第332話 チームアレン② 手紙

 アレンの仲間たちはアレンをリーダーに団結している。

 学園の頃から一緒にいた仲間たちで寝食を共にしてきた。


 共に長いこと戦い、魔王軍と戦うという目標は同じなのだが、目的や価値観が完全に一致しているのかと言われたらそれは違う。


 ソフィーは王女としての立場を果たそうとしている。

 エルフたちに希望を与え、精霊神の予言を信じている。


 キールは正義感が強いが、最も大事なものは家族だ。

 妹であり、自分についてきてくれた使用人、自分が最後まで面倒を見ると決めた幼い使用人たちの幸福こそ最も大切にしている。


 家族が大事だという話ならメルルも同じだろう。

 父は下級兵士だという。

 兄たちも続々と兵として出兵している。

 多くの兄妹がいて大事な家族である父や兄たちが戦場で戦っている。

 それだけで、メルルは魔王軍と戦う理由がある。


 正義感の話をするならクレナもドゴラも熱いものを持っている。

 そして、戦いが好きなのは、アレンと同じだろう。


 英雄になりたいものの筆頭格はドゴラで、次点でクレナだ。

 幼き頃の騎士へのあこがれは英雄へと変わっていった。


 立場や正義感、大事なものは仲間それぞれだ。

 それぞれが大切なものを尊重しつつ1つのパーティーを作っている。

 アレンはそれでいいと思っているし、仲間の価値観こそ尊重すべきだとも思っている。


 じゃあ、セシルは何故戦うのか。

 それは大切で大好きであり、理想の存在であった兄のミハイを奪われたことに対する復讐だ。

 魔王軍と本気で命を懸けて戦う覚悟があるのはセシルが一番だろう。


 食事を止め、セシルは焚火を見つめながら物思いにふけってしまう。

 自分からアレンに対してこれから行く東の状況はどうであったのか聞いたのだが、無言になり沈黙が生まれる。

 東も何やらきな臭い話があり、魔神の存在に兄を思い出してしまったようだ。


(手紙にもあったしな。さてと)


 アレンはグランヴェル子爵から見せてもらった手紙を思い出す。

 それはセシルの兄のミハイが最後に残した手紙だ。

 セシルには内緒だが、読んでおいてほしいと子爵に言われアレンはその手紙を読んでいる。


 そこには、自分が与えられた要塞が激戦地になっていること。

 父や母に対する生み育ててくれた感謝の思い。

 トマスにしっかりグランヴェル家を引っ張ってほしいこと。

 セシルに対する心配事や帰れないことに対する謝罪。

 手紙の最後は、アレンに改めてセシルを守ってほしいという言葉で締めくくっていた。


「今年にも、グランヴェル家は伯爵家になるみたいだな。これが終わったら一度グランヴェル家に帰るか?」


 アレンは思い出したかのように、この戦いの後の話をする。


「よりによって」


 セシルはその言葉を聞いて難しい顔をする。

 どうやら、思考の深みから戻ってこれたようだ。

 ドゴラはこういう時に何も言わない。

 貴族の令嬢の気持ちはさっぱり分からないからだ。


 グランヴェル家は今やラターシュ王国での存在感を増すばかりだ。

 ミスリルの採掘は最盛期を迎えている。

 娘であるセシルについては、5大陸同盟の盟主であるローゼンヘイムの女王が正式に戦争への参加に対する感謝の言葉を綴った親書をラターシュ王国に対して送っている。

 戦争の最大貢献はキールで、敵大将に止めを刺したのはセシルと親書には書かれていた。


 同じくラターシュ王国が大国ローゼンヘイムと国交を結んだが、その窓口はグランヴェル子爵だ。


 ラターシュ王国への貢献は果てしなく大きい。

 そんな、グランヴェル家はまもなく陞爵し、子爵から伯爵になるという話が持ち上がった。


 これは今までのグランヴェル家の王家への貢献だけが理由ではない。

 そういうこともあり、セシルは貴族令嬢としての立場もあって難しい顔をする。


 それが「よりによって」と言う言葉だ。


「国王も同じことを言ったらしいぞ。ふぐうう! 痛いです! セシル様!!」


 アレンが冗談っぽく、セシルの言葉がラターシュ王国の国王のセリフと被ったことを暗示したらアイアンクローを食らってしまった。とても痛い。


「それってマジなのか。い、いや何でもない」


 セシルがドゴラを睨んだため、ドゴラは貝になることにした。


「もう、何よ! 私の気持ちも知らないで。トマス兄さまも兄さまだわ!!」


 セシルは誰に手を出してるんだと鼻息を荒げ、肉をモリモリ食べだした。

 どうやら食欲が戻ってきたようだ。


「いや、まあ、国王も姫には手が付けられないって話だしな」


「それでもよ!」


(この世界にもお転婆姫っているんだな)


 実は、セシルの2つ年上の兄のトマスが、国王の娘レイラーナ姫といい感じらしい。

 そんなレイラーナ姫との家格の違いもあってかグランヴェル家の陞爵の話が持ち上がっている。


 僧侶の才能のあったキールに5年間の務めを与え、魔王軍との戦いに同行させようとした、あの王太子の娘であった公女殿下だ。

 今では王太子は国王に、公女は王女になっている。


 一国の王女と下級貴族の息子になれそめとかあるのかと思ったが、どうも自然な流れだったらしい。

 何でもトマスが貴族院に通っている時、2年生と3年生は王城や貴族社会で生きていくために必要な教養として、舞踏会が度々開かれていた。


 勉強は真面目にするが、おとなしめの性格であったトマスが踊りに参加せずに舞踏会の会場の様子を眺めているとレイラーナ姫がやって来たらしい。

 この話はアレンはトマス本人から聞いた。


 ラターシュ王国のインブエル国王は王国派の派閥で、学園派の派閥と敵対していた。

 王国派を多数輩出する、才能なく生まれた貴族が通う貴族院の子女と仲良くなってほしいと、度々レイラーナ姫を舞踏会に参加させていた。

 舞踏会に一切興味のない10歳だかの年の頃から、不満気に参加していたらしいが、どうも気弱なトマスと気が合ったらしい。


 レイラーナ姫はかなりのお転婆姫らしく、貴族院の成績がいいことを理由にトマスを家庭教師にしたりと仲良くなっていったとか。


 派閥争いに明け暮れ、王太子から国王になる激動、1000万にも及ぶ魔王軍との戦争、ローゼンヘイムとの国交、次々と出てくる対応に追われた国王の耳に入ったのは、ずいぶん経ってからだったとか。


 インブエル国王、レイラーナ姫、グランヴェル子爵、トマスの4人で食事会も済んでいるとか。

 疲弊しきったインブエル国王がグランヴェル子爵と目が合った時に言った言葉が「よりにもよって」だったらしい。

 「どうしたらいいのか分からん」とグランヴェル子爵に嘆かれながらアレンは相談を受けた。

 「まあ、相手は12歳だし、気が変わるのでは?」とアレンは答えた。


 ただ、インブエル国王的にも、学園派からグランヴェル子爵を引き離したいという思惑もあり、伯爵にすることには前向きだという。

 子爵のままでは学園派筆頭のハミルトン伯爵家のいいなりだ。

 これでは王国内の派閥争いは学園派が圧倒的な力を持つことになるので、同格の伯爵にするだけでも意味がある。


 しかし、それ以上にインブエル国王に話を勧めようとする貴族たちは多い。

 アレンたちがS級ダンジョンの攻略を達成していることも王家に通達されている。

 それはグランヴェル領主の娘を含めたグランヴェル領出身者が多数参加して、S級ダンジョン攻略したということだ。

 インブエル国王に付き従う大臣たちが鼻息を荒くして、これはグランヴェル家を取り込む好機だと騒いでいる。

 この機を逃すと、学園派の思いのままにされますぞと。

 インブエル国王の周りに、今回の話を反対する者がいないようだ。


 セシルが憤慨するのは、ラターシュ王家に対する複雑な思いがある。


 ミハイが死んで、分かったことがある。

 それは王家がどうも学園派の派閥の子息に対して厳しい持ち場を与えていたらしい。

 その王家の筆頭が王国派の王太子で、その結果ミハイは死んでしまった。


 これは王家がミハイを殺したとも言える。


 しかし、ミハイの手紙には、自ら危険なところに行くことで助かる命もある。

 自分は進んでグランヴェル家の者として務めを全うする。

 だから、自分が死ぬ結果になっても誰も恨まないでほしいと認めてあった。

 これが書かされたのか、自ら書いたのか分からない。

 しかし、この手紙を自らの意志で書いたのであれば、王家に対する憎しみを持つことは、ミハイの思いに沿うことにはならない。


 その葛藤の中でのトマスとレイラーナ姫との間の話だ。

 フガフガいいながら、フカマンを頬張るセシルのやるせ無さは分からないでもない。


「トマスも才能を付けられるみたいだしな」


「私も手伝うの?」


「お兄ちゃんだしな」


「そうね。そうねじゃないわよ!」


 セシルは同意の後、ノリツッコミをしてしまう。

 セシルは兄のトマスの命が懸かっているのでさすがに反対はしたくないがといったところだろう。


 4月になってから、転職が可能になった。

 転職が可能になったのは、才能の元々あるものだけではない。

 才能のなかったものも才能を付けられる。


 転職と才能について

①才能がなかったものは才能が付けられる。ただし、前衛くじ、後衛くじ、中衛くじ、その他くじと呼ばれる、ざっくりとした役割くじの中から職業が決まる。自分では選べない。

②才能があるものは1回だけ転職ができる。ただし、これは①も該当するので才能無しは最大2回まで転職ができる。

 なお、才能有りからの転職は同系統、上位互換の才能の中から自ら選択ができる。


 転職の条件

①条件は、最大8人で入れる指定の転職専用のダンジョンをクリアすること。

②才能なしからありへの転職はレベルが60になっていること。

 才能有りからの転職は、レベル60、及び職業のスキルレベルは全て6になっていること。

 転職するには①②を満たすこと。

 転職ダンジョンに入るだけなら②の条件を満たさなくても良い。


 難易度は、スキルとレベルがカンストしたノーマルモードが8人で、合計星の数が10から12程度必要。

 それでも死人が出る可能性がある。


 こういったこともあり、今年の4月から学園に通い始めたレイラーナ姫と一緒に魔王軍との戦いに行くために、トマスからは転職クエストを手伝ってほしいと言われている。

 トマスにもトマスなりの覚悟があるようだ。

 レイラーナ姫が3年間、兄のミハイが死んだ戦場に赴く時に同行したいようだ。


 トマスは5つ年下のレイラーナ姫に本気になっているように思える。

 跡継ぎのトマスの戦場参加を必死にグランヴェル子爵が止めようとしているが、トマスは考えを変えそうにない。


 グランヴェル子爵とインブエル国王が子供に翻弄されている。

 父親とはそういうものかと思う。


(それでいうとマッシュと同じ年か)


 今年になって学園に行く予定のマッシュが無事に学園の試験を合格したことは聞いている。


「それにしても、転職が始まったのに教皇がいないってまずいんじゃないのか」


 アレンがマッシュについて思い出していると、ドゴラがエルマール教国の教皇についての話をする。

 セシルも「そうね」と同意見だ。


「たぶん、教祖を処刑するときにやられてしまったんだろうな」


 教都テオメニアにはエルメア教の最高指導者の教皇がいたのだが、いまだに行方不明だ。

 聖人と言う、かなりレアな才能をもっているらしいのだが、邪神教の教祖の処刑以降発見されていない。


 お陰で、4月から始まる転職クエストの詳細と火の神フレイヤの神器が魔王軍に奪われた話を世界に伝えられずにいる。


 どうやら魔王軍の作戦でもあったようだ。


 神が教皇に神託をし、4月1日、転職用ダンジョン実装とともに世界に広く伝えるつもりであった。

 火の神フレイヤの神器を奪われたが、世界は一丸となって苦難を乗り越えよう。

 この転職ダンジョンはそのために創造神エルメアが我々に与えた希望であり試練だと伝えようとしていた。

 それもあって、3月の末までに邪神教の教祖を処刑しておきたかったというところもあるらしい。


 1月の神託では、転職クエストがラターシュ王国で始まるというところまでしか伝えていない。


 今後どうするか、世界の北側で魔王軍との戦争が起きる中、検討中であることをニコライ神官から聞いた。


「さて、何が出るか分からないが、明日にはクレビュール王国内に入るぞ。そろそろ休もう」


「ええ」


「おう」


 こうして、色々な思いを抱えながらアレンたちは眠りにつくのであった。

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