第333話 シア獣王女①

 どこからともなく伸びた光の柱は遙か天空で角度を地面と水平に変え、天に浮く島へと繋がっている。

 そんな天上に伸びる光の柱に重なるように、上空から見ると湿地帯に一筋の蟻の行列のようなものが出来ている。

 長い線がはるか彼方に続いている。


 上空から見ると蟻の行列であったのだが、近くで見ると水牛に荷馬車を引かせるもの、子供を背負っているものなど様々だ。

 風体は人族ではなく、耳がヒレのようになっている。

 髪は青く、顔は青白く、額、頬、腕や足に鱗のようなものが不規則についている。

 手の指と指の間には水かきのように膜がある。

 2足歩行で歩く彼らは魚人族だ。

 その風体から、村人や街の人のように思える。

 そんな魚人たちの列を、鎧を着た魚人の兵たちが両端から守るように先導している。

 

 細長い行列に見えたが、10人以上が横一列に並んで伸びている。

 数十万人もしくは100万人に達するのではないのかという大行列だ。


 何かに追われるかのように、逃げるかのように西に向けて移動をしている。


 そんな行列の東の端、行列の最後尾には獣人たちの集団がいた。

 獣人たちの集団の先頭に、赤と金を基調とした目立つ外套を着た虎の獣人が馬に乗っている。

 虎の獣人の性別は女性で、成人になったばかりの大人の表情になりつつある容姿をしている。

 外套の下には動きを重視した軽装な皮の鎧を着ており、黒が縞のようにまだらに入った金髪で、金茶色の瞳をしている。


 そんな虎の獣人に対してデカい槌を担いだ鎧を着た兵が馬にまたがり、並走しながら話しかけている。

 並走して話しかけているのは立派な角の生えた犀の獣人で、馬にまたがっていても分かるほどの体格で虎の獣人より2回りほど大きい。


「シア様。昨晩で部隊の兵が42名死にました。やはり、このままではジリ貧になりますぞ」


 犀の獣人に話しかけられている虎の獣人がシア獣王女だ。


 犀の獣人の話から、昨夜の戦いをうけて朝から逃げるように移動を再開させたようだ。

 昨晩の戦いについて、詳しい状況を求められたようだ。

 シア獣王女に犀の獣人はあれこれと戦況について報告をしている。


「そうか。余の覇道のために死んだのだ。しっかり弔わねばならぬな」


「それはもちろんでございます」


「それにしても、ルド隊長よ。きゃつらは昼夜を問わず、良く攻めてくるものよな。怪我を負った者はいないか?」


 シア獣王女はそう言いながらも忌々しいものを見るように、天に伸びる光の柱を睨む。


「それは大丈夫かと。あの異様なるものに噛まれたら、名乗り出るように言っておりますので。それとクレビュール王家から物資の補給が届いております」


 魔獣への対抗策を語ったあとに王家の動きについてルド隊長は報告する。


「ほう。昨夜伝えたがもう動いてくれたか。王家は動きが早いな。まあ、尻を燃やされているのだ。それも当然よな」


「はい。それも含めて国王陛下がお呼びとのことで」


 クレビュール王国の国王がシア獣王女に話があるという。


「そうか。隊は任せたぞ」


 シア獣王女はにやりと笑い犬歯を見せ、馬を蹴り前列の方に進んで行った。

 最後尾のあたりから前列に移動すると、魚人の兵たちの集団が見える。

 そして、兵たちの先には体格の良いこの世界の水牛が10体ほど隊列を組んで、家ほどもある大きな建物のようなものを運んでいる。


 遠目から見ると水牛が10体で巨大なお神輿を運んでいるようだ。


 魚人の兵が、シア獣王女が来たことを知ると、足場はこちらですと言う。

 足場のような出っ張りがあり、馬からこの建物に飛び乗れということだ。


 軽快にシア獣王女が飛び乗り、扉を開くと、そこにはお付きの者たちに囲まれた初老で恰幅の良い魚人がゆったりと座っている。

 王冠を被っているこの男がクレビュール王国の国王だ。

 近くには王妃や王女と思われる魚人もいるので、クレビュール王家が水牛に乗って移動中のようだ。


「おお、よく来てくれたな。シア殿下よ。こちらへ座るのだ」


 席の中央にゆったりと座る国王がシア獣王女に話しかける。

 そうですかと国王の前の席に座る。


「はい。お呼びとあらば。早速、矢を補充いただき、ありがとうございます」


 座ったまま、クレビュール王国の国王に頭を下げ敬意を示す。

 そしてルド隊長から聞いた、王家が物資の補充をしてくれた件について礼を言う。


「なに。当然のことだ。昨晩も激戦であったと聞いている」


「ええ。私の配下を多く失いました」


「そ、そうか。やはり、わが国の兵をもう少し隊に加えた方が良いのではないのか」


 シア獣王女に「はい」という答えを求めているのか、覗き込むように言う。

 どうやら、呼んだ理由はこれが言いたかったようだ。


「たしかに。しかし、これだけの行列です。民を守るため多くの兵が必要でしょう。国王陛下の守りも弱くなります。国王陛下におかれましては、もう少し前に移動頂けると私らも安心して戦えます」


 確かにクレビュール王国の兵の応援が少ないせいで配下が多く死んでいるとシア獣王女は答える。

 しかし、獣人たちの部隊に参加すれば民も国王も守れなくなるぞと言う。

 自分らが危険なところを受け持っているお陰で、助かっている命もあるだろうという。

 さらに、国王が列の後方過ぎるので、もっと前に行ってほしいと併せて伝える。


「そ、そうだが。民を守ることは王の務めであるからな」


 民を守るためにも、王家は後ろの方にいると国王は言う。


「さすがクレビュール王国の国王。だが、安心してください。後3日もすれば、要塞都市に到着しましょう。既に獣王国へは同盟国の救難要請を受け、兵も物資も要塞都市に向け動き出しております。御心配には及びませぬ」


 この長い行列は防備の硬い要塞都市に向け移動をしていた。

 光の柱の下を移動しているのには理由があった。

 このまま真西に移動すると要塞都市に到着する。

 あと3日もあれば到着するので、自分らで頑張るよと伝える。


 そして、はっきりとシア獣王女は「同盟」という言葉を強調する。


「ど、同盟。我が国はまだ正式にアルバハル獣王国とは同盟など」


「結んでいないと? 私たちがクレビュール王国の民と王家のために多くの血を流したのは、同盟国であったからですが?」


 クレビュール王国のために流した血の対価はそんなに軽くないぞとシア獣王女は言う。


「い、いや。我が国の判断だけで、他国と同盟を結ぶことなどできぬことくらいシア殿下なら知っておるだろう。プロスティア帝国の許可なしに……」


「たしかに他国のこと。私も知らないことが多いです、しかし、クレビュール王国の同盟に、プロスティア帝国の承認は不要。そのようなことは2カ国の条約のどこにも書いておりませんが?」


 クレビュール王国とプロスティア帝国の2国間で結ばれた条約内容を知っているとシア獣王女は伝える。


「な!?」


「なに、少しプロスティア帝国との間を取り持っていただけたらよいのです」


 友達を紹介してねくらいの簡単な口調でシア獣王女が国王に囁く。


「プロスティア帝国はこれまで我が国以外の国と取引をしたことはない。そのプロスティア帝国に今、我が国は睨まれておるのだ」


 アルバハル獣王国と勝手に同盟を組んだり、求められてもいない国の紹介などをして、プロスティア帝国との間を悪くしないでほしいと言う。


「何事も例外がございます。それに、既に随分嫌われているのでは? クレビュール王国が無ければ大陸と取引ができないなど吹聴して。何でも御国は反乱を企てているとか。エルマール教国にいてもその噂が飛んできましたよ」


「そ、それは、誰かが撒いた策謀だ!! わ、我は、我が国は決してプロスティア帝国を裏切ったりはしない!!」


 あまりに興奮しすぎたのか、クレビュール国王は声を荒げた。

 慌てて、召使いたちが背中をさすり、水を飲ませてあげる。


「ご安心を。分かっております。これは邪神教の信者共の策謀であった。やはり、教祖の首だけ渡せばよかったのだ。神官が絶対に裁判にかけるなどと。いや、あれも策謀であったか」


 シア殿下の目付きが野獣のように厳しいものになる。

 自分が取り逃がした獲物のせいで多くの犠牲が出た。

 しかし、裁判にかけると言った神官も今となっては邪神教の手の者に思えてくる。


「やはり、今我らを襲っているのは邪神教の信者なのだな」


「それは間違いないでしょう。私たちを襲っているのも、変わり果てておりますがクレビュールの民です。国王陛下はそのように言いますが、王国の民には不満は大いにあったということでしょう」


 邪神教がクレビュールで不安をあおり、王国がプロスティア帝国に反乱を仕掛けるつもりだと嘯いていた。

 それは策謀であったが民の中には、その話に同調する者が多くいたのではと言う。


 そして、集まった信者たちが変わり果てて自分らを襲っている。


「そ、そうなのか……」


 全ては策謀に掛けられ、必死に元クレビュールの民から逃げている。

 いいようにされてしまったことに国王の無念が表情から伝わってくる。


 横に座る、王妃も王女も心配そうだ。


「あ、あの、シア獣王女さま」


 無言になった国王の代わりに王女がシア獣王女に話しかける。


「ふふ。シアで良いですよ。カルミン王女よ」


 同じ王女でしょうと言う。


「我が国のため、このように多くの血を流させてしまって申し訳ありません。クレビュールに連なるものとして、必ずお礼をさせてください」


 そう言ったカルミン王女の右腕には紫色に輝く宝石のようなものが光っている。


「ご安心を、お礼については獣王と国王陛下が決めること。私は貰う立場にはない」


 礼はいいから、安心して今しばらく辛抱してほしいと、微笑みながら答える。


「敵襲だ! 魔獣たちがまた襲ってくるぞ! た、大軍だ!!」


 外で叫ぶように敵の襲来を告げる声が、シア獣王女の耳にも入ってくるのであった。

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