第338話 聖獣と上位神
クレビュールの王家であるカルミン王女からお礼でマクリスの聖寿を貰って5日が過ぎた。
「!? アレン!」
目の前に現れたアレンを見るなり、クレナが駆け寄って来る。
12日ぶりの再会だが、数年ぶりにクレナ村に帰ってきた時と同じテンションだ。
「やあ、久し振り」
アレンはメルスを共有しているので、チームキールの仲間たちの動向は常に見てきた。
何かあれば相談も受けてきたが、目の前にいるのとそうでないのとでは違うらしい。
「こっちもだいぶ片付いたぞ」
「そうみたいだな」
チームリーダーのキールから状況の報告を簡単に受ける。
キールは要塞を防衛して、そこからカルロネア共和国へ進軍した。
この進軍とは、才能のある者たちも一緒に殲滅に参加したということだ。
ミュハン隊長の言った通り、2日後に将軍が引き連れてきた軍の中からも、才能ありについては殲滅部隊に後から参加してもらった。
メルスがいると、交渉とは何なのかについて考えさせられる結果となったが、キール自身も、いつもアレンが前にいたので考える機会ができて良かったようだ。
チームキールについてもカルロネア共和国の首都ミトパイまでの邪教徒及び魔獣の殲滅が概ね済んでいる。
「よし、じゃあ、クレビュール王国にいくぞ。セシルたちが待っている」
クレナとキールを連れて行く。
メルスはアレンが来たので、ソフィーのところに行ってしまった。
アレンの鳥Aの召喚獣の移動地点となる「巣」だが、アレンが作ってもメルスが作ってもお互いに特技「巣ごもり」も覚醒スキル「帰巣本能」も使うことができる。
ただし、どちらかが帰巣本能を使ってしまうと、その「巣」は1日間のクールタイムの間帰巣本能は使えない。
パズルのように、アレンとメルス1人だけが転移できる「巣ごもり」と仲間と一緒に移動できる「帰巣本能」を駆使する。
「あれ? その腕輪どうしたの?」
クレナが飛んできて早々にセシルの腕に輝く紫のマクリスの聖寿をはめた腕輪に気付いた。
「にゅふん」
セシルはニマニマが止まらない。
この5日間ずっとこんな感じだ。
わざわざクレナが気付くような、不自然な腕の動きをしていた。
(まあ、分からないでもない。俺だって同じ感じになるだろう。おっと巣を設定し直さないとな)
アレンのそれとは全く感情が違うのだが、セシルに共感する。
アレンのそれは、奇跡的に1000万体に1つの確率で魔獣を倒してドロップしたアイテムを手に入れたという感情だ。
「セシルいいな。私も欲しい~」
クレナが欲しそうに呟くと、セシルのにやけがさらに止まらなくなる。
この世界ではマクリスの聖寿を貰うことが、女性にとって、特に王侯貴族の子女にとって最大の喜びのようだ。
「クレナはこの前ネックレスを手に入れただろ」
(というか完全にセシル特化の装備で、クレナが装備しても意味がないし)
クレナが欲しそうにするので、S級ダンジョン最下層ボスの報酬で手に入れたネックレスの話をする。
マクリスの聖寿は攻撃魔法を使う者専用のアイテムだ。
「むう」
「まあ、メルスが黙っていたからな。これからは聖寿集めをしていかないといけないからな」
『別に黙ってはいない。聞かれてもいなかった』
アレンがこの地点に作っていた鳥Aの召喚獣を一旦削除して、再作成して巣を作り直して早々にメルスが、チームソフィーの3人と一緒にやって来る。
やって来て早々にメルスはアレンに反論してくる。
アレンはメルスに共有しているので、お互いに感覚が繋がっている。
これは他の召喚獣でも同じだ。
あくまでも共有なので、感覚の共有はお互い様だ。
アレンの見たもの、聞いたものもメルスに伝わっている。
(エクストラの開放に拘ったのは俺か。聖魚マクリスか。他にもいるんだっけ)
メルスに反論されたが、アレンは自らの拘った結果であることは認識している。
エクストラモードの開放やエクストラスキルの使用に拘ってきた。
聖魚とは何か。
聖寿とは何か。
メルスにはあれこれ質問攻めにした。
一定の信仰を集め、聖に至った獣を総称して聖獣と呼ぶという。
聖魚マクリス、聖鳥クワトロ、聖獣ルバンカなどが有名どころでいるらしい。
クワトロとルバンカからも聖寿が何らかの方法で手に入るらしい。
そんな情報は全く知らない。
神々の理の中では有名らしいのだが、アレンの現在の行動範囲では知る機会がなかった。
「プロスティア帝国の皇太子が聖魚になったらしいが、そんなことはあり得るのか?」
歩きながら今思いついたことを確認する。
『まあ、ありえない話でもない。詳しいことはアクア様からは聞いていないが』
「そうか。神と契約を交わすという方法もあるのか?」
絵本の中で、マクリスが聖魚になるきっかけとなった水の神アクアとの契約の話をする。
『それはやめておいた方がいい』
メルスの口調が変わった。
「ん?」
メルスはアレンの言葉に止めるように言う。
そして、神は時として個人や国の願いなどに対して試練を与えたり契約を交わすことがあるという話をする。
そんなことを神に絶対にお願いしない方がいいという。
力を得る代わりに代償を払わされることが多いからだという。
『飢えに苦しんだ国が豊穣神モルモルと契約を交わしたが、あまりお勧めする結果になっていない。それくらいなら知っているだろう?』
メルスもこの世界の誰もが知る神と契約を交わした実例の話をする。
「ああ、上位神の力によってとある国になる実が全てモルモの実になったんだっけ」
神は多くの信仰を集めたり、様々な結果で上位神になることがあるという。
上位神は神には起こせない奇跡を起こすことができるらしい。
全世界の多くの民に豊穣を祈られる存在の豊穣神モルモルは上位神だ。
(お陰で全世界に輸出するほどの実が生ると。クレナ村にも届くほどの)
飢えに苦しむ民を救うため、王家が豊穣神モルモルと契約を交わした結果、他国の人口数百人の小さな開拓村にも届くほどのモルモの実がその国では採れるらしい。
しかし、契約の代償として、その国ではモルモの実しか収穫出来ない。
そして、モルモの実を余らせて腐らせると豊穣神が怒るらしく、王国は全世界に安価な値段で大量に輸出している。
その結果のことをアレンは身をもって知っている。
その結果、カミカミの実は多く実をつけるという理由で、グランヴェル家やグランヴェル領でも大量に植えられていたのだが、食べられなくなってしまった。
グランヴェル家の庭先で、セシルに肩車させられたあの赤い果実だ。
酸っぱくて食えたものではないとセシルが地面に叩きつけていたが、干したら酸っぱさが抑えられて甘みが増すという。
生では食べられないため渋柿のようで、グランヴェル領では冬場の非常食として干して食べられていた。
干す手間もなく安価で冬でも大量に入ってくるモルモの実のために、カミカミの実は熟れて朽ちるだけの存在になってしまった。
(世界って広いんだな。学園の資料を探しても載ってなかったぞ。いや、絵本にあったではないか)
やり込みたい、強くなりたいと思ってアレンは生きてきた。
今回のマクリスの聖寿は、その価値以上のものをアレンは手に入れたと思う。
人間世界に関わらない存在であったり、他国にあって5大陸同盟の活動から離れなければ情報が得られないものはきっとまだまだあるのだろう。
在学中に起きたローゼンヘイム侵攻。
ローゼンヘイムで勝ち取った仲間たちの転職。
そして、S級ダンジョンを攻略後に聞かされたエルマール教国の救難信号。
連合国を助けている間に知った聖獣と聖寿。
活動範囲が広がれば色々な情報が手に入る。
アレンはこの世界の広さを改めて知った。
そして、学園の資料にもなかったものが、何年も前に読んだグランヴェル家にも王侯貴族ならどこにでもあり、王都など大きな本屋なら売っている絵本に貴重なアイテムのヒントがあった。
貴重なアイテムの見落としは、前世でいうところの「詰んだ状態」を意味するのかもしれない。
詰んだ状態とは前世でのゲームでいうところの、手に入れないといけないアイテムやこなさないといけないクエストを見落とした結果、攻略の糸口が見つからなくなった状態だ。
有象無象の史実かどうかも分からない本や資料の中から価値のあるものを探すことに意味はあるようだ。
アレンが思考にふける中、ソフィーが口を開く。
「そちらは順調に進んでいるようですね。こちらはまだまだといったところです」
アレンとメルスが会話をしている間に、ソフィーがキールからの最新の状況を確認していた。
自分のところの状況がアレンとキールのチームよりかなり遅れていることが分かったようだ。
「いや、人手も足りず砂漠は広そうだからな。ソフィーのところの対応が遅れるのは仕方ないぞ」
「そうですか」
ソフィーは邪教徒への各チームの対応の差を気したので、仕方ないとアレンは言う。
今ここにはパーティー『廃ゲーマー』の仲間全員が結集している。
チームアレンの3人は獣人たちと共に邪教徒と魔獣たちの殲滅作戦を続けた。
結果、クレビュールの国王に伝えたとおり、3日で王都を奪還した。
その翌日にはパーティーを結集しても良かったのだが、残り2チームの都合を考慮して5日にした。
調整してくれたおかげでキールとソフィーのチームは今日1日、現地から離れても問題はなさそうだ。
「結構待たせているみたいだから、こっちに来てくれ」
そう言ってアレンが仲間たちを誘導する。
そこは、王都の大きな外壁を背にして作った獣人たちの陣だ。
王都の中は今は金、銀の豆で結界化を進めているのだが、腐敗臭がすごく獣人たちの鼻に堪えるという。
(上位神である獣神ガルムを信仰する獣人たちか)
豊穣神だけでなく、獣人から圧倒的に信仰を集める獣神も上位神だ。
何億もいる獣人たちが獣神を一神教のごとく祈り倒している。
その結果、獣神ガルムは上位神に昇華したと言われている。
そんな上位神の恩恵を受ける獣人たちが陣の中に入って来たアレンたちを見つめる。
獣人は獣人に生まれたことを誇りに思うらしい。
獣人の兵たちはどこか胸を張っているような気がする。
「こちらです」
待っていましたと獣人が寄って来る。
案内役の指示を受けていたようだ。
そして天幕を設けてあり、見張りの兵を複数名立たせているところへ誘導される。
「アレン殿一行がいらっしゃいました」
「うむ」
シア獣王女が返事をする。
「皆さんお待たせしました」
アレンが中に入るなり、皆を待たせたことを詫びた。
奥には軽装の鎧を着たシア獣王女が木を組んで作った椅子に座っており。
隊長、部隊長級の者が、シア獣王女と共にコの字を作るように座り、アレンたちの到着を待っていた。
「これはソフィアローネ王女様。こちらです」
そう言って、ルド隊長がシア獣王女の正面に座れるよう位置を誘導する。
客人の中で、一番の上座なのだろう。
「アレン様、どうぞこちらへ」
何の迷いもなくソフィーはアレンに席を譲る。
席の前でソフィーがアレンに座るように言うので、アレンは黙って座る。
「「「……」」」
ソフィーが若干大きな声で話したその声の大きさで、シア獣王女も含めて誰がこのパーティーで上の立場かはっきりと伝わったようだ。
ソフィーはアレンの隣に座る。
なお、この場にメルスはいない。
議論にならない可能性があるためか、必要な時以外出て来ない考えのようだ。
「では、魔神討伐に向けた会議を始めよう」
ラス副隊長が、アレンたち8人全員が座ったところで口を開く。
こうして獣人たちを交えた魔神討伐会議が始まったのであった。
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