。


『シア様、がは!!』


 シア獣王女にピッタリついていたルド隊長が庇うように、シア獣王女の前に出る。

 炎がルド隊長を焼いていく。

 そして、ルド隊長は力なく膝から崩れてしまう。


『ルド、ルドよ。しっかりするのだ!!』


『姫様。お逃げください……』


 最後の言葉を振り絞るように、そう一言だけ言うと、シア獣王女がいくら叫んでもルド隊長は反応しなくなる。

 最後にルド隊長に見えたのは幼少期、お世話係に任命されたころに見たシア獣王女の顔であった。

 たった一撃で死んでしまったようだ。


 呆然とするシア獣王女と動かなくなってしまったルド隊長を3人の部隊長が命懸けで王化した石Aの召喚獣の後ろに運んでいく。


『ふふふ。いいね。じゃあ、僕は、先に行っているよ。ああ、バスク』


 キュベルはこの戦いには参加しないようだ。

 祭壇に集まった漆黒の炎を回収しに来ただけのように思える。

 そして、帰る前にバスクに何かあるようだ。


『あん? なんだぁ』


 戦いながらもバスクは返事をする。


『ここにいるのは皆殺しにするようにね。手心加えて持って帰ったら駄目だよ』


『はぁ? 駄目なのかよ。残念だが仕方ねえなあ。皆殺してけってかぁ』


 間の抜けた返事をするが、残念そうだ。

 何体か持って帰りたい女性がいたようだ。

 キュベルが空間から消えていく。


「後衛たち狙われているぞ!」


 皆殺しと聞いて、攻撃対象を変更したようだ。


『紅蓮斬!!』


 神器フラムベルクに纏う炎が大きくなっていく。

 そして、投擲するように投げた。


 ずっと戦っていたが相手にされていなかったドゴラが、その時投擲した神器フラムベルクに届く位置にいる。


 狙われた後衛の誰かを守るべく無意識に足が前に出る。

 何も考えず、アダマンタイトの大盾を前にかざす。


 しかし、大盾をバターかチョコレートを熱したナイフで溶かすように簡単に溶かし勢いそのままに貫通をした。


「が!? ああああああぁぁぁ!!」


 一瞬何か衝撃が走った。

 ドゴラが見たのは、自分の胸に刺さった巨大な大剣だ。

 大剣は簡単に背中に達し、ドゴラごと後方に吹き飛ばす。


 そして、信じられないものを見るように、燃える自分の腕を見て叫んだ。

 大剣を引っこ抜こうとするが、自分の体ごと大剣は斜めに地面に突き立ててある。

 そして、すぐに何も見えなくなる。

 眼球も血液も全ての体液が沸騰しているからだ。

 そして液体を失ったドゴラの全身を燃やし始める。


「ドゴラ!!」


 アレンが見たのは、消し炭に変わっていくドゴラの姿だ。


『ち。変なのが前に出てきたな。おい、グシャラ。敵のヒーラーはあの金髪の男だ。先に狙うぞ』


『そうですね。回復される前に殺しましょう。ほほほ』


 どうやらバスクは、敵を皆殺しにするため後衛の中にいた回復役のキールを狙っていたようだ。


 にやけ顔のバスクは調停神の腹を蹴り、地面に突き立てた神器フラムベルクを拾おうとする。

 その時、大剣を突き立てられたドゴラであった屍骸には一切の感情は込められていない。


 皆殺しにすべく、バスクは次の標的を見ながら神器を拾おうとするのであった。

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