第337話 チームアレン⑤ お礼(2)

 クレビュール王国のカルミン王女から、お礼の話が出たのでアレンは丁重にお断りをする。

 この席にはセシルもドゴラもいるのだが、2人に確認もせずに断ったのだが、いつものことかと2人は何も感じていないようだ。


「あ、あの。理由を聞いても?」


 まさか王女が礼をすると聞いて、断るとは思ってもみなかったようだ。


(あれだな。なんか俺の人生こんなのが多いな。助けるのがいつも遅いからかな。胡椒と船を交換してくれる奇特な王様はいないのか?)


 前世の記憶では、塩だか胡椒だかを渡しただけで船をくれる王様もいた気がする。

 そういうお礼ならいくらでも貰うつもりだ。

 精霊神ローゼンや、ダンジョンマスターディグラグニのように力ある者なら要求はきっちりする方だ。


 しかし、貧乏な貴族から娘を守ってほしいと金貨を積まれたり、国が甚大な被害を受けたが礼をしたいとエルフの女王に言われたりとか。

 そういう時には、気持ちだけでいいですよとなる。


「今、困っている大勢のクレビュールの民がいます。彼らに十分な食料と帰れる場所を与えることが王家にとって大切なことだと存じております」


 そこまで言うと、アレンは王族に失礼な物言いをしましたと、改めて頭を下げた。


 100万人以上のクレビュールの民が、この要塞に避難している。

 王都から列をなして逃げてきた民や、避難している道中に合流した大勢の民がこの領にはひしめき合っている。


 アルバハル獣王国が食料などの支援を開始している状況だ。

 そういった費用にもお金がかかる。

 そんな状況の国から礼は受け取れないと言う。


「ほう」


 シア獣王女が横で聞いていて声が漏れた。

 これまでの3日間の行動とは違った行動をアレンがしたからだ。

 あんなに徹底した殲滅作戦を思いつくのに、随分殊勝な考えをしているのだなと思う。


「だがしかし」


 国王も会話に参加する。

 やはり王家として、国を救った英雄に礼をしないことなど考えられないようだ。


「いえ、今すぐお礼と言うこともないでしょう。まだ解決しておりませんし、今後落ち着いたらで大丈夫です。今頂けない分5割増しで督促に伺いますよ」


 そう言って冗談っぽく笑って見せる。

 王家の誇りを傷つけないように、建前でも断る理由をつけておく。

 なお、本当に豊かな国に戻ったらしっかり5割増しで督促する所存だ。

 アレンは心のメモ帳にしっかり記憶する。


 国王もそうかと納得したようだ。


(よしよし、これで後は戻って殲滅の続きをしないとな。ん?)


 そろそろお暇しようとした時だった。


 カルミン王女の腕に光る紫色の宝石が目に入った。

 随分はっきりと輝く宝石だなと思う。


「え? あ、こちらですか。これはマクリスの聖珠です」


 カルミン王女がアレンの視線に気づいた。


「へ~。あの物語に出てくる聖魚マクリスの涙ですか?」


 プロスティア帝国物語に出てくる「聖魚マクリスの涙」は絵本の中の呼び名で、正式には「マクリスの聖珠」と呼ばれている。


「はい!」


 アレンが、クレビュール王国が他国に誇れるものに関心を持ってくれたことが、カルミン王女は嬉しかったようだ。


(おお、これ1つで王国が買えるというマクリスの聖珠か)


 アレンはこのマクリスの聖珠がこの世界で最も高価な物の1つだという認識だ。

 前世の記憶なら曰くや歴史ある大粒のダイヤモンドとかその類だろう。


 クレビュール王国の国土は隣国の一部だったらしい。

 どうしてもマクリスの聖珠が欲しい隣国の王が国土の3分の1を魚人たちに割譲して、マクリスの聖珠を手に入れた。


 その輝きは国威を示し、王家の象徴となっている。

 また国王から王妃にプレゼントする風習が王族の中であるという。


「そうなんですか。綺麗な宝石ですね」


「どうぞどうぞ。ご覧になってください」


 そう言って、カルミン王女は使いの者を通して、腕から外した腕輪をアレンに渡す。


「おお! 綺麗な紫の宝石だ。涙には見えませんね」


 こんなに美しい宝石なら色々な国の王たちが欲しがるのも分かるような気がする。

 どうやって魚の涙がこんなきれいな紫の結晶になるのかと思う。

 アレンがふむふむと言って、テーブルの上に乗った魔導具の灯りに当ててみたりする。


 セシルはプロスティア帝国物語が大好きだった。

 アレンも読まされたので内容はほぼほぼ覚えている。


 このプロスティア帝国物語の内容はざっくりまとめると結ばれない恋愛物語だ。

 プロスティア帝国の皇太子マクリスが、1人の村の少女ディアドラに恋をするという。

 マクリスは愛を伝えるが、ディアドラからは身分不相応で恐れ多いと断られる。

 帝国の皇帝も反対する中、離れ離れになったりと、紆余曲折を経てマクリスとディアドラは愛を誓いあう関係になる。

 しかし、そこで話が終わらなかった。

 プロスティア帝国の海底に封印された凶悪な魔獣が出てきて帝国を滅ぼそうとする。

 帝国と愛するディアドラを守るため、水の神アクアに力が欲しいとマクリスはお願いをする。

 水の神アクアは力を与えるが条件があるという。

 力の代償として、マクリスを一匹の魚に変えるがそれでもいいのかと問う。

 構わないと言って水の神アクアと契約を交わしたマクリスは巨大な魚となり、死闘の末、恐ろしい魔獣を再度封じ込めて帝国とディアドラを救った。

 ディアドラのところに魚になったマクリスが向かうが、ディアドラにはマクリスが水の神アクアと契約をしたことを伝えていなかった。

 巨大な魚となって現れたマクリスを見てディアドラは恐怖して逃げてしまう。

 それを見たマクリスはもう二度とディアドラとは結ばれないことを知り大粒の涙を流し、それが結晶となった。

 この結晶を聖魚マクリスの涙と呼んでいる。

 今でも、ディアドラの生まれたプロスティア帝国を守るため、聖魚マクリスは孤独に遊泳しているという結末だったような気がする。


 アレンが文字を読めることを知り、目をキラキラと輝かせたセシルから、絵本を渡された。

 読み終わったら感想を言えというので、セシルの目の前で全て読み終えて感想を伝えた。

 まずプロスティア帝国があるのかどうか知らないが、この絵本は国家の知名度の向上に使われている。

 そして、なぜこの絵本がこのグランヴェル家にあるのかというと、王国が村人でも、そして1人の少女でも守るという内容になっている。

 これは王家が民を思い、民を救うという王国の制度にあっていること。

 結局は身分が違うから、最後は結ばれないところを含めて……。


 確かそこまでしか言えなかったと記憶している。

 その辺りで求めていた感想とかなり違っていたらしい。

 セシルから『殺すわ!』といってボコボコにされた記憶がある。

 アレンは本当に死ぬかと思った。


 今思い出しても聞くも涙、語るも涙の悲しい物語だ。


「セシルも見てみるか?」


(セシルの大好きな聖魚マクリスの涙だぞ)


 見たいと言っていたセシルにマクリスの聖珠を良く見せることにする。


「え!? あ、ちょっと!?」


(なんだよ?)


 アレンが受け取れるようにと腕輪をセシルに近づけると、セシルが真っ赤になって立ち上がる勢いで驚く。


 真っ赤になったセシルの表情を見たカルミン王女は国王を見つめる。

 国王が頷いたのを合意が取れたと判断する。


「アレン様、そちらはどうぞ。お納めください」


「え? 頂けるのですか?」


「はい。我が国はプロスティア帝国と国交があります。数は少ないですが、まだございますので」


 アレンが貴重な物だから断らないように、数はあるとカルミン王女は伝える。

 併せてこういう形なら、アレンに無償で渡してもプロスティア帝国も納得すると言う。


「えっと。こんな貴重な物を……」


 そう言って、シア獣王女を見る。

 自分だけこんな貴重な物を貰ってと、彼女へのお礼を気にする。

 アレンは確かに助けに来て、多くの命を救った。

 しかし、シア獣王女とその部隊の献身的な戦いと多くの命によって王家と民が守られた事実が無くなるわけではないとアレンは考える。


「む? 余に気遣う必要はない。それに、クレビュール王家とは今後も仲良くする予定だからな。今、お礼も貰うわけにはいかぬな」


 そう言って獲物を見るように国王を見て、ニヤリと笑い犬歯を見せる。


「!?」


 シア獣王女に見つめられ、国王がビクッと驚いてしまう。

 健全な関係にはならないのかもしれない。


「それに余は黄色が良い。紫は似合わぬ」


(こんなに綺麗な宝石なのに色が気に食わないとかあるのか?)


 宝石に興味のないアレンでもこのマクリスの聖珠は綺麗だと思う。

 だが、シア獣王女はいらないようだ。


(腕輪か。こういう時に価値が分かるペロムスがいると助かるんだが。本当に貰ってもいいのか?)


 職業が商人のペロムスは鑑定スキルを持っており、アイテムの価値が分かる。

 アレンのメンバーには鑑定スキルもちがいないので、S級ダンジョンに行った際は、街の鑑定屋に持って行って、手に入れたアイテムの効果を調べていた。


「遠慮なくお受け取り下さい。プロスティア帝国が我らを支援していただけると、先日連絡を頂きました」


 金貨数百万の価値があると聞いて、遠慮しているのかとカルミン王女は思い、今後の復興についての話をアレンにする。

 先日到着した際、魔導具の通信を使い、プロスティア帝国の支援を確認したようだ。


 クレビュール王国の民は、元はプロスティア帝国の民だ。

 そして、王家は元プロスティア帝国の公爵家で、帝国の皇帝とは血族に当たる。


 クレビュール王国で謀反の話が出て、懐疑的であっても流石に滅びそうになれば、救いの手を差し伸べるようだ。


 もしこのマクリスの聖珠を売れば金貨数百万の価値になるので、プロスティア帝国の支援も少なくて済む。

 今後のプロスティア帝国との主従関係が厳しくなるかもしれないが、それでも100万を超える民と王家を救ったアレンに対してお礼を優先するという。


「そうですか」


 断る理由はないのかと、じっと見つめるアレンは、ふと今装備している自分の指輪を見る。

 宝石が大きいから指輪じゃなくて腕輪なのかと思う。


(腕輪か。これに能力があれば、指輪と装備が被らないから効果が付いていいんだが)


 ステータスが上がる指輪は2個しか装備できない。

 S級ダンジョンの最下層ボスがネックレスを落としたので、今後はネックレスを揃えたいと思っている。


 国王たちが見つめる中、腕輪も何らかの効果があればいいのにと、早速装備してみる。


「え?」


「どうしましたか? アレン様」


 アレンがマクリスの聖珠の付いた腕輪を装備したとき、明らかなステータスの上昇を感じた。

 カルミン王女が話しかけているが、魔導書を目の前に出し、慌てて自分のステータスを確認する。


「うは!? 何だよこれ? どういうこと?」


 アレンのステータスが明らかに変わっていた。

 アレンのステータスの増加分だけでなく、他にも効果がステータス欄に表示されている。

 その表示を見て、アレンが思わず声が漏れる。


 マクリスの聖珠(腕輪)の効果

・攻撃魔法発動時間半減

・クールタイム半減

・魔力+5000

・知力+5000


(クールタイム半減とか。何だこれ? あれ、そういえば、そんな話もあったな)


 そういえば、昔、クールタイムを短縮するアイテムがあるということを学園にいるとき聞いたことがあるような気がする。

 結局そんなものは取引どころかオークションにも出てこなかった。


 アレンが眉唾に近い噂レベルで聞いた話がこの聖珠なら、クレビュール王家と王国や帝国の国家間同士でしか取引しないものだったからだろうと思う。


(これは金貨数百万で取引するな。腕輪ってことは2個装備したらクールタイム無くなるのか? いや、4分の1に短縮でもいいぞ! エクストラスキルも半減の対象か?)


 前世でたまに、今まで必死に集め、年数をかけ加工したアイテムがゴミになることがあった。

 バージョンアップで圧倒的な上位互換のアイテムが出たときなどだ。

 その時の思いに似ている気がする。

 トキメキと共に全力で、どんなことをしても手に入れたいと思った。


 この腕輪は今まで手に入れたどのアイテムよりも貴重だと思う。

 今となってはこのマクリスの聖珠は魔力回復リングより圧倒的に貴重だということが分かる。


「気に入っていただけましたか?」


「も、もちろんです!」


 あまりに貴重でとんでもない効果のある腕輪に、アレンはもう返しませんよと返事をする。


「では……」


 と言って、カルミン王女がセシルの方を見る。

 セシルに渡すべきと言うことだろう。


(たしかに。これはセシルのためにあると言ってもいいな)


「セシル、すごいアイテムだぞ」


「ひゃ!?」


 そう言ってセシルに「ほい」と腕輪を渡す。

 聞いたこともない声でセシルが返事をし、真っ赤になりながら腕輪をうまく受け取れない。

 マクリスの聖珠は空中でお手玉をするように、セシルの両の掌の上で躍ってしまうのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る