第345話 今回の騒動

 シア獣王女の話を聞くとグシャラ自身はシア獣王女とその部隊に抵抗することなく捕まったようだ。

 しかし、その存在は上位魔神と思われ、圧倒的な力があった。


 祭壇の上に浮く真っ赤な皿状の神器を取り巻く漆黒の炎は、多くの命を吸ったのか、嘆き悲しみ叫ぶ亡霊のように見える。

 バスクが命を集めていたとかそういう話をしていたので、きっと今回光の柱を作る際に亡くなった数百万にも及ぶ人々の命が、神器に纏わりついているようだ。


(まるで、人の命を集めるための器だな。さてと)


 アレンは神器の機能について、1つの結論を得る。

 今回魔王軍は多くの人々を邪教徒に変えていたが、邪教徒になった時点で人としては既に死んでいる。

 多くの人々を邪教徒に変え、そして手に入れた人の命を、こうやって神器を使って一か所に集める。

 集めた命を何に使うか知らないが、魔王軍は多くの命を必要とする何かをしようとしているのだろう。


「お前がグシャラか?」


 シア獣王女からグシャラの容姿などについてはよく聞いている。

 このローブを着た男がグシャラと見て間違いないだろう。


『ほほほ。そうですよ。私がこのグシャラ聖教の教祖グシャラです。入信がご希望ですか?』


 振り向いたグシャラがアレンに対して入信を勧めてくる。

 やや高い声と中性的な口調だ。

 前世のボスにこんな奴がいたような気がする。


 やってきたアレンに対して、当たり前のように入信希望の確認をする。


「いや、普通に倒しに来た。その前に何をしているか教えてもらえるか? 魔神共は皆口が堅くてな」


 唯一口が軽かったバスクからも、ここで何をしているのかという情報は得られなかった。


『あら。それは残念ね。ここに来た理由を知らないなんて本当に可哀そうに。ねえ、そう思いませんか? 魔王軍参謀キュベル様』


「「「!?」」」


 アレンの仲間たちが警戒をする中、何もないところから1人の男が出てくる。

 ピエロのような格好をした者だが、ローゼンヘイムでこの男に見覚えがある。


『呼ばれちゃったね。さすがエルメアに導かれた英雄ってことかな。諸悪の根源である教祖を倒しに来たんだね』


 そう言って仮面の下で、祭壇に浮く神器とその周りに蠢く死霊のような漆黒の炎を見つめる。


「英雄?」


 キュベルが「英雄」という言葉を使ったことに少しの違和感が生まれる。

 何か、この場で使うつもりであったようなそんな言葉の強みのようなものを感じる。


(魔神が1体増えたな。それにしても原始の魔神まで出てきたか)


 しかし、現状はそれ以上に考えないといけないことがある。


 グシャラとバスクに教皇とこれから戦わないといけないと思っていたが、そこに上位魔神で魔王軍参謀のキュベルまで出てきてしまった。


 アレンはメルスに主要な魔王軍の構成について聞いている。

 魔王軍の攻略を考えているアレンにとって、どんな魔神がいるか知っておく必要がある。


 その中で、一度ローゼンヘイムであったことがある魔王軍参謀のキュベルは「原始の魔神」という肩書というか呼ばれ方をしているらしい。

 何でも、最初に誕生した魔神で、遥か太古から存在するらしい。

 ピエロの仮面を被っていて分からないが、その素顔はヨボヨボの爺さんなのかもしれない。


(ん?)


 アレンはバスクを見ると、バスクは今にも笑いを噴き出しそうなのを我慢しているようだ。

 グシャラも同じようで「クククッ」とほくそ笑んでいる。


『まあ、そうだね。死に行く君たちが可愛そうだから少しくらい教えてあげてもいいかな』


(冥途の土産という奴か。思いのほか親切な奴なのか?)


「冥途の土産をくれるのか? くれるなら欲しいぞ」


 キュベルが、ここで何が起きているのか教えてくれるらしい。

 今何が起きているのか知ることは優先事項だ。

 生まれて初めて冥途の土産を催促した気がする。


『そんなに欲しいなら仕方ないね。最初はバスクだったかな。彼はね。とても粗暴で力に対する探究心がすごくて、人間たちの手に負えなかったんだよね』


「ん? バスク?」


 一瞬何の話だとアレンは思う。

 どうやら神器やこの大陸で起きた話ではないようだ。


『次は勇者ヘルミオスだ。エルメアは前回の反省を踏まえて優しく正義感に溢れた者に「勇者」の才能を与えたんだよね。だけど、残念ながらうまくいかなかった。何でだと思う?』


(ああ、これってもしかして。そういうことか)


 ここまで聞いて、さっきの少し強めに伝わった「英雄」という言葉の意味が分かった気がする。


「性格面で魔王を倒す適性には不十分であった。優し過ぎた結果、探究心が足りないとかそういうことか?」


 どうやら創造神エルメアが魔王や魔王軍と戦うために用意した人物の話のようだ。

 最初はバスクを誕生させたが失敗した。

 次に誕生させた勇者ヘルミオスも性格が優しすぎる。


『正解です! 流石アレン君だ。人間の側に立つが力を求め続ける者。富や名声に一切の興味のないもの。そんな非常識な存在がこの世界から誕生するのはとても難しいとエルメアは考えた』


 魔王軍や魔王と戦えるようになるためにはとても時間が掛かる。

 何かに満足して歩みを止めず、奢らず、社会性もそれなりにある。

 そんな存在がどうしても必要であった。

 まるで延々と満足せずにゲームをやり込むようなそんな者を神は求めた。


「だから別の世界から俺を呼んだということか」


『そういうこと!』


 また正解をしてしまったようだ。

 キュベルからビシっと指を指される。


『神界について、よく調べているな』


 キュベルとアレンの問答に対してメルスも参加する。

 どうやら、創造神エルメアと一部の者にしか知らされていない話のようだ。

 魔神キュベルがそれについて知っている。


『そりゃあ、メルス君。天使を何体か捕まえてじっくり聞いたからね。皆よく教えてくれたよ』


 10万年生きたメルスに対しても「君付け」をする。

 神界の情報を、天使を拷問して聞きだしたようだ。


『き、貴様!!』


『でも、まあ、捕まえるまでもなかったんだよね。まあ、神界の進捗状況の確認のためってやつだよ』


 念のために天使を捕まえてみたが、そこまで貴重な情報ではなかったらしい。


「ん?」


『だって、そうだよね。勇者と魔王の戦いなんて、今に始まったわけじゃないよね。この何十万年の歴史の中で何度こんなことがあったと思う?』


 そう言って、キュベルは仮面の下でほくそ笑んでいるように思える。

 何度も何度も起きたこの世界の勇者と魔王の戦いの歴史をキュベルは知っているという。


「そのために用意したのが、今回の騒動ってことか。よく次が必ず誕生するって分かったな」


 天使を捕まえなくても分かったとキュベルは言っていた。

 必ず、ヘルミオスの次は現れると。

 もしかしたら、そのヘルミオスより強い存在かもしれない。

 それでも問題ない準備を、まだ生まれてもいない英雄のためにしてきたという。


『アレン君はこの時代が誕生してどれくらいが経つと思う』


「ん? たしか1万年って言っていたかな」


 メルスを見ながら言う。

 この世界は調和が壊れると創造神によってリセットされてきた。

 最後のリセットは1万年ほど前のことだという。


『そう。だからね。過去にはないんだよ。たった1万年かそこらで、世界の調和が壊れるなんて。間違いなく、ヘルミオスの次はやってくる』


 キュベルの口ぶりから、創造神エルメアは1万年かそこらで世界を諦めない。

 新しい英雄を誕生させて、世界の調和の均衡を図ろうとしてきたということだろう。


 そのための対策を何十年もかけて練っている。

 何十年もかけて、この大陸中に混乱を生み邪教徒を集める。

 きっと、そこには創造神エルメアに選ばれた、魔王を倒す者がやってくる。


(この世界は魔王軍に攻略本があるのか。随分なヘルモードだな)


 アレンがここまで聞いて分かったのは、魔王軍には何万年も何十万年も生きた魔神がおり、勇者や英雄が現れ魔王を倒しに来ることを知っているということだった。


 魔王も勇者も職業欄にあったのはそういうことだろう。

 魔王軍にのみ、勇者や英雄を倒すための攻略本が渡された世界であった。

 少なくともアレンは好きに生きろとしか創造神に言われていない。


 キュベルは魔神を寄こすかもしれないと言っていた。

 ローゼンヘイムで魔神がやってくると言って警戒だけさせて、実際にやってこなかったことにも理由があった。

 今回の準備のためにアレンの元に魔神を寄こさなかったのだろう。


「それで、集めた命はどうするんだ?」


 確かにアレンを殺す作戦を何十年も前から考えてきたのは事実なのだろう。

 それで、その結果集めた命はどうするのかと問う。

 流石に集めるならその後の利用もあるだろうとそういう話だ。


『これは、魔王様への献上品だけど、まあそれは君が死んだ後に起きることだからね』


 数百万の命を使って何かをするが、そこまでは教えてくれないようだ。

 話は以上のようなので、アレンはメルスに共有したまま指示を出す。


『そうか。分かった。死ぬがいい!』


 メルスは王化した圧倒的なステータスを元にキュベルの元に到達する。

 一気に距離を詰めたメルスに対してバスクが大剣をとり、キュベルとの間に割って入る。


『何、俺を無視してんだぁ』


『邪魔だ。どけ!!』


『へぐあ!!』


 あれだけ苦戦したバスクを蹴り上げ、吹き飛ばす。

 吹き飛ばされたバスクは、そのまま祭壇の奥の壁に激突する。


『へ~、力が戻ったのかな?』


 キュベルはメルスの動きから、力が第一天使であったころと同等であることに気付く。


『ほぼな。貴様を殺すぞ。キュベル』


(やばい。王化が間に合っていてよかった)


 今では、あんなに追い詰めるのに苦労したバスクを足蹴にすることができる。

 アレンは何とか、メルスを中心に打開策を模索する。


『ふふふ。やあ、これは困ったね。これは絶望が足りないね』


(絶望だと?)


『ん?』


 圧倒的なステータスのあるバスクを蹴り上げたメルスを見て、キュベルは笑った。

 この状況でも勝利を確信しているようだ。


『準備はきちんとしておくもんだね。いや~、既に魔神の域を超えていたか。これは危なかったね』


 キュベルが胸をなでおろし、そう言うと、祭壇の奥に漆黒の何かが生まれる。

 まるで異空間か異次元にも繋がっているようだ。


 ドカッ

 ドカッ


 そして、馬か何かが蹄で地面を蹴り歩く音が聞こえる。

 漆黒の闇に覆われた全身が鱗に覆われ、角の生えた馬のような生き物が出てくる。


(麒麟か?)


『……調停神』


 最初に思ったのは前世で見たことのある麒麟のような姿だ。

 そんなアレンの思考を上書きするように、メルスはやって来た麒麟のようなものについて呟く。


『さあ、調停神ファルネメス。目の前にいる奴らは、罪を犯した罪人たちだよ。裁きの時間だ』


 キュベルの言葉に、調停神は憎悪をもってこちらを睨む。

 さらなる絶望がアレンたちの元にやってくるのであった。

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